星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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2.殺伐ふれあい広場

 

 

 ひくひく、とつやつやの鼻を動かしているのは真っ白な雪のような毛並みを持つ一匹の狸である。

 

「……ッ!?」

 

 くりくりとした桜色の瞳でキョロキョロと周囲を見回し、何かに驚いたように『ぎょっ』と身体を跳ねさせ、普通の狸よりずっと大きなぷ~わぷわの尻尾がはたきみたいにぶわっと膨らんだ。

 

「狸?」

「狸だな」

「狸ですね」

「犬の次は狸かよ!」

 

 総ツッコミしてくる周りの反応を見て『おろ、おろ』と妙に人間っぽい動きをしている狸に、ジョセフだけは見覚えがある。

 

「なんじゃ隠しよってからに! やっぱりなれるんじゃあないか!」

 

 というか、ジョセフ大歓喜だった。

 

「おおこのもふもふ! もっふもふ! 懐かしいのう!」

「きゅ、キュィイン!?」

 

 あっという間に狸を捕獲したジョセフが、頭から背中まで撫で回し尻尾をもふもふしたりともみくちゃにして、本人(?)はぬいぐるみ扱いに耐えかねて悲鳴を上げている。

 呆気にとられたようにそんな様子を眺めているしかなかった承太郎たちは、ようやく空条家で聞いた話を思い出した。

 

「ジジイ、それ……澪か?」

「そうじゃ」

 

 当然だろう、みたいに頷かれても困るのである。

 

 ジョセフたちが若い頃、『柱の男』打倒のために共闘していた澪は、どんな理由なのか半日しか人間の姿を保つことができず、もう半日は無力な狸になってしまっていた。

 話には聞いていたが、俄かに信じられるものでもなかったので話半分で放置していたのだが、目の前でジョセフがかいぐりしている狸はまぎれもなく存在しているワケで。

 

 超展開に全員が口を噤むしかない中、澪(?)はぐいぐいと肉球でジョセフを押しのけ、腕を蹴って砂地へと着地を果たした。

 毛を逆立てて小さく唸り、いかにも不満げである。

 

「いや、ジョースターさんから話には聞いてましたが、本人はもうなれないって……」

「これまでに澪が狸に変身したことなんかねぇぜ」

 

 幼馴染み組がまだ不審げに澪(?)を見つめる中──

 

「グルルル……!」

 

 いつの間にかポルナレフから離れたイギーが敵意剥き出しで唸り始めた。

 びく、と身体を震わせつつも対峙している澪(?)は遠慮がちに鳴いた。

 

「キュゥ」

「アウッ!」

「キュイン、キャン! ク、ク、ク……」

「イギギ」

 

 なんか会話しているらしい。

 

 首を振ったり、尻尾を動かしたりと澪(?)の動きはせわしない。

 一方、イギーの方は何やら睨み付けたり胸を張ったり、あと問い質しているようにも見える。

 

「イギーと話しているの、か?」

「というか、完全に押し負けているように見えるんだが」

 

 承太郎が呟き、花京院がじゃっかん気の毒そうに眉を寄せた。

 突然始まってしまったわくわく動物ランドにまさか手を出すこともできず、人間組は見守るしかない。なんだこの状況。

 

「ふぅむ……『愚者』の流れ弾で澪のスタンド(?)が変な作用を起こした、とかかのう?」

「彼女のスタンド(?)は謎が多いですからね。あり得なくはないと……思います」

 

 大人組は懸命に推理しているが、本人が狸になっていてはイギーはともかく人間との会話が成立しない。

 憶測では正答を導き出すことなどできず、SPW財団職員は戸惑ったようにジョセフとイギーを交互に見ている。

 

「ああ、狸ってイヌ科だよな」

 

 ポルナレフがよく分からない相槌を打った。

 そんな間に二匹の会話らしきものは続き、突然両者が構え始めた。見るからに戦闘態勢である。

 

「あ」

 

 花京院が声を上げた瞬間、先に仕掛けたのはイギーだった。

 

「ヴゥッ!」

 

 スタンドを使う気はないのか砂を蹴り上がって澪(?)へと襲いかかる。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に前肢に力を込めて身体をひねり、辛くも澪(?)は回避行動を取ったものの、動きがどこかぎこちない。

 そのままイギーから距離を取ろうとバックステップ──する寸前にイギーがその尻尾を押さえつけ、がぶり。

 

「ギャン!」

「おいイギー!」

 

 アヴドゥルの制止にも聞く耳持たず。

 

「ガァアウッ!」

 

 イギーは一気呵成に澪(?)の身体を押さえつけて砂の上をごろごろ転がり、押さえつけて蹴ったり噛んだり尻尾を踏んだり、やりたい放題である。

 

「あ、あーあー……」

 

 あまりの一方的なやられっぷりに、花京院は手を出すべきか少々迷った。

 

「ギュ、きゅんぃいいッ!!」

 

 けちょんけちょんにされてボロ雑巾みたいになった澪(?)は、負けを認めたのかこれ以上噛まれるのがイヤなのか、イギーから逃げて承太郎へと一直線。

 なんとなく手を出してしまった承太郎の手の平を足場にひょいっと飛び上がって肩に掴まり、ぶるぶる震えている。

 

「イギッ!」

 

 イギーが勝ち誇ったようににやりと笑って一声鳴き、ぽふ♪ とジョセフにとっては耳慣れた音がした。

 いがらっぽい臭いもしない謎の煙が立ち上り、風がそれらを攫ってしまえば──澪が承太郎の首っ玉にしがみついてふわふわしている。

 

「う、うう~」

 

 まだ動物化の名残でもあるのか、なぜか悔しそうに唸っている。

 

「や、やっぱり澪なのかよ……驚いたぜ」

「お、驚いたのは僕もですよ。まさかまた狸になってしまう日が来ようとは……」

 

 ポルナレフに、心なし髪がぐしゃぐしゃになりあちこちに噛み痕のようなものをつけた澪がぼやく。

 しかし目の前で『変身』したのだから、もはや狸=澪というのは疑う余地はない。

 

「お前さんの意思でなったワケでは、なさそうじゃな」

「なんか『愚者』の砂喰らったら勝手になっちゃって……はああ」

 

 内臓が落ちそうなため息を吐くと、イギーがまたにやりと笑った。

 澪のスタンド(?)は『愚者』に攻撃を食らうと無効化ではなく、本人を無力化(小動物化)するという謎の能力すら有しているらしい。

 ポルナレフの言う通り、狸もイヌ科の動物なので何か変な反応でも出てしまうのだろうか。

 

「イギーと話ができたのか」

 

 アヴドゥルの言葉に澪はう、と声を詰まらせ、やがてしぶしぶと。

 

「……子分にされました」

 

 ああ、今負けたからか、と全員が理解した。

 

「『リベンジはいつでも受け付けてやるぜ』とか言われて、ううう、く~や~し~い~!」

 

 ぎりぎりぎり、と歯を鳴らしているところを見ると本当に悔しかったらしい。

 それを見ていた承太郎がごく単純な事実を述べた。

 

「ボロ負けしてたじゃねぇか」

「そう言うなら承太郎もなってみろー! 十何年ぶりなんて四足歩行の感覚なんか忘れるわ!」

 

 動きがぎこちなかったのはそういうことらしい。

 

「そもそも人類は獣になれねぇんだよ」

「うぐぅ」

「こら承太郎! それ以上言うと人外認定みたいで可哀想だからやめてやれ!」

「典明くん、その気遣い逆に傷つく……」

 

 完全に沈没している澪は承太郎からするりと下りて、イギーを恨めしげにじろっと睨む。

 

「『人間の皮なんて被ってんじゃねぇよ』とか言うけど、僕は人間がベースなの! ヒューマン! ホモサピエンス!」

 

 胸を張って主張してみたが『は、どうだか』みたいな感じでイギーは小鼻を鳴らした。

 どうやら彼の中で澪は『狸になれる人間』ではなく『人間のフリをしている狸』として認識されているらしい。

 

 それを証明するように、イギーは再び『愚者』を出現させて、砂団子のようなものを澪にぶつけた。

 

 ぽん♪

 

「く、グゥ……」

「イギッ」

 

 どうだ、とばかりに勝ち誇るイギーを前に澪の耳はぺたんと寝てしまっていた。

 

 親分子分の関係は、一目瞭然だった。

 

「その、触れてもいいかな……?」

「俺にも触らせてくれよ! 特にその尻尾!」

「五十年ぶりなんじゃ! まずは儂に堪能させろ!」

「テメェはさっき散々もみくちゃにしてただろ」

「白い狸とは珍しいな」

 

 物珍しいのか代わる代わる(SPW財団含)抱っこされ撫でられまくった澪は、戦闘をする前から青色吐息を吐く羽目になったのだった。

 

「キュゥ……」

 

 だからもうなりたくなかったのに。

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 イギーが大好物のコーヒー味のガムに夢中になっている間に澪はじりじりと距離を取った。

 犬は嫌いではないが、こてんぱんにされたばかりだし狸になるのもイヤだ。

 

「それにしても、澪のスタンド(?)は謎が多いね」

 

 花京院の苦笑に力なく答えるしかなかった。

 

「謎というか、そもそもスタンドなのかすら分かんないからね……」

 

 スタンドの無効化、副作用としての体重消失、ぐらいならまだなんとか理解できるが以前の狸にまでなってしまうとなるともうよく分からない。

 自分の判断で変化するならまだしもイギー任せだし、利点といえば小回りがきくこととイギーと話ができることくらいだろうか。

 

「ガムを食べている間は大丈夫です、今の内に荷物を」

 

 SPW職員はイギーの扱いを分かっている、というよりは危険物のような扱いだ。

 ジョセフの義手のメンテナンス道具に始まり医薬品や食料、衣類などの旅の必需品を次々にヘリから引き出してくれる。

 最後に手渡された念写用のカメラを見つめていたジョセフは何か思い至ったように顔を上げた。

 

「おいお前ら! 写真撮るぞ!」

 

 危険な旅路ではあるが、一生の記憶に残る旅に違いはない。

 写真はあまり得意ではないが、ひとつの形として記念を残すのはいい考えだと思った。

 澪の配置は身長の問題で花京院と承太郎の前、座ったポルナレフの後ろに立つことになった。SPW職員のひとりに写真を撮ってもらい、一枚一枚が全員に行き渡る。

 

 ポラロイド特有の熱さの残る写真をひらひらと揺らしながら、澪はなんだか嬉しくなる。家族写真みたいだった。

 

 抜けるような青空と砂、笑みを浮かべている仲間たち。

 その中に自分が混じっていることがとても不思議で、奇跡みたいに思えた。

 

「……宝物にする」

「ぼくもだ」

 

 きっと、みんなそうだろう。承太郎も写真を見つめて僅かに微笑んでいた。

 

「旅の終わりに、もう一回撮れるといいな」

 

 それは残るものをあまり好まない澪にしてはとても珍しい言葉で、そうだねと花京院は相槌を打った。

 

 みんな同じ配置で、同じような写真がいい。

 

 きっと、それがいい。

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 SPW職員にもたらされたDIOの館に入ったというスタンド使いと思しき九人の男女の情報と、告げられたホリィの容態。体力の消耗が激しく、保ってあと二週間だという。

 刻一刻と迫る命の時間に全員の心に生まれるのは紛れもない焦燥だ。

 

 凶報ではないが、吉報でもない。懊悩の時間すらないのが厭わしい。

 

 ポルナレフを追いかけ回しているイギーを見て、ふと澪の脳裏にひらめくチャートの名前。

 

「『座頭市(みずタイプ)』……」

 

 砂漠という場所において水の有無は生死を分ける。それがもし敵であるとするなら、紛れもない脅威だ。

 思わず、自分がぶら下げていた水筒を引っ張り出してみると、蓋の部分にひびが入っていることに気がついた。

 傾けてみるとじわ、とひびの部分から水が染み出してくる。旅の始めから使っていたものだし、慌ただしいにもほどがある旅路だ。ガタがきても仕方がない。

 

「あの、すみません」

「はい?」

 

 澪は今しもヘリに乗りこもうとしていたSPW職員の片方に声をかけた。

 

「水筒の替えってありますか?」

 

 ひびの入った水筒を傾けてみせると、得心入ったように職員は頷く。

 

「水筒でしたら……では、こちらをどうぞ」

 

 そう言って職員の人は、機内にあった水筒を渡してくれた。

 振ってみると重さがあり、彼らが使っているものだと分かる。

 

「え、いいんですか?」

「ええ、我々の飛行時間はそう長いものではありませんから」

 

 にっこりと職員は笑ってくれた。

 そう言ってくれるなら、変な意固地を張らずに受け取るのが誠意というものだろう。

 

「ありがとうございます、大事に使いますね」

 

 小さく頭を下げると、職員は茶目っ気混じりにウィンクをひとつ。

 

「毛並みを堪能させて頂いたお礼ですよ。……あなたもどうかご無事で」

 

 飛び立って行くヘリコプターを見送っていると、ジョセフがにやにやしながら澪の肩をつついた。

 

「狸の魅力は抜群じゃのう」

「……嬉しいような、嬉しくないような」

 

 複雑な思いを抱えて握りしめた水筒が、かすかに動いたような気がした。

 

 

 

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