瑠璃色のフリージア   作:雨魂

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Summer paradise
そこは東京?


 

 ◇

 

 

 スクールアイドルフェスティバル翌日の午前中。俺は自室でPCの前に座り、昨日撮った写真の整理をしていた。写真部で各ステージを分担し、漏れがないように撮影したおかげで、そのデータはハードディスクひとつを使わねばならないほど膨大な量となっていた。

 

 夏休みが終わるまでにフェスに参加した各学校、各スクールアイドル毎に整理し、それを彼女たちに送信するまでが今回の依頼。さらに言うと、写真部の課外活動として結果もまとめなくてはならず、ぶっちゃけ終わってからの方が面倒くさいんじゃなかろうか、という現実問題にぶち当たっていた。

 

 というのも、すべてはうちの部員たちがスクールアイドルの写真を撮るだけ撮って、後の雑務は部長の俺に丸投げしていく、なんていうクソみたいな仕事の仕方をしやがったせい。昨日までは普通に連絡取れてたはずなのに、今はほとんどの部員から返信が返ってこない。あいつら、夏休みが終わったらマジで見てろよ。

 

 しかし、夏休みはまだ期間が残っている。毎日コツコツ進めていけば十分間に合うだろう。

 

 

「…………よかったな」

 

 

 そんなことを考えながら昨日の写真を流し見していると、独り言が自然と零れ落ちた。

 

 写真に写るすべてのスクールアイドルたちは、あの瞬間を全力で楽しんでいた。彼女たちだけではなく、そのパフォーマンスを見ている客たちも、みんな弾けるような笑顔を浮かべている。

 

 写真を撮っていてよかった、と思えるのはこういう他人の思い出を眺められることにもある。自分がそこに映っていなくても、その瞬間を切り取る側の自分は確かにそこにいる。俺は、そういうカメラマンの在り方を気に入っている。だから脇役でも構わない。目の前に立つ主人公を魅力的に写すことができるのなら、それでいいんだ。

 

 

「ん?」

 

 

 そうして写真整理を進めていると、机の上に置いたスマートフォンが震えた。手に取ってディスプレイを見ると『朝香果林』という見知った名前が表示されている。なんかあったのかな、と思いながら画面をタッチしてその電話に出た。

 

 

『ああ、光? 急に電話してごめんなさい。昨日は助かったわ、ありがとう』

 

「うん、そっちこそお疲れ。で、なんか用か?」

 

 

 軽い挨拶を交わし、早速本題を訊ねる。すると、電話口の果林は数秒の間をおいてから再び喋り出した。

 

 

『急で悪いんだけど、今日から三日間、暇してるかしら』

 

「? まぁ、果林の撮影とかあるのかなって思って予定は入れてなかったけど」

 

 

 よく分からない質問にそう返すと、息をつくような声が聞こえてくる。

 

 

『それならちょうどよかったわ』

 

「なんかあったのか?」

 

『さっき代表から連絡があってね、とっておきの仕事が取れたみたいなの。だから、今日から早速仕事をしたかったんだけど、大丈夫かしら?』

 

 

 なんだか果林の声はいつもより明るい。電話だからそう聞こえるわけじゃないだろう。明らかに心が躍っているような声音だ。仕事が取れたことがそんなに嬉しいんだろうか。彼女のレベルなら、それくらい毎週の如く入りそうなものなのに。

 

 

「別に大丈夫だぞ。じゃあ、どこに行けばいい?」

 

『そうね。なら、11時半くらいにお台場に来てくれる? あと、撮影の機材と何日か分の着替えも持ってきてちょうだい』

 

「…………はい?」

 

 

 そんな感じで、本日のお仕事はスタート。何となく嫌な予感がするのはどうか気のせいであってほしい。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 果林に言われた通り、撮影用の機材と自分の着替え等々を詰め込んだキャリーバッグを転がし、何駅か乗り換えをして、お台場海浜公園駅に到着する。今日も天気が良く、お天道様はカンカンと容赦のない日光を振り下ろし、それを反射させるアスファルトの輻射熱により、外には茹だるような熱気が充満していた。

 

 暑さにだいぶうんざりしながら、待ち合わせの場所へと向かう。夏休み真っ最中だからか、平日だというのに人の流れは多い。駅の構内を歩いているのは俺も含めてほとんど若者。お台場には遊ぶ所も多いしな。毎日来たって暇は潰せるだろう。

 

 待ち合わせ場所は改札を抜けた所だと、果林は言っていた。虹ヶ咲学園の寮に住んでいる彼女は電車に乗ってこないので大丈夫だと思うのだが、あの絶望的な方向音痴を考えると最寄りの駅だったとしても迷子にならないか心配になってくる。さすがの俺でもこの人ごみの中からあの子を見つけ出すのは至難の業だ。

 

 

「あ。やっと来たわね」

 

 

 そこはかとない不安を抱えながら改札を抜けると、駅構内の壁に背を預けて立っている果林を発見し、少し安堵する。仕事の前に人探しで体力を使わずに済んでよかった。

 

 

「お待たせ。って、すげぇ格好してんな大丈夫か」

 

「そう? 代表にはこれで良いって言われたわよ」

 

 

 顔の半分くらいを隠すバカでかい色付きサングラスに、白いハット。ヘソを出す短めのキャミソールと、ホットパンツから大胆に出された長い両足。それは遠目から見なくても、どこぞの芸能人がプライベートでお台場にやってきた感じがバリバリ出ていた。横を歩いて行くほとんどの人たちはちらっとこちらを一瞥して歩いて行く。気持ちは分かる。俺も何も知らなかったら絶対見てた。

 

 

「もしかしなくても、待ってる間に何人かに声かけられただろ」

 

「よく分かったわね。読者モデルのファンが三人と、スクールアイドルのファンが五人。あとはモデルの誘いとナンパが二組くらい…………だったかしら」

 

 

 その返答を聞いて俺は頭を抱えた。どんだけ節操ないんだこの女。立ってるだけで声をかけられるとかペッパーくんかよ。俺の人生においては絶対に縁がないエピソード過ぎて、果林の話はもはやファンタジーにしか聞こえない。

 

 

「はぁ…………。まぁ、ファンは仕方ないと思うけど、ナンパとかは気を付けろよな。最近は少なくなってきたけど、強引な奴はまだいるんだから」

 

「あら。もしかして光、心配してくれてるの? ふふ、なんだか嬉しいわ」

 

「そ、そんなんじゃねぇし。これはそう、あれだ。果林がなんかされたら悲しむ奴が多いから、そいつらのために言ってんだよ」

 

「んー? 本当にそうなのかしら?」

 

 

 俺の言葉に疑いの視線を向けてくる果林。あれは信じてない目だ、間違いない。しかし、今日は本音を我慢すると決めた。いつもは流されてうっかり言ってしまうけど、これに関しては漏らしてはいけない。

 

 

「そうだよ。だから、その…………」

 

 

 言いづらいことを言うかどうか迷っていると、果林はサングラスを外し、いつもの妖艶な笑みをこちらに向けてきた。

 

 

「大丈夫よ。私に何かあっても、光が守ってくれるものね」

 

「…………っ」

 

「あははっ。本当、すぐに赤くなるのねあなた。話していて飽きないわ」

 

 

 けらけらと目尻に涙を浮かべるほど笑われる。くそ、こればっかりは事実だから何も言い返せねぇ。この赤面癖はいつになったら治るんだろう。この子と一緒にいる限り完治する気はしない。むしろ悪化していく気がする。

 

 ひとしきり笑った果林は、外したサングラスを広く空いた胸元とキャミソールの間に掛ける。ただそれだけの仕草だったのに目のやり場に困ってしまい、意味もなく傍にあった自動販売機の売り切れ情報を確認していた。やっぱ夏はコーラが売り切れるんだな。美味しいもんね、コーラ。なに考えてんだろう俺。

 

 

「それにしても、結構早かったわね。もう少しかかると思ってたんだけど」

 

「まぁな。今までフットワークの軽さだけで生きてきたようなもんだし。俺からそれを奪ったら、翼を失くした鳥みたいになっちまうよ」

 

「ふふ、何それ。でも、光のそういうよく分からないところも嫌いじゃないわ」

 

「ぜんぜん褒めてねぇだろそれ」

 

 

 自分でもこういう訳わかんないことばっかりすらすら出てくるのは、もはや一種の才能なんじゃないかと思う時もあるけど。

 

 

「で、今日はどこに行くんだ?」

 

 

 ようやく本題を切り出す。着替えを持って来いと言ったり、彼女自身もキャリーバッグを持ってきていたりするところからして、もしかしなくてもどこか泊まり込みで撮影するんだろう。

 

 俺の言葉を聞いて果林は思い出した、というような表情を浮かべ、それから説明をしてくれる。

 

 

「さっきも言ったけど、代表が良い仕事を取ってきてくれたのよ。次の号で私の特集を組んでくれるんだって」

 

「ほう、そりゃよかったな」

 

 

 ファッション誌に詳しくはないが、読者モデルの特集と言ったら結構すごいことなんじゃないだろうか。果林のテンションがいつもより高いと思ったのはそういうことだったのか。納得。

 

 

「それで、今回の特集は私の故郷で撮った写真を使うみたいなの。だから、あなたと一緒に行けって。あ、費用は経費で出るから気にしなくてもいいわ」

 

「そうか。で、それはどこ?」

 

 

 場所に対する二度目の質問に、果林はホットパンツのポケットからスマートフォンを取り出し、画面をいじり始める。

 

 果林の故郷。確か出会った時も言っていたな。春になると綺麗なフリージアが咲いて、祭りが開かれるんだっけか。あの時はもう会うことなんてないと思っていたから、具体的にどこなのかは聞いてなかった。

 

 

「いちおう東京都よ」

 

「え? ならこんな大荷物も要らなかったんじゃ」

 

 

 そう言うと、果林は紫色のスマートフォンのディスプレイをこちらに向けてくる。それに顔を近づけてみると、日本列島が表示されていた。

 

 

「東京都は東京都でも、ここよ」

 

 

 そして、果林はある場所をアップしてそこを指さす。彼女の指は明らかに緑色の日本列島ではなく、青い海の上を指している。それがどういうことか分からず、俺は首を傾げた。なんか、また嫌な予感がしてきたぞ。

 

 今まで関わってきた感じ、都会の出身ではないのは何となく分かっていた。あり得ないほど方向音痴だし、地図の見方もよく分かってないのはそのせいだと思っていたから。

 

 東京都出身なのに、都会出身ではない。その矛盾を思案すると、あるひとつの可能性が頭に浮かび上がってくる。

 

 

「まさか」

 

 

 そう言うと、果林はまたスマートフォンの画面をアップする。

 

 そこに映るのは、海の上にポツリと浮かぶ小さな緑色。そうだ。小学生の頃、地理の授業で習ったことがある。そこはここから何百キロも離れているのに、住所が東京都なんだ。

 

 それを思い出して、果林の顔を見た。

 

 そして、その答えを彼女は言う。

 

 

 

「そう。この島が、私の故郷よ」

 

 

 

 

 第二章/Summer paradise




次話/果林の故郷

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