翌日から開始されたのは『情報収集』の一言に尽きる。
朝食の際に承太郎が昨晩の澪の行動を全員に暴露し、しこたま説教を喰らったあと、地図にいくつかの目星を話して聞かせた。
上空で襲われた、ということは確かにDIOがこの街に潜んでいるという証左であり、スタンド攻撃(らしき)もので狙撃されたことを鑑みて、いくつかの目当てを考えておいたのだ。
その情報を中心に朝からひたすら近くの店や通行人、警察や配達途中の郵便局員などを捕まえて写真を見せて尋ねまくった。
ここで、全員が花京院が戦線復帰していないことを心底悔やんだ。
頭脳担当だけあって話術も巧みなため、花京院がいれば話が円滑に進んだと思われる事態にいくつか直面したからだ。
特に、立っているだけで熊の如き威圧感を振りまく承太郎が相手だと、そもそも人がどんどん遠ざかってしまう。緩衝材にと澪が一緒にいたのだが、焼け石に水だ。
そんな感じで午前中を潰し、心身ともにへとへとになったジョースター一行はひとつのカフェに立ち寄った。
気候的に日陰であれば過ごしやすいので建物は吹き抜けになっており、昼間だというのにじゃっかん薄暗いのが怪しい感じだけど涼しい。それだけで正義である。
「ようこそ外国の方……何にします?」
恰幅のいい煉瓦色の肌をした店のマスターの問いに、最初全員が無言だった。
威圧感のある巨漢がずらりと並ぶ姿は壮観だが、相手にしてみればおっかないだろう。
「尋ねたいことがある」
ジョセフが重く呟く。
広いカフェはバーも兼任しているらしくマスターの奥には酒瓶の入った棚が目立ち、なかなか繁盛しているのか、ほとんどのテーブルが客で埋まっていた。
「儂らはその写真の建物を探している。どこか知らんかね」
もはや定型句のようになってきた台詞を口にして、ジョセフが一枚の写真をテーブルに差し出す。
その間に澪は店内を回って写真を配り歩いていた。怪訝そうな顔をされたが、こちらもなりふり構っていられないのである。
「外国の客人……ここはカフェですぜ。なんか注文して下さいよ」
呆れたようにマスターが後ろの棚を指で示す。
店に入ったのだから注文する前に情報を聞き出そう、というのはいかにも性急だ。
そういう意味では無礼を働いているようなものなので、ジョセフは即座に注文した。
「アイスティーを六つ!」
ジョセフの注文と同時にアヴドゥルが小銭を差し出した。
エジプトに限らず、注文を前払いにしている店はわりと多い。食い逃げされてはたまったものではないからだ。
マスターはそれをちらりと確認し、写真を眺めながらてきぱきとグラスを用意して氷を入れ、アイスティーを注いだ。
「……やっぱり、知りませんや」
全員の前にグラスを置き、マスターはくるりと回れ右してしまった。
まぁ、数撃ちゃ当たる戦法で闇雲に聞き回っているのだから、否と言われたところで今更である。かさむ徒労感は致し方ないものだ。
全員で符丁のように力強くグラスを掴み、アイスティーを一気に飲み干す。
がんっ、とグラスをテーブルに叩き付ける振動でテーブルが僅かに揺れた。
「ふー……」
一気にアイスティーを干した澪が深く息を吐く。さすがにちょっと疲れた。
肉体的な疲労はもとより、あてどなく探し回るというのは案外に精神が疲弊する。
「大丈夫か?」
お兄ちゃん気質のせいか、目敏く気付いたシーザーがこちらを振り向く。
澪は大丈夫、と片手を上げた。
「へーきへーき、カイロ広いもんね。みんな疲れてるのはおんなじだし、頑張らないと」
澪は体力にそれなりの自負を持っているし強行軍だって経験があるので、本来なら三日寝ずとも十全の動きをすることができる自信がある。
ただ、慣れていないのは気候だ。
あまり暑さが得意ではなく、夜ともなればがらりと冷える。
そういう激しい寒暖の差に身体が追いつかず、疲労が抜けていないのは事実である。
「それは、そうだが……」
その正論にシーザーは納得しかけているが、同時にあまり体調がよくないことも察しているのだろう。
まして、澪はシーザーにとって何より大事な『女の子』なのだ。言い方が渋い。
「見たところ俺も含めて疲れが目立つことだし、一度休憩を取った方が……」
「客にも知っている者はおらんようだ」
シーザーの提案は、ジョセフの割り込みによってうやむやになってしまった。
彼とてジョセフの逸る気持ちは痛いほどに理解できるし、できるところまで進んでしまいたいというのも本音のひとつだ。
「行くぞ、聞き込みを続けよう」
「おう」
「はぁい」
返事をした澪は苦笑しつつシーザーの背中をぽん、と叩いた。
「早く見つけよう。またディオにヤサ変えられたら困るじゃん」
「そう、だな」
それでようやくシーザーも切り替えができたのか、ジョセフたちに続いて店を出ようと──
「その建物なら……知ってますよ」
不意に響いた声は、まさしく彼らの求めていた一言だった。
一斉に声の方へ振り向くと、大きなテーブルの前に座るひとりの男。
端整な顔立ちだが、頬に刻まれている化粧のようなものが目立つ。ひげも相まって一風変わっているダンディなオジサマ、という感じだ。
白いシャツに臙脂色のチョッキを着た姿は手元で操っているトランプも相まって、ディーラーや手品師を想起させる。
「間違いない、あの建物だ」
男は駄目押しのように呟き、指先ひとつで円を描いて広がっていたトランプを全てひっくり返す。
そのテクニックには目を瞠るものがあり、ふと澪の脳裏に例のチャートが浮かぶ。
『賭博王逆カ○ジ』
……逆ってなんだろう。
どうでもいいことを考えている間に、ジョセフたちは男に詰め寄っていた。
喜色満面で建物の場所を問い質すジョセフに、男は表情を変えずに言う。
「タダで教えろというんですか?」
ちょん、と男の触れたトランプがまるでドミノの逆回しのように立ち上がる。それだけでも相手の技量が知れようというものだ。
この男が善意の誰かさんであるなら問題はないが、スタンド使いとなれば話は別である。
スタンドは持ち主の精神性に依ることが多いため、もしもの場合はかなり厄介なことになるかもしれない。
「……」
澪は何も言わず、ジョセフに十ポンド札を押しつけられている男を冷静に観察し始めた。
男は情報料として差し出された十ポンド札を受け取ろうとはせず、むしろ嘲笑うかのように含み笑いを漏らすと、ジョセフの前にトランプカードを一枚提示した。
「私は賭け事が大好きでねぇ、くだらないスリルに目がなくって……病みつきってやつでして。ま、大方ギャンブルで生活費を稼いでいるんですよ」
男は指先でトランプを弄びながら、ジョセフたちの戸惑いも気にせず自分の身上を吐露する。
「あなた、賭け事は好きですか」
突然の問いに、ジョセフは当然面食らった。
「何を言いたいのかわからんが」
「賭けが嫌いなら嫌い、とはっきり言って下さい」
要するに、この男は金よりスリル──もとい、賭けの勝敗如何によっては情報をくれるつもりらしい。
「あなたが勝ったら無料で教えますよ、そこの場所をね」
流し目でこちらを見据える男の目に嘘はない。
おそらく、賭けでこちらが勝てば本当に教えてくれるだろう。
しかしそれは、裏を返せば金銭でカタをつける気なんてさらさらないということだ。
古来よりタダより高いものはないし、時は金なり。時間の惜しいジョセフは男の言葉に難色を示す。
「賭けなら自信あるが……今儂らはポーカーなんてやっている時間はないんじゃ。急いでいるんだ」
「ジョセフはバクチ強いもんね~すぐイカsむぐもご」
空気を読んだアヴドゥルが素早く澪の口を塞いだ。賢明な判断である。
「もう二十ポンド払うから教えて欲しい」
「賭けなんてものは何でもできるんですよ」
そんなジョセフの申し出を、男は案の定すげなくあしらいながら手近にあった魚の燻製を二枚、適当に放り投げた。
どうやら向こうの猫がどちらの燻製に先に食らいつくか、を賭けの対象にしたいらしい。
右か、左か。
「どうです? つまんないけどスリルあるでしょう」
つまんないとスリルは矛盾しないのだろうか。
「おい! 面倒くせぇ野郎だぜ!」
ダン! とテーブルが揺れる。
飄々と言ってのける男の態度に、元々気の長くないポルナレフが切れて拳を叩き付けたのだ。
「さっさと三十ポンド受け取って、さっさと教えろよテメェ!」
失礼にも相手を指差すポルナレフを、ジョセフが慌てて制した。
「ポルナレフ! 教えてもらうのにそんな口をきくんじゃあない」
それはまぁ、もっともではある。
下手をして相手の機嫌を損ねて情報ももらえなかったら、それは本当に時間の無駄だ。
「オーケー! 俺が賭けてやるぜ! 右の肉だよ! 右ィ!」
ポルナレフの激昂に、なぜか男は「してやったり」とでも言うような笑みを浮かべた。
「Good! 楽しくなってきた。じゃあ私は左に賭けましょう」
彼にしてみれば、バクチ相手が見つかって喜ばしいということなのだろうか。それだけにしては、あの笑みが引っかかる。
それは皆が感じているのか、承太郎とアヴドゥルは二人で何やら相談している。
「澪、どう見る」
その横でぼそりとシーザーが呟く。
「バクチ好きってことはイコール強いってことだから、どの可能性でもヤな感じがする」
「だよな」
男は『病みつき』と自分で評しており、生活費すら賭け事で稼いでいると言う。
何をやっても勝つバクチなんてつまらないだろうが、逆も然り。負けっぱなしでは生活もままならない。
そういう意味で男の雰囲気は一流の博徒のそれであり、そういった輩はおしなべて計算高く策を弄することに定評がある。
今の提案に裏があっても、何らおかしくないほどに。
「ところで、俺が負けたらおめーに何を払うのかね? 百ポンドぐらいかよ」
「金はいりません」
男はきっぱりと否定して、意外なモノを提案した。
「魂、なんてのはどうです? 魂で……ふふ」
「はぁ?」
その返事にポルナレフは呆れかえっていたが、澪の背中にぞくりと悪寒が走った。
男の言い方が妙に引っかかったのだ。
まるで魂を通貨のひとつと考えているような、『賭け金と同等のもの』とみなしている口調である。
「返事は?」
あ、ヤバい。
「ちょ、まっ」
「ああ、わかったわかった。それでいいぜ」
制止の声も無視して、大したことでもないように手を振って肯定してしまったポルナレフに、澪は頭を抱えたくなった。
「? なんか言いかけてなかったか?」
今更か。
こちらを見るポルナレフには悪いが、もはやこれは何を言っても手遅れだ。ただのロマンチストならば問題はないが、念押しした時点でそれはないだろう。
相手の提示した条件を素直に呑むなよ。どうしてこう、警戒心が足りないんだ。
「いや、もう……いいっす」
懸念しているもしもの事態が起きたとしても、もはや澪にはどうすることもできない。
げんなりした顔で力なく手を振るのが精一杯だ。
「?」
最悪の想像に行き着いた澪は、ポルナレフの自分の窮地にちっとも気付いていないキョトン顔に、こめかみを指でぐにぐにと揉んでため息を吐いた。
もし、予想が正しければ義父の『賭博王逆カ○ジ』というのは、要するに──
「あ」
そして、最悪なことになってしまった。
猫はポルナレフの賭けた右の燻製へといっさんに駆けつけ──途中で軌道を変えて左の燻製、そして右の燻製を咥えた。賭けは男の勝ちである。
「ぬぐぐ……!」
「おい、負けてしまったぞポルナレフ」
超悔しそうなポルナレフに、誰から見ても分かる事実をつきつけるジョセフである。ひでぇ。
「どうするんじゃ? なんか建物の場所を聞き出すのが厄介になってきおったぞ……」
ジョセフの追い打ちにいよいよ頭を抱えるポルナレフに向かって、男は悠々と告げた。
「さぁ、約束でしたね。払って頂きましょうか」
瞬間、澪は覚えのある感覚に襲われた。
不可視の何かが準備を始めるような、どうしようもなく不吉で『ヤバイもの』が姿を現す寸前の、そんな──
「払う? 何を?」
「魂ですよ」
呑気なポルナレフに男は、まるでできの悪い生徒を諭すように言を進める。
「あなた言いましたよ。さっき確かに」
そして姿勢をゆらめかせたポルナレフの背後から、ジョースター一行にとっての悪夢が顕現する。