鬼滅の波紋 On Every Street (鬼滅の刃 X ジョジョ1部)   作:ヨマザル

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外伝
独白


ヒュゥゥゥゥゥ──

コォォォオオォ──

 

「水の呼吸、捌ノ型──滝壷・雷(たきつぼ らい)!」

「震え、そして燃え尽きるぞッ 太陽の波紋──波紋乱渦疾走(トルネーディ・オーバードライブ)ッ」

ガジャァアッッ!

 瓦が砕け、黒霧が爆ぜる。

 刀と拳が、同時に貫いた。

 響垢鬼(モラーノ・レヴィカース)の肉体は、 波紋の拳と水の呼吸の剣技に引き裂かれ、軋みながら崩れていく。

 六本の腕が、ばらばらに砕ける。 三つの顔が、別々の方向を向いたまま、 ゆっくりと、沈んでいった。

 ツェペリと鱗滝は、二人とも、膝をつき、荒く息をついた。

 

 そして響垢鬼(モラーノ・レヴィカース)は、崩れゆく肉体を見て、自分たちが本当に待ち望んでいたもの──死による救済──が、ついに訪れることを知った。

 彼らが薄れる意識の中、最後に見たのは、城下に広がる、焔に燃えた函館の街であった。

「美しい」と思えた。

 

────────────

 

 景色がぼやけ、周囲は漆黒の闇に包まれた。

 もうすでに、体の感覚もない。

 モラーノ・レヴカースの意識は、消えかかっていた。

 二つの雲が、風に吹かれてつながる。その雲が強い風に吹かれ、また分かれる。

 そんな雲のように、それぞれの意識が強くなり……

 そして、彼らは()()に、話し始めた。

 

 ……風が変わったな。

 お前の爪、いいな。気に入ったよ。切れ味がヤバい。

 爪を振り回す、あの鋭さもいい。

 でも、俺は……足から行く。踏み込みが大事だ。地面をたたく音がするぐらい、踏み込む。

 そこからすべてが始まる。そういうのがいいんだ。

 

 あの夜のこと、覚えてるよ。初めて目覚めた時。

 思いと動きがズレる。

 体がぶれる。視界も、音も、二重に聞こえる。

 呼吸が、一定のリズムでできない。

 右手を動かそうとすると、左手が動く。

 たまに、思ってもみないことを口にしてしまう。

 考えが、ぶれる。

 まるで二つの心と体があるように。

 俺たちは、一つなのに。

 

 どうして、こうなった?

 

 思い出せ……

 

◆◆

 

 土の中で、俺たちは目覚めた。壁の眼……とあの方は言った。

 パニックになった俺が大声を上げると、土が崩れ、俺の口の中に土が詰まる。

 岩の脈動が、肌を通じて流れ込んでくる。

 モラーノ……だった俺の、血への渇望。過去の風と海の記憶。

 返垢だった俺が受けていた、血の支配。

 それらが、俺の中で交差し、溶けあう。

 そして、一つの肉体に収束していく……

 体が熱かった。

 

 俺たちに触れるモスキーノ様の手は冷たく、青白く、とても滑らかだった。

 彼が、俺たちを埋めた。

 そして、今、俺を……俺たちを掘り出した。

 

 俺は、

 俺たちは、

 ……誰だ?

 

 手を見る?この手は……見覚えがある。いやない。

 ある……

 

 悩んでいると、声をかけられた。

「目覚めたか。気分はどうかね?」

 わが支配者(マスター)の落ち着いた、優しい声。

 振り返ると、良く知っている支配者(マスター) …… 俺を返り討ちにしやがった異国人(えもの)がいた。

 

 異国人(えもの)は派手でごてごてと装飾が付いた洋物の服を着ている。赤い服だ。袖口に金の縫い取りがある。金髪、青白い肌、赤い目、鼻が天狗のようにとがっている、大柄な男。奇妙な奴だ。……支配者(マスター)は、いつも通りの世に倦んだような、投げやりな口ぶりだけど、その口元には笑みが見える。機嫌がいいらしい。

 

 そうだ、彼は俺たちを作りかえた支配者(マスター)だ。

 

「おれおれ……なななにににぃぃい」

 俺たちは戸惑った。口がうまく動かない。

 俺が、お前が、困惑するのも感じた。

「はい……ふ……ふつう……す」

 かろうじて、意味のある言葉を絞り出す。

 モスキーノ様は、うんうんとうなずき、訳の分からないことを言いはじめる。嬉しそうではある。

「素晴らしい!それぞれの事を、覚えているかね?君の記憶は、素材だ。君の動きは、記録されているかね?」

 しばらく訳の分からないことを浮かれた口調で言った後で、モスキーノ様は俺たちに名前をくれた。

「モラーノ・レヴカース……君の名前だ。大事にするがいい」

「あ……りがと……ご ゴザイまマす……」

 俺は混乱しながらも、支配者(マスター)を安心させようとした。

 でも、

 俺の口から出た声。

 そこに俺の声は……俺たち……の声は

 どこにも、なかった。

 

 モスキーノ様は言った。

「融合は統合ではないよ。つまり、君たちは一つだけど、一つじゃない……でもバラバラでもない。この世に他にいない、素晴らしい素材だ」

 そう言って、モスキーノ様は俺たちを鏡に映した。

 

 そこにいたのは、お前だった。俺だった。いや、お前じゃない。俺でもない……

 だが、俺達だ……

 とても、醜く歪んでいた。俺……お前……俺たち、けっこう見た目に自信があったのに……

 お前は……俺たちは、しばらく動かずに鏡に映った姿を見ていた。

 一つの体。バラバラの、でも少し溶けかかっている二つの心……

 悲しんでいる顔。驚いている顔。

 どちらもひどく醜く溶けかかっている。

 そんな俺たちが

 そこにいた。

 

 俺は頭を抱えようとした。その手が、俺……自分の目をえぐる。

 視界が一瞬暗くなり、すぐにまた見えるようになった。

 自分の目が、急速に再生されていく。

 

 ……こんな事、昔は出来なかった……

 ……なぜか、再生速度が遅い気がする……

 

 俺は……俺達は、ただの素材だった。

 でも、素材にも、痛みはある。

 

 俺は、泣いた。

 俺は、笑った。

 俺たちは、ただただ泣いた。

 

◆◆

 

 それから……突然恐怖が襲った。

 返垢の底に潜んでいた血が……何か黒い物。恐怖そのものが、俺たちを攻撃した。

 そうとしか言えなかった。

ぶちゅぅうッ!

 俺の体が弾けた。

 まだ少し残っていた返垢だけの、混じりけのない血が噴き出す。

 血が固まり、形を成す。それは酷く不気味な黒い腕となった。黒い腕が、俺の胸から生えてきた。

 そして、弾けた俺たちの体に、その拳を叩きつけた。

 

ぷぅちゅっ!

 俺たちの腸が潰れた。

 黒い腕は、今度は俺たちの頭をつぶそうとし……背後で見ていたモスキーノ様に気が付いた。

 黒い腕が動きを止める。

 そして、姿を変える。

 手が潰れ、代わりに小さな、血だらけの、黒髪の男の『人形』が現れた。

 異常にリアルな、五月人形のように見えた。

 だがその時、俺たちはその体が徐々に蒸発しつつある事に、気が付いた。

 きっと、残されたモスキーノ様の血が……屍生人のエキスが、『人形』を喰っている……そう思った。

 黒髪の男の体が、少しづつ崩れていく……

 崩れゆく黒髪の男は、モスキーノ様に向かって、口を開いた。

「これは……興味深い。西洋の鬼……さんですか?」

 英語だった。

「私の名は鬼OO無O……鬼の王です……あなた、私のモノを盗ろうとしていますね……許しませんよ……」

 そこまで言って、男の体は完全に崩れた。

 俺は、意識を失った。

 

◆◆

 

 気が付くと、俺は独りだった。

 傷は、治っていた。

 俺は、立ち上がった。

 屋敷には、廃墟のような雰囲気を感じた。

 モスキーノ様は、いなかった。

 あの男は、俺たちを置いて、逃げた。そう思った。

 

 俺は、屋敷を出た。

 村を一つ、喰った。

 腹いせだった。

 誰かの記憶を喰っても、 俺の中は埋まらなかった。

 旅の途中、昔の『俺の一部』と同じ、屍生人(ゾンビ)共とであった。

 青白くて、口が裂けた男……テルと名乗っていた。そいつと、そいつが連れてきた二人の屍生人(ゾンビ)ども。見るだけで嫌悪感が湧く。

 屍生人(ゾンビ)。この地で、モスキーノ様に変えられた者ども。

 だが、もうモスキーノ様は、すでにこの国を出ていた。『鬼の王』に会いたくないと、怯えていたからだ。

 逃げたのだろう。

 奴らは、この国にモスキーノ様がいないとわかると、取り乱して、俺にすがった。

 俺を、 “かつての主”だと思いたかったのだろう。

 でも、俺は彼らの名を呼ばなかった。

 呼ぶ価値がなかった。

 彼らは、ただ、生前の自分の残響に引き寄せられただけの、抜け殻だった。

 

 俺は、以前屋敷を訪ねてきた、まどかとかいう小娘を思い出していた。

 小娘は、『鬼』と呼ばれるものを何体か連れていた。『鬼』は小娘よりはるかに強いのに、なぜか喜んで小娘に仕えているように見えた。

 モスキーノ様は、大喜びでその『鬼』の血を吸った。そして屍生鬼(グール)となづけたアイノコを作った。

 小娘は、屍生鬼(グール)を『鬼』よりも簡単に操ることが出来た。

 小娘は数か月屋敷に滞在し、屍生鬼(グール)を連れて、出ていった。

 ……生意気な『鬼』が俺たちを襲い、返り討ちにしてやった……

 ……我が主の命で、生意気な『異国の鬼』を見つけ、襲ってやった……だがやられた……

 その後で、モスキーノ様は『魔法の土地』を見つけ出し、そこに俺たちを埋めた。

 

 あの女も、二重だった。

 音程が跳ねる声で、感情の起伏が激しい、美味そうな小娘。

 音程が安定していて、 感情の起伏が浅い。マズそうな仮面。

 二つが、重なっていた。

 仮面が独りで奏でる“賛歌”は、 他人の感情を歌うだけで、 自分の感情を持っていなかった。

 だから、操ることはできても、共鳴はしなかった。

 そこに、小娘の感情が乗ることで、”賛歌”が共鳴する。

『鬼』にムリヤリ言う事を聞かせ、屍生鬼(グール)どもを心酔させていた。

 

 当時、俺はモラーノだった。一つだった。

 だから、彼女の事が良くわからなかった。

 今の俺は、俺たちは、小娘と同じ『二重』。

 今なら分かり合えるかもしれない……

 

 だから、殺そうと思った。

 俺は抜け殻どもに、函館にいるマドカという少女に出会い、指示を仰げ……と伝えた。

 自分も、こっそり跡を追った。

 マドカを、始末するために

 

◆◆

 

 函館には、榊という若造がいた。

 若造の中に、 まどかの記憶があった。

 だから、入ってやった。

 器としては、 不快だった。

 肉体の反応が鈍く、 体も未熟。精神の抵抗力は弱いくせに、 妙に感情が濃く、押さえつけるのに手を焼いた。

 マドカの記憶に触れた瞬間、 彼は泣いた。

 その涙は、 俺の中で、 ただの雑音だった。

 

 そういえば、そのとき、小さなガキがいた。

 ガキは、 俺の中の“マドカ”を見抜いた。

 生意気に、俺に抵抗しようとしやがった。

 だから、喰ってやった。

 

 それでも、 空っぽだった。

 だから……

 俺は、榊に入ったまま、奴の体と心を借りた。

 俺は、“誰かの残響”でできていた。

 

 そりゃそうだ。

 俺の声は、

 どこにも、なかった。

 

◆◆

 

 ……Beat、止まったか。

 熱い。

 痛い。

 ……太陽の熱が、俺の体を内側から溶かしている。

 

 俺たちは、どうなっている?

 これで、終わりなのか?

 ……終われるのか?

 

 モスキーノ様の声が、

 まだ耳の奥に残っている。

「融合は、統合ではない」

 でも、

 俺たちは、

 混ざりたかった。

 ……いや、違う。

 最初は、違った。

 融合したのは、

 自分たちの意思じゃぁなかった。

 岩の中で、

 肉体が重なり、

 記憶が流れ込み、

 俺たちは、

 互いを必死に拒んだ。

 

 でも、混ざってしまった。

 お前の声がうるさかった。

 お前の沈黙が、

 息苦しかった。

 でも、

 それでも、

 一緒に立ち、

 一緒に喰い、

 一緒に剣を振った。

 そのうち、

 視界のずれが、聴覚のずれが……

 思考の乱れが、

 少しずつ、

 馴染んでいった。

 もしかしたら──

 最後のあの瞬間、

 俺たちは、

 本当に、

 一つに、

 溶けかけていたのかもしれない。

 返垢でもなく、

 モラーノでもなく、

 ただ、

 “俺”だった。

 それが、

 どんな姿だったのかは、

 もう思い出せない。

 でも、

 あの一歩だけは──

 確かに、

 俺たちのものだった。

 

 そう思った。俺は、俺たちは、俺たちが二つに分かれていくのを感じていた。

 

 ひどく、眠かった。

 

────────────

 

 ……暗い。

 目が、開いているのか、閉じているのか、わからない。

 肩が、重い。

 足が、沈む。

 さっきまで感じていた気配が、

 遠ざかっていく。

 光が、

 二つ、

 瞬き、

 消える。

 そして、

 別々の場所から──

 二つの意識が、

 ゆっくりと、

 浮かび上がる。

「……ここは……」

「……ツェペリ……」

 自分の声が、

 自分のものとして、

 戻ってくる。

 名残 灯弥。

 モラーノ・ビート。

 それぞれの名が、

 それぞれの胸に、

 静かに浮かび上がっていた。

 もう、混ざっていない。

 もう、返すものもない。

 ただ、

 それぞれの終わりが、

 それぞれの形で、

 いちど浮かび上がりかけたそれが、

 ゆっくりと──

 沈んでいく。

 

────────────

 

 ……思い出した。俺は、名残 灯弥。

 そう呼ばれていた。

 でも、誰も、俺の名前を呼ばなかった。

 家では、父はずっと黙っていた。

 母とは、目を合わせることもなかった。

 弟が笑うと、

 俺も笑った。

 弟が転ぶと、

 同じ場所で転んだ。

 そうすれば、

 何かが伝わると思った。

 声は、届かない。

 でも、動きなら、

 きっと、伝わる。

 そう思って、

 誰かの歩き方を真似た。

 寺で、

 参道で、

 夜の道で。

 何百人分の歩幅を記録した。

 でも、誰も振り向かなかった。

 俺は、誰にもなれなかった。

 ある日、いつもの通り誰かの真似をしていると、背後から声がした。夜だった。

「君は特別だなんだね。人の動きをそっくりそのまま残せる。面白いね。いつか僕の真似をすることも、できるようになるのかな?」

 その人は、恐ろしかった

「ご褒美に、僕の血をあげようか。受け入れれば、君は永遠になる……僕を裏切らなければ……。いつか、ほんのチョッピリでも僕をまねることが出来たら、もっと血をあげようね」

 俺は、血を受け入れた。

 そうすれば、

 誰かの中に、俺が残ると思った。

 その人に、殺されずに済むと思った。

 

 その人の血が、欲しかった。

 でも、

 俺の中に残ったのは、

 誰かの声ばかりだった。

 俺の声は、どこにもなかった。

 俺は、

 誰かの刀を真似て、

 誰かの呼吸を写して、

 誰かの癖をなぞって、

 それで、ようやく立っていた。

 でも、

 それは、俺じゃなかった。名前も、いつの間にか無くしていた。

 だから、新しい名前を頂いた。

 返垢。

 俺は、その名を誇りに思った。

 “返す垢”──

 残ったものを、

 返すだけの存在。

 俺は、

 誰かの残り香を、

 返していただけだった。

 それが、俺の“声”だった。

 でも、

 最後に気づいた。

 模倣は、それだけじゃオリジナルに近づけない。むしろ、遠ざかるかもしれない。

 俺は、誰にもなれなかった。

 俺の拳は、

 いつも一拍、遅れていた。

 俺の踏み込みは、

 いつも逆足だった。

 俺の呼吸は、

 誰のものでもなかった。

 

 だから、

 俺は、俺のまま、終わる。

 模倣じゃない、

 最後の一歩をふむ……

 それが、

 俺の“本当の動き”だ。

 

 俺は、崩れかかった体を必死に起こし、足を前に出した。

 足が、しっかり地面を踏みしめた感触がある。地面が、温かい……

 

 次の瞬間、目の前が暗くなった。

 

────────────

 

 モラーノは、再び、ほんのひと時、浮かび上がった。

 目の前は暗いままだ。だが、近くに、懐かしい「友だったもの」の血の匂いがする。

 悲し気に、こちらを見ているのが、わかる。

 

 ……風が変わったな。

 そう言うと、ツェペリはいつも笑っていた。

「またかよ、モラーノ。お前の読む“風”の方向は、気まぐれすぎる。あてずっぽうだろ?」

 ツェペリ、お前はそう言う。でも、俺にはわかるんだ。心の目で、見えてたんだ。

 船の軋み、帆の張り、波の音。

 それが少しでも変わると、胸の奥がざわつく。方向を読むなんて、簡単だ・

 あいつは、俺の“勘”を信じてくれた。

 俺は、あいつの“地図”を信じた。

 それで、どこまでも行けると思ってた。

 下らないことも、沢山したな。

 

 モスキーノ博士は、変わった人だった。

 博識で、優しくて、でもどこか、遠くを見てた。

 紅茶を淹れる手つきが、やけに丁寧でさ。

 俺たちが甲板で騒いでると、

「静かに。茶葉が怒る。怒った茶葉から抽出した茶は『辛い』」って、真顔で言うんだ。

 ツェペリの親父さんとも、よく話してた。

 二人で夜通し、生命の不思議、人間の脳の真の可能性の話をしてた。

 変なことを話している、変な人だと思った。

「正しく使えば、救えるはずだ」

「人間は、もっと強くなれる」

 彼はそう言ってた。

 

 俺には、難しいことはわからなかったけど──

 あの人の目は、嘘をついてなかった。

 だから、信じてた。

 あの夜までは。

 

 嵐だった。

 船が傾いて、灯りが消えて、

 甲板が裂けて、

 モスキーノ博士が、仮面をかぶった。

 俺は、止めようとした。

 でも、間に合わなかった。

 彼は笑ってた。

「これで、皆を救える」って。

 そして──

 ツェペリの親父さんにも、仮面を押しつけた。

 叫び声が、風に消えた。

 俺は、動けなかった。

 そして、喰われた。

 

 石仮面は、人に力を与え、そして怪物にする……

 それを、初めて理解できた。

 

 遠くでツェペリが、見てた。

 目が合った。

 あいつは、逃げた。

 それでいい。

 あれは、奴が自分の命を捨てて、俺を選べるような夜じゃなかった。

 俺は、死んだ。

 ……はずだった。

 目が覚めたら、

 モスキーノ様がいた。

「君は、船乗りとしても、素材としても、大変優秀だ」

 そう言われた。

 俺は、もう人間じゃなかった。

 でも、あの人の声は、変わってなかった。

「研究しよう。太陽も、血の衝動も、克服できるはずだ……」

 彼はまだ希望を持っていた。紅茶の香りも、まだ覚えてた。

 だから、従った。

 モスキーノ様について、世界を回った。

 アフリカのサバンナ、中東の砂漠と市場、インドの密林、中国の街……一度などは、こっそり故郷に帰った事もある。

 懐かしい母を探し、見つけて……そして美味しく食べたこともある……

 その後、こうやって日本に来て、

 いろんなものを喰った。

 鬼狩り。

 村人。

 俺は、記憶を喰った。

 でも、どれも俺のものじゃなかった。

 俺の中には、誰かの声ばかりが響いてた。

 

 返垢と融合させられたとき、

 頭が割れるかと思った。

 俺たちは、混ざらなかった。

 でも、混ざれと言われた。

 “完全体”になるために。

 俺は、誰かの技を真似て、

 誰かの声を喰って、

 誰かの顔で笑って、

 それで、ようやく立ってた。

 

 でも、

 それは、俺じゃなかった。

 

 俺は、

 何人分の命を喰った?

 何人分の記憶を、踏みにじった?

 

 ツェペリ。

 お前の拳、効いたゼ。

 だが、あったかい。

 昔何度も殴りあった。あの頃よりも効いたし、熱い……

 

 俺の中に残ってたのは、

 あの夜の恐怖じゃない。

 

 お前と見た星空。

 お前の笑い声。

 それだけが、

 俺の“本物”だった。

 

 Beat……止まったか。

 なら、これでいい。

 

 風も……やっと、止まったな。

 ……錨を下ろそう……

 ……

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