星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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15.オシリス神

 

 

「私は──魂を奪うスタンド使い」

 

 傍目に見ればそれは緑色の、かろうじて人の形をした化け物のようだった。

 花京院のそれとは異なり、指先のひとつひとつが吸盤のようになっていて蛙のそれを連想させる。

 

「賭けというのは、人間の魂を肉体から出やすくする。そこを奪い取るのが、私のスタンドの能力!」

 

 男の言葉通り、ポルナレフの背後に現れたスタンドは彼の背後に組み付き、『何か』を絡め取る。

 

「な、なんだぁああ!?」

 

 ジョセフたちの視線の先、半透明で煙のような、けれどかろうじてポルナレフと分かる造形の──彼の魂に違いなかった。

 

「ポルナレフ!」

 

 承太郎が叫ぶがもう遅い。

 男がスタンドでポルナレフの魂を引きずり出してしまった時点で、その生殺与奪は文字通り完全にあちらが握っている。

 こちらの取れる選択肢が狭まってしまった。

 

「なんとかならないのか、澪!?」

 

 澪の義父(空也)の活躍を目の当たりにしているシーザーは、魂に関して一定以上の知識があると踏んでいたのだろう。

 

「無茶言うな! あんなの父さんしかできないよ!」

 

 だが、知識があることとそれを活用できるかは別問題だ。単純に技量も経験も足りていないのである。

 それに、スタンドを使った魂抜きなんて誰も体験していない。

 

 澪たちの目の前でポルナレフの魂は男のスタンドによってむにむにと揉まれ、まるで餅のように引き延ばされ、最後にはパァン! と両手で打ち合わされた。

 

 そしてテーブルに転がり落ちたのは、ポルナレフの顔が印字されたコインがひとつ。

 

 同時に、澪は義父たちのメッセージを理解する。

 わざわざ『逆』と記載したのは、彼が博徒であると同時に()()する立場であるからだ。

 

「これが、ポルナレフの魂だ。早くもDIO様の邪魔者を消してやったことになる。……間抜けなヤツだったがね」

 

 コインを指で無造作に掴み、男はダービーと名乗った。

 澪はその間にポルナレフの傍へ寄ると指先を頸動脈に当て、その脈を確かめる。確かに脈はなく、肉体的には死亡しているに等しい。

 

「『魂魄』を同時に抜かれたってことか……」

 

 となると、一刻も早く彼の魂を取り戻さなくてはならない。

 極寒の地であれば話は別だが、この気候では肉体が長く保たない。

 

「き、っさまぁあああ!!」

 

 店の人に頼んで氷嚢でも作って当てておくべきだろうか、と澪が思考している間にアヴドゥルの怒号が響いた。

 慌てて顔を上げると、アヴドゥルがダービーの胸ぐらを掴んで締め上げている。その足元には先程の猫。

 どうやら猫はダービーの飼い猫で仕込みだったらしい。犬ならともかく猫をよく躾けられたものである。

 

 力任せに来るスタンド使いよりよほど手強い難敵だと、澪が認識した瞬間である。

 

「賭けだと? その猫はお前の猫じゃあないか。イカサマのくせに!」

「イカサマ?」

 

 激昂に任せたアヴドゥルの言葉に、ダービーはさも面倒そうに反論する。

 

「いいですか? イカサマを見抜けなかったのは、見抜けない人間の敗北なのです」

 

 それには澪も不本意ながら同意する。

 賭けとは、バクチとは、なべてそういうものである。

 

「私はね、賭けとは人間関係と同じ……騙し合いの関係と考えています。泣いた人間の敗北なのですよ」

 

 そんな人生観抱くほど暗澹とした人間関係しか作れなかったのか、と若干邪推してしまうのは仕方がないと思う。

 だが本当に、骨の髄までギャンブラーのようだ。このダービーという男は。

 だからこそのスタンド、なのだろうが。

 

「同意できなくもないけど、そこまで殺伐とした人生哲学には至れないね」

「おや残念。澪様には共感頂けるものと思ったのですが」

 

 独り言を耳ざとく拾い上げたダービーが苦笑を浮かべる。シーザーは澪を守るように一歩前へと進み出た。

 それを見たダービーは、さも心外とでも言いたげに肩を竦める。

 

「心配なさらずとも、澪様と賭けはしませんよ。なにせDIO様の姉君だ、たまさか魂を取ってしまったら……私がDIO様に殺されてしまいます。それは困る」

「売約済みの札を僕が知らん間につけられてる……」

 

 げんなりするがまぁDIOだし、という半ば諦めの境地である。

 

 しかし厄介なことになってしまった。

 

 アヴドゥル、否、アヴドゥルでなくともダービーが死ねばポルナレフの魂は永遠に戻ってこない。

 だが、それは裏を返せば、ダービーのルールに則ればポルナレフの魂を奪い返すチャンスがある、ということだ。

 相手の提示するバクチという手段は、そういう意味ではチャンスといえる。

 

 ダービーはコレクションを披露するようにアルバムを広げ、そこにおさめたコインを自慢げに説明する。

 その全てが誰かの魂で、人生で、かつて生を謳歌した人間だった。

 

「……大層な蒐集家なことで」

「ええ、長年の努力の結晶ですよ」

 

 眉をしかめた澪の皮肉を意にも介さず、アルバムを眺めていたダービーはこちらを試すようにポルナレフのコインを見せつける。

 

「ポルナレフの魂を取り戻したければ、続けるしかないんですよ。私との賭けをね」

 

 おそらく、最初のひとりは誰でもよかったのだろう。

 誰かひとりの魂を捕まえてしまえば、仲間意識の強いジョースター一行はそれを見過ごせない。

 あとはダービーがその技巧と策を凝らして各個撃破すればいいだけの話だ。

 

「どうするんです? ビビって逃げてもいいんですよ……? このポルナレフを置いて、ね」

 

 それを選択するワケがないからこその態度なのだろう。

 安い挑発といえばそうだが、残念なことに仲間たちはみんな煽りに弱い。

 

「ふふふ。ま、一杯やりながらよーく考えてください。チョコレートはどうです?」

「いただきます」

 

 澪は気安げに差し出される板チョコを受け取り、半分に割って隣のシーザーに渡すと銀紙を破いて迷わずかじった。

 溶けるヒマもないほどの早さでボリボリと噛み砕き、飲み下す。

 供給された糖分が脳へ回っていき、エンジンがかかったような気がした。

 

「澪」

「疲労回復と脳に栄養与えないと。頭使わないとだから」

 

 そう、こっちはくたくたに疲れているということを忘れてはならない。

 待ち構えていた相手は当然、万全の体調で挑んできているのだろう。疲弊した頭ではろくな思案もままならない。

 感情に飲まれてしまえば、必ずミスを犯す。糖分の恩恵は必要である。

 

 澪の言葉に納得したのか、シーザーもチョコを食べ始めた。

 ちなみに、承太郎たちに勧めたが固辞された。敵のものなぞ食えるか、という感じらしい。

 そんな中、ジョセフが片手に酒瓶とグラスを手につかつかとダービーの向かいの席にどっかと腰掛け──その豪腕でテーブルを薙いだ。

 

 ガッシャァアアアンンッ!

 

「ッ!?」

 

 壮烈な音を立ててテーブルのものが散らばり、まっさらになったそこへダン! とグラスが置かれる。

 ジョセフは流れるような動きでど真ん中に置かれたグラスに、ウィスキーらしい琥珀の液体をグラスのふちぎりぎりまで注ぎ込んだ。

 

「……『表面張力』ということ言葉を知っているかね? バービーくん」

 

 バービー、とわざと間違えた名前を強調され、ダービーの眉間に皺が寄った。

 

「ダービーです。私の名前はダービー。酒の表面が盛り上がって、溢れるようで溢れない力のことだろう?」

 

 さりげなく訂正を入れ、肘をついたダービーは剣呑な視線を向ける。

 

「何をしようと言うのかね」

「ルールは簡単。このグラスの中にコインを交代で入れてく。酒が溢れた方が負けじゃ」

 

 グラスの横にじゃらじゃらと小銭をばらまきながら、ジョセフがゲームの提案をした。

 

「アレか」

「アレだな」

 

 店の人に頭を下げながら床の掃除をしていたシーザーと澪が同時に頷き合った。

 修業時代、人の小遣いを散々巻き上げてきたジョセフ得意のゲームである(シーザーも被害に遭った)。

 

 確かに、このゲームならばジョセフにも勝機があるかもしれない。

 

「賭けよう! 儂の魂を!」

 

 高らかに宣言するジョセフに、ダービーもまた不敵な笑みで応えた。

 

「Good!」

 

 瞬間、アヴドゥルが「なんですって!?」驚愕しジョセフの説得に入った。イカサマ師と分かっていながら勝負を仕掛けるなど、負け戦にもほどがある。

 

 一般的にはそうだろうが、なんたって仕掛けたのはジョセフなのだ。

 

 ジョセフは狼狽するアヴドゥルを軽くいなし、てきぱきと承太郎に見張りを頼んだ。ダービーも賭けを受け入れ、当然の権利としてグラス等に細工がないか調べ始めた。

 その間に澪はまだ鼻息の荒いアヴドゥルに近寄り苦笑してみせる。

 

「アヴドゥルさん、ジョセフはそんなに賭け事弱くないです」

「むしろ強いぜ? 俺らから結構巻き上げてたからな」

「澪、ツェペリさんまで……」

 

 シーザーからの援護も入り、アヴドゥルは大分平静を取り戻したようだ。

 

「ひとつ、君が負けたらポルナレフを必ず返してくれるという保証は……?」

 

 ダービーが丁寧にコインを調べている中、ジョセフが糾すように問いを投げる。

 顔を上げたダービーの顔は、不機嫌そのものだった。それは彼を侮辱したに等しい言葉だったのだろう。

 

「私はバクチ打ちだ……『誇り』がある。負けたものは必ず払います。負けんがね」

 

 彼はスタンド使いである前に、根っからの博徒なのだ。

 負けても賭け金を支払わないというのは、彼の矜持に反する。

 

「……そうか、それを聞いて安心したぜ」

 

 すると、いつの間にかジョセフの背後に回っていたシーザーが、テーブルに自分の手を置いた。

 

「ダービーとかいったな。この勝負にレイズする」

「ッ、おい、シーザー!?」

 

 瞠目するジョセフをいなし、シーザーはにんまりと口の端を上げる。

 

「ジョセフ・ジョースターの勝ちに俺の魂を賭けるぜ」

「ツェペリさん!?」

「ほう」

 

 アヴドゥルが再び驚愕し、ダービーが面白そうに唇を曲げる。

 

「それは構わないが……どういうことかね」

「どうもこうもねぇさ。こっちが勝ったらポルナレフの魂と──写真の場所を教えろ。俺の魂はその分だ」

 

 それは、修業時代から今へと連綿と続く絆からくる確信だった。

 

「JOJOが負けるワケねぇからな」

 

 ジョセフの勝ちを欠片も疑っていない不遜すぎる言葉に、けれどダービーはひとつ頷いて快諾した。

 

「Good! いいでしょう。なかなかどうして、侮れない方のようだ」

「シーザー、なにを考えておるんじゃ」

 

 逆に少々戸惑っているのはジョセフの方だ。

 弟弟子の困惑顔に、兄弟子はペリドットの瞳を不敵に煌めかせながら肩を竦めた。

 

「どうもこうも、まどろっこしいのは嫌いなんだよ。お前の魂だけじゃポルナレフの魂分にしかならねぇからな」

「そりゃあ……そうじゃが。だからって儂の賭けに便乗するってのは……」

「時間が惜しい。それともなんだ、JOJO、お前負ける気で挑むのか?」

「そんなワケなかろうが!」

「なら問題なしだ。とっとと勝ってこい」

 

 すごい言いくるめを見た気がする。

 まぁ、シーザーが自分の魂をレイズしたのは分からなくもない。なんせ、この賭けはジョセフがすごく得意なものだと知っているからだ。

 

 ついでに言うと、修行中にとうとうジョセフの『必勝法』を見破ったシーザーは怒髪天を衝く勢いで怒り、貧民街テンションでジョセフをエア・サプレーナ島中を追い回した。

 

 よしなしごとを考えている間に、全ての準備が完了した。

 

「いいだろう、きみからだ。コインを入れたまえ」

 

 ゲーム、スタート。

 

 

 

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