SPW財団のヘリコプターも見えなくなり、僕らも出発した。
遮るもののない砂漠なのでジープも勢いよく車輪を回し旅は順調──なのだけど。
「ジョースターさん! なんとかしてくれよ!」
ポルナレフさんが嫌そうにジョセフに訴えた。僕もそれは言いたいです。
「澪はしょうがねぇとしても、なんでこのくそったれのワン公がシートに座って、俺達が荷台にいなきゃならねーんだよ!?」
「キュン……(すいません)」
そうなのだ。
ジープに乗り込むや否や僕はイギーもとい、親分のスタンドを後頭部に食らって狸にされてしまった。そのままシートに引っ張られ、現在は尻尾を枕にされている状態である。
距離を取って戻ろうにも、どうやら『愚者』のスタンドは敵意がなくても僕を変化させてしまうらしく、小突かれて→続行の無限ループである。泣きたい。
『しょうがねーだろ、イイ枕がなかったんだ』
親分がヘッと鼻を鳴らす。殴りたい、このドヤ顔。
せめてもの抵抗、と思って承太郎たちの方へ行こうとすると噛まれたりゲシゲシ蹴られたりするのである。
しかもタメ口使うと怒られるので敬語だ。この覆せない上下関係はなんなのだろうか。
『みんな狭そうなんですけどー』
『知るかよ。ったく、そんなナリと性格でよく生きてこられたな。だから擬態が上手いのか』
『?』
どういう意味だろう。
耳をぴくりと動かすと、親分は呆れたようだった。
『お前みたいなハデな色のヤツ、真っ先に淘汰されるのが弱肉強食ってやつだ』
あ、なるほど。
親分の認識である『人間の擬態ができる狸』としての僕は当然、狸が本体である。
そうすると北欧みたいに雪の多い場所ならともかく、白色桜目のアルビノみたいな色合いの僕はひどく虚弱かつ恰好の獲物ということなのだろう。
『ま、その辺は評価してやってもいいぜ』
タシタシ、と前脚で尻尾を叩かれる。この誤解が解ける日はいつ来るのだろうか。
『はぁ、どうも……』
「……なんか説教されてるみてぇだな」
ミラー越しに僕らのやり取りを見ていた承太郎が呟いた。当たってます。
「なんで荷台で俺たちはこんなふれあい広場を見なくちゃあなんねーんだ……」とポルナレフさんがぼやいている。
なんかほんと、すいません。たぶん傍から見ると珍百景なんだろうなぁ。
『それから、さっきの水筒はとっとと捨てな』
くちゃくちゃとガムを噛みながら、面倒そうに親分が付け加えた。
『水筒って、さっきもらったやつですか?』
『気付いてねぇのか? にぶちん』
に、にぶちん……。
無意味にショックを受けていると、親分はやれやれと言わんばかりに首を振る。
『スタンド入りだろ、あの水筒』
なんですと!?
『向こうにスタンド使いもいただろうが、鼻までバカだとその内死ぬぜ』
僕はベースが人間だし狸になったの久々すぎて順応しきれてない。鋭敏な鼻を持つ親分だからこそ分かったのだろう。
すげーバカにされてて悔しいことこの上ないが、それどころじゃない。
水筒にスタンドが? もしあのままだったらSPW財団のヘリが墜落でもしてそうだから、それはよかったけど。
いやいや自分は今敵スタンドを仲間の文字通りド真ん中に持っているワケで。あれリュック入れちゃったんだけど、ヤバい。
『捨てます! 捨てるからちょっと戻させてください!』
『荷物まで入るって、お前の毛皮はどうなってんだよ』
『僕にも分かんないです! でも早く!』
『……チッ』
とにかく肉球をふりふり訴えると、ようやく親分は尻尾から頭を上げてくれた。
そのままにじにじと横移動して、その時を待つ。
「お、離してもらえたんだな」
ポルナレフさんが呑気に呟き、少しの間を置いて感覚が戻ってくる。よし!
ぽんッ、とポップコーンが弾けるような音がして正体不明の煙が身体を包む。
いがらっぽくないのが相変わらずよく分からない。四肢が伸びて、視界が高くなり、感覚が戻ってくる。
「イギーと何の話をしていたんだ?」
「それがそのー、」
アヴドゥルさんの問いかけに答えながら、僕は慌ただしくリュックを開けて中に手を突っ込んで指に引っかかった紐を思い切りぶっこ抜いた。
SPW財団のひとがくれた緑色の水筒。特になんの変哲もなさそうだけど、これにスタンドが入ってるならえらいこっちゃ。飲まなくてよかった。
説明する間も惜しくて、僕は窓めがけて思いきり緑色の水筒を振りかぶる。
「おい澪! せっかく貰った水筒じゃろ!?」
「僕だってしたくないけど親分が──はぐッ!?」
瞬間だった。
振りまくった炭酸ジュースみたいな勢いで水筒の蓋が吹き飛び、中の水が人間の腕のような形状へと変化して首へと巻き付き──勢いのまま僕は窓から砂漠へと放り出された。
寸の間息が詰まって、砂の上に叩き付けられてごろごろ転がる。
水は水筒を起点として伸びていたのだが、いつの間にか砂地へと染み込んでしまったのか姿も見えない。
迂闊だった。あんなにヒントをもらっていたのに生かせなかった僕のミスだ。敵意がなければスタンド(?)は発動しない。
『車から引っ張り出す』程度ならば脅威として認識されないのだ。
というか、目の中に砂が入ってとても痛い! 死ぬほど咳き込みながら生理的に浮いてくる涙の向こうで、ジープが急停車するのがにじんで見えた。
「澪!」
「
慌てて駆け寄ろうとしてくる皆を制するために、喉を押さえながら全力で叫んだ。
その怒声にびくりと全員の足が止まる。僕は矢継ぎ早に現状を訴えた。
「スタンド使いがどっかにいる! 相手は水! 砂に潜っててどこにいるかは分からない!」
「なんじゃと!?」
たぶん、僕は相手に撒き餌として使われた。
DIOのたっての望みで生かしておかなければならない僕の位置を把握し、他の面子をひとりひとり始末する腹なのだろう。
みんなは優しいから、仲間が車からぼん投げられたら救出に来てしまう。
ロケーションが砂漠にも関わらず『水』の使い手がこの場所を選んだのなら、相手にとってここは最も戦いやすい場所なのだ。
何らかの方法でこちらの位置を特定し、かつ砂の中を自由自在に移動して攻撃できるなら、とにかくまずい。
そうはさせてたまるか!
「全員車に回れ右! ジョセフはアクセルベタ踏み! できるだけこっから離れて! 早く!」
水がどれだけ動けるかは分からないけど、親分がスタンド使いを見つけているということは射程範囲は『恋人』以下と見て間違いない。
僕の索敵に引っかからないということは、わりと距離は離れている。
なら、こんなところに長居は無用だ。
スタンドのスピードがどれだけ出るかは分からないが、やる価値はあるはず。
「テメェはどうすんだ!」
「殺されないなら合流できる! たぶん!」
「たぶんじゃダメだろ!」
ポルナレフさんその優しさ今いらないから! 嬉しいけど!
殺害されない、と確信できる自分はとにかくみんなはいつ攻撃を食らってもおかしくないのだ。
「ああもう! とにかく早くみんな逃げ「『法皇の緑』!」
典明くんの声と共にお腹にぐうっと圧力がかかり、見慣れた触脚がぐるぐるっと巻き付いて景色がぶわっと真横に滑る。そういえばその手がありましたね。
ぼす、と典明くんの隣に降ろされたのだが、にっこり笑っている顔が怖いです。なんか背中にゴゴゴゴというSEが見える。
「おかえり」
「た、ただいま?」
「澪を置き去りにして逃げられるような者はここにはいないと、覚えて頂こう」
あ、これはめっちゃ怒ってますね。
「ご、ごごめんなさい……」
「承太郎! 敵の本体を探せ!」
謝罪している間にもジョセフが指示を飛ばす。
承太郎は既に双眼鏡構えてるし、逃げろって言ったのにこれは徹底抗戦の構えですね。おい、おい……。
「ジョセフうう!? 何言ってんの! 逃げろって言ったじゃん! 逃げろって!」
「ここで逃げても追われることに変わりはないじゃろう! ならここで討った方がいい!」
このド低脳が、という言葉が一瞬脳裏を掠めた。
瞬間湯沸かし器よろしく沸騰した頭で、反射的に怒鳴りつけてしまう。
「ばーか! ばかジョセフ!」
「ばっ!?」
「なんでわざわざ水使ってるヤツがここで攻撃してくると思ってるの!? なんで相手が有利って分かってるところで喧嘩買うの! もおおお!!」
なんで僕がここまで焦ってると思っているのだろうか。
水がスタンド、まではまだいい。なんとかなる。
僕が問題にしているのは『座頭市』の方だ。もし、相手が盲目なら非常に厄介なことになるのは目に見えている(なんて表現だ)。
視界を塞がれている人間は、それを補うために他の感覚器が非常に優れていることが往々にしてあるのだ。以前、後天的に盲目になってしまった友人本人が言ってたのだから間違いない。
「敵スタンド本体は見えねーな……」
承太郎は『星の白金』まで動員して探しているが、やはり本体の影はないらしい。
そうなると、どうやって相手は自分たちを索敵しているのだろうか。それが分からないと詰む。
「澪! その水筒にスタンドが入っているのか!?」
アヴドゥルさんまで詰問してくる辺り、ここでケリをつける気まんまんですね。
「まだ入ってるかまでは吹っ飛ばされて分かりません! でも、水自体がスタンドだから……」
「ポルナレフ、水筒を攻撃しろ」
おいこら頭脳班!
「ちょ、なんで攻撃……」
「見つかってしまった以上は迎撃するしかない。まだ潜んでいる可能性もなくはないだろう」
「いやだぜ花京院! オメーの方が近いじゃねぇか、お前がエメラルドスプラッシュ喰らわしてやりゃあいいじゃねーか!」
「ぼくだってイヤだ」
拳で砂地を叩いて断固拒否である。だめだこいつら血気盛んすぎる。
僕はとにかく水の流れを追うべく、砂地に耳をくっつけた。
ワムウさんの時のように風ならば読みやすいのだが、砂の中を高速で移動されると難しい。あととりあえず説得は続けておこう。
「あのね、世の中には戦略的撤退というものが」
感覚器が異常を訴える。近くにいるのを理屈抜きで感じ取る。でも正確な位置が掴めない。
頬が熱さでびりびりするが、もっとよく聞こうと砂地に耳を押し当て続けた。
それがいけなかった。
「兵は拙速を尊ぶとも、!」
「ぐえ」
典明くんの声が途中で不自然に途切れ、僕の頭が思い切り砂地に押しつけられる。
けれど一拍置いてその力が抜け、反射的に顔を上げた瞬間に頬に感じる熱い液体。
ぬるりとした、嗅ぎ慣れた鉄錆の臭い。
「花京院ッ!」
ポルナレフさんの叫びと、典明くんが仰向けに倒れるのがスローモーションで見えた。
典明くんの額から両目にかけてが、縦にぱっくりと割れている。目の前で手のような形をした水が、砂へと隠れる瞬間が見えた。
「典明くん!」
典明くんは顔面から滂沱と血を流し、衝撃で失神しているらしかった。
咄嗟に肩のショールで典明くんの顔面を圧迫止血。そのままぐるぐる巻いて固定する。
「花京院がやられたッ! か、花京院が目をッ!」
「ポルナレフさん落ち着いて!」
頬に当たった血が一気に理性を呼び戻す。
完全に選択を誤ってしまった。もう撤退する時間はなくなった。ここまで来たらやるしかない。
考えろ、考えろ、考えろ!
どうして今、
「ポルナレフ! パニックになるんじゃあない! チャリオッツを出して身を守れッ!」
ジョセフの声が聞こえた瞬間、『動いた』のが分かった。
視線を走らせると、ポルナレフさんの手の下から染み出す水。
意思を持った蛇のようにうねくり、確実にポルナレフさんへと狙いを定めている。しかし見えたならこっちのものだ。
「でいっ!」
咄嗟にポルナレフさんの前に回って水を払いのける。
僕の手に触れるか否か、水の刃はぱしゃりと弾けて無数のビーズのようになり砂地へとぶちまけられ、吸い込まれていった。
ふ、と全身が軽くなる。
「澪ナイスじゃ! ポルナレフ、今の内に逃げろッ! 車まで走れ!!」
「おう! 澪は俺に掴まってろ!」
「はい!」
ポルナレフさんは典明くんをお姫様抱っこしたまま、時々転びそうになりながらも全力ダッシュ。
僕はその首っ玉にしがみつきながら、片手でリュックを漁る。さっき自分は地面にくっついたまま動かなかった。隣の典明くんは水筒を攻撃したくないと拳で砂地を『叩いて』いた。
もし、想像が正しければ、これで何か分かるかもしれない。
手応えを感じて引っ張り出す。
けれど、体勢を立て直したらしい水がぐんぐん追いかけてくる。思ったよりスピードが早い。
僕は片手で出した『モノ』のスイッチを切り替えてあらぬ方向へと放り投げた。
じりりりりりんッ!!
けたたましい音を立てて目覚まし時計が鳴り響き、がくんと水の流れが変わる。刃のような形状になった水が突き刺さり、目覚まし時計は無残に抉られた。
旅にまで持ってきて使っていた愛用品だったが仕方がない。安らかに眠れ。
でもその犠牲ではっきりした。
相手が正確にこちらの位置を把握している理由。追跡可能な意味。
それは、
「……音だ! 音で探知して攻撃しているんだッ!」
アヴドゥルさんも気付いたようだ。
なんとか車に辿り着き、全員で乗り上がれば再びこちらを追いかけていた水は車の下を素通りして、またもや消える。
「じ、地面に染み込んだ……」
「確かに、これは場所が悪かったな……」
ジョセフが低い呻きを漏らした。
余計な遮蔽物も車もない一面の砂漠は、相手にとってのホームグラウンドだ。
生活音のような雑音に邪魔されることなく、こちらを探知することができる。
「敵は、音を探知して動くわけだから、我々に姿を見せないで土の中を自由に移動できる」
音も詰まるところ振動である。
砂を通して我々の位置を探り、その微細な揺れを感知しているということだろう。おそらくは歩き方や、体重による砂の沈み具合、それらで人間を判別しているのだ。
僕の体重はみんなに比べればかなりの軽量である。しかも今はスタンド(?)の作用でほぼグラム単位。
仲間の近くにいることが分かっていても位置情報ははっきりしていないはずだ。
「地面から我々が気付く前に背後からでも、足の裏からでも攻撃が可能! しかも、本体は遠くにいることができる」
シンプルだからこそ厄介、という承太郎の言葉がよく分かる。
本体を叩きたくともこれではこちらは動けない。動けば位置が割れる。なぶり殺しに等しい。
「か、花京院はどうだ?」
「とりあえず止血はしましたけど、縫合が必要……だと、思います」
さっき、おそらく典明くんは僕を庇ってくれたのだ。
スタンド攻撃は効かないと分かっていても、万が一をおそれて。
「ごめん、典明くん……」
「澪のせいではないだろう。失明の危険がある。早く病院へ連れて行かねば……」
「かと言って、動けばすぐに攻撃してくるぞ」
一度停車してしまった時点で我々の位置は筒抜けだ。すぐに察知され、攻撃を受けるだろう。八方塞がりだ。
しかし、更なる駄目押しとばかりに僕の首筋に悪寒が走った──直後、ずん、と車に重い震動が走った。
流砂のように、ずぶりとタイヤが呑み込まれる。
視界の隅で親分が窓から逃げ出していくのが見えた。あんにゃろう。
「タイヤが水の中に……ダメだ! 引きずり込まれる!」
たまたま後方にいた承太郎はジープの先に掴まっているが、典明くんを看ていた僕とアヴドゥルさんの位置は最悪だ。
どんどん傾いていくジープの出っ張りに足をかけて踏ん張ってはいるものの、少しずつずり落ちていくのが止まらない。
「澪!」
そこで、ジョセフが叫んだ。
「
あれ、という言葉に想起されるのはひとつしかない。
自分が嫌って仕方がない異能力。でも今は緊急事態だ。
「やれるけどたぶん保たない! あと動けなくなるけどいいの!?」
自由意思で動かせる水と熱を孕んだ砂。悪条件にもほどがある。
「このまま沈むよりマシじゃ! やれ!」
しかし、やれることはやってみるしかない。
ここで逡巡するなど命取り以外のなにものでもないからだ。
「アヴドゥルさん! 典明くんを頼みます!」
僕は捕まっていた窓部分から手を離し、きり、と身体をひねってそのまま滑り台よろしくタイヤへと落ちていく。
元々使用する機会は限られるし自分でも嫌いだし、これまでの安穏とした生活では一切必要のない能力である。柱の男戦にて使用したが、ここで披露するのは始めてだ。
「おい!?」
「澪に任せておけ!」
アヴドゥルさんの制止をジョセフが止める。
僅かな緊張を伴いながら気息を整え、両手をそのまま水の中へ。
ぱしゃ、という一瞬の感触。
スタンド以外で超常に抗えるだけの技術を、僕はこれしか持っていない。
だから──
『──凍結!』
言葉という則に従い、変化が起こる。
触れた箇所から無数の鳥のさえずりのような音がする。
熱砂ではありえない涼風が吹き抜け、霜が落ち、水面に膜が張ってみるみる凍り付いていく。跳ねた水滴が雪輪を作って消えていった。
沈んでいたタイヤが停止し、貼り付くような形で小さな水たまりはそのまま氷結していた。
こんな環境での行使はかなりの無茶だ。
しかも、相手はただの水ではなく意思を持つ敵のスタンドだから骨が折れる。額にぷつぷつと汗が浮かんで、どっと全身の力が抜けていった。
「やった! 止まったぜ!」
「澪、それはスタンド能力か?」
アヴドゥルさんの声に首を振り、スタンドに反応してしまったのかようやく重みを取り戻していた身体が、再び内臓が全てこぼれ落ちてしまったように軽くなる。
「ちがいます。できの悪い手品とでも思っておいてください」
これ以上は聞いてくれるな、という目線で訴えるとアヴドゥルさんは「……そうか」と頷いてくれた。
中途半端に固着してしまったジープはかなり不安定だし、案の定、凍り付いたとはいえ砂や大気の熱でじわじわと溶けた部分の水がぴくぴくと痙攣している。長持ちはしない。
「でもどうするの? スタンドはすぐ動けるようになるだろうし、こっちも動けな──ッ!」
濃密な殺気で背筋が粟立ち、早くも溶け始めた水がかけらを結集させ、アイスピックのような形状を取ると一気に氷へと突き立った!
「な、自分で自分のスタンドを砕くだとぉ!?」
ジョセフの言う通り針金の如きそれが凍りついた部分に深々と突き刺さり、びきびきとひびが入り──砕け散る!
「いかん、倒れるぞ! 全員車に掴まれ!」
アヴドゥルさんの声と同時に固着していた車が支えを失い、万有引力の法則に基づいて勢いよく倒れ込む。
壮烈な音と衝撃に耐えきれず、全員の身体が吹っ飛ばされた。同時に凍結から抜け出した水も砂に沈んで行方がつかめなくなる。
重みというものがなくなっていた僕は、その風圧でジェットコースターのように上へと飛ばされ、思わず目を閉じてしまう。
すると、足首にがしりと力強い感触。
目を開けば『星の白金』の逞しい手が僕の足を掴んでくれていた。
「承太郎!」
どうやら承太郎の目の前を通過した瞬間に、持ち前の瞬発力と精密さでゲットしてくれたらしい。
逆さで宙ぶらりんだがありがたい。
「離れるなよ」
「ん」
中途でふわ、と手が離され『力』の時よろしく僕は承太郎の背中にしがみついた。まだ体重は戻らないし、邪魔になるよりはいいだろう。
たぶん、僕の現在地は相手に知られていない。ふよふよしてますからね。これがアドバンテージになるといいのだけど。
しかし、依然相手が有利な状況だ。
こちらは音を立てずにじっとしているしかない。息を呑むような緊張感が砂漠に広がっていく。
「おい、澪」
そんな中で、承太郎が小さく呟いた。
「あのクソ犬、スタンド使いの位置が分かってるのか」
あそこであくびしている助っ人と言いつつなんの役に立つつもりもなさそうな親分ですか。まぁ気持ちは理解できるけどね。
「知ってる、と思う。水筒のこと教えてくれたのも親分だし、嗅ぎ分けてるみたい」
にぶちんとか言われたし、犬の嗅覚は人間とは比べるべくもない。
おそらく自分たちよりよほど鋭敏に相手の位置を把握しているだろう。
「そうか……」
そんなことを言っている間に、アヴドゥルさんが腕輪をいくつか外して次々に放り投げ始めた。等間隔にぜんぶで五つ。
どうやら腕輪の振動で人間が歩いていると誤認させるつもりらしい。うまく引っかかってくれるだろうか。
固唾を呑んで見守っていると、やがて最後の腕輪の刺さった辺りからじんわりと染み出てくる水。かかった!
「『魔術師の赤』!」
その隙を見逃さず、アヴドゥルさんが『魔術師の赤』で水を攻撃。
縄のような炎が水へと殺到する──が、相手の方が一枚上手だった。
「なにッ!?」
水は器用に炎の間をすり抜け、刃のような形状に変化させると、アヴドゥルさんの首筋をお返しとばかりに強襲したのだ。
「アヴドゥル!」
「つ、よい……」
ジョセフの悲鳴が響き、一拍置いて仰向けに倒れていくアヴドゥルさんの首筋から、嘘かと思うほどの血が噴出した。
まずい、あの失血量と場所じゃ致命傷じゃなくても早く止血しないと死んでしまう。
体重のない今ならアヴドゥルさんにジャンプで近付ける。慌てて承太郎の背中から飛ぼうとしたらぐい、と腕を掴まれた。
「承太郎離して!」
「離れるなっつっただろ」
凄まれたところで話を聞くと思っているのだろうか。
「そんな場合じゃ……」
言っている間にも、とどめを刺そうと水が再びアヴドゥルさんに迫っている。
「チッ」
承太郎はぎ、と中空を見据えて舌打ちすると突然立ち上がり、囮になるつもりなのかそのまま砂を蹴立てて走り始めた。
無論、僕を背中にくっつけたままで。