星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

87 / 117
7.わるものは、せいぎのみかたにいてこまされました

 

 

 予想外の連発でなんだかグラグラしながら電話を借りた。

 

 出たのは宵丸だった。

 

『ああ、ホリィ嬢のことね。すぐ行かせるから……ジョセフだっけ? あの人からSPW財団の医者に話通しといて』

 

 相変わらずうちの義父はノリが軽くて話が早い。

 

「いや、うん、よろしくお願いします」

『……なんかあったの?』

「……あったというか、なかったからびっくりしてるというか」

『よくわかんないけど、それって澪にとって悪いこと?』

 

 単純に聞かれて、ちょっと考える。

 いいか悪いかでいえば。

 

「むしろいいことだ、と、思う」

『ならいいじゃん』

「いい、のかなぁ……」

 

 なんとなく釈然としないが、まだ言わなくてはならないことがある。

 

「それとさ」

『ん?』

「……『座頭市(みずタイプ)』生け捕りにしてそっち送っちゃった」

『わぁお』

 

 宵丸の声が興味深そうに弾んだ。

 わりと物見高いというか、野次馬根性が旺盛な義父はトラブルに寛容である。普通なら人間を宅配した時点で縁を切られる。

 しかし、わおって。ここまでどうでもよさげな返事をされるとは思わなかった。むしろそっちの方に驚く。

 

『そう転んだんだ。へーほーふーん……なんかフラグになんのかな』

 

 宵丸は勝手に納得して何やら吟味しているみたいだった。よく分からない。

 

『てことは、空也に押しつけて現代版藤枝梅安にでもすんの?』

「しねぇよ!」

 

 按摩師兼鍼師兼必殺仕事人にしたくて送りつけているワケではない。

 暗殺抜きにするなら、手に職つける意味ならいいかもしれないけども。そも、藤枝梅安は盲目ではない。

 

『そうなの? まーいいや、面白そうだし』

 

 面白そう、で全てを片付ける義父がありがたいやら不安やら。

 

「いいんだ……あとDIOにバレると面倒だから適当によろしく」

『はいはい』

 

 大丈夫かなぁ……。

 

 あまりにもさばさばした応対なので不安は残るが、もうやっちゃったもんはしょうがない。返品できないのだからどうにか頼む。

 

 それにしても、

 

「あのさぁ……なんで義父さんたちってそんなによく知ってるの。当て推量だけで分かる範囲、明らかに越えてるよね」

 

 すごく今更だが、気になったので聞いてみた。

 

 手紙にしろDIOにしろスタンドにしろ、こちらは明確な説明などビタイチしていない。そんな時間などなかった。

 にもかかわらず、この義父たちはそれこそ全ての出来事を見知っているかのように振る舞っている。

 

 事実、あのメッセージには何度も助けられたことがあるし、何より純粋に不思議だった。

 

『なんでって……あー』

 

 珍しく宵丸が言い淀み、それから暫くの沈黙ののちにぽつりと呟いた。

 

『詳しい説明は省くってか、できないんだけど……俺と空也は裏死海文書でも読んだと思っといて』

「スケールでかいなぁ……」

 

 ここでエヴァネタをぶっこんでくる義父の感性は相変わらずすごいと思う。色んな意味で。

 

「死海文書って、なに、人類滅亡でもするの」

『しない。でも世界の趨勢よか家族の安否の方が重いんじゃね?』

 

 そりゃそうだ。

 なにより単純な事実を言われたようで、気が抜けた。

 世界がどうの、なんてご大層な名目がなくても人間必死になるし、逆も然りだ。

 

「とにかくホリィさんのこと、お願いね」

『俺たちがなんかしなくても、なんとかなるとは思うけど……空也だからその辺は大丈夫だよ。それより問題なのはそっちでしょ』

 

 宵丸の言葉はごもっともだったので、頑張りますとだけ返事をして通話を切った。

 

「あ、ミス・夕凪?」

「はい?」

 

 振り向くと、先程自分の治療の時に随伴していた看護婦がカルテを片手に手招きしている。

 

「どうかしましたか?」

 

 歩み寄りながら尋ねると、看護婦はカルテを確認しながら言葉を続けた。

 

「ええ、あなたの怪我は頭だったでしょう?」

「こめかみなので、はい」

「それなら一応、CTでチェックさせて欲しいって医師(せんせい)が」

 

 大した怪我ではないが、念には念をということらしい。

 

「分かりました。お願いします」

 

 そんなワケで、澪は承太郎たちから少し遅れて合流することになった。

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 脳のチェックはもちろんオールクリアーだった。

 

 なので、ジョセフたちより若干遅れて出発してアスワンの町に向かうと、遠目に喫茶店でなにやらワイワイしている一行を見つけた。

 いつでも騒がしいのでなんとも見つけやすい。助かる話だ。

 しかし、あのお向かいの喫茶店は小火騒ぎがあったのだろうか。すすけた煙の臭いがここまで届いてくる。

 

「あれ?」

 

 手を振ろうとした途中で気付く。親分がいない。

 頭のいい犬なので、はぐれたりはしてないだろうけど、どこにいるのだろう。

 

 きょろ、と周囲の路地に視線を走らせていると──

 

「アゥン!」

 

 ぼすっ!

 

『……しまった』

 

 匂いで気付かれていたらしく、背後に回っていた親分にスタンドで砂団子をぶつけられて狸の一丁上がりである。

 

『おやぶん~』

 

 ジト目で睨め付けると、親分はふんと小鼻を鳴らしてにやりと笑った。

 

『遅いぜチビ。ちっと退屈してるんだ、付き合えよ』

『え゛ッ』

 

 言っている間に親分は前肢を低く構えて、スタートのポーズ。

 

 動物としての本能で僕は反射的に駆け出し、嬉々として後を追いかけてくる親分の気配を感じながら追いかけっこが始まってしまった。

 広場をかけずり回り、そのままジョセフたちがいる喫茶店へと突っ込んでしまう。

 

 一目散に彼らの座席へ向かう僕を尻目に、しかし親分は鼻をひくつかせて別テーブルへと急遽方向転換。なんとテーブルに乗り上がって女性のケーキを盗み取ってしまった。

 

「キャアアアッ!」

「キャイインッ(ヘルプみぃー)!」

『ぶッ──!!』

 

 ケーキを食べられてしまった女性の悲鳴と僕の鳴き声がデュオで響き、驚いたジョセフたちが口に含んでいたらしい紅茶を一気に吹き出した。なんかごめん。

 

「イギー! 澪をいじめて遊ぶんじゃねぇ!」

 

 咄嗟にポルナレフさんに飛び込んで難を逃れ、ケーキを強奪したまま走り去ってしまった親分を全員で追いかけ回す。

 ちらりと喫茶店に視線を向けると、妙に悔しそうなマッチョ店員と物陰に隠れている小さな子共が見えた。なんだったのだろう。

 しばらく経つとようやく元に戻れたので、さっきの店で気になったことを聞いてみた。

 

「さっきのお店でお金払った?」

 

 店員さん(らしき人)があんなに悔しそうな顔をしていたので、ひょっとして親分に夢中で食い逃げになってしまったのかと思ったのだけど。

 

「? 当たり前じゃろ」

「そっか」

 

 そんなことはないようだ。

 

 単に店を荒らされたことに対する恨みの目線だったのだろうか。だとすれば申し訳ない。すいませんうちのわんこが。

 

 小休憩を挟んで典明くんたちのいる病院に一度戻ることになった。典明くんの術後の調子や支払い諸々があるからだ。

 ポルナレフさんたちは少し買い出しをしてから車で向かうらしく、僕と承太郎は直接病院に向かうことになった。

 

 僕は車も徒歩もどちらも気まずかったので内心迷っていたのだけど、「行くぞ」と承太郎に先手を打たれてしまったのだった。

 燦燦と降り注ぐ太陽光のもと、特に話すこともなく黙々と歩く。

 

「……」

「……」

 

 気まずい。

 

 超気まずい。

 

 いや承太郎は元々口数多い方じゃないから、いつもならこんな気分にならないのだけど、今回はちょいと事情が違うのだ。

 

 というか、なんで血の気が多くて短気な家系のジョースター家の中でも際だって短気な承太郎とジョセフが自分を怒らないのかが分からない。

 DIOのお義姉ちゃんというポジションを視野に入れたとしても諸悪の根源に心酔している部下の助命に、よりによって助ける目的である肉親盾にするとかありえないし、客観的に見てもあの場でぶん殴られて砂漠で砂粒の仲間入りしてもおかしくない外道の所行である。

 

 最初は呆れ果てて怒ることすら馬鹿らしいと思ったのだろう、と予想していたのだが、それにしては承太郎にしてもジョセフにしても態度が変わらない。

 リスクの説明もしたのにまさかの即答だったし急かされたし……おかしい、変だ、どういうことだ。

 

「……承太郎」

「どうした」

 

 とうとう耐えきれなくなった僕は、思い切って承太郎に聞くことにした。

 平素と変わらないシーグリーンの瞳が今はこれからどう変わるのだろうか。怖くてしょうがない。

 

 歩きながら俯き、服の裾をぎゅうっと握る。

 

 ほんとは、聞かないで済むならそっちの方がいい。でも、なぁなぁのままずっと気まずい方がもっと辛い。

 

「なんで、おこんないの」

 

 ぼそ、と呟くと承太郎の眉がぴくりと動いた。

 歩きながらちらりと視線が向けられる。

 

「怒られるようなことしたのかよ」

 

 え、なんでその返事!?

 

「し、したじゃん!」

 

 何言ってんだこいつ、みたいな目線に耐えきれず僕は捲し立てた。

 

「ンドゥールさん助けるのに、ホリィさん引き合いに使うとか……最低でしょうが」

 

 自分で言ってて、我ながら罪悪感で死にたくなった。

 

「怒って、なじって、見下げ果てられたって当たり前なのに。でも、承太郎もジョセフも何にも言わないし、いつもと変わらないし」

 

 人の命を交渉の材料に使うなんて醜悪で、ずるい、唾棄すべき所行だ。分かってる。

 どれだけ承太郎たちがホリィさんを助けたいのかを知っているから、余計。

 

「だから……」

 

 声が震えて、顔が上げられない。足が止まる。

 自然と路上だけを見つめて歩くことになる。土色の地面に、時々小石で反射する陽光。承太郎の影。

 大きな背中の影から聞こえたのは、深いため息だった。

 

「……おい、澪」

 

 びく、と肩が跳ねる。

 

「テメェ、露悪趣味も大概にしやがれ」

「……?」

 

 ワケが分からず思わず顔を上げると、承太郎はポケットに手を突っ込んだまま呆れたようにこちらを振り向いていた。

 そこには憤慨も侮蔑もない、ただの憮然としたやぶにらみだった。

 

「またくだらねぇことで悩んでやがると思ってたら案の定だ。やれやれだぜ」

 

 そしてずかずかと大股でこちらへと歩み寄ってきて、開いた距離を縮められ、がしりと頭を掴まれる。

 ぐいと上を向かされて、視線を逸らすことができない。

 

「く、くだらなくなんか」

「くだらねぇよ。似合いもしねぇくせに悪ぶってんじゃねぇ」

 

 なぜか承太郎はきっぱりと断言して、こともなげに続けた。

 

「テメェはどうせンドゥールのことがなくたって、あの提案はしてただろ」

「ッ!」

 

 びくり、と自分の身体が頭から足の先まで硬直するのが分かった。

 自分の口が動くより早く承太郎は続けた。

 

「あのアマの危急を黙って見過ごせるほど、お前は腐ってねぇ。ったく、何年の付き合いだと思ってんだ」

「ちょ、ま、あの」

 

 つらつらと珍しく饒舌に語られる内容に、僕の頭が追いつかない。ちょっと待ってくれ。

 しかし承太郎が待ってくれるワケがないのだ。

 

「テメェがどんだけおふくろに懐いてるか、俺が知らねぇワケねぇだろう。テメェのろくでもねぇ性格もな。どうせ、算段つけて言うタイミング見計らってたところでトラブッたからああ言ったんだろ」

 

 立て板に水とばかりにずらずらと並べられ、頭は既に混乱の坩堝だ。

 ぐるぐるした頭で絞り出せたのはこんな一言で。

 

「な、なんでそう思うの」

 

 しまったこれじゃ肯定と同じだ。

 

「あ? んなの決まってんだろうが」

 

 僕の頭から手を離した承太郎はビシ、とこちらを指差してさも当たり前のように。

 

「あの潜水艦で、クソ親父どもに連絡つけてたじゃねぇか」

 

 それは、そうだ、確かに僕はンドゥールさんを横に置いてもホリィさんがぴんちだったら言うつもりだった。

 だから潜水艦の電話をわざわざ借りて、義父に確認を取ったのだ。

 それで言い出すタイミングを窺ってて、そしたらンドゥールさんのことが持ち上がって、どちらもなんとかしたくて、そう考えたらもうああ言うしかなかった。

 

 でも、そんなの言いつくろったところで体のいい言い訳にしか聞こえないだろうし、筋道が違ってもやってることは同じだから口に出すつもりなんて毛頭なかった。

 

 それでもよかったのだ。たとえ承太郎たちの怒りを勝っても、幼馴染みでいられなくなっても、ホリィさんが無事で、ンドゥールさんをなんとかできれば、それで。

 なのに、承太郎はそんなの毛程も考えてなかった。思いつきもしなかったのかもしれない。

 

 そして固まっている僕を見て小鼻を鳴らして、単なる事実を述べる学校の先生みたいに駄目押しの一言を告げるのだ。

 

「そもそも、こんなとこまでついてきてるクセに今更阿呆なこと抜かしてんじゃねぇよ」

「……」

 

 ええと、つまり、承太郎とジョセフがあっさり提案を受け入れたのは、僕がホリィさんに不利になるようなことをしないって頭っから疑ってなかったからで──

 

 バレバレだった、色々と。

 

「~~~~ッ!」

 

 ぶわわわっ、と首から耳まで真っ赤になるのが自分でも分かった。服をぎゅうううと握りしめて、爪の跡がつきそうだ。

 まるっと見透かされていた事実に、僕は羞恥とも罪悪感ともつかない感覚でぶるぶる震えるしかない。

 

 無条件の信頼と親愛。

 

 それがこんなにも嬉しく、恥ずかしいものだと僕は始めて思い知った。

 これまで紡いできた年月の中で、交わした会話、ちょっとした喧嘩や一緒にご飯を食べたりしてきた、そんな全てを承太郎はちゃんと受け止めてくれていた。

 ジョセフは戦友として過ごした時の中で抱いていたものを、ずっと覚えてくれていた。

 

 そんな奇跡に等しい『当たり前』に直面したら、もうどうしたらいいのか分からない。だってそんな人は、義父さんたちしかいないと思ってた。

 

「う、う、うう~ッ!」

 

 嬉しさとも羞恥ともつかない感覚で悶死しないのが不思議なほどだ。

 膝から力が抜けて、そのまま地べたで体育座りしてしまう。尻が熱い。

 

「おい」

「もーやだ、ほんとやだ」

 

 頭の中がぐるぐるして、沸騰したみたいで何を言えばいいのかもおぼつかず、ついつい憎まれ口を叩いてしまう。

 

「この黄金の精神かなわない。ジョースター家おかしい、絶対おかしい、なんでそんなに格好いいの。非の打ち所なさすぎてつらい」

「……そいつはただの褒め言葉だな」

 

 承太郎は僕の腕を掴んでぐいっと引き上げた。

 せめてもの嫌がらせに承太郎の肩におでこを当ててぐりぐりする。

 

「う~、も、承太郎なんか、きら……い、にはどう頑張ってもなれん。くそう」

「そうか、俺たちは澪が大好きだぜ。残念だったな」

 

 その表情はほんの少しばかり緩んでいて、なんだかすごく憎たらしくなったのだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。