星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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13.カイロ到着

 

 

「この度は、ご迷惑をおかけしまして……」

 

 セト神のスタンドが解除された澪は、着替えている間にシーザーが簀巻きにしたアレッシーの前でぺこりと頭を下げた。

 元に戻ったとはいえ幼女()状態の時の記憶は残っているので、罪悪感が半端ない。

 黒歴史を無理矢理暴かれたのは業腹だが、別に彼をぶっ殺すつもりなどなかったので。

 最初からボロ雑巾状態だったのに、更にボコボコにされた挙げ句ぐるぐるに梱包され、しかも横でシーザーが睨みをきかせているためかアレッシーの動きはにぶい。

 

「か、勘弁してくださいよぉ!」

「いやホントにすいません。なんせ、サーチ&デストロイというか、手加減とかなにそれおいしいの? みたいな幼少期だったもので」

「どんだけ物騒なんだよ! あっ、いや、すいやせん、その、は、ハードっすね……」

「澪、こいつどうする気なんだ」

 

 ドン引きの表情で弱々しく首を振るアレッシーを、胡乱な目つきで監視したままシーザーが問う。

 彼はアレッシーが意識を失い、澪が元に戻った時点でこんなクソ野郎は放逐して早く合流しようぜ、と至極まっとうな意見を出したのだが、それに澪が待ったをかけたのだ。

 なんでも、聞いてみたいことがあるらしい。

 何の考えもなくそんなことを言い出すヤツではないことを熟知しているので、シーザーはとりあえずアレッシーを簀巻きにして、気つけ兼意趣返しのためにぶん殴ったのだった。

 

「どうするって……あー、先にシーザーに聞きたいことあるんだけど」

「俺に?」

 

 首を傾げるシーザーを指で招き、澪は背伸びしつつぼしょぼしょと何やら耳打ちする。

 

「ってな感じのこと、どう? できる?」

 

 シーザーは耳打ちの内容を吟味するように顎へ指先を当てつつ考え、やがて頷いた。

 

「できるかできないかで言えば、できる。先生ができたんだ。俺も習得しているさ」

「あ、ならばっちり。でさ、」

 

 ぐ、と親指をサムズアップしてからぐりっと振り向くと、アレッシーは顔面の穴という穴から液体を流しながら全身を強ばらせた。

 

「あのー、アレッシーさん」

「はひぃい!?」

 

 目の前でちょこんとしゃがみ、アレッシーと目を合わせた澪はにまー、と口を曲げて笑った。

 おそらく、アレッシーにしてみれば悪魔の笑みに見えたことだろう。

 

 そして、邪気があふれすぎて逆に無邪気に見える笑みのまま、澪はそれこそ悪魔の如き誘惑の言葉を紡ぎ出した。

 

「おかね、欲しくないですか?」

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 日本から離れること約三万㎞。

 

 遂に到着したカイロの街は、ご多分に漏れず暑かった。

 空調の効いていた車から降りると、それを倍増しで体感する。

 夕方とはいえ、まだ燦燦と照りつける太陽は容赦なく水分と気力、体力をみるみる削っていくようだ。

 

「あづい……」

「ここは暑い国なんだよ、ほれ、しゃんとしろ」

「ジョセフにも似たようなこと言われたー」

 

 へこたれそうになっている澪の背中をシーザーが苦笑しつつぽん、と叩く。

 

「うーんー」

 

 ぐだぐだ返事をしつつ足を動かす。

 

 澪だってシーザーの登場には驚いたものの、介入時点ですごくいざこざしていてそれどころではなかった。

 だからアレッシーにまつわる一連の出来事を片付けてから道々に聞いたが、どうも彼は澪の義父たちたっての頼みでジョースター一行に駆けつけてくれたらしい。

 そうでなければ、ホリィの看護兼護衛につとめる腹だったそうだ。

 

 義父たちの考えはいまいち読めないが、シーザーの助っ人はかなりありがたいし素直に嬉しいので、深く考えるのは止めた。

 

 そして先程無事に二人はジョセフたちと合流を果たし、彼はシーザーの合流を心から喜び、また、ホリィの様子を聞いて胸を撫で下ろした。

 今のところホリィは澪の義父の鍼術によって小康状態を保っており、重篤な症状も起こらず安定しているそうだ。

 

「澪のお父さんたちには感謝の言葉もないわい」

 

 そう、帽子を深く被り直しながら安堵のため息を吐くジョセフを見ていた承太郎も、心なしか嬉しそうだった。

 澪の父というアドバンテージがあったからこそ信じることができたが、こうして自分の目で確かめてきた人間の話を聞けば重みが違う。

 ホリィは大丈夫、という証言に基づいた実感がジョセフの瞳に強い意志と気力を与えていた。

 

 となれば、あとはすべきことはひとつである。

 

「カイロは広い。闇雲に探すより、端から中心に向かって探すのがいいと思う」

 

 そう言ったアヴドゥルの手には一枚の写真。

 車内でジョセフが念写した『現在確実にディオがいる建物』の写真である。

 ぐーぐる先生はもとより、危険度の問題でSPW財団の手を借りることもできないため、探すのは基本的に足頼みだ。

 地図を見るだけで目眩がしそうだが、これはもうやるしかない。

 

「そうだな。じゃが、夜になっては建物の選別が難しい。DIOの活動時間の懸念もあるしのう」

 

 夜といえば吸血鬼のゴールデンタイムだ。

 念写の写真は昼間のものだし、全容を見るに夜はいかにも視界が悪い。

 

「とはいえ、何もせんのも落ち着かん。そこで儂とシーザーがホテル近郊の酒場、地理に明るいアヴドゥルが心当たりの聞き込みをしてくるから、承太郎たちは休んで英気を養っておけ」

「アヴドゥル、俺も行くぜ。話術は得意な方だしな!」

 

 シーザーとジョセフは、片手を上げたポルナレフの申し出に顔を見合わせてからアヴドゥルを見やると、彼は軽く頷く。

 

「いいだろう」

「よし、なら未成年組はホテルで休憩してろよ。成人組は聞き込みだ!」

「えー」

「えー、じゃねーの。お子ちゃまは布団かぶってちゃんと寝てろ!」

 

 ぶー、と頬を膨らませる澪ににやにや笑ってこちらを指差し、ポルナレフたちは合流場所の相談を始めてしまった。

 あっという間に手持ちぶさたになってしまったので、隣の承太郎を見上げた。

 

「……承太郎、どうする?」

「どうもこうもねぇだろう、トシが足りねぇ」

 

 ごもっともな意見である。

 

 承太郎は見た目だけなら成人越えだし酒だってイケる口だが、酒場でパスポートを見せろとか言われたらアウトである。

 しかし、自分たちだけのんびり惰眠を貪る、というのは良心が咎めるというか、なんとなく悪いことをしているようで気持ちがふさいでしまう。

 

 むむーん、と考え込んでいた澪はふとイギーと目が合った。見た目だけなら可愛いわんこだが、その実彼のスタンドは侮れない。

 

 なんせ砂地でのンドゥール戦で大活躍したのだ。ハンググライダーさながらに空を滑空……

 

「あ」

 

 こちらに興味を失ってくあ、とあくびをするイギーをよそに澪の頭に電球が灯った。

 そーかそーか、その手があった。

 あっという間に切り替えて、夜の算段を始める様子を承太郎が、帽子の隙間から胡乱な目つきで観察していた。

 

「……」

 

 咥えていた煙草の灰がぽろりと落ちた。

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 当日、深夜。

 

 カイロはその気候の特徴として寒暖の差が激しく、夜ともなればうだるような暑さもどこへやら。

 冷える大気で全身の毛皮をふるりと震わせ、澪は目の前のイギーに一声鳴いた。

 

「きゅんっ!」

『マジでやんのかよ……』

 

 げんなりとするイギーにこくこくと頷く澪。狸姿となれば、イギーとの意思疎通も可能である。

 場所は近郊で一番高いビルの屋上。

 空は緞帳のような暗闇の中、針のように煌めく満点の星。そして眼下に広がる、宝石めいたカイロの街並み。

 

『ぐるっと回るだけでいいんです! お願いします!』

『ガム貰っちまったからなぁ……仕方ねぇか』

 

 心底面倒そうに呟き、背後に現れる『愚者』。

 その元となる砂は大気に漂っている分では心許なかったため、先程澪が工事現場から失敬してきたいくつかの土嚢から補充している。

 『愚者』の形状は、対ンドゥール戦にて形作られたハンググライダー型である。

 

『ほれ、とっとと終わらせるぞ』

 

 既にイギーは『愚者』の手に固定されており、準備は万端。

 

『はい!』

 

 澪も軽く頷いて『愚者』に飛び乗る。

 

 そう、澪が思いついたのは夜空からの偵察である。

 

 狸姿であれば本来の特性として夜目が利く。

 そのため、イギーの能力を利用して高層ビルの屋上を起点に、できる限りで街を上から散策してみよう、という試みである。

 当然イギーは渋りまくったが、大量のチューインガムによる買収及び夜中なら目立たないから大丈夫、というゴリ押しでなんとか納得してもらった。

 

 写真の建物は頭に叩き込んだし、実りがなくてもそれはそれ。何もしないよりはよほどいい。

 巻き込んでしまったイギーには悪いが、空中散歩ということで勘弁してもらおう。

 

『しっかり掴まってろよ! 落ちても助けねーぞ!』

 

 そして、二匹を乗せた『愚者』はぐ、と四肢に力を込めてビルの壁に足をかけると、ためらいなく夜闇へと跳躍した。

 

『ふおお……!』

 

 澪は頬に風と眼下に広がる絶景に変な声を出した。

 宝石箱をぶちまけたような無数の光はそのまま人間の営みで、文明だ。そのものだ。

 空の上には誰もいないから、風の音がよく聞こえる。

 空中を滑るように滑空する『愚者』は大きな揺れがないのでわりと快適で、その分を遠慮なく探索に向けることができた。ひげがぴくぴくと動く。

 

『んー……それっぽいの、ないなぁ』

 

 写真が昼間だったせいもあるのだろうが、それらしい建物はいくつか見当がつけられたが確信はない。

 あとで地図に印でも描いておこうかなー、ぐらいが関の山だ。

 

『……なんだってそこまでやっきになってんだ?』

『?』

 

 イギーの呟きに下を覗き込むと、『愚者』に掴まれたイギーが半目でこちらを見上げていた。

 

『ニンゲンの事情なんてよく知らねーけど、そんなにムキになる必要がどこにあるんだよ』

 

 それはジョースター一行の事情をまったく考慮してないない、むしろ巻き込み事故のように仲間にされたイギーだからこその、純粋な疑問だった。

 確かに、深い事情を知らないイギーの立場から見れば澪はニンゲンの皮をかぶった狸()で、自分のように巻き込み事故で仲間にされたようなものだ。

 にもかかわらず、こうして自主的に協力しようとしているなんて正気とは思えないのだろう。まぁ、澪としては盛大に否なのだが。

 

『……僕には僕の事情があって、会わないといけないヤツがいるんです。あとホリィさん大好き!』

『ふーん?』

 

 イギーは分かったような分からないような呟きを漏らし、へっと鼻を鳴らした。

 

『ま、どーでもいいけどよ。俺さえ巻き込まなけりゃあな』

 

 言外に今回のようなことはもうしたくない、ということだろう。

 

『はぁい、親分の手を煩わせるようなことはもう──』

 

 片手で『愚者』の頭部をぺしぺしと叩き──楽しい夜のお喋りはそこまでだった。

 

『んん?』

 

 視界の端で「ひゅんッ」と何やら黒い物体が動いたような気がした。

 ほんの一瞬だったから正体がわからず、キョロキョロと辺りを見回す。

 

 そして、澪は鋭敏になった耳でなにか、怪鳥の嘶きのような甲高い声を聞いたような──瞬間。

 

 びすびすびすッ

 

『げぇッ!?』

『!?』

 

 状況を理解したイギーが変な声を上げた。

 それもそのはず、『愚者』の作り上げた翼部分のあちこちに穴が空き、或いは何かが突き刺さっている。

 暗闇では判別が難しいが、どうも刃物のように研がれた氷柱のようだった。

 『愚者』の正体は砂であり、穴が空いてもろくなった箇所にぶつかる風のつぶてが、容赦なく砂の翼を解体していく。みるみる砂が大気に拡散し、集めることもままならない。

 

『スタンド使いがいんのかよ!? こんな上空で!?』

 

 イギーが叫んでいる間にも『愚者』が縮んでいき、糸の切れた凧のようにひょろひょろと力なく落ちていく。地面に直撃するまであと何秒だろうか。

 

『このくそ子分! どうすんだよボケェ!?』

『ごごごめんなさいいいい!!』

 

 さすがに澪とてこんな超上空で狙撃されるなんて夢にも思っていない。

 人型でもないのでうろたえるしかなかった。

 

『もう二度と手伝わねぇからな!!』

『うええええ』

 

 口喧嘩しながら自由落下している間に、イギーは『愚者』を操作して近くにあったビルの壁面にへばりついた。──ただし、澪の安全は考慮に入れていない。

 

『ひえっ、ちょ、親分……!』

 

 ただの流動する砂と化した『愚者』はイギーを絡め取ってはいるが、澪はかろうじて砂の端に引っかかっているだけだ。階数的には、着地して無事で済むワケがない距離である。

 

『砂が足りねぇんだよ! 死にたくなきゃあ死ぬ気で掴むんだな!』

『矛盾してませんかおやぶーん!?』

 

 なんて文句を口にしたのがいけなかった。

 叫んだ瞬間、「ずるぅッ……」とイヤな音がして砂に引っかかっていた爪が外れて、落ちた。

 

『あっ、馬鹿!』

『ッぴ!』

 

 引きつるような声を上げた澪はそのまま空中へ投げ出され、猛烈な勢いで落下した。

 ものすごい風に耳をふさがれて聴力を奪われ、尻が抜けるような悪寒が走って頭皮の毛穴が開いて冷や汗が肉球を濡らし、風圧が全身を打撃する。

 

 人間姿ならどこかに掴まるくらいは可能だが悲しいかな、狸姿では手足が短く物理的に届かない。

 

 絶望的な事実に慄然とするが、自業自得すぎてどうしようもない。

 死にたくはないが、文字通り手も足も出ないのだ。

 

『な、なむさん!』

 

 もはやこれまで、とぎゅっと目を閉じてせめて衝撃に耐えるためになるべく身体を丸めてその時に備える。

 

 すると──

 

『オラァッ!』

『ぐええッ』

 

 聞き覚えのある雄叫びと、同時に感じた衝撃。

 

 おそる、と目を開けると自分の身体は筋骨隆々で青い肌の『星の白金』様に片手で腹を掴まれていた。

 『星の白金』は心なし怒った風な様子で澪を両手で抱き上げ、反対側に向き直る。

 

 彼の守護霊たる『星の白金』の傍には当然──

 

「よう」

 

 煙草を咥えた承太郎が、死ぬほど不機嫌な表情でこちらを射竦めていた。

 ゴゴゴゴ、と怒りのSEが見えるようだ。見るからに怒髪天である。

 どうやら、偶然定宿にしていたホテルの傍で落下して、これまた偶然ベランダで喫煙のために蛍族していた承太郎が澪を発見&スタンド発動したらしい。

 

「またろくでもねぇこと考えてるとは思っていたが、ここまでとは思わなかったぜ」

『す、すいませんんんん!』

 

 狸姿では言葉なんぞ通じていないだろうが、きゅんきゅん鳴いて平謝りするしかなかった。

 必死の鳴き声としょぼくれている様子から、謝っていることは察したらしい承太郎。

 

「……やれやれだぜ」

 

 『星の白金』から澪を受け取り、それはもう大きなため息を吐いた。

 承太郎は澪をつまんだまま片手で煙草の火種を灰皿に押しつけて潰すと、そのままのしのしと室内に戻った。

 そしてベッドに澪を放り出すと自分も靴を脱いであぐらをかき、腕を組んで眉間に皺を寄せる。

 

「テメェ、自分がDIOに狙われてるって立場を理解してんのか」

 

 これまで、そういう意味での危機に瀕した試しが少なかったため正直してませんでした、とも言えずそっぽを向きつつ俯くしかない。

 危機は去ったはずなのに、承太郎の説教というまさかの状況に冷や汗が止まらない。

 

「……してねーんだな」

 

 そして澪の心の内なんてバレバレな承太郎には、その態度だけで十分である。

 そうこうしている間に『愚者』の影響が消えたのか、ぱ、とその姿が元に戻った。

 もちろん正座である。

 

「言い訳があるなら聞いてやる」

「う、えー、その、みんなが頑張ってるのに、寝るのもなんだかなぁと思いまして」

「おう」

「で、親分前にハンググライダーできたじゃないですか。夜だし、上ってわりと死角だから空から街を眺めるくらいならいいかなって」

 

 ヤバい、言い訳している間に承太郎の気配が対スタンド戦のそれになってきている。

 しかし人のひとりやふたり殺しそうな目つきを前にしては、口を止めるわけにもいかないのだった。この世は地獄である。

 

「よもや狙撃を喰らうとは夢にも、思わず……」

 

 そういえば、狙撃された時に鳥の鳴き声のようなものを聞いた気がしたが、あれはなんだったのだろう。

 弾は氷のつぶてだったし、ひょっとしたらスタンド使いかもしれない。確証は持てないが。

 そうだ、大事なことを忘れてた。

 

「あ、親分は無事です」

「こんなくだらねぇことで戦力削ぐような真似してたら、問答無用でぶちのめしてたぜ」

「ですよね」

 

 深く納得して思わず相槌を打ったところ、承太郎の眉間の皺が増えた。

 

「……てめーの言い分はよく分かった」

 

 分かった、と言いつつ承太郎の戦意は消えていないのだった。

 そして承太郎は、拳ダコの目立つ手をぐぐっと握りしめ──

 

「歯ぁ食いしばれ」

 

 思いっきり澪の脳天にゲンコツを喰らわせた!

 

「にぎゃあああッ!!??」

 

 重力を味方に付けた渾身の打撃は確実に澪の脳味噌を揺さぶり、目の奥でちかちかと光が明滅する。

 そしてそのままばったりと後ろ向きに倒れ、寸の間を置いて両手で頭を抱えて悶絶した。死ぬほどいたい。

 

「う、ぐ、ぉお、い、いたぁあああ……!!」

「割れてねぇだけありがたいと思え、大馬鹿野郎が」

 

 激痛で息も絶え絶え、ぐねぐねと変な芋虫みたいな動きをしている澪に承太郎はとても冷淡だった。

 

「う、ううう、だってぇええ」

「だってじゃあねぇよ」

「できることあるなって思ったら、止まれないもんんん」

 

 それが澪の悪癖で、憎めない部分でもある。

 

 自分にできることがあるなら、可能性が皆無ではないなら後先考えずに行動する。

 それは紛れようもない澪の美徳だろうが、同時にこうして周囲に迷惑を振りまく危険な行為だ。

 

 ましてここはカイロ。

 

 敵の首魁がどこに潜んでいるのかも分からず、しかも本人が狙われているのだ。

 そういった事実を自覚が薄いのか、放逐しているフシのある澪を看過できるほど承太郎は達観していないし、大事に思っていないワケでもない。

 

「──あのな」

 

 ここまで言ってやらないとわからねぇのか、という面倒くさい雰囲気がダダ漏れしている承太郎が煙草を咥え、ライターで火を点けた。

 深く吸い込み、紫煙が吐き出される。

 

「お前になんかあったら、お袋が泣く」

 

 その言葉で、澪の動きがぴたりと止まった。

 そろり、と視線を上げるともう承太郎は怒っていなかった。

 ただ、まっすぐに澪を見つめている。

 

「じじいもスージーばあちゃんもシーザーも花京院もアヴドゥルもポルナレフも、心配する。当然だろ」

「あ、う」

 

 ぱく、と口が動いたがそれ以上言葉にならなかった。当然だ、反論なんてなにひとつないのだから。

 言えることがあるとすれば、

 

「……承太郎は?」

「俺は怒る」

 

 でしょうね。

 さすがどこまでいっても承太郎はブレない。

 

「言っただろ、俺は澪を殺すヤツがいたらそいつを殺す。どこまでだって追いかける」

 

 そうだ、確かに彼はそう言っていた。

 

 思い出されるのは、ポルナレフとケンカ別れをした夜のこと。自己嫌悪と自責に苛まれた夜のこと。

 承太郎の言葉に打撃されて、心の枷を自覚して、どうしようもない自罰とやるせなさに襲われた。

 

「だが、澪が自分を殺しちまったら──俺のぶちのめす相手がいなくなる」

 

 それはとても自分勝手極まりなく、あまりにも承太郎らしい台詞だった。

 

 もしも澪が誰かに害され死亡したら、承太郎はその敵意と殺意全てをその『誰か』にぶつけることができる。

 何があっても潰すべき怨敵と見定め、挽肉にするまで追い続けるだろう。

 だが、澪が自分で自分を害するようでは、その前提がなくなってしまう。向けるべき矛先が既にこの世からいなくなっているのだ。どうしようもない。

 

「それは困る。だからテメェはもう少し考えろ」

 

 慣れない説教に疲れたのか、承太郎はそう言ったきり口を噤んでしまった。

 いや、説教というよりは自分の言い分を聞かせただけなのだろうが、それでも澪には何より効く薬に違いなかった。

 

 澪は無言で居住まいを正し、へこりと頭を下げた。

 

「……ごめん、なさい」

 

 絞り出すような謝罪の言葉に、承太郎は居心地悪そうに肩を動かす。

 

「明日は俺らも思い切り動くぜ。早く寝ろ」

「うん」

 

 頷いて、澪はもそもそとベッドから下りて玄関で一度だけ振り向いた。

 どこか苦い笑みを浮かべて、ぽつりと。

 

「ありがと、承太郎」

 

 そう言って部屋をあとにする。

 

 そうして──澪と承太郎は、致命的な勘違いを放置したまま別れた。

 

 承太郎はもっと深く考えるべきだった。

 

 澪の謝罪はどこへ向かっていたのかを。

 

 けれど、昔なじみという慢心が、長年の間に育まれた絆とも言うべき友愛が邪魔をして、彼にはそれを類推することができなかった。

 

 それは承太郎の罪ではない。お互いに言葉が足りなかっただけだ。

 

 

 けれど──いつだってそれに気付くのは、『その時』が来てしまった瞬間だ。

 

 

 

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