星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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30.恋人

 

 

 促されるままにエンヤ婆を丁寧に横たえ、澪も立ち上がる。

 衣服はべったりと血に汚れ、両手や頬にも血が伝っていた。

 

「澪、怪我は」

「ほとんどお婆ちゃんの血だよ。あいて」

 

 花京院に答えながら服の裾で頬を拭うと、にぶい痛みがあった。

 触手はすぐに消失したが、そこそこの傷になってしまったらしい。

 

 くつくつと、喉を鳴らす聞こえた。

 

「悲しいな」

 

 いつの間にか移動していたスティーリー・ダンはパラソルの下で優雅にお茶を楽しんでいた。

 

「どこまでも悲しすぎる婆さんだ」

 

 自分が最後に手を下した下手人にも関わらず、その物言いには一片の罪悪感もなかった。

 

「だが、ここまで信頼されているというのも、DIO様の魔の魅力の凄さでもあるがな」

 

 余裕の現れなのかコーヒーなんぞを啜りつつティータイムを満喫するダンを、全員が取り囲む。ただでさえ長身の連中が揃っていて、なおかつ全員が殺気含みの怒りを放っている。

 並の男なら恐慌に駆られるか失禁しそうな威圧感だが、ダンはその態度を崩そうともしない。

 

 何が彼をここまで余裕にさせているのだろうか。

 

「俺はエンヤ婆に対しては妹の因縁もあって複雑な気分だが、てめーは殺す」

「五対一だが躊躇しない、覚悟してもらおう」

「立ちな」

 

 三者三様の脅し文句にも、やはりダンは平静を保っている。

 

「おいタコ! 恰好つけて余裕こいたふりすんじゃねえ、てめーがかかってこなくても、やるぜ」

 

 承太郎の指先がぎゅ、と握り込まれる。こちらの身が竦みそうな圧迫感があった。

 

「どうぞ」

 

 けれど、ダンはさらりと受け流す。

 

「だが、君たちはこの『鋼入りのダン』に指一本触ることはできな『オラアッ!』

 

 宣言通り、承太郎の『星の白金』が遠慮なしにダンの腹部から胸にかけて乱打を繰り出し、ダンは衝撃に血反吐で尾を引きながら吹っ飛んだ。近くの店に頭から突っ込み、ガラスが砕け散る。

 

「ッぐあ!?」

 

 そして、ほぼ同時にジョセフもダンと同じ箇所に妙な凹みができて吹っ飛んだ。まるで鏡映しだ。

 

「ジョセフ!?」

「ど、どうしたジョースターさん! こいつと同じように飛んだぞ!?」

 

 ポルナレフの声にさしもの承太郎も焦ってジョセフを見返せば、似たように口の端から血を流して倒れる祖父の姿。

 

「この、馬鹿が……まだ説明は途中だ」

 

 店からゆっくりと身体を起こし、ダンは口元を拭いながら吐き捨てるように言った。

 状況を視線で追いかけながら澪の頭が目まぐるしく回転する。

 困った時の知恵袋、もとい義父たちのメッセージを思い出そうとしているのだ。

 

 ええと、たしか

 

『ふたりはハモキュア☆MAXLOVE!』

 

 ……☆じゃねぇよ。

 

「そんなんで分かるかぁあッ!」

「えっ」

 

 思わず脳内義父に全力で突っ込んだら隣の花京院がギョッとした。あのふたりはまともにものを伝えるつもりがあるんだろうか。

 しかしダンとジョセフはあの往年のぴらぴらふりふりなコスチューム似合わないにもほどがある。

 うっかり初期OPが配役チェンジで脳裏によぎり、軽く気持ち悪くなった。いやそんな場合じゃない。

 

「もう少しで貴様は自分の祖父を殺すところだった……」

 

 よろりと店先から出てくるダンの言葉に引っかかりを覚える。

 同じように吹き飛んで、同じような箇所にダメージを喰らっている。

 

 確かに動きはハモッていた。

 

「……あ」

 

 あんなヒントにもなってない謎の比喩で分かってしまう自分が我が事ながら変な感じだが、もし予想が当たっていたらヤバい。

 

「いいか、この私がエンヤ婆を殺すだけのために君らの前に顔を出すと思うのか?」

 

 忌々しげに血痰を吐き捨てるダン。

 澪はともかく四人に対しては殺人宣言をしているので、その辺は織り込み済みといえばそうなのだが。

 

「き、貴様……『恋人』のカードのスタンドとかいったな。い、いったいなんだ、それは……!?」

 

 ジョセフもようやく半身を起こし、震えながら声を発した。

 自分の予想が当たっているとすれば……『恋人』なんて可愛い言葉でくくられるようなスタンドではないような気がする。

 

「もうすでに戦いは始まっているのですよ、ミスタ・ジョースター」

 

 ということは、既にスタンドは発動済みということだろうか。

 しかし、全員で目を凝らしてもスタンドらしき影は見えない。

 

「愚か者どもが……。探しても、私のスタンドはすぐには見えはしないよ」

 

 そしてダンは何をするつもりなのか、ポケットから札を一枚取り出すと背後で掃除をしている少年に投げた。

 

「おい小僧、駄賃をやるからそのホウキの柄で私の足を殴れ」

「!」

 

 ダンの言葉でほぼ確信が得られた。とすれば、彼に何かするのはまだ駄目だ。

 

「ちょっとそこの少年!」

 

 澪は咄嗟に片手をリュックに突っ込んで、帯封のされた札束を取り出してビラビラ振った。

 

「えッ!?」

 

 血塗れの少女が札束を振るという馬鹿みたいな状態だが、さすがに何かのショーとでも思ったのか少年の目は見たこともない札の厚みに引き寄せられて動かない。

 

「そこのお兄さんの倍額払うから、殴るのを止めてくれない? ほぉら、今ならちょこれぃともつけちゃうよ~♪」

「うん!」

 

 即座に少年はこちらに寄ってきた。

 板チョコと札束の力は偉大である。

 

「あっ、これ二枚以外は新聞紙じゃん! きったねー!」

「でも倍額だよ?」

「う」

「お前、そういう小細工好きだよな……」

 

 少年とキャッキャしている澪に承太郎がぼやき、ダンはその様子を忌々しげに見つめた。

 

「どこで私のスタンドに気付いたのですか?」

「性質は知りませんが、かもしれない運転です」

「は?」

「ああ……」

 

 花京院だけが納得の表情を浮かべるが、周囲はよく分からないらしい。

 

「ダンさんが負傷すると、同じ、もしくはそれ以上の痛みがジョセフにフィードバックする、までは分かりました」

「な、なぬぅ!?」

「ほう、ご明察です」

 

 肩を竦め、ジョセフを馬鹿にするようにダンはせせら笑った。

 

「気がつかなかったのか? ジョセフ・ジョースター。私のスタンドは体内に入り込むスタンド! さっきエンヤ婆が死ぬ瞬間、耳からあなたの脳の奥に潜り込んでいったわ!」

「なにっ!?」

 

 ジョセフが慌てて自分の頭を押さえる。

 というか、一発目で被害者はある程度気付くべきだと思う。

 

「つまり、スタンドと本体は一心同体! スタンドを傷つければ本体も傷つく、逆も真なり!」

 

 なるほど、ダンの余裕の理由はこれか。

 

「この私を少しでも傷つけてみろッ! 同時に体内で私のスタンドが、私の痛みや苦しみに反応して暴れるのだ! 同じ痛みを数倍にしてお返しする」

 

 ここまで懇切丁寧にスタンドについてを語るということは、よほど自分のスタンドに自信を持っているのだろう。

 

「もう一度言う。貴様らはこの私に指一本触れることはできぬ!」

 

 ダンはこちらを指差し、既に勝者のような顔つきで全員を睥睨する。

 

 そこへ、

 

「よしきた死なない程度なら何やってもいいんだな」

「え゛」

 

 腕まくりをしながら斜め上に突き抜けた澪の発言に余裕ぶっこいていたダンが変な声を上げ、ポルナレフが慌てて制止する。

 

「ちょ、ちょっと待て澪! お前今のハナシ聞いてなかったのか!?」

 

 澪はかくん、と首を傾げた。

 

「分かってますよ。だから、この人が死なない程度に延々拷問すればいいんでしょ? スタンドを引っ込めさせて下さいって言うまで」

 

 ダンが死ななければ、ジョセフも致命傷にはならない。ならば手加減した上でガンガンいこうぜ。

 

 血塗れの手の平がゆっくりとダンへと伸ばされ、その異様な圧力で無意識にダンは一歩後ろに下がっていた。

 さすがに慌てて花京院が澪の肩を掴んだ。

 

「何も分かってないじゃあないか! あとその発想怖いぞすごく!」

「おい承太郎、その「その手があったか」みたいな顔をやめろ! というか、こっちの痛みはどうなるんじゃ!」

「我慢して、いい大人なんだから」

「まさかの根性論、だと……!?」

 

 取って付けたようににこにこしているが、その目はちっとも笑っていなくて人形めいて不気味である。

 

 実は、澪はすごく静かにガチ切れしていた。

 

 自分の部下を用無しになったらポイ捨てするDIOにも勿論だが、良心の呵責一切なくそんな命令を遂行してドヤ顔を決めているこのダンという野郎が心底気にくわない。

 

 普段怒ってもプンスコーという程度で諦めも早くて長続きしない澪は、その分一旦切れると歯止めが利かなくなるという厄介な傾向があった。

 それこそ、プッツンした澪を目の当たりにしたのは当時切れさせた張本人兼ボコにされたDIOと、目撃していたジョナサン、スピードワゴンがせいぜいだろうか。

 

 沸点を突破した怒りは逆に液体窒素の如き冷静さを血管へと注入し、冷却された思考回路が音を立てて動き始める。あとは、簡単だ。

 

 ここから先は怨敵註滅のためにありとあらゆる手段を思索する生きた論理演算器と化す。

 なにがなんでも一杯食わせないと気が済まない、という一念で凝り固まっているため現被害者であるジョセフの肉体的、精神的ダメージなどこの際二の次だ。生きてりゃなんとかなる。

 

 とてもひどい事を平然と考えながらこきき、と指先を鳴らす。

 

「さぁて、ご要望にお応えしてジョセフに影響が少ないっぽい左手の小指からいってみましょうか。自分の身体がどこまで縮んだら諦めるかな~? 爪はゆっくり剥いでから丁寧に詰めて差し上げますし、止血だってちゃあんとしてあげますからねー、なんなら梱包してあげますよ~んふふふふ」

「ひぃッ!?」

 

 獣の目つきで両手をわきわきさせる澪にダンは心底ビビッた悲鳴を上げた。

 

 DIOの義姉、というバックボーンがダンの妙な不安を煽る。

 こいつならやりかねない。そういう類の不穏な気配だ。

 

 えげつないことならえげつないほど表情ひとつ変えずにやってのける、というDIOの悪としてのカリスマ性が澪にとってのアドバンテージと化してダンを追い詰めているのだった。

 

「し、しかし! 『恋人』はDIO様の『肉の芽』を持って入った! 脳内で育てているぞ! そのような時間はあるまい! ミスタ・ジョースターはエンヤ婆のように内面から食い破られて死ぬのだ!」

 

 ちょっと怯みつつも居丈高なダンだが、ここで澪には疑問が湧いた。

 

 痛覚は脳内に電気信号として送られるものだ。彼のスタンドがジョセフの脳内にある痛覚神経辺りに潜んでいると仮定するならば──逆に、ジョセフからダンへの影響はどうなのだろう?

 

「はっきり言って私のスタンド『恋人』は力が弱い。髪の毛一本動かす力さえもない史上最弱のスタンドさ」

 

 ダンが自分の調子を取り戻して自慢げに語る中、澪はすすーっとジョセフの方へ移動を始めた。

 

「だがね、人間を殺すのに力なんぞいらんのだよ! わかるかね諸君!」

 

 確かに人を殺すのにさしたる力はいらない。濡れた布巾でさえ人を殺すには十分だ。

 

「この私がもし交通事故にあったり、偶然にも野球のボールがぶつかって来たり、つまずいて転んだとしてもミスタ・ジョースター、あなたの身には何倍ものダメージとなってふりかかるのだ……」

 

 そしてダンはジョセフを人質に、こちらへの攻撃を妨げようという魂胆なのだろう。何倍、という言葉はこちらへの牽制だろうか。

 ダンがこきこき、と指を鳴らせばジョセフにすら感覚が伝わるらしい。

 

「ひ、左手の義手にさえ本物の感覚が……」

「そして十分もすれば、脳が食い破られエンヤ婆のようになって、死ぬ」

 

 その死刑宣告でとうとう沸点を超えたらしい承太郎が、ダンの胸ぐらを掴んでフルスイングの準備をした。

 

「承太郎落ち着け! 馬鹿はよせ!」

「いいや、こいつに痛みを感じる間も与えず──瞬間に殺してみせるぜ」

 

 澪とは逆の発想で必殺の圧力をこめた声に、けれどジョセフの呻き声がその動きをにぶらせる。

 

「痛みも感じない一瞬、か。ほほう、いいアイデアだ」

 

 いかにも渋々、といった体で胸ぐらから手を離す承太郎を、ダンが鼻でせせら笑った。

 

「やってみろ承太郎。面白いな、どこを瞬間にブッ飛ばす? ほれ、顔か、のどか?」

 

 いかにも挑発しているダンの言葉で怒りゲージがどんどん溜まっていく承太郎の気配を背中で感じながら、澪はジョセフの肩に手を置いた。

 

「ジョセフ、大丈夫?」

「あ、ああ……」

「よかった。じゃあさ」

 

 にっこり笑ったその表情に、ジョセフはさっきより不穏な感じを覚えた。

 

「ちょっと検証実験させて」

「……実験?」

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 自分を殺す気でいると分かっていても、ダンは挑発をやめない。

 

「それとも、スタンドはやめて石で頭を叩き潰すってのはどうだ? ほら、石を拾ってやるよ」

 

 嘲笑しながら手頃な石ころを見せつけるダンに、承太郎はもはや怒髪天である。

 

「あまりなめた態度とるんじゃあねーぜ、俺は、やると言ったらやる男だぜ」

 

 『星の白金』が背後霊よろしく現れ、拳を振りかぶる。

 

「はやまるなッ! 承太郎ッ!!」

 

 寸でのところで花京院が『法皇の緑』を出して承太郎を止めたが、それで彼の怒りがおさまるはずもない。

 

「こいつの能力はすでに見たろう! 自分の祖父を殺す気かッ!」

「ほ、本当にやりかねねーヤツだからな」

 

 ごくりとポルナレフが息を呑み、ダンを睨み付ける。

 

「ほう」

 

 再度殴りかかられたダンは、承太郎めがけて仕返しをしようというのか拳を繰り出そうとした──直後。

 

「ッ!?」

 

 その身体がびくん、と硬直した。

 ダンの頬がぴくぴくと引きつり、やがて大きく吹き出す。

 

「ぶふッ、う、っく、くく、くくくくく、ははッ! な、なんだ!?」

 

 突然身体をくの字に曲げて笑い出すダンだが、本人にとっても計算外だったのか目を白黒させていた。

 身体のあちこちを掻きむしりながら笑いの奔流に巻き込まれ、妙な笑声が続く。

 

「な、なんだ? 急に笑い出しやがって……ん?」

 

 思わず身を引いた承太郎は、そこでようやく背後で行われている変な状況に気が付いた。

 

「や、やめ! 儂がそこ弱いの知って、ぶふっ、はは! ふひゃはははははははああははははっはッッ!! ひぃーッ!」

「そぉーれよいではないかよいではないか~」

 

 澪がジョセフの身体の至る所をこちょがしていたのだ。

 時代劇の悪代官みたいな台詞を吐きながら嬉々としてジョセフをいじめる様子は心底楽しそうである。

 

「澪、ええと、なにしてるんだい?」

「検証実験! ほら典明くんも手伝って!」

「いや、さすがに……」

 

 「残念」と呟いてひぃひぃと息も絶え絶えに笑うジョセフと、ダンが同様に身体をくねらせもがいているのを確認し、澪は転瞬、無表情になると。

 

「御免!」

 

 身体を折り曲げていたジョセフにその足で──思いっきり彼の股間を強打した。

 

「の、NOぉおおおおおおッ!!」

「ぐぎゃぶッ!?」

 

 その場からダンとジョセフは同時に崩れ落ち、股間をおさえてのたうち回る。

 ダンに至っては口の端から泡をこぼして悶絶していた。どうやら、お互いがお互いに影響を与え合っているらしい。

 

 鬼畜の荒技で確信を得ると、澪はジョセフの頭を両手でぽっすぽっすと叩いた。

 

「これで証拠は揃ったぜ! ホントごめんねジョセフ!」

「ぐふぅ、お、女の子には分からんかもしれんが、男の子はな、ここを蹴られると……むうぅ」

 

 股間を押さえたまま地面に顔を埋めてぶるぶるしているジョセフに、男性諸氏が同情の目線を向けた。あれは痛い。

 

「検証実験はいいが、お前、何を掴んだんだ」

 

 以前、自分も検証実験と称されて攻撃されたことがある承太郎の言葉に澪はにぃ、と口の端を上げた。

 

「ジョセフの痛みもある程度ダンさんにフィードバックされること。くすぐりとかの感覚は等価くらいで跳ね返ること。あとは」

 

 先程の少年に持ってきてもらったのか、いつの間にか発砲スチロールの塊を持っていた澪はためらいなんて欠片もなくその表面に指先を這わせ、

 

 ぎゅきーっと爪で引っ掻いた。

 

「ひぃッ!?」

 

 黒板をチョークでひっかいた時のアレに相当する──人によってはそれより不快な不協和音がダンのみならず全員の鼓膜を打撃し、みんな耳を塞いだり身体を跳ねさせたりと忙しい。

 

「お、お、おま、澪……」

 

 涙目のポルナレフはよっぽどこの音が嫌いらしい。

 

「ありゃ、ポルナレフさんも苦手でしたか」

 

 とか言いながら、更に爪でキーキーやる澪の背後に鬼が見える。

 

「は、歯が浮くんだよその音……頼む、勘弁してくれ!」

「ぼくもこの音、辛い……」

 

 繊細な花京院とポルナレフという、なぜか味方から待ったがかかってしまい「ちぇー」と舌打ちして発砲スチロールを捨てる。

 ちなみに承太郎は平然としており、ダンは眉をしかめて耳を塞ぎ、ジョセフは頭を押さえて悶絶していた。

 

「音だと皆に迷惑かかるか……あ、じゃあどっちかの口にアルミホイル突っ込もうかな」

 

 うっかり想像してしまったのか、制服組とダンが口元を押さえた。

 

「殺す気かーッ!?」

「だっ」

 

 歯が浮く、という言葉からヒントを得て更におそろしい事を呟いている澪の頭を、とうとうジョセフがひっぱたいた。

 ぶったたかれた頭を押さえながら澪は唇を尖らせ、不満顔。

 

「アルミホイル噛んでも人間死なないよ、失敬な」

「肉体云々以前に精神が悲鳴を上げるわ! 儂になんの恨みがあるんじゃ澪!? 不満があるなら言ってくれ今すぐ直すから!」

「いや、ジョセフじゃなくてそこのダンさんにあるんだけど」

 

 追い詰められすぎて倦怠期を迎えた恋人みたいなことを言い始めるジョセフに胸元を掴まれてガクガク揺さぶられながらも、その視線はダンに向いたまま小揺るぎもしない。

 

 ターゲットロックオンされているダンの余裕は大分消え失せている。

 

 そう、澪はある意味DIOよりこすっからくてタチが悪い。

 嫌がらせをいっぱい知っている上に実行することを躊躇しない、ダンにとってとても相性が悪い存在だったのだ。

 

「音波もきくみたいだけど決定打にはなりそうにもないし……あ」

 

 ぴん、と頭に電球が灯ったような表情をする澪に、全員が嫌な予感を覚えた。

 

 で、当たった。

 

「ジョセフ、ちょっと男娼窟行ってきなよ」

 

 無表情で呟いてくい、と親指で薄暗く細い路地を示す。

 その目つきは酒が入っているわけでもないのに据わっていた。

 

「……ファッ!?」

 

 ようやく回復したというのに、難易度どころか無意味にステージの高い要求をされたジョセフの口からアヒルのような声が出た。

 対する澪の態度は淡々としたものだ。

 

「感覚を共有しているならガチの方ならともかく、さすがにファッ○される感触味わいたくないだろうからスタンド逃げるかも」

 

 痛みもある程度共有しているというなら、快感なら尚更だろう。

 これでジョセフが新たな扉を開いてしまったとしたらあとで謝罪のひとつもするが、死ぬよりマシだと本気で思う。

 

「女の子が○ァックとか言うんじゃありません!」

「命かかってるし旅の恥はかき捨てという偉人の言葉もあるので、前立腺開発のひとつやふたつで助かるならまぁ」

「それ以上たたみかけるんじゃあない!」

「それ成功しても儂に拭えぬトラウマが刻まれるんじゃけど!?」

 

 ポルナレフが顔を真っ赤にして怒鳴り、花京院が突っ込んでジョセフが尻を押さえて悲鳴を上げた。カオスである。

 しかしトンデモ発言を連発している本人はしれっとしたものだ。

 

「? だって前はスージーQのだし」

「澪の儂の嫁に対する気遣いが今だけ痛い!」

「カーズに左手吹っ飛ばされるより軽いってたぶん。本職の人なら巧いだろうし、いい経験だと思ってレッツプレーイ」

 

 もはやダンに対する嫌がらせしか頭にない澪が死んだ魚の如き目つきでずぼっ、と女の子がやっちゃいけない指の形を作った。

 思わずスティーリー・ダンを含めた男衆全員が自分の尻辺りを押さえ、ジョセフなんかほぼ涙目である。

 

「戦友のせいで儂の後ろの処女がかつてないピンチ!? 助けてシーザーちゃん!」

「処女とか言うな」

 

 スージーQよりリサリサの血の濃い孫が養豚場の豚を見る目で注視してきたので、ジョセフは心が折れそうになった。

 シーザーの名前を出されて少しだけ頭が冷えたのか、澪は腕を組んで渋い顔になる。

 

「シーザーにはさすがに勧められないな~、憤死しそう」

「その気遣いもうちょっとこっちに分配しろよ! なんで俺ばっかりそんなアタリが強ぇんだよお前はよォ!」

 

 思わず当時の口調に戻るジョセフに、悪鬼羅刹の所行を繰り出しまくった張本人はごく普通に返す。

 

「いや、脳に入り込まれたのが承太郎でも典明くんでもポルナレフさんでも同じ事言うし、するよ。僕は」

 

 要するに入り込まれた己の不運を呪って下さい、ということだ。

 全員のジョセフに対する視線が生温くなっていった。自分じゃなくてよかった、という安堵のそれである。

 

「く、クレイジー……さすがDIO様の姉君。いともたやすく提案されるえげつない行為……」

 

 物凄い提案を怒濤の如く繰り広げられ、息を呑んで冷や汗を拭うダン。

 彼の中で澪の評価がどうなってるのかは知らないが、変なところで感心されても嬉しくないのだった。

 

「しかし! 残念でしたね澪様! わ、私はお察しの通りの者ですので、そのような辱m……真似をされても無意味なのですよ!」

 

 「おい、今声震えてたぞ」「辱めって言いかけたね」「アイツたぶんノンケだぜ」ひそひそ。

 

「だまれ外野! し、しかし『肉の芽』がある限りそんな時間もないだろう!」

 

 ビシィ、とダンは承太郎に指を差す。

 

「ジョースターのじじいが死んだらその次は、貴様の脳に『恋人』を滑り込ませて殺すッ!」

 

 ダンが次の殺人宣告をしたその時だった。

 示し合わせたようにジョセフと花京院が走り出し、ポルナレフもその後を追った。

 背中がどんどん小さくなり、花京院がこちらを振り向いて怒鳴る。

 

「承太郎! そいつはもとより澪をジョースターさんに近付けるなよ! 何しでかすかわからん! あとそいつからできるだけ遠くへ離れる!」

「ああ」

「うわあ、今のいざこざで僕の株大暴落……」

 

 力強く請け負い、自分の襟首をがっしり掴んで離さない承太郎によってじゃっかん理性が戻ってくる澪だった。

 

 

 

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