星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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10.山窩者たちの空騒ぎ

 

 

 眼球から得られる視界情報というのは人間の五感の内、かなりの割合を占める重要な器官である。

 

 それを塞がれた今、花京院は表面には出さないもののかなりの不安と焦りに苛まれていた。

 一刻も早く皆と合流したい。気持ちばかりが急いて、しかしそれで治癒が早まるものではない。もどかしい。心配だ。

 

 自分の目の届かない場所で誰かが傷つくのではないかと考えるだけで、身の裡が震えるような恐懼が重い錘になる。内蔵すら重みを増したような暗澹とした気分が抜けない。

 座して待つ、というのがこんなにも辛いとは思わなかった。

 

「花京院くん、きみの目の怪我は大事ないとはいえ、軽いものではない」

 

 定期診療へと訪れた看護婦と医師に自分の病状を尋ねたが、返答はあまり芳しいとは言えなかった。

 

「早々に退院できるとは思わんでくれ。正直……いつとは、私にも正確には分からないんだ」

 

 初老の医師の言葉に、花京院は息を呑む。

 不安や焦りが石のように胃の中に落ちて溜まっていくような圧迫感があった。

 

「──なんてね」

 

 けれど、不穏な想像を巡らせている花京院と打って変わって医師は茶目っ気の混じる声で続けた。

 

「確かに、治療には時間が必要だ。だが実は先程、なぜかあのSPW財団の医師団から連絡があった」

 

 花京院が顔を上げる。

 

「きみの担当医を変わってくれ、とね。彼らの最新医療なら、通常よりも早く回復するだろう」

 

 後半の声には呆れとも、困惑ともつかない色が混じっていた。

 対照的に、花京院の表情には徐々に喜色が混じっていく。

 

「ところで、きみは一体何者だね? SPWといえば、世界有数の財閥だ。一介の高校生がそうそう関われる相手じゃないぞ」

 

 医師の疑問はもっともだろう。

 世界有数であるところのSPW財団が、『ただの高校生』である花京院を治療させて欲しいと、おそらくは管轄外の病院へと申し出てきたのだ。勘繰らない方がおかしい。

 

 とはいえ、自分に答えられるのはこれくらいがせいぜいだ。

 

「知り合いに、とても頼りになる人がいるだけですよ」

 

 そこには既に焦りはなく、穏やかな笑みさえこぼして花京院は言った。

 頼りになる仲間がいる。それが心を明るく強くする。

 

 目が見えなくても、光が灯るような感覚だった。

 

 花京院の仲間にはSPW財団がもはや信奉していると言っても過言ではないジョースター家の面々が揃っている。

 ジョースター一族への支援力53万を誇る彼らにとって、友人である花京院も残らずそのサポートの範疇に入っているのはある意味当然なのだ。

 花京院は少しだけ顔を上げ、ジョセフへ心からの感謝を捧げながら仲間たちの無事と、追いつく決意を新たにする。

 

「おっと、ここからが肝心なんだが」

「?」

 

 話は終わったとばかり思っていたが、まだ残っていたらしい。

 

「きみに見舞いの客が来ているよ。なんでもSPW財団との関わりもあるそうだ」

「見舞い……ですか?」

 

 言われても花京院にはピンと思い当たる人物がいなかった。

 仲間たちはもとより両親なんてまずありえないし、財団員に会った試しも数回ほどだ。

 

 誰、だろう?

 

「実はドアの向こうに待たせているんだが、通しても構わないかね?」

「……え、ええ、大丈夫です」

 

 とまれ、財団関係の人間であれば花京院に危害を加える可能性はないだろう。万が一の時は『法皇の緑』で迎撃するしかないが、その時はその時だ。

 花京院が頷くと、看護婦がなぜか桃色の声を出した。

 

「どうぞお入りになってください!」

「グラッツェ、シニョリーナ」

 

 ドアの開く音に混じって聞こえるのは、耳に覚えのある甘い声。

 

「!」

 

 見えないが、花京院は反射的に顔を巡らせてしまった。

 

「よう、こっぴどくやられちまったみたいだな」

 

 靴音に混じる気安い言葉と、老獪なのにどこか洒脱さを感じさせる雰囲気。

 間違いようがなかった。

 

「つ、ツェペリさん!?」

 

 シーザー・A・ツェペリ

 長年のジョセフの戦友であり、スタンドこそ使えないものの卓抜した波紋法の使い手。

 

「どうして、あなたが……!?」

 

 彼はホリィの守り役として日本に残っていたはずだ。目の前にいていい存在ではない。

 

「そっちは澪のお義父さん、っと、また怒られるな……。空也さんと宵丸さんが引き受けてくれた」

 

 焦る花京院を宥めるように肩を軽く叩き、シーザーは苦笑交じりに言った。

 

「だから、俺が戦闘員兼回復役として派遣されてきたってワケだ」

 

 触れた肩がじんわりと暖かくなるのを、花京院は感じ取る。

 聴覚が拾い上げる独特の呼吸音と、気力や体力が充実していくようなあたたかさ。

 

 ジョセフに治療してもらった時の感覚によく似ている。

 

 つまり、これは──

 

「俺の治療はちっと荒っぽいが、できる限り早く合流させてやる」

 

 きっと、嬉しい誤算というのはこういうことなのだろう。

 SPW財団医療班と波紋による治療。これほど頼りになるコンボはない。

 

「よろしくお願いします! ツェペリさん」

 

 ここでのシーザーの登場は、花京院にとって僥倖以外の何者でもなかった。

 

──たとえ、彼が数十年越しに同じ少女へ思い焦がれ続けてきた、最大の恋敵であったとしても。

 

「ああ、任せとけ」

 

 力強く請け負い、それからシーザーは声をひそめた。

 

「さて……治療しながらになるが、まずは情報交換といこうぜ。大体は把握してるが、詳細となるとさっぱりなんだ」

「ぼくもホリィさんたちの様子が気になっていたので、ありがたいです」

 

 お互いに頷き合い、共通の目的のために二人は持ちうる限りの情報を交換し、今後についてを模索した。

 

 それは明るかった日差しが西へと傾き、とうとう病院の定めた面会時間のギリギリまで続いた。

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 さて、ところ変わって、ついでに時も遡り──とある某所のとある診療所。

 

 現在は『休業中』の札をかけられた澪の義父である(しわぶき)空也が個人経営している鍼灸院兼、仮の住居である。

 

 当の主は現在ホリィの経過観察にかかりきりなため、ここで生活しているのはもう一人の義父である撫月宵丸と──先日、SPW財団によって本当に『配送』されてきたンドゥールである。

 

 DIOに忠誠を誓い、全てを捧げていたンドゥールは自らの敗北を悟った瞬間に死を選択したものの、それは澪という異分子によって阻止され、あまつさえ気がつけば極東の彼女の自宅に送りつけられていたという、ワケが分からないにもほどがある状況にぶち込まれた。ここまでくると反駁や諦観を覚えるよりも困惑と混乱が先に立つ。

 

 そして吸血鬼よろしくご丁寧に棺桶で配送されてきたンドゥールは覚醒するなり、まず気候の劇的過ぎる変化で死ぬかと思った。

 常夏で過ごしてきた彼にとって、真冬の気候は地獄以外のなにものでもなかったのである。

 

 どてらの上に毛布を巻き付けて、こたつに足を突っ込んで新手のだるまみたいになっているンドゥールの前に座っている撫月宵丸は、『澪の義父』を自称する謎の人物である。

 盲目のンドゥールは、代わりに異常発達した聴覚で喪われている感覚を補っているのだが、そんな彼をしても宵丸は把握が難しい。

 

 声から察するにまだ年若い青年……のように思えるのだが、纏う雰囲気がどうも異様なのだ。

 

 言ってしまえばDIOにかなり近い、人の皮を被った人ではないもの──そんなどうしようもない()()()()の気配。

 

「あーそうか、うっかりしてた。あんたは耳で『視る』んだったけか、まぁ気にしないで」

 

 最初にその点を問うたところ、どうでもよさそうに宵丸はそんなことを言った。

 

「ほら、あれだ、俺は澪のお義父さんだから」

 

 なんの答えにもなっていない返答だが、謎の説得力があった。

 これ以上は問い質したところで無駄だと悟ったンドゥールは、質問を変えた。

 

「……貴様ら父子は、揃いも揃って何を考えている」

 

 DIOへの連絡手段も断たれ『約束』のせいで自決も許されず、もはやンドゥールには何も残されていない。生きる意味すら曖昧だ。

 しかしそんなンドゥールの懊悩なんか知ったこっちゃなく、「あ、その響きいいな。もっと言って」とか宵丸はうっとりしている。人の話を聞け。

 

 じょぼぼ、と急須からお茶を注ぎながら宵丸はこともなげに続けた。

 

「澪があんたに何をさせたいか、は知らない。ってか、たぶん場当たり的にやらかしただけでそんなの考えてないと思うけど」

 

 考えてないのか。

 くすりと小さく笑みを浮かべる気配がする。

 

「あの子はさ、じょうずに()()()()()()んだよ。だから癇癪まがいに爆発してあとでへこむんだ。カワイーよねー」

 

 そんなことでンドゥールは決死の覚悟を邪魔され、こいつはケツ持ちをやらされているというのに、当の本人は気持ち悪いほど上機嫌である。

 

「そんでどうしようもなくなって俺たちにヘルプするんだよ? あー、ウチの娘が阿呆可愛すぎて生きるのが楽しい」

「親馬鹿は余所でやってくれ」

 

 ンドゥ-ルはじゃっかんうんざりしてきた。いつまで続くんだこの話。

 

「でも、」

 

 ごと、と目の前に湯飲みが置かれる気配。ほのかに立ち上る湯気と日本茶の香気。

 

 それを手に取った途端、

 

「俺と空也があんたにさせたいことは、決まってる」

 

 突然、海の底にでも放り込まれたような圧迫感が、ンドゥールの肺腑を押し込んだ。

 生唾をぐびりと喉を動かして呑み込み、手の平に感じる熱さだけが現実を伝える。

 

 さして広くもない畳敷きの部屋で、お茶と茶菓子を前に差し向かい。

 あまりにも日常的な光景で、けれど日常ではあり得ない違和感がじわじわと広がっていく。

 

「あんたのスタンド能力を底上げすること」

 

 そして告げられた言葉は、ンドゥールの予想の遙か埒外にあるものだった。

 

「……は?」

 

 間抜けな声が口の端から漏れた。

 

 殺すでも弱体化させるでもなく、どころか能力の底上げだと?

 

 更なる困惑に叩き込まれているンドゥールを置いてけぼりに、宵丸は茶菓子に出したせんべいをぼりぼり囓りながら続ける。

 

「あんたのスタンド……『ゲブ神』だっけ? それは詰まるところ『水』の操作でしょ」

「ッ!?」

 

 あっさりと看破された自分の能力に、ンドゥールは心底驚愕した。

 

 ここに来てからスタンド能力を発動したことは一度もないし、人に自分の能力を知られることを厭うのはスタンド使いに共通する感覚である。

 極力知られぬよう行動するのが当たり前で、もし知られた場合は口封じも辞さない。秘匿に気を払わないジョースター一行の方が異常なのだ。

 

「なぜ貴様がそれを知っている!」

 

 まして、相手は訪れたことも会ったこともない、澪の義父を名乗る不審者である。

 彼女から何かしらの情報を得ていたのかもしれないが、それにしては宵丸の指摘には迷いがない。

 能力を完璧に把握されているなんて、それこそあり得ない。あり得てはならないのだ。

 

 反射的にンドゥールはスタンドを発動していた。

 湯飲みの茶が吹き飛び、鉤爪の如き茶色に濁った刃を宵丸の首筋へと突きつけた。

 

「なんでっつってもなぁ……」

 

 殺与奪を握られているというのに、宵丸はそよとも揺るがない。

 纏う空気が平坦で、だからこそとんでもない緊張を強いられる。奇妙な存在感。

 宵丸はしばらくあーだのうーだの呟いていたが、やがて面倒になったのか軽く肩を竦めた。

 

「たぶん信じないだろうし、信じられても困るからなぁ……重要なのはそこじゃないし?」

 

 そんなことをのたまいながら、ンドゥールのスタンドを指先で軽くぴん、と弾き──宵丸の気配が寸の間激変した。

 

「雷、来、らーい」

 

 ばちんッ!

 

「ッ!」

 

 瞬間、宵丸の指先から紫電が弾け、ンドゥールのスタンドはその本質が水であるがゆえに感電を免れない。

 全身に痺れが奔り抜け、精神が乱されたせいでばしゃりとスタンドが形状を崩した。

 

「ぐ……」

「ほら、水じゃん。てか引っ込めてよ。この季節にこたつ布団干したっていつ乾くか分かんないんだから」

 

 「替えがまだクリーニングから戻ってないんだよ」と、かなりどうでもいい部分を気にしている宵丸にべしべしと机を叩いて急かされ、もはや反論する気も起こらずンドゥールはスタンドを引っ込めた。水染みはみるみる乾き、そして姿を消した。

 まだ痺れの残る指先で、ンドゥールは覚えた感覚から想起されたことを口にする。

 

「澪様も、似たようなことをしていたな」

「へぇ、珍しいね」

 

 いかにも驚きです、という感じの宵丸。

 

「そっちを手ほどきしたのは俺だから、似るのは当たり前かな。触りくらいだけど。でも、澪は()()あんまり好きじゃないのに……結構切迫してたってことか。ふーん」

 

 その言い方にンドゥールは疑問を覚えた。いくら似通っていたとしても、同一のスタンドなどありえない。ましてンドゥールは彼女のスタンドを一度体感している。

 

 『手ほどきができる』という時点で、それは──

 

「貴様のスタンドではないのか……」

「世の中の不思議が、ぜんぶスタンドで賄えると思わないことだよ」

 

 おそらくはしたり顔で言っているのだろう、宵丸は全てが日常のいちぶであるかのように蕩々と語る。

 

「それはともかく、さっき言った通り俺と空也はあんたのスタンド能力を向上させたいワケ。より正確に言うなら精密化かな」

「精密、だと?」

「そ、殺す『だけ』なーんて、超簡単なことにしか使ってないなんて、そりゃ宝の持ち腐れってもんだ」

 

 それまで、緊張感の中にも存在していたはずのささやかに緩んでいたはずの空気がまとめて吹き飛び、音のない圧力がいやましてンドゥールの肌をびりびりと刺激する。

 

「──()()()()()にしか使えないスタンドだと思ってるなら、馬鹿だね」

 

 せせら笑うでなく、単純な事実を述べるように宵丸は述べる。

 

 最初の邂逅から、ンドゥールは澪の義父を名乗る二人は、自分たちにごく近い人間であると直感していた。これは理屈では語れない、本能的な理解である。

 

 澪とその義父たちは『ヒトゴロシ』だ。

 

 表面にこそ現れないが、その幾重にも重ねられた表層の奥底では、人を殺めたモノのみが放つ煮立った汚泥の如き気配が渦を巻いている。

 

「雨、雪、霧、雲、いくら変容しようとも……その本然は、水」

 

 柔らかに、低く、語られる言葉は神秘のそれを含んでいて、まだ真昼だというのにここだけが夜のようだ。

 肌に感じていた冷気が更に一段、低くなったような気がした。

 

「血液もとい、人体にも水は必要不可欠。適度な水が充溢すれば元気になるけど過剰な水は腎を侵し──身体を壊す」

 

 狐公(きつこう)の如き視線が自分を睨め上げるのを感じ取り、ざわ、とンドゥールの肌が粟立つ。

 せんべいを食べきった宵丸は欠片をお茶で喉に流し込み、まだ口の中に残っているのか不明瞭な発音でもぐもぐと呟いた。

 

「五行思想って知ってる?」

「……少し、だが」

 

 エジプトでは馴染みのない考え方だが、そういった思想が存在していることくらいはンドゥールも知っている。

 

「平たく言うと万物は木・火・土・金・水の元素からなるって考え方で、それら五行はじゃんけんみたいに勝ち負けの関係で円環を為してる」

 

 だが、今その話を持ち出してくる意味が分からない。

 

「こういう関係を相克って言って、あー……これはどうでもいいや。中国に端を発してる話だから、エジプト出身じゃよくわかんないだろうし」

 

 立て板に水とばかりに捲し立てられ、ンドゥールは理解が追いつかない。

 ただ、とんでもなく面倒でろくでもないことをさせられそうな気配だけがビシバシ伝わってきた。

 

「わかんなくても身体に叩き込むから」

 

 不穏なことを言いながら宵丸はすい、と指先をンドゥールへと向ける。

 

「あんたのその水──『水気に対する強制力』ってスタンドは可能性の塊だ。腐らせておくなんて()()()()()()()()()。だから鍛える」

 

 ぷつり、とにぶい痛み。

 ンドゥールは皮膚の下に金属が潜り込む独特の痛痒感を感じた。

 

「澪があんたを生かし、いつか殺す。なら、それまであんたは『澪のもの』だ」

 

 言外に既にDIOのものではないと告げる言葉。

 

 低い声音と、部屋中に満ちる気配のせいでンドゥールは迂闊にも気付くのが遅れてしまった。

 いつのまにか袖をまくられ、晒されていた自分の腕に氷よりなお冷えた注射針が刺さっている。

 

「き、貴様、なにを」

 

 咄嗟に腕を引こうとするが、見かけと裏腹に強い膂力を持っているもう片方の手でがっちりと掴まれており、固定されているかのように動かすことができない。

 

「使えないガラクタなら、使えるモノにする。あんたの都合は知らない。興味もない。容赦もしない」

 

 だが、当たり前のように人に注射器をぶっさした本人は飄々としたものだ。

 

「スタンドってのは煎じ詰めると()()()()()()()らしいじゃん。なら、危機的状態に陥ればそれは加速するだろうね。『少年漫画みたい』に」

 

 にぃい、と歪んだ笑みの気配。

 遠慮呵責一切なくポンプが押し込まれ、血液ではない『液体』が血管へと流入していく僅かな痛みとひりつくような違和感。

 

「そのちからを研ぎ澄ませて、人間を活殺自在にできるところまで至るのがあんたの役目で、俺たちの目的」

 

 底知れぬ威圧の気配と、獲物をいたぶる猫のような憫笑が宵丸の喉奥からまろび出る。

 

「いま注入したのは、抹消生筋弛緩剤臭化ベクロニウム」

「ッ!?」

 

 筋弛緩剤、という文言にンドゥールの肩が跳ねた。

 そして当たって欲しくなかった予想通りの言葉を、宵丸が告げる。

 

「身体が動かなくなっても意識は残るよ。でも動けなくなったら、あんたみたいな褐色肌のイケメンおにーさんと『オトモダチ』になりたがってるヤツに貸し出すからそのつもりで、まぁがんばれ」

 

 その意味が分からないほどンドゥールは初心ではない。

 確かに死にはしないが、現実に起こったら死んだ方がマシなくらいの屈辱を刻まれるだろう。音を立てて血の気が引き、ぞわりと産毛が総毛立つ。

 

 要するに、手っ取り早い能力向上のために『ゲブ神』のスタンドでンドゥール自身の血管へ入り込み、血液中に巡ろうとしている薬剤を除去しろと言っているのだ。

 

 試したことも考えたこともないスタンドの使い方を提示され、しかもやらざるを得ない状況に問答無用で追い込まれ、実行できなければ待っているのは地獄だ。

 

 少しでも薬液の流れを抑えるために渾身の力で血管を指先で上から押し込みながら、ンドゥールは心の底から呻いた。

 

「お、鬼か……」

 

 まさしくこの親にしてこの子あり、といったところだろうか。父子揃ってタチが悪い。

 しかし、その評価は本人にとって不満らしい。

 

「失敬な。俺は澪のおとーさんだから、あの子のためならなんでもするんだよ。それが父の愛ってもんだ」

 

 そしてそこには、ンドゥールの精神や身体の健康云々はこれっぽちも視野に入っていないワケで。

 

「あんたが死なないようには気を付けるよ、『一応』ね。怒られるから」

「……」

 

 全力で集中して『ゲブ神』を絹糸の如き細さを維持したまま、注射針の穴から血管へと滑り込ませながら、ンドゥールは不意に──嗤った。

 

「ふふ、ふ、はは」

 

 一連の宵丸の言動と雰囲気から、世の道理が如くたったひとりのために全てを投げ打つ狂信の徒──つまりは自分と同じ匂いを感じ取ったからだ。

 

 同時に理解する。

 

 澪の義父というこの人物は、自分に『嫉妬』しているのだ。

 撫月宵丸という存在が何もかもを捧げ、遍く頂点へと戴いている澪に手を下してもらえることを『約束』されている、ンドゥールに。

 

 ああ、なんといびつでおぞましい『家族』なのだろうか!

 

「……まったく、澪様はとんでもないところにおれを転がり出してくれたものだ」

「羨ましいだろ~」

 

 物凄いドヤ顔をしているであろう声を心底憎たらしく思いながら、ンドゥールは皮肉げに口元を歪めて答えた。

 

「ああ、おおいにな」

 

 こうして、ンドゥールは澪によって貧乏くじを引かされ、死ぬよりきつい世の地獄を味わう羽目になったのだった。

 

 

 

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