「ボリューミィでふにふに! ぷわぷわ! もふもふ! もっふもふッ! この感触クセになるぅー!」
「キュ、キュィインッ!」
「ジョジョいい加減にしろ! 禿げたら可哀想だろ!」
尻尾はゆるすけど耳は! 耳はつまむんじゃない!
結局あの後、僕も含めて一路シーザー(敬称もいらないと言われた)の波紋のお師匠に会うためにヴェネツィアに向かうことになったワケですが、ここでひとつ問題発生。
そう、僕は半日しか人間を保っていられないので『一人分』として換算すると結構面倒なのだ。
なので道中は殆ど狸のままで鞄に入ったり、街中だったらどちらかの肩とかに乗って楽してた僕です。ご飯時だけ戻ってました。青年ふたりがぬいぐるみ持ってるというのもアレだけどそこは見逃して欲しい。
シーザーは最初「シニョリーナを荷物扱いするのは……」としぶりまくっていたのだけど、事情が事情なので結局妥協してくれた。紳士的ですねありがとうございます。
一方のジョセフは僕の毛皮(?)がいたく気に入ったらしく、抱っこはともかく油断すると撫でくり回されたりもみくちゃにされるのでそうなると必死でシーザーの方に逃げている。くすぐったいし時々痛い。手加減してくれ。
シーザーの方はというと、イタリア人らしく女性には紳士的に! が染みついているのか僕が女と判明してからかなり優しいし気遣ってくれて肩に乗っていると抱っこしてくれたりする。
時々、無意識なのか肉球をぷにぷにされたり尻尾をむにむにされたりするけど途中でハッとして「す、すまない!あまりにきみが魅力的で……!」とか慌てるのはちょっと面白い。動物に言う言葉じゃないっすね。羽根飾りとかつけてるから意外と動物好きなのかもしれない。
そんなワケでヴェネツィアに到着し、夜も更けてしまったので小休憩、と取ったホテルの一室。先生のところは明日向かうらしい。ちなみに最初シーザーは別室を取ると言ってくれたけどお金が勿体ないし、どうせ狸で寝るだけで意味ないので辞退した。どっちかの枕元でいいっす。
椅子で頭をかきむしりながら指輪についてまだ悔しがっているジョセフに、シーザーは呆れながら何やら作業を始めた。
「ジョジョ、お前は少なくともこれから俺がやることをできるようにならなくてはならない」
テーブルにあった水差しからコップに水を注ぎ、シーザーはなんとくるんとコップをひっくり返した。
しかし、水は重力に従って落ちることなくコップの中に留まっている。ほへー。
「おお、水が流れ落ちていかねぇ!?」
ジョセフと一緒に驚きつつよくよく見ると、淡い燐光のようなものが水面を覆っているように見えた。あれが波紋なんだろう。
「ジョジョ、ほれっ」
シーザーはこともなげにコップをジョセフへと放り投げた。
「そのまま水を維持してみな」
「このぐらい簡単……んおッ!?」
しかしジョセフの波紋に問題があるのか、彼がコップを持った途端にばっしゃあ、と派手な音を立てて拡散してジョセフはずぶ濡れになった。あーあー。
それを見たシーザーはため息をひとつ。
「違いを言ってやろう」
シーザー先生の説明の間に僕は一旦人型に戻ってタオルを取りに行った。床まで濡れてるし、あんまり濡れてるとよろしくない。
話を聞いていると、どうやら二人の波紋の強度に大した差はないものの、使い方が問題らしい。
「水鉄砲は穴が小さいほどよく飛ぶ、ということだ。分かったかスカタン!」
拡散させずになるべく絞って波紋を使うことで効率よく扱える、ということなのだと思う。
水道のホースに近い気がする。何もつけないで先を押さえて全体にばらまくか、ノズルをつけてほそーくして勢いよく汚れを落とすか、みたいな。違うか。
大雑把なジョセフはまだ繊細な操作になれておらず、シーザーにはその点で一日の長があるのだろう。シャボン玉を武器に使うくらいだし。
「ジョセフ、タオル」
「お、サンキュ」
手渡したタオルでわっしわっしと水気を拭うジョセフ。
そんな様子を見ながら、シーザーに聞いてみた。
「波紋って、つまるところ呼吸法の一種って理解でいいの?」
ワムウさんが確か喉と肺が弱点とか言っていた気がする。
「ああ、血液の流れには誰でもほんの少しだけエネルギーができるのは分かるかい」
シーザーはジョセフに対する言い方よりよっぽど優しく解説してくれた。なんか明確に分かれてるなぁ。
「栄養分を運んだり、体温を調節したり……」
そうした微量な生命エネルギーを集め、増幅し、自在に操る呼吸のリズムこそが波紋法なのだそうだ。もとは仙道の流れを組む術らしい。
「生命エネルギーの振動は太陽のそれと同等。だからこそ柱の男たちへの攻撃になる、というワケさ」
「ははぁ、なるほど」
曖昧に頷き、僕は思考を巡らせる。
「気息を整え、調息して、息吹を用いて体内の力を練り上げる……」
それは使う方向性が異なるだけで、中国拳法で言うところの発勁の技術とほぼ同じだ。仙道というからには、その辺りが源流なのかもしれない。
「まさしくそうだよ。ミオは飲み込みが早いな」
シーザーが顔を綻ばせる。
「ま、頭で理解すんのと使うのは別問題だからねぇ。ミオちゃんに使えるかな~」
「直感だけで使ってた奴が言うことか!」
にやにや笑いのジョセフをシーザーが窘めた。
「使えるかどうかは……ちょっと」
概要は理解できたけど、確かに実践とはほど遠いだろう。
ともあれ、大体の話を聞いて僕が直感的に感じたのは自分の扱う『力』に似ている、ということだった。
まぁ、自分のはどちらかというと外部に働きかけるものだし、内面に使うのは畑が違う気もするが。
あと世界そのものが違うから、使えるかどうかは今のところ不明だ。でも、ひょっとしたら役に立てるかもしれない。それから、もうひとつ思いついたこともある。そっちは技術的な面だから使える、と思う。たぶん。
そんな風に推測を立てていると。
「つーか、すばしっこいだけの子狸ちゃんは戦力にはならねぇか。悪ぃ悪ぃ」
タオルをぶんぶん振り回しながらジョセフが呟き、シーザーが片眉を跳ね上げた。
「そもそも女性を戦力扱いするのが間違いなんだこの馬鹿」
「まぁおチビちゃんがぶっ殺されたら寝覚めよくないしねン、そこまでは期待してねーよ」
ぐいっとのびをするジョセフである。なんだその態度、かなりムカッときたぞ。カッチーンである。む、と眉に皺が寄って頬がむくれるのが自分でも分かった。こないだはすげぇ戦力がどうとか言ってたくせに。
確かにシーザーが気遣ってくれるのはありがたい。そこまで率先して戦闘行為をしたいか、と言われれば否である。非戦闘員と思われるのも心外だ。タダ飯喰らいの足手まとい兼ペット、という認識では僕の沽券に関わる。これでも矜持があるのだ。
「ジョセフ」
なので、僕はジョセフがその辺に転がしたコップを拾い上げ、ぽんと手の平に乗っける。
「んあ?」
「動かないでね」
首を傾げている間にてきとうに距離を取り、それまでとんと役に立てていなかった小狐丸に指先を添えて、ぽつりと。
「手元が狂うから」
言葉と同時、予備動作一切なく居合いの要領で刀身を抜き放ち──問答無用で一閃。
「ッ!?」
ジョセフが肩をそびやかす暇もなく刹那の間に納刀。柄と鍔の触れ合う無機質な音だけが響いた。
「な、なんだよおどかすんじゃねーよ。んな物騒なモン振り回すから何かと思ったぜ」
「えい」
驚いた自分が悔しいのか視線をあちこちに移動させるジョセフに構わず、僕は一歩足を踏み出してコップを軽く指先でつついた。
パキッ、と硬質な音が響く。
「え? お? あれ?」
「これは、驚いたな……」
シーザーの声には僅か、感嘆が混じっているような気がした。
僕がつついた途端、コップはジョセフさんの手の平の上で綺麗にまっぷたつになってぱかりと倒れたのだ。もちろんジョセフさんの手の平には傷ひとつない。そんな下手を打つワケがない。
「ふふん。伊達や酔狂でこんなのもってるワケじゃないよ~」
僕は一杯食わすことができて大満足である。見たか、いえーい。
「言っとくけど、今のジョセフさんなら僕でも勝てる。たぶん」
波紋を抜きにすればジョセフの動きにはまだ無駄な部分が多いので、無力化するくらいはできると思う。
「な、にゃにおー!?」
案の定沸騰したジョセフに僕は挑発するみたいににまー、と笑ってみせた。
「精進して下さい、って意味。僕も頑張るから」
「むぐぐぐ……くそ、見てろよミオ! 絶対お前より先に強ぇ波紋を身につけてやるぜ!」
「期待してる~」
それはひいてはジョセフの命を延ばすことに繋がるので大歓迎である。
悔しがっているジョセフにニヨニヨしていると、シーザーの目線が気になった。
「シーザー?」
「──
「えっ?」
すいません、なんて言いました?
シーザーはどこか熱っぽくこちらを見据えたまま、くちびるを開く。
「俺はどうやらきみという女性を見くびっていたらしい。許してくれ」
「あ、いや、そもそも刀剣でのあれこれ見せてないので」
「その謙虚な姿勢も素晴らしい。改めてこれからよろしく頼む、俺たちと一緒に戦って欲しい」
ふむ、どうやらシーザー内における『守らなければいけない女性枠』から僕は外れたらしい。どっちかというと共闘する仲間ポジ? だろうか。
しかし望むところである。
「もとよりそのつもり!」
ぐ、と握り拳を作って答えると、シーザーはゆるく微笑んだ。
「ふふ、それは頼もしいな」
「なぁ。そんな凄ぇ技どこで身につけたんだ?」
ジョセフの言葉に自然と首を傾げる。
「すごいかぁ?」
「十分すげぇだろ。イヤミか」
「や、そうじゃなくって。斬鉄くらいはできないとヤバいじゃんフツー」
なんせ今までガン○ムみたいなサムライとか変な能力の海賊とか相手取ってきたので、それくらいできないとリアルに死にます。
「……はぁ?」
なぜかジョセフとシーザーが揃って声を上げた。なにげに息ぴったりだよね。
「こんなん技術と努力と危機感があればみんなできるよ。ジョセフだって修練積めばできるようになるんでない?」
腕が折れそうになるまで素振りして、稽古で生死の境を彷徨ったりしつつ、たまに不意打ち喰らって頸骨砕かれたりすればきっと。
「……たぶん、みんなはムリじゃね。俺はガンバルの嫌いっつったろ」
そうでしたね。
そんな感じで会話してから僕はコップを割ってしまったことをシーザーに謝り、その日は就寝となった。
狸になって丸まって眠っている間に、こんな会話が交わされていたことなんて知る由もなく。
「なぁ」
「なんだよ」
「ひょっとして、ミオって波紋抜いたら……俺らより」
「ああ、強いかもな。どういう修羅場くぐってきたかは知らねーけど、ありゃ相当だ」
「……俺、ちっと気合い入れるわ」
「おう、そうしろそうしろ」