瑠璃色のフリージア   作:雨魂

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読者モデルの彼女

 

 

 

 ◇

 

 

 一日、また一日と。ほぼ何もせずに高校最後の夏休みが過ぎ去り、そうして約束の週末がやってきた。

 

 果林に言われた通り、俺は電車を何本か乗り継ぎ、都内にあるファッション雑誌の事務所とやらに来ていた。そこは大通りに面しているビルの中にあるらしく、怪しい雰囲気とかは漂わせていない。ビルに入った途端、暗い部屋の中に引きずり込まれて見知らぬチンピラに身につけているものを全部剥がれたりしたらどうしよう、とか考えてしまっていたからよかった。あの朝香果林が所属している事務所なんだから、心配する必要はないはずなんだけど。

 

 一面ガラス張りのオシャレなそのビルに足を踏み入れ、テナント看板に記された事務所の名前を確認した。果林からもらった名刺に書かれた()()は三階にある。

 

 エレベーターに乗って目的の階で降りると、その先の廊下には独特の静けさがあった。なんというか、仕事をしている人が同じフロアに沢山いる、みたいな。俺のような社会のことを何も知らない高校生がその人たちの邪魔をしないか、と少しだけ不安になる。だが、ここで挫けてはいけない。俺にだって目的はある。やりたいことのためなら、怖くても行かなきゃ。

 

 フロアを少し歩くと、ファッション雑誌の名前が記された扉を見つける。一度息を吐き、ノックをしてからそこを開けた。

 

 

「失礼します」

 

 

 そこは意外にも広い部屋だった。そして、その雰囲気には見覚えがある。事務所、というくらいだからデスクが並んでいて、そこに何十人もの人たちが座って仕事をしているところを想像していたのだが、どうやら違ったらしい。

 

 純白の背景紙の前に置かれたストロボや、数台のカメラと三脚にアンブレラなど。写真を撮る者なら誰しも知っている機材が置かれたその場所は、どこからどう見てもフォトスタジオ。

 

 足を踏み入れ、人影を探す。だが、物音ひとつしない。まいったな。なんか勝手に入り込んだ感じになってる。知らない人にバレたら通報とかされたりしないだろうか。勢いに負けたら何もしてないのに自首しちゃいそう。

 

 

「星くん」

 

 

 そんなことを考えながらスタジオ内で途方に暮れていると、奥の方から声を掛けられる。視線を向けるとそこには見知った瑠璃色の女の子がいて、彼女はゆったりとした足取りでこちらに歩いてくる。そこまでは良かったのだが、その大胆な格好を見て俺はまた視線を泳がせた。

 

 

「よ、よう…………いや、なんで水着?」

 

 

 何とか声をかけるけれど、直視はできない。当たり前だろ。こんな綺麗な子の水着姿を真正面からじろじろ見られるほど肝は据わっちゃいない。

 

 果林はそれで自分の格好を思い出したのか、ああ、と軽い声を零して俺の数メートル手前で足を止めた。

 

 

「今日は新作の水着の撮影だったのよ。どうかしら?」

 

 

 そう言って、あの妖しげな笑顔を浮かべる果林。この女、俺が動揺してんのを楽しんでやがるな。仕返しをするというわけではないが、それに近い感情を心の水面に浮かべながら、その姿に目を向けた。

 

 トップの紐が胸元で交差した黒のクロスデザインのトップスと、ボトムは白と黒のグラデーションレースタイプの水着。露わになる白い肌と細長い四肢は、嘘みたいに清艶だった。

 

 春に彼女と出会ってから何冊かファッション雑誌を読んだおかげで分かってはいたものの、その高校生離れしたスタイルは生で見るとマジでとんでもない。見ているだけで金を払わなければならないのではないか、と思ってしまうレベル。それはなんというか、無意識に作られたものではなく、血も滲むような努力を積み重ねて作り上げられたプロポーションであることが理解できた。

 

 もうホント勘弁してくれ、と言いたい衝動に駆られたが、感想を求められている以上、答えないのは男としてナンセンス。ここはビシッと言ってやるべきだろう。

 

 

「なんていうか、その…………似合ってる、と思う」

 

「ありがとう。嬉しいわ」

 

 

 死ぬほどの勇気を出していった称賛をさらっと流される。それを聞いて軽く落ち込んでしまった。

 

 出会った時もそうだったが、この子はやっぱり自分を褒められ慣れている。今さら俺みたいな奴にそんなことを言われようが、ほとんど何も思わないのだろう。

 

 そう思っていたのだけれど、果林は一歩こちらに近づいてくる。そして彼女は言った。

 

 

「あなたの感想は、大人たちの建前とは違う感じがして、好きよ」

 

「な…………っ!」

 

「ふふ、照れちゃって可愛い。今のあなたも写真に撮ってあげたいくらい」

 

 

 そう言ってクスクス笑う果林。今日は相当調子がいいのか何なのか、からかいにもキレがある気がする。いや、これはあれか。自分が最も輝ける土俵にいるからこそ、そこに現れた俺を弄ぶだけの余裕があるってことだろう。

 

 

「ど、同級生の男をからかって楽しいか?」

 

「ええ、とても楽しいわよ。星くんはいちいち反応が純粋だから、もっと遊びたくなっちゃう」

 

 

 小悪魔っぽい笑顔を浮かべながら近づいてくる果林。いや、これ以上接近されると理性的にまずいので本当にやめてほしい。

 

 

「頼むからほどほどにしてくれ。で、今日は仕事の紹介をしてくれるんじゃなかったのか?」

 

 

 若干身を引きながら話題を変えると、果林はそういえば、みたいな顔をする。いや、忘れてたのかよ。

 

 

「そうね。まずは代表に紹介するわ、ついてきて」

 

 

 果林はそう言ってスタジオの奥へと歩いて行く。俺はその背中を追うように歩き出した。

 

 フォトスタジオの奥のスペースには何台かのPCが置かれており、そこで撮った写真の確認なんかを行うようだった。カーテンで仕切られているあそこは、多分モデルさんたちの更衣室。それを認識した途端、なんだかちょっと気持ちが落ち着かなくなった。鎮まれ、俺の煩悩。

 

 

「代表、この前言っていたカメラマンを連れてきました」

 

 

 そのスペースの真ん中に座り、PCをいじっていた女性に果林は声をかける。その人はこちらに気づくと、咥えていたタバコを机の上に置いた灰皿に押し付けてから立ち上がった。

 

 

「────ああ、あなたが果林ちゃんが言っていたカメラマン志望の男の子ね」

 

 

 背の高い金髪の女性。かなり若く見えるが、おそらく年齢は俺の母親とそう変わらないだろう。こういう業界にいると見た目にも気を遣うのかな。この人もモデルとかやってたのだろうか、と変な想像をしながら頭を下げた。

 

 

「初めまして、藤黄学園三年の星光です」

 

「ホシ、ヒカルくんね。うん、よろしく。あたしはここの事務所の代表をしてるミドリよ」

 

 

 自己紹介をすると金髪の女性、ミドリさんは握手を求めてくる。それに応じて手を差し出すと、細い手に軽く手を握られた。どうでもいいが、この人は俺の名前に違和感を覚えないようだ。そういう人もごくたまにいるので驚きはしない。

 

 

「よろしくお願いします」

 

 

 手を放して言うと、ミドリさんは腰に手を当てて口を開く。

 

 

「それで、星くんは果林ちゃんと専属契約をしたいってことでいいのよね?」

 

「? 専属契約?」

 

 

 なんだか早速よく分からない単語が出てきた。疑問符を付けて言葉をリフレインすると、ミドリさんが説明してくれる。

 

 

「うちの事務所は基本的にフリーのカメラマンと短期で契約しているの。できればあなたにも他の子の撮影をお願いしたかったんだけど、さすがに高校生にそこまでの仕事を預けるのもあれだしね」

 

 

 ミドリさんは果林の方をちらっと見てから続ける。

 

 

「前々から、うちの雑誌でいちばん人気のある果林ちゃんには専属のカメラマンをつけたいって思っていたのよ。それで腕のいいカメラマンを探していたら、果林ちゃんがあなたのことを教えてくれてね」

 

「なるほど」

 

 

 それで今回、俺に白羽の矢が立ったというわけか。でも、それって。

 

 

「もちろん、こっちはビジネスでやってるから腕が良くなければ契約はできないわ。なので、今日はこのスタジオで面接を兼ねてちょっと試験をします。カメラは持ってきてるわよね?」

 

「はい。準備はしてきました」

 

「よろしい。じゃあ、早速やってみましょうか。果林ちゃん、準備できてる?」

 

 

 とんとん拍子で話を進めるミドリさんが訊ねると、俺の傍らに立つ果林はこくりと頷いた。

 

 

「いつでもどうぞ」

 

「よーし。ならレッツ撮影よ」

 

 

 意気揚々と言って、スタジオの方へと歩いて行くミドリさん。

 

 残された俺は、わずかな緊張を覚えながらそこに立ち尽くしていた。たぶん、プレッシャーを感じているのだろう。自分のカメラの腕が、プロの人と比較されてどう見えるのか。本当に、金を出すほどの価値があるのか。

 

 

「大丈夫よ」

 

 

 果林に肩に手を置かれ、そう言われる。根拠のない言葉だったけど、妙に背中を押される感じがした。

 

 

「あなたはあなたが撮りたいように撮っていいわ。あとは私に任せて」

 

 

 他人任せでいいのか、と疑いを持ちそうになるが、彼女がそう言ってくれるのならその通りにする他ない。

 

 俺には才能があるわけじゃない。でも、この子を綺麗に撮りたいという気持ちは他のカメラマンに負けない。だったら、その思いだけを持ってシャッターを切ればいい。

 

 

「…………分かった。じゃあ、よろしく」

 

「ええ、よろしくね、星くん」

 

 

 そう言い合い、俺たちも先ほどのスタジオへと戻った。

 

 




次話/君を撮る使命


※以降、月、水、金に更新
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