最速でジープを病院へと走らせ、アヴドゥルと花京院、そして澪は治療を余儀なくされた。
アヴドゥルは失血量こそ多かったものの傷は急所を外れており、縫合だけで治療は終了した。花京院は失明こそ免れたものの、数日の入院が必要らしい。
澪は澪でこめかみが切れていたので流血が多く派手な怪我に見えたが、その実は大したものではなかったのでガーゼと包帯だけでなんとかなった。
手術中のランプが灯る前のベンチで膝で手を組んで俯いていると、やってきたジョセフが横にどすんと腰掛けた。
「約束通り、SPW財団に計らってもらった。あのンドゥールとやらは澪の家に送ったぞ……『遺体』としてな」
承太郎経由で伝えられた交渉を、ジョセフはこれまたあっさりと頷いた。
ンドゥールは昏倒している間に治療と拘束を終え、最速で澪の家へと『空輸』されることになったのである。
より正鵠を射るならば、体裁は『遺体』として密輸出するということだ。
DIOの前に澪が殺すと約束しているが、戻ったところでどうなるかなんて目に見えている。
こちらの情報漏洩も困るし、それならば遺体としてDIOの目の届かない極東の地に放り込んでしまう方が良いと踏んだのだ。
間接的にホリィとの距離が縮まるということになるのだが、DIOは承太郎たちを敵視しているが放っておけばいずれ命脈の尽きる病人をわざわざ殺す理由はない。
それにぶっちゃけた話、八つ当たりと純トロ100%の嫉妬でタコ殴りにしてしまったのだ。
本人たっての望みとはいえそのまま死なれでもするとさすがに後味が悪い。澪のンドゥールへの感情は同族嫌悪と同病相憐れむの心理が複雑に混じり合っており、自分でも未だに噛み砕ききれていない。
澪は基本的に嘘はつかないが、善人ではない。
幾多の戦いに揉まれ、甘さは薄く、心は鍛造されよじれている。使えるものは親でも使うし、イヤなことは全力で回避する。
「うん、ありがとう」
ほんのりと笑んで頷くと、ジョセフは鋭い視線でこちらを睨め付けた。
「それで、ホリィの命を延ばすとは……具体的にはどういうことじゃ」
「俺もそれが聞きてぇな」
どす、とジョセフとは逆隣に腰掛けたのは承太郎だ。言外に逃げ場はないぞ、と言われてる気がしてなんとも居心地が悪い。
しかし、交渉を提示した身として必要最低限の説明責任がある。
「うん、えーと、どこから言えばいいかな……」
澪は一度口を開きかけ、ぱくんと閉じた。少し考えてから、二人を交互に見やる。
「んと、承太郎は僕の義父さん──空也の方が鍼灸医やってるの知ってるよね」
「ああ」
それは承太郎も知っている。
夕凪家の稼ぎ頭──義父の片方である咳空也は近所で診療所を構えている腕のいい鍼灸医である。
必要とあれば鍼のみならず按摩や整体、お灸などの施術も受け持っているので患者の間口が広く人気も高い。
近所でも評判が高く、動けないような患者には訪問治療もしているため特に高齢者層からの信頼が厚い。長年の腰痛が一発で治った、なんて噂もちょくちょく聞く。
余談だが、見目もよく若いためかおばちゃん方には氷川○よしのようなアイドル的な扱いを受けていたりする。
ちなみにもう片方の義父である撫月宵丸の職業を承太郎は知らない。
大抵家にいるので最初は主夫という名の不良債権だと思っていたのだが、ある時「大っぴらに言えないけど稼いでるよ、枕営業以外で」と主夫より不穏な台詞が返ってきたのでそれ以上追求するのをやめた。知らない方がいいこともあると学んだ一幕である。思考が逸れた。
そんな承太郎を知ってか知らずか澪は続ける。
「空也が身につけてる鍼灸術っていうのは、
自分も多少の薫陶を受けてはいるが、彼の流派は普通のそれとは一線を画す鍼灸術である。
とある事情があって、空也自身は技を修めたものの後継を弟弟子に譲ったが、その実力を腐らせてはいない。
彼の鍼によって操作できるのは人間の病理のみならず、特殊な環境下で錬磨され受け継がれてきた技術は時に人知の理をも越える。
『自分たち』の元いた場所で身につけたものだが、問題なく使えるかどうかは既に確認を取った。
まぁスタンドのような常識外れが罷り通る世界なのだから、義父の鍼が作用したとて不思議ではない。
それに──重要なのはそれができるかどうかだ。
混乱を招きたくないからある程度の情報開陳は必要だと思っているが、納得さえしてくれれば問題はない。
「それで、僕らは『脈』って呼んでるんだけど……『生命の流れ』って言うと分かりやすいかな」
澪は指先を中空に伸ばし、何かを辿るようにゆるゆると滑らせる。
人間の身体には血管と同様に『生命の流れ』があり、鍼で特定の箇所を刺激することでその流れを自由に変えることができる。
それが空也の学んだ鍼灸術の基本的な理念であり、極めれば人間の命脈を活殺自在に操ることが可能という、一歩間違えると恐ろしい技術だ。
「それを空也は自由自在とまではいかないけど、ある程度操ることができる。鍼で刺激するって方法で」
そして、彼が会得した技法を以てすれば時に人ならぬモノを退治したり、生かしたり、その気になれば草木や大気の流れを変えることもできる。
水には水の脈があり、大気には大気の脈がある。
万物流転の言葉の通り、遍く巡る流れを正確に読み取り、然るべき箇所へと鍼を刺し、刺激することで望む事象を引き起こすことが真骨頂だ。
澪も多少学んでいるが畑が違うため未熟もいいところであまり上達せず、『水の脈』を取って川の流れを少々変えるくらいがせいぜいである。
「つまり、どういうことだ」
結論を急かす承太郎に澪は静かに告げた。
「つまり、義父さんに頼んで鍼を打ってもらって──ホリィさんの身体に流れてる『生命の流れ』を一時的に堰き止める」
☓☓☓☓☓
実は、澪たちが以前いた『世界』で、空也はその技術で金満家を相手にものすごい荒稼ぎをしていた時期がある。
大抵は末期に心残りを残している老人が相手で、未練を精算するための時間を提供する代わりに、多額の金銭等を得ていた。
与えられた期限付きの猶予の使い道は遺産整理や遺書の作成というオーソドックスなものから、初恋の相手に思いを伝えたいというロマンチックなものや、自分の死を生唾飲んで待っているような野郎共にはびた一文くれてやるかと全てを散在して豪遊したりと様々だった。
しかし実際問題、更なる延命を望みやがる金満家の老害相手に色々といざこざがあったし、乱用して噂が広がると余計に面倒なので滅多にやらなかったのだが。閑話休題。
「『死人針』っていうんだけど、身体は限りなく死人に近付くから……生命エネルギーを使って暴走しているホリィさんのスタンドは発動できなくなる、はず」
ホリィに空也が施す技は、すごく極端に言うと『魂魄』という名の生命エネルギーの乖離と固定だ。
人が死ぬと魂魄は『魂』と『魄』に別れ、精神を司る魂は天へ、肉体を司る魄は地へ還ると言われている。
これは魂という字の『云』は雲気を示し天へと昇り、魄の字は『白』は白骨の意で地上へ留まるという思想に端を発している。
要するに、本来死ぬまで不可分であるはずの魂魄から、精神的部分を司る『魂』を、肉体を司る『魄』から僅かにずらし、『魄』のみを鍼によって固定するのだ。
「死人に近付くって……、それでホリィは大丈夫なのか?」
ジョセフの噛みつくような言葉に澪は淡々と頷く。
「もちろん副作用はあるよ」
『魄』が完全に固定されていれば、『魂』は肉体から僅かに遊離した状態になり、苦痛や疲労を感じなくなるから身体を自由に動かせるようになる。
だが、『魄』を固定している以上、人間としての基本活動である代謝や体温調節などの機能が極端に低くなる、というデメリットがある。
「痛覚がほぼ遮断されるからケアが必要だし、温度感覚も鈍磨するから……その辺はSPW財団のお医者さんに協力してもらえると助かる」
卑近な例えをすればHPが0のままマイナスにならない、という状態が続くのだ。
それに、と付け加えた。
「ホリィさんからすると一気に肉体的苦痛からは解放されるから、超元気になったってはしゃぎすぎて……どこかで怪我とかしないように気を付けてあげないと」
固定しているということは、HPはマイナスにはならないがプラスにもできない。
空也が再び魂魄を結合させて、いわゆる『蘇生』を行わないと、傷を自然治癒することすらままならないのだ。
そういう意味では、リスクのある技術である。
「二週間っつーのは」
「本来そういう流れって、時間と一緒で不可逆のものだから『蘇生』を施さないままそれ以上経つと、身体に色々と不具合が出てくる」
固定とはいうが、『魄』という肉体を司るエネルギーをダムで囲って堰き止めるようなものだ。
時期を越えればダムは決壊し、怒濤のようにエネルギーが流れ去ってしまう。
そうなると、DIOを仮に倒せたとしてもホリィはまともな人間には戻れなくなる。
本来蓄えられていたはずのエネルギーが必要以上に流れ出し、存在は不安定になり、影は薄く、鏡には映りにくく、生と死の垣根の低いあやふやな人間と成り果ててしまう。
もちろん、本人の希望があれば二週間が経過する前に『蘇生』もとい魂魄を癒着させるべく措置を施すし、空也がホリィの身が危険だと判断した時も同様だ。
「それから、これはひとり一回しか使えない。人間は二回死ねないから、二度目は本当に死ぬだけ」
だからこそ、この鍼術は『死人針』と呼ばれているのだ。
澪は二人に向けてぶい、と両手でダブルピースを作ってみせる。
「義父さんが鍼を使った時点から二週間、身体だけで話をするならホリィさんの調子は良くならないけど、悪くもならない。『蘇生』を施せばホリィさんの身体が活動を開始するから……残り二週間の時点から、リスタートすることになる」
ホリィの命の期限はつごう四週間になる、ということだ。
そこまで説明して、澪は短く息を吐いた。
「これが、僕に説明できるぜんぶだよ」
自分は長年の付き合いで義父たちに全幅の信頼を置いているから、副作用云々に関しては全く心配していない。
けれど面識のある承太郎はともかくジョセフはどうだろう。
ホリィが抜き差しならない状況に陥っているからといって、幼馴染みの義理の親という、いわば他人に愛娘の命を預ける気になるかどうかは分からない。
交渉材料として通用するかどうかは、今更ながらに不安が残る。
だから、澪はジョセフへこう締めくくった。
「やるかどうかは、ジョセフたちが決めて。あんまり時間はないけど、少しなら相談も……」
「やってくれ」
「右に同じ」
まさかの即答だった。
「……えッ!?」
思わず両隣に視線をちらちら動かして二度見してしまう。
それをむしろ不審そうに眺めていたジョセフは眉を寄せ、戸惑っている澪の肩をべしべし叩いた。
「あの親父さんがそんなことできるなら早く言わんか! 頼んだぞ! ほれ電話じゃ! 電話! ハリーハリー! 駆け足!」
「は、はいぃ!」
勢いでぴゃっと立ち上がり、追い立てられるように電話を探して病院内の廊下を走る。
しかし澪の脳内は混乱の坩堝だ。
「?、?、!?」
絶対怒ると思ってた。
だって自分が言い出したのは最低で、それどころか蔑まれるのが当たり前で、罵られて見放されてもおかしくなくて。
でもジョセフたちはあっさり承諾していいから早く電話しろって背中叩いて……。
「あれぇええ!?」