星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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34.太陽

 

 『恋人』を倒した僕らはカラチからそのまま船でペルシャ湾を渡り、アラブ首長国連邦はアブダビに到着した。

 イランからイラクへ行く、というルートは政情不安でスタンド使い云々の前にどんないざこざがあるか分からないので避けるしかなかったのだ。

 

 そして、着くや否やジョセフは車を買うぞーと言って本当に販売店に入ってエアコン付きの高級車をポンと買っていた。販売店の人の恵比寿顔もまぶしい。……この旅路で自分の金銭感覚がおかしくなりそうでちょっと怖い。

 

 でもエアコン最高。店内大好き。

 

「ふぁあふ」

「おい、そろそろ行くぞ。寝るなら車の中にしなさい」

「はぁい」

 

 ジョセフがとても保護者っぽいことを言うので口元を押さえ、良い子のお返事をしながらソファからのろのろと立ち上がる。

 

 あんまり気持ちがいいから眠くなってきてしまった。

 さすがに疲れが出てきたのか、今日は気怠い感じが抜けない。寒暖の差が激しすぎて身体が不具合を起こしているらしい。

 

 車に乗り込んでもそれは同じで、クーラーの涼しさで頭にもやがかかる。

 

「しかしたまげたなぁ、この国は。どの家も豪邸だらけじゃねーか!」

 

 確かに、窓の外に見える住宅街の様子が豪邸街と言った方がしっくりくる。

 どの家も立派な建物で、贅を凝らしているとよく分かった。

 

「東京なら三十億四十億しそうな家ばかりだ。これがこの国の普通の人々の暮らしぶりらしい……」

 

 二十年ほど前に起きたオイルショックによる過剰なまでの利益が、こうした豪邸を作り上げているそうな。

 なんかそれ授業でやったなぁ、教科書に載ってたっけ、それとも時事系の特番で見たんだろうか。だめだ思い出せない、というか、えーと……。

 

「澪、眠いなら寝ていいんだよ」

 

 こっくりこっくり、船をこいでいると典明くんが優しい声で言ってくれた。

 

「うー、んー……」

「着いたら起こしてあげるから」

「おい、あんまり甘やかすなよ」

 

 承太郎の声も聞こえたけど、言葉のわりには強制力のない感じだった。

 

「さすがに疲れが出ているんだろう、ここまで大変だったからね」

「……ふん」

 

 大変かそうでないかを問われると、大変はそうだけど慣れっこなのでそこまでではなかったりする。

 単に暑い国に入ってから眠りが浅いのだ。昨日のホテルエアコン壊れてたし、部屋替えてもらうの面倒でそのまま寝ちゃったんだけど、寝苦しくってしょうがなかった。

 やっぱりあそこでフロントに電話すればよかった。しくじった。

 

「ごめん、ねる」

 

 頭もまともに動かなくなってきたので、リュックを抱き締めて頭を埋める僕だった。

 

 うー、どうでもいいけど尾行車両の気配がやだなぁ、気になる。でも眠い。襲ってこないならいいか。いいな。とにかく寝よう。

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 案の定、承太郎に叩き起こされ車から出た。

 

 しかし、車でもあんまり熟睡できなかったのが残念である。

 痛いほどにぎらつく日光の下で、沢山のラクダの鳴き声がする。何本かの椰子の木や布張りの大きなテントを中心に建物がいくつかあって、集落といった様子だ。

 

 ここからはラクダで砂漠を踏破してヤプリーンという村に行き、そこからセスナ機で砂漠を横断するつもりらしい。

 悪運の強いジョセフだから仮に落ちても本人は助かるだろうが自分たちはどうだろう。もはや落ちる前提でものを考えている自分が我ながら情けないが、ジョセフには前科がある。これは仕方がないのだ。

 

「ジョセフが乗ると、落ちない飛行機も落ちそうだよね」

「うるさいわい」

 

 帽子を被り直したジョセフはさっきの高級車と引き替えにラクダと水を購入した。いわゆる物々交換である。

 普通、観光客はラクダをレンタルするのだが、可哀想なことに自分たちの場合、生きて返却できるか分からないから購入するしかないのだ。

 

「ひゃあ睫毛長い! でっかいなぁ! かわえええ!」

 

 目の前に大迫力で迫るラクダに眠気も暑さも吹っ飛び、大はしゃぎする僕である。

 

「相変わらず澪の美的感覚はよくわかんねぇな」

 

 ポルナレフさんが呆れているが、何を言うのか。

 砂漠を越える強靱な足! 生き延びるために進化した瘤! しかもこれから乗っけてくれる! 最高じゃないですか!

 

「うわぁ名前あるのかなぁ聞いておけばよかったなー惜しいことした」

「名前はどうだろう……つけてあげてもいいんじゃないかな」

 

 きみに決めた! とばかりに一匹のラクダの周りをうろうろチョロチョロしていたら典明くんが微苦笑を浮かべた。

 

「じゃあ大砲(おおづつ)!」

「え」

「大砲!」

 

 よし、伝説の力士の名前にあやかってきみは大砲だ。

 栃錦か海鵬で迷ったけど、やっぱり強いコであって欲しい。

 

「いい名前じゃねぇか」

「だよね!」

 

 僕が選んだラクダを見上げて頷く相撲好きの承太郎に、得たりとばかりに目を輝かせると典明くんが「ちょっとぼくには分からない世界だ……」と呟いていた。

 

「ど、どうやって乗るんだ? 高さが三メートルもあるぞ?」

 

 ラクダを見上げながらポルナレフさんがぼやき、ジョセフが得意そうに一匹の手綱を掴んだ。

 

「あのじゃな、ラクダっていうのはな、まず座らせてから……ッ乗るんだよぉおおお」

 

 言いながら渾身の力で引っ張っているようだが、ラクダはびくともしない。つよい(確信)。

 顎も動かさず平然としているラクダを座らせることは諦めたのか、ジョセフはそのままよじ登ろうとし始めた。

 

「ちょ、ちょっと待っておれ! 今すぐ座るからな!」

 

 「座れ! 座りやがれ!」とラクダの胴体にかじりつくジョセフ。ああ、座るってラクダの方か。

 あんまり無理矢理やっても、たぶんご機嫌を損ねるだけでうまくいかないような気がするけど。

 

「ジョセフー、あんまりぐいぐいやるとラクダがご機嫌斜めになっちゃうよ」

「座らせんと話が始まらん! いいから儂の手綱捌きを見ておれ!」

 

 しかしラクダの方も頑固なもので、ジョセフが押しても引いてもびくともしない。信頼関係ゼロである。

 あと乗った経験があるのかと思っていたら映画知識ということも露見して、承太郎たちも呆れ顔だ。

 ジョセフは途中で顔面に唾まで吐かれて散々である。「日焼け止めになる」と嘯いているが笑顔が引きつっていた。

 

 なんというか、頑張れ。

 

「いいか、動物なんてもんはなぁ……気持ちを理解してやることが大切なんじゃ」

 

 ジョセフはもはや自力は諦めたのか、自前のリュックからリンゴを取り出してにやりと笑った。動物って自分を軽んじている人に敏感だから言動には気を付けましょう。

 リンゴで釣ってなんとかラクダを座らせたジョセフはこっちを向いて得意満面。

 

「見ろ! な! 座ったぞ!」

 

 年甲斐もなく大はしゃぎである。

 ああ、こういうの見るとジョセフって感じだなと思う。

 

「ラクダの気持ちを理解してやれば座ってくれるのじゃ! けけけけ」

 

 あんまり悔しかったせいか、あくどい笑い声で意気揚々とラクダに乗って、立ち上がったラクダの上から注意事項やら豆知識やらを披露してくれた。楽しそうで何よりです。

 

「リズムに逆らわずに乗るんじゃ……こういう風に!」

 

 そう言って、目の前で模範演技よろしく歩かせようとしたジョセフだが、ラクダは当然のように言うことをてんで聞かずにいきなり走り始めてしまった。

 

「ま、待てこら!」

 

 右に行ったり突然方向転換したり、とこれはもはや嫌がらせの域ではなかろうか。

 よっぽどジョセフのやり口が気にくわなかったのだろう。

 

「はっ、速い……!」

 

 当然ジョセフはラクダの行動に身体が追いつかず、すごく振り回されている。

 正直ぜんぜん参考にならないので、僕は試しに大砲を見上げてつん、とごく軽く手綱を引っ張ってみた。

 売ってくれたおじさんが言うには騎乗用に訓練されているラクダなのだから、合図とかも調教済みなんじゃないのかな。

 

 反応して大砲が真っ黒な瞳でこちらをじぃっと見つめてきたので、さっきよりほんのちょっと強めにもう一度。軽すぎたので確認ということなのかも。えい。

 

「あ、大砲すごい! えらい!」

 

 のっそり膝を折って座ってくれる大砲である。こりゃ、察するにジョセフは強く引っ張りすぎたんだな。

 合図じゃなくていじめだと思われたのかもしれない。

 

「おい今どうやった」

「ちょっと引っ張っただけだよ。軽く、こう」

 

 身振り手振りで今のを再現していたら、視界の端っこでジョセフが落馬ならぬ落ラクダしていた。あーあ。

 

 というか。

 

「こんな大事なところでにわか知識なんて困るからいっぺん戻って、ラクダ売ってくれたおじさんに合図とか聞きに行こうよ」

「そりゃそうだな」

「なるほど正論だ」

 

 ポルナレフさんが頷き典明くんがナゾ解明! みたいな顔をした。

 

 そもそも、ただでさえ危険な砂漠越えをあやふやな知識でなんとかしようとするのが間違いである。

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 おじさんから正しい知識を学び、ある程度ラクダたちの乗り方を覚えたくらいで僕らは出発した。

 

 見渡す限りの砂漠だ。

 背の低い灌木ばかりが這うように生えていて、黒い影がくっきりと浮かんでいる。砂の複雑な紋様の上を、かんかん照りの太陽が焦げ付くような光を放つ。

 

 空は絵の具みたいなコバルトブルーで、大地は浅い褐色だ。単調なのに、凄みのある景色に少し感嘆を覚えた。

 

 日除けに厚手のショールを被っているから、痛いくらいの日差しは大分和らいでいるけど、暑いもんは暑い。うっすらと汗が浮いて、乾いて、肌がぴりぴりする。

 

「……」

 

 それはそれとして、出発から早数時間。僕のストレスは頂点に達しようとしていた。

 

 だって、尾行してくる気配が煩わしい。

 

 無視できるほど遠くないけど、相手するのは面倒。それぐらいのつかず離れずの距離を保って半日以上ついて回られると、さすがに僕だってムカつくぞ。

 車で寝ちゃったりしてたから他の皆が気付いているかどうかは知らないけど、襲うつもりなのか単なる偵察なのか。こんな砂漠までついてくるのは結構だが、するならするでもうちょっと隠し方があるだろう。

 

 ここんところ連戦続きだし、前回なんか承太郎が完全に相手をノックアウトしてしまったのでこっちはろくろく発散できてない。鬱憤が溜まる。暑さも要因のひとつだ。

 

 人間、あんまり暑いと気が短くなる。些細なことで苛ついて、判断力がにぶってしまう。

 

 でも半日以上我慢したし、もういいだろうか。

 暑い。視線。大砲可愛い。こんな気候に適応してるのすごい。でも暑い。視線気になる。落ち着かない。汗で服が張りついて不快だ。ムカつく。

 

 全体に向けられていた不快な視線がほんの一瞬、こっちを伺ったのが分かった。

 

 それで、さすがに限界だった。

 

「ねー、ジョセフ」

 

 遂にイライラがマッハとなった僕はジョセフを呼ばった。

 あんまり口を開くと喉が渇くという理由で口数も減っていたので、突然の呼びかけにジョセフが弾かれたように振り向く。

 

「どうした?」

「さっきからついて来てるアレ、ジョセフの知り合い? それとも追いはぎ? スタンド使い? なに、それとも承太郎がどっかで恨みでも買ったの」

 

 視線がうぜぇ。

 

 こんな遮蔽物のないところで気配も隠さずにガン見されれば猿でも気付くわ。せめて隠す努力をしろ、努力を。

 

「……What?」

「なんの話だ?」

 

 ジョセフと首をひねるポルナレフさんにちょっぴりイラッとした。たぶん睡眠不足もあるのだろうけど、小さなことが鼻につく。

 よくないとは思いつつも止まれない。

 

「だーかーら、車っからずっとついて来てるヤツ。せっかく車の中涼しかったのに気になってさっきあんま眠れなくて、大砲は可愛いからいいけど、暑いし、うっざい。さいあく」

 

 後ろを親指で示しながら、ぐらんぐらんしつつぼやく。

 僕の索敵能力を舐めるなよ。こちとら生きるか死ぬかの瀬戸際で鍛えてきた感覚だ。殺気含みの視線なら100m以内ぐらいなんて余裕だわ。

 つうか、なんでみんな気付かないんだよ。いや気付いてるかもしれないけど、位置掴めるようになろう。危機感で育てよ。

 あー、『恋人』戦の打撲はまだ熱持ってるし日差しがジリジリするし、湿布ぬるくなっちゃったし、イライラする。なんかすごいムカムカきてる。いらいらいらいら。

 

「ど、どこだよ! 俺には見えねぇぜ!?」

 

 ぶちっ。

 

「呑気してんじゃねぇよッ!」

「なんで俺罵倒されてるの!?」

 

 ポルナレフさんの言葉で一気に頭が沸騰して、自分でも何言ってんのかよく分からない。

 血管が焼きごてみたいになって、脳天から湯気が出ている気がする。が、身体はイライラの種を潰すべく全力で動いていた。

 ショールが落ちて、僕はリュックから小狐丸をぶっこ抜きながら大砲から飛び降り、砂礫の感触を足裏で確かめながら全力疾走。

 

 目指すはただ一点のみ。

 

「おい!」

「澪!?」

 

 承太郎と典明くんの声が聞こえたがスピードを緩めるつもりは毛頭ない。あっ動いた。逃げるつもりか? ここで逃がすもんか!

 

──喰らえ!

 

 助走はじゅうぶん。僕は渾身の力を込めてぐん、と砂を蹴り上がって跳躍。砂埃が星のように舞い、溜まりに溜まった鬱憤の精算時間がやってくる。

 

「──こ・こ・だっ、つってんだろうがあああッ!!」

 

 今回の諸悪の根源めがけて神速の抜き打ちで描かれる黒刃の文目が雷光の如く奔り抜け──寸の間を置いて、壮烈な音を立てて目の前の金属板が四分割されて砂の上に散らばった。

 全員が驚愕するような気配が伝わったがもう止まらない。止まる気もない。

 ふざけるな、逃げられるとでも思ったか。追いはぎだってここまで来ない。たぶんこいつDIOの配下だ。僕の勘がそう言っている。違っても知らない。そん時考える。

 

「ひ、ひぃッ!?」

 

 変な機械の上で変な声を上げてビビッている変な小男の頬っ面に勢いのまま鞘をぶち当て、砂の上に転がった所を問答無用で攻撃開始。スタンドを使う暇なんかやらないぞ。

 

「いい加減にしろよどいつもこいつも! 殺る気あんのか!?」沸点は留まるところを知らず目の前の敵をドゴドゴドゴドゴ「迂遠な手段ばっか取りやがって! こっちを始末しに来てるくせに! 覚悟も侠気もない奴らばっかり!!」容赦をしてやる理由など欠片もないのでその全身をバキバキバキバキ「こんなだだっ広いところでコソコソしやがって! 悪目立ちするんだよ! ネズミだってまだマシな立ち回りするぞふざけんのも大概にしろぉッ!!」もはや男どころか機械すら巻き込んでズシャズシャズシャズシャ「DIOも部下の教育悪すぎんだろ! 阿呆か! せめてワムウさんぐらいの戦士連れて出直してこいやぁああああッ!!」あらん限りの怒声をぶつけ、持っている全力の暴力を解き放ち躊躇一切せずにぶつけまくった。

 

「ぐげぇえええっぇえええ!!??」

 

 小狐丸を振るい、蹴りを放ち、男が血と砂とよく分からないもので汚れてボロ雑巾の一種と成り果て、機械が原型すら留めぬほどのスクラップと化したくらいで最初に我に返ったのはジョセフだった。

 

「澪! それ以上やるといくらなんでも死ぬぞ!?」

 

 声と同時に何かがお腹の辺りに巻き付いて、世界が真横に移動する。

 一本釣りよろしくジョセフの前にぶら下がる形になって、どうやら『隠者の紫』で回収してくれたようだと理解する。

 

「う、うう、だってぇええ」

 

 しかし非常に残念なことに僕はまだ正気を取り戻していなかった。

 足をぶらぶらさせながらジョセフを睨み付け、ブツブツ愚痴る。

 

「ああいうの、ムカつく。イラつく。頭にくる。暑いし、熱いし、それからあついし!」

「うん、儂らも暑いからな? 砂漠は暑いもんじゃからな? そういう気候で場所なんじゃぞ?」

 

 子供をあやすように言われて、頭を撫でられる。小狐丸を収納しつつ、ぺいっとその手を払いのけた。ふんだ。

 

「そんなん分かってるもん。あとすごい気持ち悪い」

「うん、……うん?」

「それでなんかふらふらして、あたまいたい、だるい」

 

 だってさっきから暑いのに汗でないし、血の気が引いた感じで気持ち悪くなってきちゃった。

 ラクダに酔ったんだろうか。目の前がぐらぐらする。

 

「だからもうこの際、全部ぶつけるしかないかなって、」

「お、おい澪、ちょっと待て。もしかして、お前さん……」

「……?」

 

 ほぼ前後不覚になって目の焦点も合ってない僕をまじまじと見つめていたジョセフが、ぺたりと額に手を当ててきた。右手なのになぜかひんやりする。

 

「あっやっぱり熱中症起こしとるぞ!?」

「さっきから暴走してたのはそのせいかよ!? 物騒すぎんだろ!」

「とりあえず水、水! あと日よけを作って……」

「……起こしてなくても物騒な時は物騒なヤツだけどな」

 

 皆の声が少し遠くておかしいなと思ったら、空の色がいきなり変わった。

 

「わ」

 

 頭上に広がる薔薇色の海。

 

 千万億の薔薇をのべつまくなしまき散らし、たなびく細い雲は金色の飾りだ。

 

「すげ……」

 

 昼と夜の間に訪れる束の間の絶景。

 

 荘厳な景色に心を奪われ、感嘆の吐息を漏らして──覚えているのはそこまでだ。

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 目を覚ますと、頭上に広がる満天の星空。

 

 藍の空を下地に、宝石箱をぶちまけたような無数の煌めきがどこまでも広がっている。そして、その間に伸ばされている白い銀河の腕。

 きっとここでは毎日こんな夜なのだろうけど、ジョースター一行と迎える砂漠の夜を始めて体感している澪にとっては、心が震えるほど美しかった。

 

「すごい」

「うん、すごいね」

 

 声はすごく近くから聞こえた。

 

 視線を動かすと、真上に見える花京院の顔がにっこりと笑った。

 後頭部にごつごつしたぬくもり。一拍遅れて、なんと花京院に膝枕されているのだと分かった。

 リュックは足の下に置かれて、熱中症の人にするセオリーを守っている。

 

「うわ、ごめ」

「はいはいまだ起きない」

 

 頭を柔らかく押さえられて逆戻り、額に手を当てられる。何故か花京院は少し楽しそうだった。

 

「熱は下がったみたいだね、安心した」

 

 その言葉で、ほんの数時間前に自分がやらかしたことがフラッシュバックしてくる。やってしまった。

 両手で顔面を押さえて細い声で呟く。

 

「この度はご面倒をおかけしまして……」

「いいさ、澪が面倒なのは今に始まったことじゃあないし」

 

 焚き火の弾ける音がする。砂漠の夜はしんしんと冷え込む。

 少しだけ起こされて、渡された水筒に礼を言って蓋を開けて慎重に口に含むと僅かな塩気と甘味。経口補水液にごく近い味だ。

 

「みんなは?」

「夕飯の準備してるよ」

 

 どうやら交代で看病してくれていたらしい。非常に申し訳ない。

 

「そういえば、さっきのはやっぱり?」

「ああ、スタンド使いだった」

 

 なんでも『太陽』のスタンド使いだったそうで、その能力は第二の太陽めいたもので灼熱地獄を作り出すというもの。

 さきほど、突然夕方になったのは澪がボコにしたためにスタンドを維持できなくなったからだという。

 

「ラクダも全員無事だし、明日には無事にヤプリーンに着けると思う」

「そか、……よかった」

 

 名前までつけているラクダだ。弱らなくてよかったと思う。

 

「今日はもう襲撃はないだろうから、ゆっくり眠るといい」

 

 さら、と花京院が澪の髪を梳く。

 

 悪心、頭痛、眠気は大分抜けていたが、熱中症特有の気怠さはまだ身体に溜まっている。

 ご飯を食べたら、今日のところはお言葉に甘えて眠らせてもらおう。

 

「うん、明日からまた頑張る」

「澪は少し頑張りすぎだよ」

 

 そうかな? と言ったらそうだよ、と返された。

 穏やかな紫玉の瞳が、慈しむようにこちらを見つめている。

 

「もっと頼って欲しいよ、ぼくはね。みんなもきっとそうだ」

「……ん」

 

 難しいな、と思う。だって自分はみんなを守るためにいるのに。

 頼ってしまったら本末転倒な気がする。だから、別のことを口にした。

 

「僕は、みんなの役に立ててるかな」

「もちろん」

 

 髪を指先で柔らかく梳かれる感触が心地良い。

 

「きっと、澪がいなかったら……ぼくらの怪我はもっと増えてたんじゃないかな」

 

 花京院の言葉はなんだか沁みるように暖かくて、胸の奥にころころと落ちていく。

 金平糖みたいにきらきら光って、星みたいに。

 

「できることは、できるだけさせて欲しいな」

 

 みんなが幸せになれるように。間違っても命を損なわれることがないように。

 そのためにできることがあるなら、なんでもする。

 

「ぼくも、同じだよ」

 

 くしゃくしゃ、と髪の毛を混ぜながら花京院が笑う。どこか悲しそうに、包むように。

 

「澪のためにできることは、できるだけさせて欲しい」

 

 眇められた紫玉に宿る、深い親愛の情。

 

「だめかな?」

 

 そんな尋ね方をする花京院は卑怯だと思う。

 

「……ずるいなぁ、典明くん」

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

 遠くから飯の支度終わったぞ-、とポルナレフの声が聞こえた。

 

「立てるかい?」

「ん、へいき」

 

 二人で歩いていて、ふと例のチャートを思い出した。

 

 今回は確か、

 

『熱燦燦』

 

「いい曲だよね」

「?」

 

 伝説の歌姫とは深いチョイスである。もう突っ込むのも面倒だ。

 

 

 

 

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