星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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ここから戦闘潮流編です。

※主人公は諸事情あって半日くらいしか人の姿を保てません。残りの時間は狸になります(任意で変化可能)


戦闘潮流編
1.ぶっとび新世界


 

 

 ちょっと待って、ここどこだ。

 

 僕の目の前に広がっているのはそれまで惰眠を貪っていた自分の船室ではなく、なぜかイタリア、ローマの名物真実の口の前である。

 しかもそれがばっくり開いて中に空洞ができている。

 え、こんなんなってたの? 知らなかった。ついでに夜だ。入っていいんだろうか。周囲は真っ暗で深夜ですねまごうことなく。しかも自分は寝てたので当然狸のまんまです。もふもふですわ。

 

 試しに人化したら問題なくできました。えー。そろそろこの無駄なギミックからおさらばしたいのに解せぬ。しかもこの能力、半日くらいしか人型保ってられないので縛りが多くて困る。

 たゆまぬ努力の結果、賞金稼ぎ用の恰好(ジャージ&マフラー)といつもの着流しは分けて化けられるようになったけどなんの役にも立たない。そりゃあっちには狸でも通訳してくれるトナカイさんや熊がいたからいいものの、ここがある意味まっとうな世界だったら通訳も望めない。

 

 というか、ここが普通に元の世界なら狸にはなれなくなってる気がするので、またなんか違うどこかだろうか。でもイタリアだし、日本大使館に行けば……あ、パスポートないし戸籍あるかも分からないし狸になっちゃうから駄目だ。詰んだ。

 

「ど、どうしよう……」

 

 おろり、と周囲を見回すものの誰もいないし、とりあえず僕は省エネのために一度狸に戻り、今晩の宿確保兼好奇心で穴に入ってみることにした。

 海賊ワールドは楽しかったけど命の危機が多かったし、ここはもう少し平和な場所だといいなー。などと考えつつ。

 

「に、人間の皮だぁ! 全滅しているぞ!」

 

 無理ですよね! 知ってた!!!

 

 声に反応して咄嗟に物陰に隠れて様子を見ると、ガタイのいい兄ちゃんがふたりと、壮年の男性がひとり、そして軍服を着た青年がいた。

 その下には無数に散乱している人間の遺骸。しかも、軒並み内臓を溶かしてストローで吸いました、みたいにぺたんこである。うげえ。

 

「ああああッ!」

 

 あまりのグロい映像に慄いたらしい青年が、弾かれたように見当違いの方向に走り出してしまった。

 

「おいドイツ野郎! そっちへ行くんじゃねぇ! 何か潜んでいるぞ!」

 

 ガタイのいい青髪兄さんの声で自然に見上げると、いつの間に現れたのか三人の巨漢が待ち構えるように勢揃いしていた。

 

「(ひぃっ!?)」

 

 思わず声なき声が漏れてしまう。

 

 三人が三人とも、古代文明のような衣装を身に纏った巨漢である。でも問題はそこじゃない。

 彼らの気配が異様なのだ。

 別次元……と言った方がいいかもしれない。絶対的で無慈悲で、圧倒的な存在感。まるで恐竜と遭遇してしまったような気分だ。

 

 人間の皮を被っているのに、人間という範疇を逸脱してしまっているような、不可解な威圧感がそこにはあった。

 たぶんあの死骸の山は彼らの仕業だろうけど、きっと彼らは痛痒なんて覚えたりしない。人なんて彼らの前には塵芥同然なのだ。そんな確信がある。

 

 そんな超怖い人の方へふらふら歩み寄って行ってしまっている青年。おいやめろばか。

 

「逃げろマルクッ!」

 

 ガタイのいいイケメンさんが叫ぶが遅い、あの位置からでは間に合わない。このままでは青年は無慈悲に命を刈り取られてしまうだろう。

 別に自分は正義の味方じゃないから、ここですぐさま逃げることもできる。むしろ普通はそうする方が吉だ。生存本能があの三人には刃向かうなと警笛を上げている。

 

 でも、さすがに目の前で人が死ぬのは寝覚めが悪すぎる。

 

「──ッ!」

 

 こうなりゃヤケだ。唸れ僕の瞬足!

 僕は両脚に力を込め、持てる全ての力で特攻した──背年の横っ腹めがけて。

 

「シーザ、うぶふッ!?」

 

 思い切りぶっ飛んだ僕による突然の頭突きで、マルクというらしい青年は変な声を上げておっかない集団とは別方向に倒れ込んだ。ミッションコンプリート!

 よし、このままクールに去るぜ! とタタッと走り物陰に再び隠れるのだった。通りすがりの野良狸が青年にぶつかっただけです。うむ、なんの問題もない。

 

「マルク、大丈夫か!?」

 

 金髪のイケメン兄さんがマルクとやらを抱き起こす。

 

「う、うん、今お腹にどんって……何がぶつかったんだ?」

 

 多少腹に痛みがあるのかおなかの辺りを押さえるマルクとやら。すいません、でも死ぬよりマシだと思います。

 青髪兄さんが周囲を見回しながら頭を捻る。

 

「なんか変な白いのがお前にぶつかったんだよ、ラッキーだったな。なんだありゃ、犬か?」

「いや、何しろ一瞬で俺にもよく……ともあれ、マルクは無事だったんだ。あとでその動物にはお礼を言わなきゃな」

 

 首を振るイケメン兄さん。喋ることまで恰好良いですね。あと狸ですから、犬じゃないですから、残念!

 しかしさっきから様子を見つつ話を聞いていますが内容が全然理解できません。柱の男ってあのほぼ裸族の方ですか?

 

 とりあえず、あの柱の男たちを野に放つのは危険すぎるので、お兄さんたちが彼らが倒すために派遣されてきた、ってことでいいのだろうか。

 まぁ、イケメンお兄さんの方が攻撃しかけようとしてるし、たぶん合ってると思う。突然彼が両手をパン、と合わせ指を振るうと、そこから無数のシャボン玉が出現する。

 

 虹色の輝きを放つ球体が、まるで意思を持っているように柱の男たちめがけて殺到した。

 

「必殺、シャボンランチャーッ!」

 

 えらいファンシーな攻撃ですね。

 しかし、中身には何が仕込まれているのか、柱の男(?)とやらの人がシャボン玉に触れた途端に指が溶けました。えええ!?

 

「こ……これは、まさか波紋か!?」

 

 どうやら波紋とやらが彼らの弱点らしい。波紋とはなんぞや。

 でもその、対柱の男用の弱点が含まれたシャボン玉が周囲にいっぱい漂ってるんだからそりゃ驚くわ。

 

「貴様はシャボンに囲まれた! 続く連弾を喰らえ!」

 

 追撃の手を緩めようとしないイケメンさんだけど、相手の方がどうやら一枚上手のようだった。

 男は頭の飾りを突如としてぶん回し、周囲のシャボンを残らず叩き割ったのだ。どうやら、柱の男たちとやらは既に自分の弱点を熟知していて、対抗策を講じていたらしい。

 

「今のは……あの頭飾りのワイヤーが俺のシャボンに直接触れて割ったのではない……ワイヤーの風圧がシャボンを蹴散らしたのだ!」

 

 驚愕したようなイケメンさんに、壮年男性の言葉が続く。

 

「つまり、あのワイヤーは対波紋のための道具……こいつらは! 波紋の原理を知っているのだ……」

 

 彼らの言ってることはビタイチ分からないけど、僕にでも分かることがひとつある。

 

 あのイケメンさんがヤバいということだ。

 

 男が風圧でシャボンを割ったなら、そこには余波が必ずある。

 シャボンみたいな薄い皮膜を切り裂いてた程度で風の刃は緩まない。ほんの数秒後にはイケメンさんの全身にぱっくり傷ができるだろことは想像に難くない。

 自分もごくたまに風を使って攻撃したりするからよく分かる。というか、大気の流れには敏感な方なので確信できます。絶対ヤバい。下手すると致命傷だ。さてどうしよう。

 

 いわゆるカマイタチ現象により発生した真空地帯には猛烈な勢いで空気が集まる。それは科学だ。物理的に予想できる現象である。

 男の使ったのもほぼ同種の技だろう。なら、対抗策はある。

 

 ……あるけど、ものすごくやりたくない。僕の身バレ確実だし、下手すると批難される。見ず知らずの人に人非人の烙印押されたら心が折れる。

 

「なんだ、こいつらの大気が、歪んで……」

「いかん、伏せろシーザー!」

 

 壮年男性の声で時間切れを悟る。

 うわーやだなー! やだなー!! でもやらないとお兄さんたちがピンチになる。あの人の皮被った怪獣たちを止められる人がいなくなってしまう。それは駄目だ、もうやるしかない。

 

 背に腹は代えられず、僕は即座に人化するや否や、

 

「うわああん! なむあみだぶつ! ちゃんと供養しますから許して下さいぃい!!」

 

 全力で謝罪しながらその辺に転がっていたラバースーツみたいになっている遺骸を、両手で掴んで力の限りぶん投げたのだった。

 

「!?」

 

 シーザーさんとやらが瞬足で飛び退き、彼の前を物言わぬ遺体が目の前の大気の歪み目がけて突っ込み、真空の刃でずったずたのボロ雑巾みたいに引き裂かれた。本当にすみません。なむさん。

 シーザーさんとやらは避けきれなかったのか、いくつか切り傷を作っているものの、重傷ではなさそうだ。よかった。

 

「な、君は一体……」

「僕にもよく分かんないです! でもすいません投げられるものが他になかったんですごめんなさい!」

 

 シーザーさんとやらが驚いたように声を上げ、僕は謝罪を連打する。使えるものはなんでも使うのは僕の主義だが死人に鞭打つ行為はまた別の話だ。どうか成仏して下さい。

 

「ほう、攻撃を避けるために迷いなく屍体を盾に使うか、なかなか見所がある」

 

 柱の男の人が何か言ってますが、僕は罪悪感でいっぱいなのでこれ以上刺激しないで下さい。泣きそうです。

 あと壮年の男性がなぜかこっちを凝視しているのはなんででしょうか。帽子に包帯、顔に傷のある風貌は誰かに似ていた気がしたけど、生憎パッと思い浮かぶ知人はいなかった。

 

「あの。何か?」

「いや、そんな……そんなはずはない……」

 

 困惑の表情でなにやら深刻に考え込んでいるらしいので、追求するのはやめました。

 そんなことより、僕は一体どうすれば。考え無しにやっちゃったので柱の人にも見られたし、逃げるに逃げられない。すると、さっきのシーザーさんとやらが僕を見つめ、小さく笑ってくれた。

 

「何者かは分からんが、グラッツェ。アンタのおかげで万全な状態で戦えるぜ」

 

 え、まだ戦うつもりっすか!?

 

 なんか柱の人たちエイジャのなんたらを探しに行くらしくて、もう向こう行ってますよ。あとさっき柱の人が持ってたチラッと見えた仮面に嫌な感じがしたのはなんでだ。どっかで見た気がするんだけど、どこだっけか。

 

 しかしシーザーさんにはそれが彼らの遁走と見えたのか、即座に攻撃に移った。

 

 が、背後から襲いかかったシーザーさんは即座に迎撃され、柱の男にまさかの地獄突きを喰らってしまう。ひええ。

 

「貴様らの弱点は喉か肺だ」

 

 どうも波紋には呼吸が必要不可欠らしく、それなら喉と肺を狙うのが一番効率的なのだろう。ということは、波紋というのは呼吸法の一種なのかもしれない。

 

「『小僧、今度遭う時はもっと強くなってからこのワムウに向かってこい』……と」

 

 そう言って、ワムウさんはこともなげにシーザーさんを柱に向かって放り投げた。

 いかなる力が籠もっているのか、シーザーさんが叩き付けられた瞬間に柱には亀裂が入り、彼は衝撃で口から血を吐いて身じろぎ一つできなくなった。

 

 そして、今度こそ柱の男たちは興味をなくしたのか全員で踵を返す。

 見た感じ、今のシーザーさんが最大戦力っぽかったから、個人的にはここで撤退して策を練り直す方がいいと思うんだけど、どうなんでしょうね。

 僕には波紋とやらは使えないし、たたっ斬って話が済むなら頑張るけど要請されてるワケでもない。本当に通りすがりだからどちらの素性も分からない。そもそも目の前で人が傷つくのはイヤだなぁという場当たり的な動機だったから、あの柱の人たちがこの先何するつもりかも知らない。エイジャのなんたらとかのトレジャーハントだけなら勝手にやって欲しい。

 

 僕がそんなよしなしごとを考えていると、明らかに相手を挑発していると分かる咳払いが連発した。

 

 

 

 

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