瑠璃色のフリージア   作:雨魂

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掃除ができない系スクールアイドル

 

 

 ◇

 

 

 共同の洗面所で顔を洗ってからリビングに行くと、ダイニングテーブルには既に俺たちの分であろう朝食が並べられていた。そこまでは予想通りだったのだが。

 

 

「あれ」

 

 

 果林がまだ起きてきていないことに気づく。ちょっと意外だな。ストイックな彼女のことだから、俺よりも先に起きて準備をしてるもんだと思ってた。しかし、今回は事務所の目があるわけでもないので、時間の管理は俺と果林でしていいはず。昨日は結構歩き回ったし、疲れが残っているのかもしれない。

 

 本日の撮影場所やどんな画を撮りたいのかは、昨夜に二人で話し合って決めていた。自身初の特集ページに使用する写真だからなのか、果林はかなり気合いが入っている様子。俺もその思いに応えるため、けっこう些細なところまで打ち合わせた。だからこそ、起きていないのが少し心配。興奮して眠れなかった、とかだろうか。それなら別にいいんだが、他の要因だったらどうしよう。

 

 

「おはよう光くん。昨日はよく眠れたかい?」

 

 

 リビングで立ち尽くしていると、昨日とは違う柄のアロハシャツを着た亮さんが、サラダを盛った器を持ってキッチンから現れた。ダンディーな髭が朝日に煌めいている。いいな髭。俺も二十歳までに童顔のままだったら生やしてみようかな。

 

 

「おはようございます。おかげさまでぐっすりでした」

 

「それは良かった。朝ごはん、もうできてるから自由に食べてね」

 

「はい、ありがとうございます。というか亮さん」

 

「うん? 何かな」

 

「果林はまだ起きてないんですか?」

 

 

 質問すると、亮さんは手に持った器をテーブルに置いてから答えてくれる。

 

 

「まだみたいだね。冷めるのももったいないし、よかったら起こしてきてくれるかな」

 

 

 そう言われ、俺は頷く。それもそうか。もしまだ寝ていたとしても扉の外から声をかけるだけで効果はあるだろう。私生活もしっかりしていそうなあの子なら、きっとそれだけで起きてくれるはずだ。

 

 

「分かりました。じゃあ行ってきます」

 

「うん、よろしくね」

 

 

 俺はまた階段を上がり、突き当りの右側にある部屋の前に立つ。それからその扉をノックしてみた。だが、向こう側から物音は聞こえてこない。しょうがない。声をかけてみるか。

 

 

「果林ー、朝ごはんできたってよー」

 

 

 そんな感じで名前を読んでみるが反応はなし。

 

 何回かノックと声かけを繰り返しても出てくる素振りすらない。仕方ない。無理やり起こすのも忍びないし、降りて先に食べておこう。

 

 

「ん?」

 

 

 そう思いながらふとドアノブを軽く握ると、部屋の扉に鍵がかかっていないことに気づく。

 

 不用心だな。他の客はいないから施錠しなくてもいいのは分かるけど、仮にも同い年の男が隣の部屋で寝ているのだから、その辺は用心してほしい。あの子に何かをする勇気など、これっぽっちも持ち合わせてはいないが。いや、そもそも俺は果林に男として見られていないのかもしれない。だから鍵が開いたままだったんじゃないだろうか。もしそうだったら結構凹む。

 

 

「…………」

 

 

 しかし、これだけ声をかけても反応が無いというのは少しおかしい。本当に彼女の身に何かがあったのかもしれない。まさか、鍵が開いているのは事件に巻き込まれてしまったせいだったり、とか。それで後々大ごとになるのは、一緒に仕事に来た人間としていただけない。なら、ここは気合いを入れるしかない。怒られたらその時はその時だ。

 

 

「果林? 入るぞ」

 

 

 意を決し、そう声をかけてからそっと部屋の中に入る。泊まっている部屋とはいえ、女の子が寝ているところに入っていくのはかなり緊張する。だが、これも仕事の内。モデルが仕事をしなければ、カメラマンの俺もその役目を果たせないのだから。

 

 これも仕事、これも仕事…………と自分に言い聞かせながら部屋に足を踏み入れ、その状況を確認する。

 

 

「って…………なっ!?」

 

 

 そして、俺は思わず声を上げた。

 

 予想外過ぎるその現実に、弛緩していた思考回路が一気に働き始めたのが分かった。

 

 果林の部屋の中はカーテンが閉め切られ、薄暗い。それならまだ分かる。だが、床中には衣類や化粧品の瓶が散乱し、もはや足の踏み場が無い。それはまるで強盗が入ったような惨状。こんな酷い状況になっていて、何もなかったわけがない。

 

 

「まさか、果林────」

 

 

 焦りを声に出し、亮さんを呼んで来ようと思った時、ベッドの上でモゾモゾと動く影を見つけた。

 

 

「…………?」

 

 

 困惑しながらその生き物?を見つめていると、かかっていた水色のタオルケットが剥がれ、その中にいた影が姿を現す。

 

 

「なぁに? もう朝なの?」

 

 

 そして、そこから現れたのは眠そうにしている朝香果林。

 

 その様子からして、どうやら何か事件的なものに巻き込まれたわけではないらしい。だが、あまりに刺激的すぎるその姿を見て、俺はそこに立ち尽くしたまま絶句してしまった。

 

 

「────」

 

 

 ノースリーブの肩紐の片方が二の腕の方へと下がり、ただでさえ主張の激しい大きな胸がかなり危ない状況に。彼女のトレードマークっぽい左鎖骨にある三つ並んだホクロが妙に色っぽくて、どうしてもそこから目が離せなくなった。なんだこれ。そういう類の魔法? 

 

 

「ご────ごめんっ。声をかけても起きなかったら、つい」

 

 

 しかし、理性を総動員させ、強烈な名残惜しさを感じながらも気合いで視線を逸らす。いろいろとおかしい現実に頭がどうにかなりそうだったが、何とか弁明することができた。すると、果林はベッドの上であくびをしてから眠そうな声で応えてくれる。

 

 

「別にいいわよ。起こしに来てくれたんでしょ? 時間通りに起きられなかった私が悪いわ」

 

「それはそうかも、だけど」

 

 

 そこまで言ったところで、再びこの部屋の惨状に意識が向く。

 

 何度か深呼吸をし、冷静さを取り戻してから俺は訊ねた。

 

 

「てか、この部屋はなんだ。何があった」

 

 

 俺が知らない間にハリケーンでも通り過ぎたのだろうか。わりと本気でそんなことを考えていると、ベッドの縁に腰掛けた果林はこくりと可愛らしい感じで首を傾げた。いや、なんでだよ。

 

 

「ん? 何かおかしいかしら?」

 

「…………はい?」

 

 

 寝ぼけて言っているのか、それとも高度な冗談を言っているのか分からず、数秒間固まってしまう。

 

 そうして、窓の外から聞こえてくる鳥のさえずりに耳を澄ませていると、昨日この星空荘に着いてから俺の部屋に入ってきた時に見せた果林の不可解な反応を思い出した。まさか、こいつ。

 

 

「果林、ひとつ質問させてくれ」

 

「なによ藪から棒に」

 

「お前、もしかして整理整頓&掃除ができない人間か?」

 

 

 思い切ってそう訊ねてみる。俺の予感が外れていなければ、この女は間違いなくそうだ。そして、こういう奴ほどこの質問にはこう答える。

 

 

「そんなことないわ。普通よ、普通」

 

「オーケー分かった。もう何も言わんでいい。朝飯できてるから、とりあえず顔洗ってこい」

 

 

 寝ぼけ眼を擦りながら胡坐をかく果林に向かって、俺はそう言い放つ。予想してた答えがまさか一言一句合ってたことに対して、なんだか非常に残念な気持ちを抱いてしまったのは仕方ないと思う。

 

 

「なによもう」

 

 

 俺のドライな反応が気に食わなかったのか、果林は謎の膨れっ面を浮かべながらもそもそとベッドから降りていく。その足元をよく見ると、彼女のものであろう下着やら水着やらが何枚か落ちていたが、何故か今は何も思わなかった。畜生っ、俺の純情を返せ! 

 

 どうやらこの子は、どうでもいいことに関してはとことんどうでもいいと思ってしまうタイプの人間らしい。俺は今日、そんな知りたくもないことを知ってしまった。半日でこの状態とか、虹ヶ咲の寮の部屋はどうなってんだ。人の住める環境にあるのだろうか? まぁ、あのエマって子が定期的に訪れて、果林の代わりに片づけをしている光景は容易に想像できるけど。

 

 また彼女の新たな一面を知れたのはいい。だが、なんかちょっと頭が痛くなってきた。彼女のこんなところを姫乃ちゃんが見たら、ショックで頭がおかしくなって海に飛び込むんじゃないだろうか。このことは誰にも言わないでおこう、と強く胸に刻んだ。

 

 

「じゃあ顔洗ってくるわね」

 

 

 その辺の床に落ちてるタオルを拾い上げ、まだ覇気のない声を出して部屋を去っていく果林。その背中を見送ってから、俺は特大のため息を吐いた。

 

 いつもとのギャップがあり過ぎて、この突飛な現実に頭がついて行かない。さらに、散らかったこの部屋をそのままにして朝飯を食いにいくのはかなりバツが悪い。しかも、あのタイプは掃除をしろと言っても絶対に聞かない。そもそも散らかっていると思ってないので、どんだけ言っても無駄なんだ。

 

 

「…………仕方ねぇ」

 

 

 だから、こういう場合はそばにいる奴がどうにかするしかない。俺はボヤキながら、とりあえず近くに放置されていたTシャツを畳み始めた。旅行をするだけの量しか持ってきていないだろうし、急げば果林が顔を洗い終わるまでに終わらせることができるだろう。

 

 人生で初めて同級生の女子の下着に触れたというのに、それはもうただの色のついた薄い布、くらいにしか感じなかった。返して! ついさっきまで女の子に幻想を抱いてた俺の青い気持ちをマジで返して! 

 

 

「ん?」

 

 

 そうして色とりどりの下着やら化粧品やらを片付けていると、あるものが目に入った。

 

 それだけは衣装カバーに入った状態で皺が寄らないよう、大事そうに床に置かれている。

 

 ここまで乱雑に衣類が放置されているのに、それだけは汚さない配慮がされているように見えた。まったく、それならちゃんとクローゼットに入れとけっての。

 

 

「あ…………」

 

 

 そう思いながらその衣装カバーを持ち上げると、中に入ったものが何なのか分かってしまった。

 

 でも、どうしてあの子は()()()()()を持ってきているんだろう。今回はそんな予定、入ってるはずないのに。

 

 そんな疑問を抱いたが、掃除をする手を止めるわけにもいかなかったので、俺は何も考えずにその衣装カバーの中に入ったものをクローゼットに仕舞った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 亮さんが用意してくれた朝食を二人で食べてから、一時間後に玄関前に集合する約束をし、俺たちはそれぞれの部屋に戻った。

 

 大変な有様になっていたあの部屋はとりあえず掃除したものの、それを見て彼女は何を思うのか。たぶん何も思わないな。あの様子じゃ、俺に私物を触られたことも気にしないだろう。なんかそこはかとない悔しさを感じるが、仕方ない。あれは軽い事故だったと思うことにしよう。じゃないと果林を見る目が変わってしまいそう。

 

 そんなことを考えながら撮影機材を準備し、セカンドバッグを肩に掛けて外へ出た。途中でリビングを通ったが、どうやら亮さんは星空荘を留守にしてるみたい。あの人だって仕事があるんだろうし、甘えてはいられない。今日の移動は徒歩かタクシーを使うことになりそうだ。

 

 

「ん。ようやく来たわね」

 

「ああ、お待たせ」

 

 

 そうしてドアを開けると、その先には意外にも果林が俺より先に玄関前に立っていた。

 

 今日の彼女の格好は、シンプルなグレーのTシャツにデニムのショートパンツ、足元はフェミニンなサンダルといういつもより割とラフな印象。それも、これから海に行って水着になるという理由があるからだろう。言ってみれば女の子的には気を抜いた感じの服装なのに、彼女が着るとなんでもサマになるから不思議だ。彼女のファンならこのコーデを真似したりするんだろうな。

 

 そして、彼女の傍らには一台の自転車が置かれている。なんぞこれ。

 

 俺がそのママチャリを見て疑問に思っているのに気づいたのか、果林はふっと笑みを浮かべる。そして、そのサドルをポンと叩いた。

 

 

「じゃあ行きましょうか」

 

「え。これで行くのか?」

 

「そうよ。亮くん、今日は一日仕事があるって言ってたから、移動手段としてこれを借りたの。荷物を持って歩き回るのも大変でしょ」

 

「それはそうだけど、一台しかないのか?」

 

「一台で十分よ。よろしくね、運転手さん」

 

「やっぱそうなるのか。だいたい分かってたけどさ」

 

 

 どうやらそう言うことらしい。でも、まだ免許も持っていない高校生にはちょうどいいチョイスだろう。島の爽やかな空気を肌で感じながら、二人でサイクリングをするのも悪くはない。

 

 前かごに果林の荷物を積み、俺の荷物は肩に掛けたままで行くことにした。撮影用の機材が入っているため結構重いが、振動で精密機械を壊すわけにもいかないので仕方ない。

 

 

「よい、しょっと」

 

 

 サドルに跨ると、続いて果林も横向きで後ろの荷台に座る。それから、片腕を俺の腰に回してくる。そうしないと危ないのは分かっているけど、嫌でも密着する身体の感触と香水の香りに戸惑って、少しだけ意識がクラッとした。

 

 

「…………」

 

「ん? なぁに光。もしかして緊張してるの?」

 

「う、うるせぇな。これが普通の男子高校生の反応なんだよ…………たぶん」

 

 

 態度があからさまに変わったのに気づいたのか、後ろに座る果林がそう言ってくる。落ち着け俺。心頭滅却すれば火もまた涼し、っていうじゃんか。無心になれば背中に押し付けられるこの柔らかい感触も感じなくなるはず。もはやこれから少しの間、自分は自転車を漕ぐだけの機械だと思い込めばいいんじゃないだろうか。よし…………ナニモカンジナイ。オレハロボット、オレハロボット。

 

 

「ふふ、そうなのね。覚えておくわ」

 

「っ…………」

 

 

 そう言いながらギュッと、さらに密着してくる果林。そのせいでアンドロイドになりかけていた俺の意識は一瞬で人間に戻った。頼む煩悩よ、ちょっとの間だけでいいからどこかに行ってくれ。

 

 まぁ、気にし過ぎていてもダサいし、とりあえず走り出すことにしよう。自転車の操作に集中していれば、気にならなくなるかもしれないし。

 

 

「…………行くぞ」

 

「うん。安全運転よろしくね、光」

 

 

 そうして、俺たちは自転車を二人乗りして撮影ポイントへと向かった。

 

 そこに着くまでの間、心臓の高鳴りがずっと治まらなかったのは、夏の暑さのせいにしておこう。

 




次話/花言葉

-6
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