星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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42.女教皇①

 

 

 電話で無意味に疲弊した澪は、テーブルに突っ伏してぐったりしていた。今後のことを考えると頭が痛い。

 

 意地と根性と羞恥で電話の内容は黙秘に徹したが、ジョセフはまだ諦めてないのがひしひし伝わってくる。

 どうせ黙っていたところでやらかしたのはジョセフの親友なので、単なる時間稼ぎにしかならないのだが、それでも気分というものがある。

 承太郎や花京院もさすが若さというか興味津々のご様子でとてもいたたまれない。

 

 最終的に「これ以上追求するなら別室に引きこもる!」という脅しにもならない逃げ口上で差し止めたが、みんな野次馬すぎるだろう。近所のおばさんか。

 

 夜っ引いてただでさえ危険な暗い海中を強行軍で押し進んでいる潜水艦だというのに、びっくりするほど緊張感がなかった。

 運転以外は景色もあまり変化がなく退屈なので、話のひとつでもしていないと眠くなってしまうこともあるのだろうけどしかし。

 

 それからは雑談をしたり、時々交代で仮眠を取ったりと思い思いに時を過ごし、しょぼしょぼと時間が流れて少しずつ近付いていく。

 

「……石仮面」

 

 そんな中、澪は手遊びに折紙なんぞをしながらつぶやいた。

 

「うん?」

 

 こっくりこっくり船を漕いでいたジョセフが、そのワードに反応して顔を上げる。

 そんなジョセフに頓着していないように、きちんと折り目をつけながら独り言のようにぽつぽつと。

 

「DIOって、まだ石仮面の在庫あるのかなぁ」

 

 自分を殺し、DIOを吸血鬼へと変え、カーズを超生物へと進化させた因縁の根源とも言うべき前時代のオーパーツ。

 

「在庫ってお前……もう少し言い方はないんか」

「だってさ、最初のは壊れたし、カーズのも壊れたし、赤石はないし……まぁ、同族作る気がないならいらないかもだけど」

 

 そういう意味では、DIOはもう超生物にはなれない。そもそも赤石の存在すら知らないだろう。

 スタンド使いの召使い、配下、忠臣、言い方はなんでもいいが彼らはあくまで人間だ。

 

「カーズん時は吸血鬼百人スタンバッてたってジョセフ言ってたじゃん」

「おお、まぁな」

 

 ジョセフは当時のことを思い出したのか、眉を寄せてしかめっ面になる。

 

「あの時は天井にこう、ずらーっと吸血鬼がコウモリみたいにぶら下がっとって不気味でしょうがなかったもんじゃが」

「げぇっ、ほぼホラー映画じゃねぇか!」

 

 ポルナレフの言う通りである。

 陽光と波紋に弱いという弱点はあるが、それ以外ではとんでもない回復力と人外の膂力を持つ怪物の群れだ。

 

「だから、スタンド使い以外にずらーっと私兵でも用意してたらイヤだなー、と」

 

 おりおり、と呑気に折紙しながら口にされる言葉は空恐ろしかった。

 

「うむ……」

「前もそうだけど、澪ってそういう最悪の事態をよく考えているよね」

 

 ジョセフは顎に指を当てて考え込み、手裏剣や奴凧になっていく折紙を見ていた花京院が言った。

 

「そりゃあ、その時になって『しまった罠だ囲まれているぞ!』とかなったらシャレにならないから」

 

 あらゆる最悪の想定をしておかないと、準備も対応策もできない。

 自分ひとりなら逃げるなり他の方策を取るなり、と思いつくこともあるがチームで行動している以上は、誰かが損なわれてしまうような可能性は極力避けたいのだ。

 

「僕だけお陀仏になるならまだしも、この面子だとジョセフ以外は波紋使えないし僕のは弱くて決定打にならない上に……DIOは間違いなく夜に勝負を持っていくだろうしね」

 

 写真や僅かな邂逅でしかDIOを知らない者にとって、それは何より重要な発言だった。

 相手を知悉しているからこそ出てくる推測。間違いなく刃に依らない武器である。

 それを本人が自覚しているかどうかはよく分からない。突拍子もないことを場所も空気も読まずに言い出すのが常だからだ。

 

「どうしてそう言い切れる?」

 

 アヴドゥルの探るような問いかけに、澪は折紙から目を離すこともなく答えた。

 

「そりゃ、ディオですから」

 

 日はまた昇るから、みたいなこの世の道理を説くが如く迷いの欠片もない言い方だった。

 

「頭はキれるし勝つために手段は選ばないしハングリー精神旺盛だし……特にお金が絡むと鬼みたいに強くってですね」

「ほ、ほう」

「もうね、僕なんかいつだったか、ニューイヤーパーティの時に貰ったお小遣い賭けチェスで全部巻き上げられちゃって、悔しいったらなかったです」

 

 澪から話を聞いていると、どうもDIOという人物像がボケてしまう。

 有益な情報とどうでもいい話が混ざっているので、判断に困るのだ。

 

「しかもそれを高金利で僕に貸すっていう、闇金みたいな真似しやがってあんにゃろう……できた!」

 

 最後に出来上がった折紙は鶴──なのだが、なぜかガニ股で足の生えているじゃっかん気持ち悪いデザインだった。

 

「鶴……なのか? これは」

「妙なカスタマイズすんじゃねぇよ」

「これ結構難しいのに~」

 

 花京院は首を傾げ、承太郎には眉をひそめられぶすくれていると、ツボに入ったらしく爆笑していたポルナレフが「やべぇ! クール! クールだぜ! それくんない?」と言ってきたので快く渡した。

 

「……むぅ」

 

 ジョセフは小さく唸ったまま、まだ何やら考え続けている。

 澪の発した何気ない言葉は、当たらずとも遠からずといえた。現在の彼らには知る由もないが、石仮面がなくとも眷属を増やす手段は確かに存在していたのだ。

 

 そんなことをしている間に、望遠鏡を覗いたアヴドゥルがアフリカ大陸が見えたと喜びの声を上げた。

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 アヴドゥルはそのまま中央のテーブルに地図を広げると、現在地らしき箇所からアフリカ大陸へと指先を移動させる。

 

「ここのサンゴ礁の傍に、自然の侵食で出来た海底トンネルがあって、内陸200mのところに出口がある。そこから上陸しよう」

 

 長い旅の目的地。誰もが感慨深げに笑みを浮かべている。

 

 思えば、本当に遠くへ来てしまったものだ。

 

 ようやっと会えるかもしれないという喜びと、決戦の時が迫っているという緊張感。

 嬉しいような、苦しいような複雑な感情が澪の中で渦巻いた。

 

 DIOに会って、自分は果たしてどうすればいいのだろうか。その答えはまだ出ていない。

 

 誰にも死んで欲しくない、とは思う。

 ホリィやジョセフ、承太郎たちジョースター家の者は勿論だが、妹の仇討ちを終えたのに律儀にもついてきてくれているポルナレフや、完全に巻き込み事故の花京院、そしてアヴドゥル。

 自由意思で集ってくれているのは分かっているが、だからこそ守らなければと強く思う。

 

 自分の力でどこまでできるかは分からない。けれど、それでも。

 

「……がんばる」

 

 小さくひとりごち、花京院がコーヒーの準備をしているので手伝うことにした。眠気覚ましにはうってつけだろう。

 

「おい! 早くコーヒー煎れてくれ! のみてーよぉー」

「自分で煎れろ自分で!」

 

 相変わらずポルナレフにはキツい花京院である。

 

「まぁまぁ、手伝うよ。あとこういう時は年功序列なもんです」

 

 年上を敬い、若い者が働くのが道理というものである。敬っているかはさておいて。

 

「ありがとう。澪は砂糖とミルクはどうする」

「んー、ミルクだけもらおうかな」

「甘いのは嫌いかい?」

「お茶とか水のが好きだけど、甘いのも好きだよ。でも甘いのってより喉渇く気がしない?」

「まぁ、食事時はぼくもお茶の方が……こっちを運んでくれ」

「りょーかーい」

 

 よしなしごとを話している間にコーヒーを煎れ終え、テーブルに並べる。

 そこで承太郎が首を僅かに傾げた。

 

「おい、二人とも。なぜカップを七つ出す? 六人だぞ」

「え? ななつ?」

 

 見てみると、確かにテーブルに並んだカップは七つだった。

 

「おかしいな、うっかりしてたよ……六個のつもりだったが」

 

 そこで澪は義父との会話を思い出した。

 

 そういえば、

 

「あのさ、さっき義父さんがコーヒーカップに気を付けろって……」

 

 直後だった。

 

 ジョセフが持っていたカップが突然弾け、水銀のようにぬめる金属へと変化し鋭い刃物と化して勢いよく左手の義手を切り落とした!

 

「な、なにぃいッ!?」

 

 野菜のように輪切りにされた手首から、嘘のように血液が噴出する。

 

「ジョセフ!」

 

 澪はその刃物(?)が自由意思で動いているのを見て取るや、即座に小狐丸を引き出し鞘でジョセフの胸辺りを思い切りどついた。

 

「ぐえッ!?」

「ジジイ!? おい何しやがる!」

「ゆび!」

 

 澪の言う通り、いつの間にか迫っていた義手から切り取ったらしい指の金属片が喉へ刺さろうと迫っていたが、ジョセフは更なる衝撃でからくも致命打を避けることができた。

 だが、義手を飛ばされた衝撃と痛みで昏倒したらしく、仰向けにひっくり返ったまま動かない。澪はそのままジョセフの元に走り寄ると止血を施し始める。

 

「ごめんー! あっ、あと変な仮面見たら即逃げろって言われた!」

 

 その間にも飴状の金属めいた物体はテーブルへと着地し、奇怪な仮面に両手足を無理矢理つけたような物体へと変化する。

 

『ドギャアァァッス!!』

 

 まるで威嚇するように両手を上げ、奇声を叫ぶそれはスタンドに間違いなかった。

 

「遅ぇ」

「遅かった、ね……」

「馬鹿なっ!? スタンドだ! いつの間にか艦の中にスタンドがいるぞ!」

 

 アヴドゥルは驚愕の表情を浮かべ、その間に謎のスタンドは天井へと高く飛び上がる。

 

『オラァ!』

 

 そこをすかさず承太郎が『星の白金』で殴りつけるが、まるで天井へと溶けるようにスタンドは消えてしまう。

 

「チッ」

「き、消えた!?」

「いや違うッ!」

 

 ポルナレフが声を上げるが承太郎が首を振り、アヴドゥルが周囲へ視線を走らせる。

 

「化けたのだ! この計器の一つに化けたのだ! コーヒーカップに化けたのと同じように!」

「もうサンゴ礁だ! あと数百mでエジプト上陸だってのによぉ!」

 

 悔しそうにポルナレフが呻くが、やはり情報は筒抜けだったのだろう。敵もそれだけこちらを危険視しているということだ。

 その間に花京院はこちらの方へと駆け寄ってくる。

 

「ジョースターさんは!?」

「止血はしたけど、失神してる。傷は浅いよ」

 

 義手の連結部の隙間を攻撃されたので、切断面は皮膚を少し削いでいるだけだ。

 

「そうか、よかった……」

 

 花京院がジョセフを抱えた直後──衛星電話のベルがけたたましく鳴り始めた。

 

「電話ぁ!? こんな時に一体誰が……!?」

「構うなポルナレフ! 気を散らすんじゃあない!」

 

 花京院の檄が飛ぶ。

 

「……『女教皇(ハイプリエステス)』だ」

 

 そんな中、どうやら心当たりがあったらしくアヴドゥルが重々しい口調で腕を組む。

 

「敵は『女教皇』の暗示をもつスタンドだ」

 

 聞けば、スタンド使いの名前はミドラーといい、かなり遠隔からでも操れるスタンドだそうだ。おそらく本体は海上だろうとのこと。名前からして女性らしい。

 その能力は金属やガラスなどの鉱物、果てはプラスティックやビニールへと変化すること。攻撃を仕掛けられるまで見分ける方法がないらしい。厄介なスタンドだった。

 

「し、しかし、どこからこの潜水艦にもぐり込んで来たんだ?」

 

 ポルナレフの疑問に答えたのは、船体に走った異音だった。

 真後ろの窓がぼこりと抜けて、大量の海水が流入してくる。

 照明が落ちるとともにけたたましい警告ブザーが鳴り響き、いやでも危機感を煽ってきた。

 

「やっぱり沈むんだな……」

 

 思わずぽつりと呟いてしまう。こんな予感は的中して欲しくなかった。

 げんなりしていた澪は、ほんの一瞬油断していた。

 

「澪、避けろッ!」

 

 ポルナレフの声で反射的に飛び退くと、先程の仮面が憎々しげな表情でこちらを睨み据え、まるで剣山のように全身を尖らせて突貫してきた。

 おそらくこのままでも自分のスタンド(?)が発動するから避けなくてもいいくらいだろう。

 だが、仮面から感じるのは敵意や殺意はもとより、どこか──自分への悋気めいたものを覚えた。

 

 だから、澪は迫る『女教皇』へ向かって──

 

「こ、こまっしゃくれ系男子ディオ十四才の秋!」

 

 全力で怒鳴りつけた。

 

『キヒッ!?』

 

 寸の間びくん、と『女教皇』の動きが緩まり、その隙にさらにたたみ掛ける。

 

「ハロウィンの仮装なんか死んでも御免だけどパパさんの手前それは言えない! 絶対他人様には自分だとバレないためにディオが選んだ仮装とは……とぉッ!?」

 

 少しだけスピードの緩んだ『女教皇』の攻撃をなんとか避け、体勢を立て直す。『恋人』の時もそうだったが敵スタンド使いの動揺を誘うのにDIOの過去バナはうってつけだった。

 だが、その間に『女教皇』はまたもや壁に溶け消えてしまった。

 

「浮上システムを壊していやがった! どんどん沈んでいくぞ!」

 

 常の冷静さも吹き飛んだアヴドゥルが焦燥に駆られた声を上げ、花京院も顔を引きつらせる。

 

「いつの間にか酸素もほとんどない! 航行不可能だ!」

 

 

──その時、二度目の着信音が鳴り響いた。

 

 

「だぁ! もう、うるっせぇぞこんな時に! どこのどいつだ!」

 

 ポルナレフが苛立ち、澪はうちの電話じゃないといいなぁと頭の隅で考えた。

 その間に、承太郎が衛星電話の前に移動してあっさりと受話器を取ってしまった。

 

「ッ!?」

 

 承太郎の横顔に僅かに驚愕の色が滲む。その様子から察するにスージーQだろうか。きっと話し足りないとか、そういう理由な気がするなんとなく。

 

 しばらくの沈黙ののち、承太郎が静かに口を開いた。

 

「悪ぃがジジイは今、電話に出られない」

 

 彼にしては柔らかい、励ますような声音だった。

 

「心配はいらないぜ、スージーばあちゃん。じいさんには、俺がついてる」

 

 しっかりと、祖母を気遣う孫のそれで。

 

「じゃあな、落ち着いたらあとでかけ直させる」

 

 言葉少なにそれだけを告げて、承太郎は通話を切った。

 そして次の瞬間、潜水艦に二度目の激震が走った。みしみしと艦体が悲鳴じみた軋みを上げる。

 

「つかまれッ! 海底に激突するぞッ!」

 

 アヴドゥルが叫び──凄まじい衝撃と轟音が艦内に響き渡り、潜水艦そのものがまるで壊れたおもちゃのように上下に激しく振動した。どうやら海底の岩にでもぶつかったらしい。

 

「わだッ!?」

 

 近くに掴まるものがなく、危うくひっくり返りそうになった澪の腕を承太郎が咄嗟に掴み、自分のもとに引き寄せる。

 

「あ、ありがと」

「守るっつったろ」

「うん、ありがとう」

 

 にこにこ笑って言ったらなぜかそっぽを向かれた。なんでだ。

 

「……もう二度と、潜水艦には乗らねぇ」

「……右に同じ」

 

 

 

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