鬼滅の波紋 On Every Street (鬼滅の刃 X ジョジョ1部)   作:ヨマザル

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到着

 コォォオオオ……

 

 ウィル・A・ツェペリは息を吸い続ける。

 深く、深く。

 腹の底まで空気を満たす。呼吸は細胞を揺らす波紋になる。

 体内の水分が共鳴し、力が外へと広がっていく。

 師、トンペティとの組み手を終えたツェペリは、波紋の流れを、もう一度、練り直していた。

 チベットの高地。 空は真っ青で、陽の光は強く、空気は刺すように冷たい。

 石造りの修練場。チベットの高所に立つ建物の間。その屋根と屋根を結ぶ、一本のロープの上に、ツェペリは立っていた。

 渓谷を冷たい強風が吹き抜け、ロープを揺らす音だけが響いていた。 他の音は、なかった。

 ツェペリは、波紋の呼吸を続けた。

 だが、強風が吹き続ける中、意識は別の場所に向かっていた。

 

 師が語った、あの予言の言葉──

(古からの死臭ただよう密室で……  

 幼な子が門をひらく時──  

 鎖でつながれた若き獅子を未来へとき放つため……  

 おのが自身はその傷を燃やし、しかるのちに残酷な死を迎えるであろう)

 

 気づくと、ツェペリは、息を止めていた。

 掌を握りしめる。

 視線は遠く、山の向こうを見ていた。

 その先に、まだ見ぬ国がある。

 その先に、自分の物語が待っている。

 彼は、静かに息を吐いた。

 

◆◆

 

「!!?ッ」

 ツェペリは目を開けた。

 修行時代の夢を見ていた。

 船室の天井が揺れている。

 木の軋み。波の音。塩の匂い。

 隣のベッドで、ダイアーが背を起こしていた。

 肩幅が広く、腕に古い傷がある。髪は短く刈られ、額に汗が浮いていた。

 オスマン・トルコ出身の仲間。

 波紋法を学ぶため、十代で砂漠を出て、チベットに来た男。長い修行を共にした親友であり、ライバルだ。

「起きたか」

 ツェペリは頷く。

 窓の外には灰色の海。

 雲が低く、水平線はぼやけていた。

「函館まであと一日だそうだ」

「港の規則は?」

「条約港だ。出入りは許されている。だが、居留地は曖昧だ。領事館を通すのが無難だろう」

「……この国は、まだ揺れているのだろう」

「ああ。昨年革命があって、政体が変わった。だが幕府とかいう旧政府の地方勢力が、北で同盟を組もうとしている。新政府軍は、春のうちに動くはずだ。ガラの悪い連中がうろついているとも聞く」

「戦の前夜か」

「そうだ。その混乱に、異形が紛れ込むのは容易い。人を食っても、目立たないからな」

 ツェペリは窓辺に立つ。

 海の向こうに、異国の建物が立ち並んでいる場所が見えた。あれが函館だ。

 

 清の港で起きた事件。

 干からびた死体。血の痕。

 夜にだけ現れる男。

 日本行きの船が出航してから、()()()()()()はなくなったと聞いた。

 だから、東の果ての神秘的な国、日本を調査することにしたのだ。

 

「異常者がいる……と街は恐怖に震えているそうだ」

 と、ダイアーが少し躊躇して、また話し続けた。

「吸血鬼の仕業と噂されている。石仮面をかぶった者かもしれん」

 

 石仮面──

 ツェペリの顔が険しくなる。

 十年前、メキシコで発掘したそれは、父を吸血鬼に変えた憎きものだった。

 あの夜、船が襲われた。

 船が、一夜にして屍生人で満ちた。石仮面が人を血に飢えた吸血鬼に、吸血鬼が屍を屍生人(ゾンビ)に変えたからだ。

 ツェペリは海へ飛び込んだ。

 石仮面は船に残され、水平線に消えた。

 吸血鬼は彼を追って海に飛び込み、朝日に溶けた。

 その顔は、若返った父だった。

 ツェペリは洋上から、それを見ていた。生き残れたのは、幸運だった。

 他の仲間は、全滅していた。

 

 船にいたのは、発掘隊の仲間たちだった。厳格な隊長である父。同い年の乗組員。親友のモラーノ。美味しい菓子をくれたコック。小うるさい甲板長。夕暮れには、父の親友である、博物学者が奏でる笛の音が流れていた。

 その音が、仲間が、すべて波間に消えていった。

 

 石仮面は、必ずまた現れる。何としても、破壊しなければならない。

 

 船が揺れる。

 甲板の上で、誰かが叫ぶ声が遠くに聞こえた。

 ツェペリは船員の声を黙って聞いていた。言葉は違うが、聞きなれた、陸に向かう緊迫感にあふれた船員同士の会話だ。

 ダイアーも同じように息を整える。

 やがて、船の揺れが小さくなった。

「着いたら、まず情報だな」

「ああ、いつものように、港の噂。領事館。地元の武術家……それから、夜に動く者を探す」

 それ以上、言葉はなかった。

 二人の呼吸だけが、奇妙なリズムを奏でながら、静かに揃っていた。

 

◆◆

 

 半日後……

 

 ドドドドド……

 

 函館の裏通り。

 荒くれ者が三人、真剣を抜いていた。

 肩で風を切り、目は血走っている。

「異国の者が、何を偉そうに歩いてる!」

「拳士だと? こっちは剣士だぞ!」

「この街で刀を抜くのは、命を張る覚悟がある者だけだ!」

 ダイアーは無言だった。

 波紋の呼吸を整える。

 一歩踏み出す。

 バッ! 

 一人目の刀が閃く。

 一瞬早くダイアーの掌が、相手の胸に触れる。

 ズンッ! 

 波紋が走る。

 男は膝から崩れ落ちた。

「な、何をした……!」

 二人目が叫ぶ。

Hamon(波紋だ)

「はもん……?」

Breathing technique(呼吸法だよ)

「……ふざけるな!」

 二人目が斬りかかる。

 ダイアーは身を沈め、足元に波紋を流す。

 石畳が震え、剣士の足がもつれる。

 掌が肩に触れる。

 ズバンッ! 

 二人目も倒れた。

 三人目が刀を完全に抜いた。

「異国の術など、我らの刃で断つ!」

 ダイアーが、肩を回しながら言った。

「試してみろ」

 そう言った直後、ダイアーは顔色を変えた。

 背後に気配を感じる。

 隣で我関せず……の態度であったツェペリも、腰を落とし戦闘にはいる構えを取った。

 

 その時――

 カチャリ

 二人の背後で、刀の鞘が鳴った。

「そこまでだ」

 霧の中から、侍風の男が現れた。 背筋はまっすぐ。鋭い目つき。腰には、よく手入れされた刀。肩には、奉行所の紋。

 ダイアーとツェペリは、すぐに察した。これは日本政府の役人だ。

 しかも、かなりの手練れだ。歩き方、たたずまいから、それがはっきりと感じられる。

 二人は、そっと手を下げた。

 その隙に、さっきの乱暴者がしゃしゃり出た。鼻血を拭きながら、声を張り上げる。

「こいつらです! 突然殴りかかってきて! 爆発して! 空飛んで! 財布盗んで! 団子も!」

You hit kids(オマエが子供に手をあげたからだ)

No, you eat odango(団子はオマエが食っただろ)

 言葉はわからずとも、ツェペリとダイアーが冷静に突っ込む。

 役人は、乱暴者を一瞥しただけで、何も言わなかった。 そして、ダイアーの前に立った。

「異国の者よ」

「Yes?」

 ぽかり。

 掌が、ダイアーの頭に軽く当たった。

「What!」

「連行する」

「Why!」

 ダイアーの叫びが、春の函館に響いた。

 ツェペリは、帽子を直しながら言った。

「まあ、爆発はしたからな」

 役人は、何も言わずに歩き出した。

 ツェペリとダイアーは、肩を乱暴につかまれ、しぶしぶその後を追った。

 乱暴者は、団子を拾っていた。 春の風が、路上に桜の花びらを舞い散らせた。

 

◆◆

 

 帳場の前に、三人。

 ダイアー、ツェペリ、そして通詞の青年。

 通詞は領事館の見習いで、眼鏡がずれていた。

 緊張で汗をかいている。

「名前は?」

 役人が言う。

 通詞が英語で尋ね、日本語に訳して返答する。

「ダイアーさん。波紋使い。トルコから来ました」

 役人の眉がぴくりと動く。

「波紋……何の流派だ?」

 通詞が訳す。

「えーと……息を吸う流派です」

「は?」

 

 ゴゴゴゴ……

 

 役人の手が刀にかかる。

 通詞が慌てて手を振る。

「違います違います! 呼吸で……えーと、血を……」

「血を吸うのか?」

「いや、血を流す……いや、流さない……」

 

《呼吸を整え、肺から血流を操ることで、体内の水分に力を伝える技術です》

 

 ツェペリの助け舟を、通詞が必死に訳す。

「えーと……息で血を動かして、水を震わせて……えーと……」

「つまり、体の中に“太陽”を起こすようなものです」

 

 役人が、目を吊り上げる。

「……面様な……何を言っている? お前らの仕事は何だ?」

 後ろでツェペリがささやき、通詞が訳す。

「えーと……呼吸の医者です」

「医者か?」

「違います」

「では何だ?」

「……研究者です」

「つまり、医者ではない」

「そうですね」

 役人の眉がぴくり。

 刀の鞘が鳴る。

 カチャリ。

「息を吸う流派などツ! 無明流・師範代の我に、戯言は通じぬ!」

 通詞が固まる。

「えーと……それは……どう訳せば……」

 ツェペリが小声で肩をすくめた。

「通訳殿、言葉はわからぬが、先方がなにやら怒っておられる事は、良く分かる」

 

 ドドドドドド……

 

 空気が張り詰める。

 通詞が震えながら言う。

「領事館の許可を……見せてくださいと……」

 ダイアーが地図の切れ端を出す。

 それは宿の住所であった……

 沈黙。

 役人は深く息を吐いた。

「……今日は特例だ。だが、次はないぞ」

 

◆◆

 

 奉行所の扉が、ギィと音を立てて閉まった。

 ダイアーとツェペリは、石畳の上に立ち尽くしていた。

 春の風が吹いていた。

 桜はまだ残っていて、花びらが一枚、ツェペリの帽子に乗った。

 遠くで鐘の音。

 近くで団子の匂い。

 馬車が通り、子供が走り、商人が叫ぶ。

「とりあえず、自由にはなったな」

 ツェペリが言った。

「今のところは、だな」

 ダイアーが答える。

 二人の背後には、ちょんまげに刀を差した侍が一人、ついてきていた。おそらく、監視の眼だろう。

「……あれはほっておこう、どうしようもない」

「だな……」

 二人は歩き出した。

 街は騒がしく、言葉はまるで暗号だった。

 看板も読めない。地図も役に立たない。

「チベットよりひどいな」

「チベットでは、少なくとも英語の看板があった」

「十軒に一軒な……」

 露店の前で立ち止まる。

 焼き魚の匂いが鼻をくすぐる。

 ツェペリが指差す。

「これ、武器か?」

「食べ物だ」

「動いてるぞ」

「湯気だ」

 

 二人の背後で、子供たちがざわついた。

 小柄な子が駆け寄ってきて、ダイアーの前に飛び出す。 帽子を持ち上げ、満面の笑み。

「さっきは助けてくれてありがとう! かっこよかったよ! あの技、すごかった!」

 ツェペリは手を止め、少年の顔を見下ろす。言葉はわからないが、礼を言われていることは伝わる。

Thank you! …… uh-huh…… What is your name(気にするな……ところで、名前を教えてくれ)?」

「ねーむ……名前? ……一郎です! 仲間からはイチって呼ばれます!」

 ツェペリは、少年の腰に巻かれた縄に目を留める。

Why are you rolling up rope on your chest(その腰に巻いたロープは、何だい?)?」

「遊び道具です!」

 一郎はにやりと笑い、帽子をかぶり直す。

「じゃあ、またね!」

 子供たちはぺこりと頭を下げて走り去った。団子の匂いだけが残る。

 春の風が吹き、桜が一枚、帽子に乗った。

「悪くないな」

「少し、報われた気がする」

 二人はしばらく立ち尽くし、ふとポケットに手を入れる。

 沈黙。

 ゴソゴソ。

「……財布がない」

「俺もだ」

 同時に振り返る。路地の先、一郎が笑って手を振っていた。

 その手には財布がある。

 少年はしゃがみ込み、縄を釣り竿のように操る。

「せーのっ!」

 釣り竿が引き上げられ、腰に巻いた綱が引かれた。少年は宙を舞い、屋根の縁に着地した。

「……今の、見たか?」

「見た。あれは、大した技だな」

「日本の子供、恐るべし」

 一郎が屋根の上で跳ねている。

 ツェペリが帽子を押さえ、ダイアーが呼吸を整える。

 二人は同時に走り出した。

 背後の侍も慌てて追いかけた。 だが、すぐに転んでしまう。再び立ち上がるが、道行く人に阻まれ、あっと言う間に姿が見えなくなる。

 

 春の函館。石畳の上を、異国の拳士が必死に駆け抜ける。

 屋根の上を逃げる一郎は、袋小路に追い詰められた。

 先は川、隣家の屋根は遠い。

 もう、逃げ場はない。

 と思ったとき、少年は迷わず川へ飛び込む。

 水しぶきが上がる。

 春の川は冷たい。

 だが、一郎は迷いなく泳いでいた。

 

 ツェペリとダイアーは、顔を見合わせた。

「泳ぎは得意か?」

「泳ぐ必要はない」

 コォォオオオオオォ……

 波紋の呼吸。

 ダイアーが水面に足を乗せる。波紋が水を弾き、足は沈まない。

 一歩、二歩。水の上を進む。

 

 一郎が振り返る。

「うそだろ……!」

 一郎は岸へ逃げ、石造りの倉庫をよじ登る。

「登れるか?」

「登る必要はない」

 ダイアーが壁に掌を当てる。波紋が石の内部を走る。

 振動が伝わり、一郎の手が震え、足が滑る。

「うわっ! ビリってツ」

 落下。

 ダイアーが手を伸ばし、ナイスキャッチ。

 

 少年は腕の中で固まっていた。

「なんで水の上を歩けるの!?」

Breathing technique(呼吸法だよ)

「壁に触っただけで、なんで落ちたの!?」

Hamon(波紋法と言うんだ)

「わかんない……」

 ツェペリが笑う。

We don’t either(俺達も、さっぱりわからない)

「……なんだかわからないけど、楽しくなってきた」

 一郎も笑った。

 だが、すぐに笑いやめた。ダイアーの腕の中でもじもじし始めた。

「ごめんなさい……」

「何に対してだ?」

「全部……その……誘導したのも……」

「誰に頼まれた?」

「しづさん……」

 ツェペリが眉を上げた。

「誰だ、それは」

「町の人。顔役。商会の人。英語、話せる」

「英語?」

「うん。外国の人と話すの、得意なんだって」

 その時だった。

 路地の奥から、足音がした。

 静かに、一定のリズムで。

 革靴の音。

 春の風が、少しだけ止んだ。

 石畳の先に、ひとりの女性が現れた。

 黒髪を結い上げ、洋装と和装を混ぜた衣。

 銀縁の眼鏡。

 背筋はまっすぐ。

 まっすぐにツェペリとダイアーを見つめ、にっこりと笑った。

So you’re the ones who caused all this noise(騒ぎを起こしたのは、あなた達ですね)

 ツェペリが、帽子を押さえる。

「英語を話すのか」

「もちろん。あなたたちを待っていました」

「子供たちを使ったのか?」

「彼らは孤児です。生きるためには稼がないといけない。私は、彼らに生きる道を示しただけです」

 一郎がしづの後ろに隠れた。

 他の子供たちも、しづの足元に集まる。

 まるで、磁石に吸い寄せられるように。

「あなたは何者だ?」

 しづは、微笑んだ。

「鶴屋しづ。函館の商人です。あなたたちの言葉を、少しだけ理解できます」

「そして、あなたたちの“技”にも、少しだけ興味があります」

 ツェペリが小声で言った。

「この人、ただの商人じゃないな」

 ダイアーが頷いた。

 しづは眼鏡の位置を直した。

「あなたたちが、この辺りでいろいろ聞き回っていたと聞きました」

 ツェペリが帽子のつばを持ち上げる。

「誰から?」

「町の人。商会の者も含めて、情報は回ります」

 ダイアーが短く言う。

「それで?」

「実は、少し心当たりがあります」

 ツェペリが目を細めた。

「聞こう」

 しづは視線を落とした。

「三週間前。寺の裏で石工が消えました。三次という男です。夜に石段を修理していた。翌朝、工具だけが残っていました」

 ダイアーが言う。

「痕跡は?」

「地面に引きずられたような跡。途中で消えています」

 ツェペリが帽子を押さえた。

「それが最初か」

「いいえ。港でも一人、消えています」

「港?」

「倉庫の少年。弥太。荷物の整理中に姿を消しました。壁に引っ掻き跡がありました」

「血痕は?」

「なし。荷崩れの事故かもしれませんが、見つかっていません」

 ダイアーが少しだけ首を傾けた。

「それは……」

「噂では、夜だけ現れる船に乗ったのではないかと」

 その時、一郎が口を開いた。

「あの……旅人もいなくなったよ」

 しづが一郎を見た。

「伊助のこと?」

「うん。薬買ってた。しづさんとこで。で、そのあと、宿に戻らなかった」

 ツェペリが一郎を見た。

「それはいつだ」

「二週間くらい前。薬屋の裏に足跡が残ってた。ひとつだけ」

 ダイアーが言った。

「薬屋の裏から、どこに向かった?」

 一郎は答えなかった。

 しづが代わりに言った。

「寺の方です。足跡の向きがそうだった」

 ツェペリが帽子を深くかぶった。

「三件。すべて夜。すべて痕跡が不自然」

 ダイアーが短く言う。

「行ってみるか」

 しづは頷いた。

「ええ。お見せします。ぜひ、異国から似たような事件を追ってきた、手練れのお二人に見て欲しいのです」

 ツェペリとダイアーは、しづと共に、函館の街の探索に乗り出した。

 そのあとを、一郎がピョコピョコ跳ねながら、ついていく。

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