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そうして目的地であるゲストハウスとやらに到着する。俺たちは横に並び、目の前にあるその古民家風の二階建て住宅を眺めていた。ゲストハウス、というものに泊まった経験はないが、存在自体は知っている。ざっくりとした認識だと、家を改造して必要最低限のサービスだけをして格安で客を泊める素泊まり宿みたいな所。知識があったから驚きはしないが、俺たちが泊まるその場所は予想以上に普通の民家っぽい外観をしていた。
「こんな感じなのね。けっこう綺麗じゃない」
「来たことなかったのか?」
「私が東京に行ってから建てたみたいなのよ。いとこもしばらくこの島を出ていたから」
「そうなのか。そのいとこって、どんな人なんだ?」
何日かは世話になる人なので事前に訊いてみることにした。果林は少し考えてから口を開く。
「いろんな世界を知ってる、面白い人よ。きっと光も好きになると思うわ」
果林はそう言って、チャイムを押す。それから数十秒の間をおいて玄関のドアは開かれた。
「ただいま、亮くん」
「────おお、待ってたよ果林ちゃん。久しぶりだねぇ」
そこから現れたのは、ダイダイ模様のアロハシャツを着た長髪の男性。垂れた目尻と綺麗に整えられたゴーディスタイルの顎髭が特徴的で、パッと見た感じ三十代中盤くらいに見えたけど、たぶん二十代後半くらいだろう。何となくラフな空気感を出しており、良い意味で日本人っぽくない人だなと思ったのが最初の印象。
「そうね。三年ぶりくらいかしら?」
「もうそんなになるのかぁ。いやぁ、それにしても綺麗になったね果林ちゃん。一瞬、知らない女優さんが訪ねて来たのかと思ってビックリしたよ」
「ふふ、ありがとう」
親し気に再会の挨拶を交わす二人。俺は数歩離れた所で彼女たちを見ていた。この人が果林の従兄か。この人が三年ぶりに会った従妹の変わり様に驚いているのは傍で見ていればすぐに分かった。
三年前、ということは果林が中学生の頃だろう。彼女がどんな中学生だったのかは知らないけど、今とは違っていたのは何となく想像できる。当たり前のことだけど、果林はこの島の小学校や中学校に通って、俺と変わらない学生生活を送っていたんだよな。その点に関しては一ミリもイメージできない。
「それで、そこの彼が果林ちゃんの」
亮さんと呼ばれた果林の従兄は、こちらを見てそう言ってくる。果林は身体を半身にさせて口を開いた。
「そう。こちらが私の専属カメラマンの星くんよ」
果林に簡単な紹介をされた後、俺は頭を下げて言う。
「初めまして、星光です。きらきら光るお空の星、の星と光でホシヒカルです。お世話になります」
何パターンかあるいつも通りの自己紹介。それを聞いた亮さんは神妙な面持ちでこちらを見てきた。何かあったんだろうか。
「星光くん………………なるほど」
「? どうかしました?」
訊ねると何でもない、というように笑われる。笑ったその顔はちょっとだけ果林に似ているな、と思った。
「ごめんごめん。果林ちゃんが電話をくれた時、童謡の歌詞みたいなカメラマンを連れて行くって言ってたから、どんな子が来るんだろうって想像して待ってたんだ。それで、名前を聞いてなるほどと思ってね」
「ああ、そういう」
頭をかきながらそう言ってくる亮さん。名前で驚かれるのは予想通りだったから、別に嫌な気はしない。
というか、童謡の歌詞みたいな奴って。もうちょい良い表現はなかったんだろうか。俺が果林にどう思われてるのか、微妙に気になってしまった。
「あ、俺は亮。いちおうここのオーナーをしてるよ。今はいないけど、夕方には奥さんと子供が帰ってくるから、夕飯の時に改めて紹介するよ。よろしくな、光くん」
その言葉の後、ナチュラルに手を差し出され、握手を求められる。そのボディランゲージもやっぱり日本人っぽくない。おそらく、この人は海外にいた経験があると感覚的に判断した。
「良い名前をしてるでしょ? 彼」
「ああ、この家に泊まるにはぴったりの名前だ」
果林と亮さんの言葉に首を傾げる。
「どういうことですか?」
「ここのゲストハウスの名前は、星空荘って言うんだよ」
「ああ、なるほど」
その答えに食い気味で納得してしまった。どんな由来でこのゲストハウスをそう名付けたのかは知らないけど、こんなに名前がベストマッチする客は金輪際現れないことだけは分かる。だから嬉しそうなのかな、この人。
「さぁ、外も暑いし入って入って。あ、部屋は二人とも二階だから、好きに使ってね」
「そうさせてもらうわ」
「じゃあ、お邪魔します」
そんな感じで、俺たちはゲストハウス──星空荘の中に足を踏み入れた。
◇
星空荘の中は普通の民家とさほど変わらない外観と違い、かなりオリエンタルな内装をしていた。
広いリビングには二人掛けのソファが二つあり、テレビが置かれた三畳ほどの小上がりに垂れるハンモック。さらに、リビングから繋がるバルコニーの向こう側にはここに来る間にも見えていた美しい海が眺望できるという、まさにオーシャンビューなゲストハウスだった。仕事とはいえ、こんな所にほぼタダで泊めてもらえるとかマジ最高だな。後でミドリさんに電話で感謝しとこう。
「こんな感じか」
俺と果林は部屋に通され、まずはそれぞれの荷解きをすることにして別れた。そうしてそれが終わり、俺はベッドに腰掛けて貸してもらった部屋の中を見渡す。ここの名前のとおり亮さんは星が好きなのか、壁には星が描かれた絵画が数枚掛けられていた。
羽田空港で飛行機を待っている時にスマホで調べたのだけど、この島の夜は晴れるととんでもない満天の星空が見られるらしい。
ここには高層ビルもないし、遮るようなものもないからそれも当たり前といえば当たり前。部室から空を撮る用のレンズを持ってくればよかったな。今回は果林を撮ることしか考えてなかったから、ポートレートとスナップ用のものしかない。
だが、素材が良ければ今ある機材だけでもそれなりに良い画は撮れるだろう。もし時間があれば果林を誘って星を見に行くことにしよう。あの子なら良いポイントを知ってるかもしれないし。
そんなことを考えていると、部屋のドアがノックされる。
『光、ちょっといいかしら』
そして外から聞こえてくる声。急にどうしたんだろう、と思いながら返事をした。
「入っていいぞ」
すぐにドアが開き、果林は中に入ってくる。そして、何故か彼女はこの部屋の中を見て驚いていた。
「どうした?」
「あ…………いや、部屋が予想よりも綺麗だったからちょっとびっくりしただけよ」
「?」
どういうことだろうか。もしかして、果林の方の部屋は片付いてなかったとか? いや、それはさすがにないだろう。いくら宿泊するのが従妹だからと言って、そんな雑なルームメイクをするようなことはどう考えてもあり得ない。しかし、果林の反応からするに、この部屋と違いがあるのは明らかだった。気にはなるが、俺のような分際で彼女の部屋に入り込むのもあれだし、とりあえずこの件は流すことにしよう。島だけに。なに考えてんだ俺。
「で、何か用か?」
「うん。とりあえず撮影は明日からの予定だから、今日はオフにしましょうってことを伝えに来たの」
果林は腕組みをしてそう言う。同じ東京都とはいえ、長旅の疲れもあるだろうし彼女も休みたいのだろう。てか、スクールアイドルフェスティバルから一日しか経ってないんだし、ここまでハードなスケジュールにしなくてもよかったんじゃないか、と思う。その辺は彼女のストイックさの表れなのかもしれない。
「了解。んじゃ、明日からよろしくな」
「こちらこそ。それで、光はこれからどうするの?」
「んー、何もないなら適当にぶらついて島の写真でも撮りに行こうかな」
そう言うと、果林はクスリと笑う。
「あなたならそう答えると思ったわ」
「しょうがないだろ。こんな所、普通は来たくても来られないからな」
目線を窓の外に広がる海に向けながら言う。来たことが無い土地だからこそ、テンションが上がるのはカメラマンの性質。ここならカメラのバッテリーがもつ限り、撮影に集中できるだろう。本音を言えば、果林にも一緒に来てもらいたかった。彼女が真ん中に立っているだけで、この景色は何倍も綺麗になって見えることだろうから。
「果林は何をするんだ?」
迷惑じゃなければ誘ってみようと思い、そう訊ねると彼女はすぐに答えてくれる。
「さっき、亮くんが観光するなら車を出してくれるって言ってたの。よかったら光も一緒に行かない?」
「え、マジか。超行きたい」
まさかの逆からの誘いに、思わず腰かけていたベッドから立ち上がってしまう。どんだけいい人なんだあのお兄さん。帰ったら学校の奴らにこの島に泊まるならここがオススメだ、と教えてやろう。
「なら決まりね。じゃあ私はリビングで待ってるから、準備ができたら降りてきてちょうだい」
「分かった。すぐに行く」
次話/果林めぐり