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朝起きる。枕元でアラームを鳴らしているスマートフォンを盲目的に掴み、その画面を見た。時刻は七時五十五分。八時過ぎから朝食を取る予定だったので、時間通りの目覚めだ。しかし。
「あ? …………なんだこれ」
スマホを握る手が妙に熱い。よく分からずディスプレイの中央付近に目をやると『未読メッセージ 138件』という謎の日本語が表示されているのに気づいた。
意味が分からず、寝ぼけた頭でパスワードを入力し、その内容を確認する。と、そのメッセージの宛先人がすべて『綾小路姫乃』であることに気づく。いやいや。
「…………どうしたんだよ」
朝起きたら学校のマドンナから百件を越えるメールが届いていた、なんて、よくあるラブコメ漫画の導入みたいだな、と思いながらその内容を読み始める。
遡っていくと、内容はスクールアイドルフェスティバルの写真を見たいから学校に来い、ということらしい。それはいいのだが、なぜ既読をつけない相手に対してこんなメッセージを連発できるのだろう。意味が分からない。
『明日、九時に写真部の部室集合でお願いします(*^-^*)』の三分後に『寝てるんですか? 先輩”(-“”-)”』と続き二分後に『もしかして無視してます?』という文がきて、その僅か一分後に『もしそうなら、どうなるかわかりますよね(^_-)-☆?』と。そこからは俺を如何にして屠るか、という旨の脅迫文が立て続けに送られてきていた。
ヤバいよ。もしあの子に彼氏とかできたら間違いなく大変なことになる。具体的に言うと束縛とか半端なさそう。あんな美少女に束縛されるなら本望だ、と思う男のロマン的な考えも無くはないが、それにしたってこれは見逃せない。重すぎだぜ姫乃ちゃん。朝っぱらからまた知りたくもないことを知ってしまった。
「まぁ」
どうせ果林の写真が見たいだけなんだろうから、また今度でも大丈夫だろう。そう思い、昨日の夜に果林&亮さんファミリーとともに撮った写真を『とりあえず、今こんな感じだから無理だわ(=゚ω゚)ノ』という文章とともに姫乃ちゃんに送っておいた。
「うおっ!?」
そして、送信した瞬間に既読が付き、それからノータイムでかかってくる電話。え、なに、怖。常にスマホ握りしめて生活してんのあの子。それとも俺のことちょっと好きだったりする?
『────どういうことですか、これ』
通話を開始した直後に聞こえてくる低い声。あまりにも迫力があり過ぎて一瞬誰のものか分からなかった。おかしいなぁ。こんな通話の入り方は誰にも教わらなかったぞ、俺。昼ドラのワンシーンみたいだな、とか思いながら口を開いた。
「いや、どういうことも何も」
そこまで言ったところで、あの子には果林の専属カメラマンになったことを伝えていなかったことを思い出す。仮にそれを知らせていたとしても怒らせてしまっていただろうけど。
『何も、なんですか?』
「姫乃ちゃん、今から話すことは全部本当のことだから、怒らないで聞いてくれ。実は」
そうして俺はこの前、偶然カフェで果林と再会し、読者モデルの事務所を紹介されたこと。それからその事務所と夏休みの間だけ契約し、彼女の専属カメラマンになった経緯を姫乃ちゃんに説明した。
本当はスクールアイドルフェスティバルの時に教えようとしたけど、ちょうどいいタイミングで果林が登場して言えなかったんだ。それから昨日、急にこの島に連れてこられた。そういうことを考えると、伝えられなかったのは仕方ないことだと思う。
「…………ってことなんだけど」
説明をし終わると、数秒の沈黙が耳元に流れる。ドキドキしながら次の声を待っていると、小さなため息とともに姫乃ちゃんが喋り出した。
『ふーん。スクールアイドルフェスティバルの時、なんだか妙に仲が良いと思っていたら、そういうことだったんですね。その件については納得しました』
「あ、ありがとう。助かるよ本当に」
『でも、さっきの写真はなんですか? 今すぐ、私が、納得するように、分かりやすく、簡潔に、説明してください』
言葉を一語一語切ってそう言ってくる姫乃ちゃん。ふえぇ、この子まだ怒ってるよぉ。耳元からでも濃厚な殺意がビシビシ伝わってくる。
「そ、その、昨日から仕事であの子の地元に来てるんだよ。それで今、一緒のゲストハウスに泊まってるん、だけど…………」
その言葉の後半になるにつれて、殺気が強くなってくるのが耳元から感じ取れた。ヤバい、あの子なら今すぐ飛行機に飛び乗ってこの島にやって来かねない。そして出合い頭に刺されそう。どうにかして納得してもらわなければ。俺の尊い命のためにも。
『冗談はやめてください。いくら先輩でも、ついていい嘘と悪い噓があるのは知ってしますよね?』
「いや、嘘をつくメリットが俺には何もないんだが…………」
『じゃあなんですか。先輩はいま、果林さんと一緒に島で二人きりのお仕事をしてるって言うんですか』
「ほぼ合ってるけど、姫乃ちゃんが言うとなんか違う意味に聞こえるんだがそれは? っていうか、なんで島にいるって知ってんの?」
『私を誰だと思っているんですか? 果林さんの出身地くらい知っていて当然です』
問いかけると、かなりキレ気味でそう返された。ファンの間では有名な話のかな。それとも、また彼女の極秘ルートから手に入れた情報なのかもしれない。その辺はどうでもいいのでスルーしとこう。
「そういうことだから、しばらくは帰れないんだよ。ごめん」
『…………私に許可もなく、果林さんと離島デートですかぁ…………ふーん』
「待つんだ姫乃ちゃん。数秒前に言ってたこととだいぶ外れてるよ? 大丈夫? 朝ごはんは食べた?」
突然なにを言い出すんだこの子は。怒り過ぎて俺の言ってる言葉が脳内で違うものに変換されてしまってるのかもしれない。しかも、この子にとっては悪い方向の物事に変えられてしまっている。ていうかそもそも許可ってなんだろう。この反応からして、もし事前に伝えていたとしても許されなかったと思うんだが。
『いいでしょう。ええ、いいでしょう。私は先輩の帰りを首を長ーくして待っていますから。次に会う時が楽しみです、ふふっ』
こわ、怖いよ。朝香果林しか勝たん!なあの子は本気で何をしでかすか分からない。良くて正座、悪くて鳩尾にナイフが突き刺さる、くらいの未来しか見えないんだが。今度部室に行くときには制服の下に防刃ジャケットを装着していくことにしよう。
「はぁ…………今回撮ったスナップ写真とか、仕事で使わないものは全部あげるから許してくれよ」
『本当ですかっ!?』
なんか一瞬で手のひら返してきたな。一気に声音が明るくなったぞ。興奮してる姫乃ちゃんの顔が目に浮かぶようだ。
「うん。今日は一日撮影だから、夕方にでも適当に送るよ」
『約束ですよ? 絶対ですからね? 嘘ついたら本気でお仕置きですからね?』
「はいはい。あんまり期待しないで待っててくれ」
『あ。ついでに果林さんの寝起き姿とか、お風呂上がりの写真もお願いします。それから、ま』
と、姫乃ちゃんのボルテージが上がり始めてきたところで一方的に通話を終了させた。これ以上聞いていたらスクールアイドルが言っちゃいけない言葉を耳にしていたかもしれないし。
今さらだけど、どんだけ果林のことが好きなんだあの子。島に来てることをこのタイミングで言っておいてよかった。もし帰った後にバレていたらガチで刺されていたかもしれん。
「…………でも」
おいしいところを独り占めしてしまっているのは事実だし、今日はしっかり良い写真を撮ろう。俺にできる罪滅ぼし(そもそも罪ではないが)は、果林の写真をあげることくらいだろうから。
ベッドから立ち上がり、朝飯前に顔でも洗うか、と思ってタオルを取りに行こうとした時、またスマートフォンが震える。
『楽しんできてくださいね、先輩。お土産話も待っています(*^-^*)』
画面に表示されたそのメッセージを読んで、思わず口元が緩む。
あの子と話すときはいつも果林が絡んでいるから、見るのは暴走した姿ばかりだけど、根は真面目で良い子なんだろう。じゃなければあそこまで沢山の人に愛されるスクールアイドルにはなれないはず。
それに、学校一のマドンナとこうして気軽に連絡を取り合えることの価値を、あの子はたぶん分かってない。俺なんかがその幸運を手にしてしまっていいのだろうか、と少し不安になるくらいだ。
「さーて」
今日も頑張るか、と気合いを入れるように背伸びをして、俺は部屋の扉を開けた。
次話/掃除ができない系スクールアイドル
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