ただ待っているだけでもヒマなので、僕らはベナレスの観光へと洒落込むことにした。
日本ではまずお目にかかれない建造物や、埃っぽい道とか異国っぽくてどきどきする。
「……澪」
「ん?」
「ぼくの勘違いだったら謝るけど、ジョースターさんに承太郎が付き添うように誘導しなかった?」
さすがに強引だったからな、そりゃバレるか。
「したした」
さらっと答えると、典明くんが苦笑する。
「案外心配性だね」
「うーん、否定はしません。なんかあの肉腫が引っかかっちゃって」
あんな短時間で腫れ上がってるのにそこそこしか痛くないし、発熱もなし。おかしすぎるだろうどう考えても。
「ポルナレフの言葉を気にしてるのかい」
ああ、あの人の顔ってやつか。
思い出すいいヒントにはなりましたね確かに。
「それもあるけど、もしスタンド攻撃だったら困るなーって」
新種の病気でパンデミックの方が困るかもしれないけど、現実的にはスタンド攻撃の方が可能性として高いと思う。
推測の域を出ないけど、と前置きして典明くんに疑問点を並べて説明してみた。
「ふむ……仮に寄生型のスタンドだとしたら、確かに承太郎がいた方がいいかもしれない」
さすが典明くんだと話が早い。
「そんなワケで保険かけてみた。無駄骨ならその方がいいし」
「確かにね」
頷く典明くんが、ふとこちらを見る。思いの外真剣というか、探究心が疼いてる感じだった。
僕はくるりと向き直り、わざと居丈高に腰に手を当ててもの申してみる。
「聞きたいことがあるならどうぞ、典明くん?」
「いや、J・ガイルの時もそうだったけど……澪はスタンド攻撃への洞察が鋭いよね」
「……そうかな?」
思わず小首を傾けてしまった。
確かに義父たちのヒント集が頭にあるから察するのは他面子より多少早いとは思うけど、ああいう能力の推察とかはきっかけさえあれば誰でも行き着けると思う。
「そうだよ。対処や反応も早いし、的確だ」
つい先日まで普通に高校生してた組では危機意識がまだちゃんと備わっていないだろうし、戦線を引いて久しい不動産転がしてたジョセフは勘がにぶっていても不思議ではない。
そのせいで少しばかり、自分の挙動が早く見えるのかもしれない。
僕はちょっと考えてから、言ってみる。
「んと、僕さ、わりと人の気配探知とか得意なんだよ。特に殺気とか、狙ってる視線とか……なんての、悪意? っぽいやつ」
こちらを害そうとする意思のある視線や気配には敏感である。できないと生き抜けませんでしたから。
「そういう意味だとDIOにとってこっちはターゲットだから、スタンドも使い手も露骨に敵意バリバリでわりと察知しやすいわけでさ」
自分がいち早く動けるなら、皆を守らないといけない。
無意識でも気が張ってる部分があるのかもしれない。
「だから、えーと、かもしれない運転、みたいな?」
いい加減どう説明したらいいのか分からなくなってきて、間近な例えを持ち出してみる僕だった。
「かもしれない運転?」
さすがに例えが斜めすぎたのか、典明くんの頭に疑問符が浮いているように見える。
単純に言うとこういうことです。
「なんか変な事→スタンド攻撃かもしれない!」
「……なるほど」
「で、そういう前提だったら考えつく限りの打てる手は全部打ってみてから考えた方がいいし、相手とか仲間が見えるところにいるなら反応を試したりすれば能力が絞れる時もあるから……」
『吊られた男』はまさにあのガンマンが露骨に反応してくれたから確信が持てた。
「あと、ことスタンド攻撃に対して僕ができることって少ないから、なるたけサポートしたいです」
なんせスタンドで攻撃ができないから、こっちは支援か、それこそ肉の盾にでもなるしかない。
出来ることが少ないから必死になるし、頑張るのだ。
「そういう感じ。納得できた?」
「概ねは。なんというか、経験の差を感じたよ」
どことなく寂しそうな目をする典明くんに、僕は苦笑して手を振った。
鉄火と闘争の坩堝を知ることなく育ってきた青少年に無理を言うほど、お姉さんは腐ってません。
「適材適所でいいんだよ。こういうのは」
誰かを殺さなくても生きていける、希有で、美しくて、平和な世界で生きてきた典明くんだからいいのだ。
自分だって、奇跡みたいに半生を過ごすことができた、平凡で輝くような日常に戻るために、彼はここにいるのだから。
「……そう、だね」
まだ納得いっていない感じではあるが、典明くんは頷いてくれる。
「そうそう、それにさ、僕ちょっと安心してるんだよね」
足元の小石を蹴り飛ばして、僕はそれまで思っていたことを口にした。
ジョセフとかに聞かれるとまたうるさそうだから、典明くんだけだと気が楽だ。
「安心?」
「うん」
そう、実は僕がこの旅で一番危惧していたことは起こっていない。
この調子なら、たぶんそれは起こらない気がする。願ってもないことだ。
「僕が一番心配してたことは、さ」
DIOがどういう財テクを用いているのかは知らないが、阿呆みたいな金持ちなのは分かっている。
だから、
「金で雇われた非正規の傭兵でも、殺し屋でも懸賞目当てでも……なんでもいいか。そういう裏街道を歩いてて
「ッ!?」
典明くんが目を瞠って、喉を引き攣らせた。考えもしなかった、という表情である。だよねぇ。
「そういう輩を噛ませ犬にしょっちゅうけしかけられると、こっちも四六時中緊張して、消耗しちゃうじゃん」
ただでさえこちらは敵スタンドの全容が分かっていないのに、そういう野良犬まがいの奴らにまで狙われると泥沼である。
スタンドそのものはともかく、スタンド使いのこっちは生身の人間。
DIOみたいな吸血鬼は規格外なので数に入れないとして、どっかのゴルゴよろしく狙撃でもされたら反応できるかは微妙だ。
更に言うと、そういう『ただの人間』を無力化するのは無理ではないけど手間がかかる。
殺すのが一番の早道だが、それを誰かにさせるわけにはいかないから、もしもの場合は僕が動くしかなくなる。
それは正直なところ、勘弁して欲しい事態だ。
「それでしこたま疲弊させて、満を持してスタンド使い出動! とかされるとさ、一番ヤバいと思ってたんだよね」
しかし幸いなことに、DIOはスタンド使いを倒すのはスタンド使い、と謎ルールでも設けているのかそういう輩に襲われたことはない。
相変わらず肝心なところで詰めが甘いというか、驕慢が過ぎるところのあるヤツである。
「参ったな」
僕の言葉に、典明くんは苦笑してから自分の前髪をくしゃりと軽く掴んだ。髪の隙間からこちらを見つめる瞳は、なんだか安堵に似ていた。
「今、澪がDIOサイドの人間じゃなくてよかった、と。心底思ってしまったよ」
あんまりしみじみとした口調だったので、僕は茶化すように笑った。
「ふふーん、感謝したまえ~」
辛気くさい話はそこで終わり、それから僕らは普通に観光を楽しんだ。
☓☓☓☓☓
「そういえば、澪って時々義父さんたちと旅行に行ってたよね」
「国内だけどね、行ってた行ってた」
「温泉かい?」
「下呂温泉なら一回行ったけど、あとは八ヶ岳とか-、一番多かったのは山だね。一回富士の樹海に放り込まれた時はさすがに怖かったなー」
「……旅行?」
「なんなら修行と言い換えてもいいよ。あとガチで無人島でO円生活一週間とか」
「……」
「カンがにぶらないようにって、定期的に行かされてた」
「……なんか、ごめん」
時間も過ぎてみんなと合流すると、やっぱりジョセフの肉腫はスタンド攻撃だったそうで、承太郎の機転であっというまにオラオラされたそうである。ご愁傷様です。
ついでにデートを楽しんでいたポルナレフさんの前でネーナさんは突然思いっきりゲロり、みるみる身体が煮崩れ中から肉の塊みたいなデ……ふくよか様(本体)が出てきたらしい。やっぱりあの人が元凶だったか。
しかし、ホル・ホースってネーナさんの中身知ってて付き合ってたんだろうか。だとしたらある意味すごいな。
ちょっと短いので、あと二回更新予定です