星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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31.カツアゲセクハラなんでもありあり

 

 

 承太郎に襟首を掴まれたまま、ダンに向かって猫のようにフーフー威嚇していた澪も徐々に落ち着きを取り戻してきた。

 

 花京院たちが走り出した理由は、以前アヴドゥルに聞いたスタンドの射程距離だと思う。

 スタンド使いは自分のスタンドを意のままに操れる範囲というものがあり、その距離は能力に比例するとかなんとか。

 たとえば承太郎の『星の白金』は無類の強さを誇るが射程距離が短く、花京院の『法皇の緑』は広範囲まで伸びるが膂力に劣る。

 

 つまりはそういうことだ。

 

「なるほど、遠くへ離れればスタンドの力は消えてしまうと考えてのことか」

 

 そう考えると、ダンのスタンドが自称する通りだとするとあまり期待できない。髪の毛一本も動かせないという話だし。

 

「だがな、物事というのは短所がすなわち長所になる」

 

 自分のスタンドを熟知しているからか、その顔は小憎らしいほど余裕である。

 

「私のスタンド『恋人』は力が弱い分、一度体内へ入ったらどのスタンドより遠隔まで操作可能なのだ。何百キロもな……」

 

 本気で逃げるなら国外逃亡くらいしかないということか。これで射程距離から逃れるという方策は消えて失せた。

 しかし、よくもまぁ自分の能力についてここまでベラベラとご高説ぶってくれるものである。

 

「……」

 

 本人からのご教授のみを頼りに考るならば、『恋人』というスタンドは暗躍、むしろ隠密行動でこそ真価を発揮する能力だ。

 本人がしゃしゃり出ずにエンヤ婆を殺害し、そのままジョセフの脳内に肉の芽を植え付け、成長を待ちつつどこかで自傷行為でもしていればそれで役目は完了していた。

 あとはこちらに登場することなく逃げ回りながら各個撃破していけば、こちらは全滅の憂き目にあっていただろう。

 

 しかし、実際は目立ちたがりなのかはっちゃけてしまったのかは知らないが、ダンはこちらに姿を現して、懇切丁寧に能力の説明までしてくれている。

 弱いという自覚がありながら弱者としての立ち回りをしないということは、よっぽどの自信家か慢心野郎のどっちかだ。たぶん後者だ。

 

 つまり、ごく単純な事実のみを並べるならばスティーリー・ダンは既に詰んでいる。

 

 ダンは能力の性質上、ジョセフを間接的に痛めつけることはできても即死に至らしめることはできない。

 ジョセフの命を盾に承太郎に今すぐ自害しろ、とか言い出さないのは取引として成り立たないことを自覚しているからだ。

 

 ミリ秒単位で人質を殺せる。

 

 それくらいの生殺与奪を掌握していなければ、死を問うような脅しは意味をなさない。

 彼が握っているのは、あくまでジョセフを死に至らしめることのできる『手段』と『痛み』だけであって『即死』に直結していないのだ。薬莢が空になっている銃口を突きつけながら弾丸を作っているようなものだ。

 

 肉の芽の成長を待つ、ないしスタンドで神経を切断するにしても時間がかかる。

 先程遁走したジョセフたちはこれから知恵とか根性を駆使して『恋人』を撃退する方策を編み出し、実行するだろう。その点に関しては頭脳面の要である花京院がついているので確信があった。

 

 ここまで考えれば、残った自分の役目は自ずと見えてくる。

 

 なだめすかして幇間さながらに持ち上げて、ご機嫌取りのひとつでもすれば話は丸く収まるのだろうが、承太郎と自分では限りなく望み薄なのが難点である。もう十分ケンカを売ってしまった。

 

「おい承太郎、おめーに話してんだよ。なに澄ました顔して視線避けてるんだよ、こっち見ろ!」

 

 早速不躾な態度を取った承太郎の胸ぐらをダンが掴んで引き寄せている。

 

「テメェ、だんだん品が悪くなってきたな」

 

 じろりと横目で睨む承太郎。おそらくダンの口調はこちらが素なのだろう。なんというか、とても小物っぽい。

 

「貴様、ジョセフが死ぬまでこの私につきまとうつもりか」

 

 下手に見逃してもやたらと自傷行為に走られても問題なので、そうせざるを得ない。

 本当は、好き勝手に動かれるよりダンをふん縛ってどっかに転がして観察でもしたいところだが、それでジョセフも動けなくなると困る。

 

「ダンとか言ったな、このツケは必ず払ってもらうぜ」

 

 承太郎の言葉に自分の優位を信じて疑っていないダンは、馬鹿にするようにくつくつと笑う。

 

「そういうつもりでつきまとうなら、もっと借りとくとするか……」

 

 ダンは無遠慮に承太郎の制服に手を突っ込んで財布を抜き取り、ついでに腕時計も外してから財布の中身を物色し始める。

 

「これしか持ってないのか。時計は生意気にタグホイヤーだがな、借りとくぜ」

 

 こりゃ完全にチンピラだ。

 

 承太郎は無の心というかなけなしの自制心でカツアゲにも反応していないが、その内部でとぐろを巻いているであろう殺意と憤怒の気配が微妙に伝わってきてひやひやする。

 しかし、ここまで堅実に自分の死亡フラグを着々と建設している人間もいっそ珍しいのではないだろうか。

 一周して妙に冷静になってきた澪はなんとなく言ってしまった。

 

「タグホイヤーってなに」

「スイスのメーカーだ」

 

 ダンにイライラするより澪と会話する方が楽なのか、承太郎は答えてくれた。

 ブランド品にあまり興味はないが、彼が身につけている靴とか時計はいちいち恰好いいなぁと思っていたのでブランド品と分かって納得する。一流の男ですね。

 

「高いの?」

「それなりだな」

 

 承太郎のそれなりはあてにならない。

 たぶん高校生が普段使いにしていいい時計には見合わない額だろう。

 

「そうそう、澪様。私はあなたについてもDIO様からご命令を頂いています」

 

 澪に対してはDIOのあれこれがあるのか、慇懃な態度を多少保っている。

 

「攫ってこいってやつですか?」

「ええ。それと」

 

 瞬間、時計を握った拳が澪の顔面めがけて繰り出され──つい本能で避けてしまった。頬の横を鋭い風だけが抜けていく。

 承太郎が目を瞠り、澪は平気と小さく首を振って反撃しそうになっていた手をこっそりほどいて息を吐く。危ない危ない。痛みはジョセフに直通する。

 

「ッチ、今のを避けますか」

「テメェ、コイツまで……!」

 

 承太郎のみならず、ダンの頬までぴくぴくと痙攣している。面白くないのだろう。

 まぁ、言いたいことはよく分かった。

 

「腕の一本くらいまでは許容するって感じですかね」

 

 自分も当時ディオをボコスカしたし、予想の範疇なので問題はない。

 うちの姉弟喧嘩ではよくあることです。

 

「ああ、些少の傷であなたが変わることはないとの仰せ。次に避ければジョセフ・ジョースターの身に更なる危険が迫ることになるのでお忘れなく。しかし……」

 

 肩を竦めておっかないことを平気で口にする澪の様子があまりに変わらないので、ダンも業を煮やし始めているようだった。

 

「ああ」

 

 そこで何か思いついたように口の端をにやりと上げる。

 

「エンヤ婆の血で服が汚れてしまいましたね。通報されても面倒ですし、着替えて頂けますか……この場で」

「なっ……!」

 

 澪よりも承太郎の方が反応が早かった。

 どうやら、肉体面より精神的にダメージを与えることにしたようだ。

 ここで仮に通報されると、犯人は被害者の言で決まるので、この場合十中八九ダンが犯人扱いされるだろうし、嫌がらせとしては最上だろう。

 承太郎がさすがに驚いた、というより更に怒りゲージを溜めてダンを睨み付ける。今なら視線で人のひとりくらい殺せそうだ。

 

 とはいえ、澪をそこらの少女と同列に扱ってもあまり意味がない。

 

「いっすよー」

 

 即答だった。

 

「いいのか、澪」

 

 あまりの軽いノリだったせいか聞いてきたのはなぜか承太郎で、ダンは微妙な表情で動きを止めた。

 澪の方がむしろ怪訝そうに眉を寄せる。

 

「広い世の中といえど性別なんて男と女と、まぁ、工事中の方は置いておくにしても全裸になるわけでなし。着替えくらいでぐだぐだ抜かさないよ、時間も惜しいしね」

「恥じらいとかないのかこいつ……」

 

 悔しそうにダンが呻いているが、そんな事を言われても、である。

 シーザーがこの場にいたらたぶんブチ切れてそのままお説教へと突入するであろう澪の言だが、ここにはシーザーはいないので問題ない。

 というか、修業時代に似たような事案を起こしてそれはもう小言の乱れ打ちで辟易したもんだが閑話休題。

 

「まぁ、見てもがっかりするだけだと思いますけど」

 

 ジョセフの痛みを盾にイニシアティブを握られている現状、下手に逆らってもいいことはない。

 

 なので、澪は肩を竦めてケバブを売っていたひさしの下に移動すると、ごく普通に着替えをするべく──とりあえず片方の内ポケットからアーミーナイフと細身のシースナイフを取り出し、もう片方から布に包まれた鍼灸用の鍼、それからズボンの裾からは折りたためるタイプのフォールディングナイフを、

 

「ちょ、ちょっと待て!」

「はい?」

 

 ダンが慌てて待ったをかけてきたので、澪は中途半端な姿勢で首を傾げた。承太郎も目を丸くしている。

 

「なんでしょう?」

「お、お前、いつもそんなもん持ち歩いているのか……?」

 

 気が動転しているのか、敬語が抜け落ちている。

 

「? これくらい、べつに普通でしょ。敵地にノー装備で突っ立ってるわけにもいかないですし、今日は少ない方かな」

 

 いつスタンド使いが襲ってくるか分からない。

 自分にはスタンドでの反撃はできない=自分の身は自分で守る。陸路なら金属探知機に引っかからないし、遠慮なく仕込んでいた。

 ベルトに仕込んでいたピアノ線をぴーっと引いて淀みのない動きでくるくると巻いていく。

 

「それで少ないのかよ」

 

 ここまでくると呆れたように承太郎が尋ねてきたので、軽く頷いておく。

 

「時と場合によるけど……小狐丸装備の時はもうちょい減るし、そうじゃない時はもっと色々隠し弾とか、うん、色々」

 

 柱の男戦の時なんか、シュトロハイム大佐より授けられし手榴弾と閃光弾のダブルコンボなんてさすがに言えないけれど。

 本人は知らないが、それは既にジョセフによって暴露されていたりする。

 

「女の子の服には秘密がいっぱいあるんだよ」

「……そうか」

 

 秘密というより凶器がいっぱいコレクションなのだが、承太郎はだいぶ何かを諦めた感じで帽子をいじるだけだった。

 澪はてきぱきそれらをまとめ、最後に縫製セットを取り出してリュックに突っ込み、ついでに着替えを取り出す。

 

「昔は靴にも仕込んでたんだけど、今回は長距離用だったからさ。残念」

 

 ダンが呆気にとられたように見つめる中、澪は血糊が乾いてパリパリしているパーカーを脱ぎ捨て、中のシャツもすぽんと抜いてベルトを外せばズボンも落ちた。

 エンヤ婆との邂逅からこっち、警戒を強めた澪はいつ『仕事着』に着替えてもいいように胸にはきっちりサラシを巻いて足はトレンカ。

 ついでに馬車で尻が痛かったので短いスパッツをはいて、おまけにパキスタンの夜が冷えるもんだから腹巻きをしていた。

 

「……」

「……」

 

 おそらく、これに萌えられるマニアはニッチとかそういう領域すら越えているだろう。

 本人の言う通り、がっかり、というかがっかりすら通り越してただのおっさんクオリティだった。

 そして二人が言葉を失っている間にちゃっちゃと着替えたのは、上下ともに小豆色のジャージである。名札までついていた。これに萌えられるマニアは以下略。

 

「他にないのかよ!?」

 

 反射的に出てきたらしいダンの突っ込みに澪はフツーにないです、と返した。

 

「なんせ『おしゃまセット』はえーとエ○ゲ触手、じゃない『黄色の節制』戦でボロキレにされましたし、体操着じゃ寒いし」

 

 仕事着を着てもよかったのだが、なんとなくイヤだった。

 花京院に聞いてなかったのか「なんで体操着持ってやがるんだ」とか承太郎がブツクサ言っていたが気にしない。

 澪の愛顧も長いこの一品。要するに着古してくたびれた感じのジャージのポケットに両手を突っ込んで立っている澪の様子はこの土地には全く合っておらず、ぶっちゃけダサい。貧窮している苦学生みたいだった。

 

「うちの学校のジャージじゃねぇか」

「そうそう、これ楽で大好きー」

「も、もうちょっとまともな服用意しとけよ……!」

 

 片手で顔面を覆ってうなだれているダンである。

 これを尊崇しているDIOの義姉と考えると、無性に申し訳ない気持ちに駆られた。

 

「そ、そうだ! お荷物はこちらで預からせて頂きますよ! 何が入っているか分かりませんからね」

 

 気を持ち直したらしいダンがずいっと手を差し出す。承太郎と同様、中身を漁ろうという魂胆なのだろう。

 だが、本人の返答は微妙だった。

 

「はぁ、持てるといいんですけど」

 

 ごそごそとリュックを降ろして特に不満を吐くでなく、素直に差し出す澪。ここで疑っておけばよかったのに。

 

「馬鹿にしているのか? こんなも、のぉッ!?」

 

 にやにや顔のダンがそれをひったくった途端、めごしっ! と音を立ててリュックが地面に落ちた。

 

「!!??」

 

 重力に従って地面に鎮座しているリュックサックは、ダンがいくら引いてもびくともしない。

 重いというより、そのまま空間に固定されているみたいだ。

 

「い、ぐ、貴様、さてはスタンドを使っているな!?」

 

 敬語も吹き飛び、リュックの端を握ったまま持ち上げようと四苦八苦している様子は某有名パントマイムみたいだった。承太郎はちょっぴり溜飲の下がった顔つきをしている。

 

 澪は心なし誇らしげにむふんと胸を張った。

 

「スタンドじゃなくて義父の愛です」

 

 義父の愛(物理)。

 

 

 




彼女のリュックは魔法()のリュックです
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