星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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28.La Danse Macabreの約束

 

 

「この街のどこかにスタンド使いが潜んでいる可能性が強い……」

 

 老婆が現れてからほどなくして、警察が死体を担架に乗せてどこぞへと運んでいった。

 しかし、それでも周囲は反応という反応を示すことはなかった。

 数人の男女がひそひそと言葉を交わしている程度で、驚きもしなければ怯えの気配もない。異様だった。

 

「この濃すぎるほどの霧も、奴らにとっては絶好のチャンス……今夜はもうずっと油断は禁物ですね」

 

 花京院の言う通り、立地と気候のせいなのか霧は時間の経過とともに益々深く、重たくなっていく。濃霧と称しても差し支えがないほどだ。

 

「しかし、誰が襲ってくるワケでもねぇが……不気味な街だぜ」

 

 最初は街に到着して喜んでいたポルナレフも、ことここに至ってようやくこの街全体の雰囲気に奇妙なものを感じたらしい。

 少しずつ全員の緊張が高まり始める中、音高く杖の音が響いた。

 

「ささ! ジョースター様、あれがわたしのホテルですじゃ」

 

 にっこりと笑う老婆の示す先には民宿と呼ぶには大きすぎる建物があった。

 瀟洒な造りで、その佇まいも相まってホテルというよりもお屋敷といった風情である。

 

「ご案内いたしますよって、ついてきてくだしゃれ」

 

 老婆はこの街に着いてから唯一、といっていいほど意思疎通が可能で愛想もいい。

 こちらを和ませようとしているのか小さなギャグを飛ばしたり、ポルナレフも信用し始めているらしかった。

 

「結構いいホテルだと自負しておるのごじゃりますですよ」

 

 けれど、やはり澪は承太郎の裾を掴んだまま老婆を観察するように見つめ続けているだけで、警戒の色は溶けるどころか強くなっているようだった。

 

「ホテルは今ほかにお客はおりませぬが……夕食はお肉がよろしいですか? それともお魚がいいですか?」

「待ちな、婆さん」

 

 いかにも民宿の主らしい質問を遮り、承太郎が踏み込むように口を開いた。

 

「あんた……今、ジョースターという名を呼んだが、なぜその名が分かった?」

 

 ぴり、と緊張の糸が張る。

 確かにこれまでの応対で誰かがジョセフの苗字を口にした覚えはなかった。けれど老婆は笑顔のまま振り向き、不自由そうに左手を挙げる。

 

「いやですねぇ、お客さん。今さっきそちらの方がジョースターさんて呼んだじゃありませんか」

「え、俺?」

 

 示されたポルナレフは首をひねりながらそういえば呼んだかもしれねぇ、と曖昧な相槌を打った。

 確かに全ての会話をいちいち全員が完全に記憶しているかと問われれば難しい。タイミングは妙だが、確証はなかった。

 

「客商売を長年やってるから、人様の名前はパッと覚えてしまうんですからねぇ! 確かですよぉ」

 

 老婆はそう語るが、なんだかたたみかけようとしているような違和感があった。

 

「おかみさんよ、ところでその『左手』はどうしたんだい?」

「あ、これ?」

 

 話を変えるようにポルナレフは老婆の左手を指差した。

 老婆の左手は手首から指の先までをまるでギプスのようにすっぽりと包帯で覆い、指の形すら窺い知れない。

 

「これは火傷ですじゃ。年のせいですかのぉ、うっかり湯をこぼしてしまってのぉ、ヒャッヒャッヒャッ」

 

 明るく手を振ってみせる老婆に痛そうな様子は見られない。ただ、不自由そうではある。

 

「としぃ? 何をおっしゃる!」

 

 ポルナレフはフランス人の性質が騒いだのかおどけるようににっかりと笑った。

 

「こーしてみると四十ぐらいに見えるよぉ、デート申しこんじゃおーかなぁ、へへ」

「ヒャヒャ! からかわないでくだしゃれよ、お客さん! ンンンン!」

 

 老婆もノリノリで左手で投げキスのような動作をしたりと、なんだかいきなり仲がよさそうである。

 そうして到着したホテルのフロントに当たるテーブルで全員が宿帳に記帳していると、ジョセフは全体を見回して感嘆の声を上げた。

 

「おお、なかなかいいんじゃないか?」

 

 広々とした空間で天井は高く、床には埃ひとつ見当たらなくて清潔だった。

 安ホテルにはない上品さがあり、彼が気に入るのも頷ける話である。

 

「はい、澪」

「ありがとう」

 

 ペンを渡された澪が宿帳を確認し、自分の名前を記入していると、老婆は澪を見上げて気遣わしげにやんわりと笑った。

 

「お嬢さんもお疲れのご様子……ゆっくりしていって下され」

 

 普段ならば女子供に優しく、老人には敬意を払って応対するのが澪である。

 

 だが、

 

「……はい」

 

 澪は老婆をじぃっと見つめ、やがて硬い表情でぎこちなく頭を下げるとペンを置いて、またすぐに承太郎の方に戻ってしまった。

 

「おい澪、婆さんにちゃんと挨拶くらいしたらどうじゃ」

「いえいえ、内気なお嬢さんにはよくありますじゃ。気にしないで下され」

 

 承太郎は何も言わず、ペンで記入すると「済んだぜ」とぱたんと宿帳を閉じた。

 

「おう、では、お部屋にご案内しますじゃ」

 

 なぜか皆と少し離れた一人部屋に案内された澪は、荷物を置いてベッドの上に座り込み、沈思黙考する。

 

 ジョセフたちは作戦会議、というか備え付けのテレビで『隠者の紫』を使用できるか試してみようと彼の部屋に集まっている。

 全員が正体不明のスタンド使いを警戒して、あまり部屋から出てくることはないだろう。

 

「……うん」

 

 頷いて、澪はリュックサックを探って服を取り出し、手早く着替えてから部屋を出た。

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 エンヤ婆が怨嗟と復讐の念を込めてホル・ホースの腕を鋏でめった刺しにして、その『正義』のスタンドで恨みを晴らしている真っ最中だった。

 

「おばあちゃん」

「……へぇっ、!?」

 

 恨みに燃えていたせいで気付かなかったのか、それとも他の理由があるのか全く気配がなかった。

 けれど、エンヤ婆の背後でこちらを見下ろしていたのは、紛れもないDIOが義姉と呼び、唯一執着している少女である。

 先程とは異なる、この国では見ない奇妙な装束に身を包んで腰からは長物を差している澪は、その瞳や髪色も相まってまるで幻想上の生物のように映った。

 

「お、お嬢さん! こ、これは……」

 

 どう考えても言い訳の余地がない所行だったため、エンヤ婆はさすがに慌てまくった。

 愛想のよい民宿の主という肩書きは、この瞬間で木っ端微塵である。

 

「も、もがごッ!」

 

 エンヤ婆のスタンドで自分の拳を自分の口に突っ込まされる、という新手のプレイみたいな状態になっていたホル・ホースは助けを求めるように声を上げた。

 けれど、澪はホル・ホースを一顧だにせずエンヤ婆を見つめ、ただ淡々と問いかけるだけだ。

 

「おばあちゃんは、何をしているの?」

「な、なに、を……?」

 

 この状況を見て分からないのか、という表情だったが澪の問うていることはそういう意味ではなかった。

 

「……墓守でもないでしょうに」

 

 悲痛なほどの哀惜と、深い憤りの籠もった声音がエンヤ婆の耳朶を叩く。

 忌まわしげに眉を寄せて、忠告するように。

 

「ここで生きているのは、僕らと、おばあちゃんと、その人だけだよ」

「──!!」

 

 エンヤ婆の顔が驚愕で盛大に引きつった。

 

「な、なぜ、あなた様がそれを……」

 

 持っていた鋏すら取り落とし、エンヤ婆はがくがくと震え出した。

 

 澪はエンヤ婆を宥めるように膝を折って、目線を合わせる。

 桜色の瞳がエンヤ婆を射竦め、一挙手一投足すら支配されるような感覚を覚えた。

 きゅ、と引き結ばれていた唇があるがままの事実を口にする。

 

「ここには骸しかないから。死と腐敗と土、臓物と血の臭いしかしない」

 

 死の匂いに敏感な澪にとって、ここは既に死んでしまった街だった。魂の底にまで染みついた慚愧の念が、呼応するように全てを物語る。

 

 死者には敬意を払い、悼み、祈るものだ。

 

 それが生きているものの義務で、最低限の責務だと澪は考えている。

 

 だからこそ、この街に足を踏み入れた瞬間背筋が凍った。申し訳がなくて仕方がなかった。

 安らかに眠ることすら許されず、機械のように動かされている人たちが痛ましくてたまらなかった。

 魂の抜けた遺骸を操り、弄ぶなど外道の所行だ。人間性を残らず否定し、ただの道具にまで貶める、唾棄すべき所行である。

 不可侵の領域を無遠慮に蹂躙する存在を、澪は許すわけにはいかなかった。

 

「死者には手向けを。せめて静かに眠らせてあげるのが、僕らにできること」

 

 気付けば、エンヤ婆の首筋にひたりと凍った感触。

 

「だから、おばあちゃんのしていることを僕は看過できない」

 

 いつ抜き払われたのかは、ホル・ホースにすら視認できなかった。

 立ち上がり、鞘から解き放たれた漆黒の薄刃が、死神さながらにエンヤ婆の命脈を握っていた。

 悲嘆と底知れない怒りの気配が、エンヤ婆の臓腑の底を捻り切りそうなほどの圧迫感を与えてくる。

 

「これ以上、亡くなった人を冒涜するなら……僕は、おばあちゃんを許せない」

 

 どうする、とその瞳が問いかけていた。

 

 スタンドを引けば、澪は何もしないだろう。それが分かる。

 だが、このまま彼女の『仲間』に危害を加える、ないしは死者を動かし続けようとすれば──

 

「……、あ」

 

 完全に生殺与奪を握られたエンヤ婆は、心のままに訴えるしかなかった。

 

「あたしゃ、可愛い息子の仇を取りたいのでございます! J・ガイルを無残に殺したポルナレフ! そして最愛の息子を見捨てたホル・ホースを!」

 

 魂の叫びだった。

 

 愛しい息子を亡くした母だけの持つ、恩讐の響きだった。

 

 エンヤ婆の『正義』は傷口から霧を滑り込ませ、意のままに操るのがその能力だ。

 それが使用できないとなると、もはやエンヤ婆には万に一つも敵討ちが成功する確率がなくなってしまう。

 

「お願いですじゃ澪様! そうでなけりゃ、あたしゃ死んでも死にきれん! あのにっくきポルナレフを、この手で、お、おおおお!!」

 

 精神の乱れが影響したのか、ようやく自分の拳を口から引っこ抜いて咳き込みながらその様子を見ていたホル・ホースは、無理だなと思った。

 あの一度の邂逅で理解したが、澪は仲間意識が異常に強い。今、自分がアヴドゥルの仇として殺されていないことが不思議なほどだ。

 

 エンヤ婆の訴えは、平たく言えば澪の仲間をぶっ殺させてくれというとんでもない嘆願である。それを許すとは到底思えなかった。

 

 だが、

 

「……そう」

 

 かちん、と薄く硬い納刀の音が響いた。

 

「分かった」

 

 刀を鞘に収めた澪はもう一度膝を折り、エンヤ婆に向き合う。

 

「ポルナレフさんに攻撃することについては、手出ししない」

「は……」

 

 一瞬、澪の言っている意味が理解できなかったのか、エンヤ婆が呆けたような声を出した。

 ホル・ホースもまるで異界の生物を見るような目で澪を窺った。

 けれど、澪はそんな視線も気にせず自分なりの道理を語る。

 

「ポルナレフさんは、妹さんの仇を討った。なら、おばあちゃんは息子さんの仇を討つ権利がある。それは当然だと思う」

 

 因果応報。

 

 ポルナレフが、大切なたった一人の妹を殺された仇を討ったなら、それはエンヤ婆にとっても同じこと。

 勝つか負けるかはともかくとして、ポルナレフを攻撃することに関しては業腹ではあるものの許容する他なかった。

 

「でも、それ以外の……他のみんなに手を出すのは、だめです」

 

 死者を弄ぶのはもちろんのことだが、仲間たちに手を出すことはさすがに許せない。

 

「ッあなた様はDIO様の姉君でありましょう!?」

 

 反射的に、エンヤ婆は澪の腕を掴んでいた。

 

 エンヤ婆にとってはDIOこそが至高であり、尊崇すべき唯一の存在である。

 義理とはいえ、姉として澪に執着していることを知っているエンヤ婆には考えられない言葉だった。

 まして、ジョースター一行はDIO打倒を目的としている、排除すべき対象以外の何者でもない。

 

「ならば、なぜ……」

 

 掴まれた腕に手を重ねて、なぜだろう、澪は柔らかく微笑んだ。

 

「うん、僕はDIOのおねーちゃんだよ。DIOの義姉で、ジョナサンの姉で……承太郎はジョナサンの末ッ子」

 

 だからこそ、守らなければいけないのだとその瞳が物語る。

 目まぐるしく思考しているのか、硬直したまま動かないエンヤ婆を見て、不意にホル・ホースがにやりと笑った。

 

「おいおーい、嬢ちゃん。その婆さんがホントにそんな約束守ると思うのかい?」

 

 こちらは操られ、痛い目にまで遭わせられたのだからこれくらいのことを口にする権利はあるだろう。

 

「打倒ポルナレフにかこつけてどさくさ紛れに全員仕留めよう、くらい考えたって不思議じゃねぇよ」

「黙れホル・ホース!」

 

 途端、悪鬼の形相になったエンヤ婆はスタンドを使ったのか、ホル・ホースを地べたに這いつくばらせた。

 

「まぁ、承太郎から攻撃してきてそれに反撃するとかなら仕方ないけど……ふむ」

 

 澪はそれも一理ある、と思ったのか少し考えるように俯いた。

 

「澪様! わ、わたしゃ約束しますです! ポルナレフ以外にはスタンドをけしかけたりしませんわい!」

「ッく、口ではなんとでも言えるわなうぐふッ!?」

 

 懲りないホル・ホースが再び撃沈されたところで、澪は顔を上げた。

 

「おばあちゃん」

 

 どこかいたずらっぽく、小さな口が動いた。

 

「DIOのスタンド能力、当ててみせようか?」

 

 そう言って、澪はそっと呆けた表情をしているエンヤ婆の耳元に唇を寄せて一言、二言、囁いた。

 

「ッ! ──ッッ!?」

 

 言葉が吹き込まれるたびにエンヤ婆の肩が跳ね上がり、全身から脂汗を流しながら青ざめた表情で眼球が落ちるほどに見開かれる。

 

「あってる?」

 

 無邪気な問いかけに、とうとう(おこり)のように全身を震わせ始めたエンヤ婆は何も言えなくなった。それが何よりの答えだ。

 

「おばーちゃんが約束守ってくれるなら、僕はみんなにDIOのスタンドを話さない」

 

 口調だけは優しく、けれど明確な脅しだった。

 

「あっちから攻撃されない限りは、ね」

 

 膝に手を当てて立ち上がり、澪は軽く服の裾をはたきながら呟く。

 

「これが僕にできる最大限の譲歩」

 

 ぴんと背を伸ばし、エンヤ婆をただまっすぐに見つめた。

 

 そうして、桜色の瞳が再度問いかける。

 

 

 

──どうする?

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 今回、澪がしたことはあまり褒められたものではない。

 

 確かに、既にこの世を去った遺体を好き勝手に弄ぶエンヤ婆のスタンドには怒りが沸いたが、それよりも自分が戦いたくないという部分が大きかった。

 

 敵なら斬る。仲間なら守る。人ならば追い散らす。──では、人の形をした『道具』は?

 

 このうらさびれた街の死骸がこうして動かされているのは、紛れもなくジョースター一行が道程にこの場所を含めていたから。巻き込み事故と同じだ。

 けれど、おそらく澪ひとりだったならこんなことにはなっていない。

 DIOの攻撃対象から外れている時点で、澪は謂わば蚊帳の外なのだ。そこに無理にくちばしを突っ込んでひっかき回しているに等しい。

 自分が原因ならば、あの老婆のスタンドの犠牲者を鏖殺することも厭わないが、そもそもの元凶が異なっている。

 

 ならばどうすればいいのか、澪には判断がつかない。

 

 先程は思わず刃を抜いてしまったが、あんなものは衝動に任せた独善に他ならない。

 老婆のスタンドの能力が気にくわなくて、自分が率先して戦いたくなくて、それでもみんなは守りたいから、脅して、交渉して──自分勝手で、最低だ。

 

「あーあ……」

 

 とんとん、と階段を上がっていると花京院と行き会った。

 馴染み深い友人の登場で、少しだけ元気になれた気がする。

 

「や、てんめいくん」

 

 宿帳に記入された名前で呟くと、くすりと花京院が笑みを漏らす。

 

「澪は不用心にもそのままだったね」

「代わりに全部漢字で書いたし」

 

 やっぱり彼らも怪しいと思っていたのか、花京院と承太郎は宿帳に記入する名前を微妙に変更していた。

 承太郎なんてその名も『Q太郎』である。某有名漫画のキャラクターが脳裏をよぎる。

 

「その恰好、どうしたんだい」

 

 そういえば、この着流しもとい『仕事着』を花京院たちに披露したことはなかったかもしれない。

 どう答えたらいいのか分からなかったので、そのまま思っていることを言った。

 

「うん、気合入るんだよね。この恰好だと」

「ふぅん?」

 

 花京院は分かったような分からないような、微妙な相槌を打つ。

 

「そういえばテレビうまくいった?」

「いや、壊れていてジョースターさんも発動させられなかった」

 

 たぶん、壊れているというよりは電波そのものが来ていないんだろうなと思ったが口には出さなかった。

 代わりに澪は花京院に問いかけた。

 

「ね、『死の舞踏』って知ってる?」

 

 唐突な質問に花京院は顎に指先を当てて、暫し沈黙する。

 

「そうだね、美術、交響詩、管弦楽曲に映画……ぼくが知ってるのはそれぐらいかな」

 

 どれもが『死』を題材とした作品群である。

 とりわけ、美術に関しては擬人化された『死』として多数の骸骨が踊るような仕草で描かれていることが多い。

 

「それがどうかした?」

「んー、なんてか、勝手に演台に引っ張り上げられるのはぞっとしないなぁって」

 

 誘われたわけでもなく、ただ突っ立っていた場所が突然舞台になってさぁ踊れ、と腕を引かれているようなものだ。

 そんな無理矢理なお誘いは勘弁だし、引き摺り回されるのは御免だからこうして立ち回っているワケなのだが、難しいものである。

 不思議そうにこちらを見つめる花京院に澪はほんのりと笑って、茶化すように階段の上で小さくステップを踏んでみせた。

 

「──踵で拍子を取りながら」

 

 かつん、と靴の踵が床を打ち鳴らす。

 

「真夜中に死神が奏でるは舞踏の調べ」

 

 くるりと回って、花京院の指先を自然な動作で持ち上げて、誘うように。

 

「青白い骸骨が闇から舞い出で」

 

 薄暗い天井の下で、ふわりと衣が翻る。

 

「屍衣を纏いて跳ね回る」

 

 ほんの束の間のダンスはそれきりで、澪は花京院の手をぱっと離す。

 

「なんてね」

「……アンリ・カザリスなんてぞっとしないね」

 

 『Danse Macabre』の題名で知られる、奇怪で幻想的な詩歌の一部を口にされては苦笑するしかない。

 

「この街があんまりぴったりだからさ」

「雰囲気が、ってことかな」

「まー、そんな感じ」

 

あんまり細かく言うこともできないので、軽く頷くに留めた。

正直言うと、事情が分かっているぶん、もう早いとここの街からおさらばしたいのだが、そうもいかないのがもどかしいところだ。とりあえずポルナレフさん頑張れ、と思う。

 

仇討ちは許容されて然るべきだが、それで仲間に死んで欲しいかと言われれば否である。

 誰かが介入してくれれば話は変わるかもしれないが約束の手前、自分が手出しすることはできないので無事を祈るのがせいぜいだ。

 

 ここで生きているのは自分たちと老婆、それとなぜか攻撃を食らっていたホル・ホースだけ。

 皆は知らないとはいえ、墓所を好き勝手に荒らすような真似をしているという自覚のある澪は、それがなんだか物悲しく、形容し難い虚無感があった。

 

「……澪?」

 

 花京院が心配そうにこちらを見つめていたので、澪はふんわりと微笑んだ。

 

「なんでもない」

 

 どこかさびしげな、儚い笑みのように花京院には映った。

 

「着替えてくるね、用事は済んだし」

「おっ、随分と懐かしい恰好しとるじゃあないか」

 

 踵を返した瞬間、ちょうど部屋から出てきたらしいジョセフと目が合った。

 ジョセフやシーザーにとっては確かに懐かしい恰好だろう。

 

「お前さんがそれを着ているということは、何かあったのか?」

「用事があったから着ただけだよ。もう終わったから着替えてくる」

「ほう?」

 

 首を傾げるジョセフの間をすり抜けて階段を昇り、廊下を歩く。

 

「ジョースターさんはあの姿の澪をご存じなんですね」

「うむ、儂らと共闘しとった時にな。あんな恰好じゃがそりゃー鬼のように強くてのう、最終決戦の時なんか吸血鬼の首を(シーザーに)千切っては投げ千切っては投げ」

「く、首を!?」

 

 そんな会話を聞きながら部屋に戻って、部屋着に着替えて寝転んだ。

 さすがに寝る気にはなれないが、なんだか気力を使い果たしたようでしばらく動きたくない。

 

 ふと、澪は寝転んだまま、何もない中空を見上げながら小さく口ずさんだ。

 

「──Cuando yo me muera,」

(わたしが死んだら)

 

 そうだ、もし、自分が終わりを迎えたその時は。

 

「enterradme si querais en una veleta.」

(埋めてください、お望みならば風見の下に)

 

 本当はそれだけでいい。

 

 野晒しになっても恨まないけれど、そうしてくれたらとても嬉しい。

 

 贅沢を言うなら、一輪でいいから花もあったらいいな。

 

 そうして自分のことなんて忘れて、幸せになってくれたら、それだけで。

 

「……」

 

 ディオにもそうであって欲しかった。みんなにも、そうであって欲しい。

 

 でも、それは無理だと分かってしまったから。

 

「……こまったな」

 

 内臓ごと零れ落ちそうなため息を吐いて、澪は呻いた。

 

 しばらくすると、階下でどったんばったんと音が響き始めた。おそらくは老婆が復讐に乗り出したのだろう。

 

 手出しはできない。約束したから。

 

 だから、ただ祈る。

 

「死なないでね、ポルナレフさん」

 

 

 

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