◇
「じゃあいいか、果林」
「ええ。いいわよ」
「なら、そっちに立ってくれ」
少しのあいだ機材の準備をしてから、俺のスタンバイが完了するのを椅子に座って待っていた果林に声をかけ、背景紙の前に立ってもらう。
実家が写真屋ということもあり、こうやってモデルを撮るのは初めてではない。むしろ静止してくれている分、景色よりも撮りやすいのがポートレートの良いところ。ライブステージなんかと比べたら、その難易度には天と地ほどの差がある。しかし、それは撮りやすさの話。良い写真を求めるならば、モデル撮影の方がよっぽどテクニックが必要となる。でも、ここで日和っていては絶対にいいものは撮れない。自分の実力が通用するかどうか。腕試しをする気持ちでチャレンジしてみよう。
「じゃあとりあえず、最初は照明ひとつのパターンで撮ろう。それから徐々にライティングを変えていくよ」
「了解。ポーズはどうする?」
「その辺は何枚か撮っていってから、フィーリングで言っていく。最初は自信のあるポージングをとってくれ」
「分かったわ。あ、セクシーなのも欲しいかしら? 欲しいならとってあげるわよ」
「…………い、いらん」
「見たくないの?」
「見たい」
「そこは正直なのね」
思わず真顔で答えてしまうと、果林はクスクス笑う。こればっかりは仕方ない。俺だって男だ。その二択だったら見たいに決まってる。だが、今から撮るのはティーン向けのファッション誌に載る写真。男が見たがるグラビアっぽいものは畑違いだろう。だから、そういうポージングは今回は無しだ。……非常に残念だが。
「ていうか、そういうのも撮ったりすんの?」
「まぁね。特に中年のカメラマンに撮られるときは、そういう要望が多いわ」
「マジか」
嫌そうな顔をせずに語る果林に、素のリアクションを返してしまう。そして、何となくもやもやっとした謎の感情を覚えた。なんだろ、この気持ち。まぁいいか。
「安心しろ。俺はそんな要求はしない」
「ふふ、そう。でもそうね。知らない男の人にそういう姿を見られるより、同級生の男の子に見られる方が私も緊張するわ」
「あ、でも最後に一枚だけお願いします」
「良い写真を撮ってくれたら、ご褒美に撮らせてあげる」
俺のお願いに悪戯そうに微笑む果林。よし、気合いが入った。いや、これはあれだよ。撮影前にお互いが心を通わせるための軽いジョークみたいなもんだよ? 決して同い年の子のセクシーな写真を撮りたいがために頑張るんじゃない。ホントウ。ヒカル、ウソツカナイ。
そんな話をしてから、セッションを始めた俺たち。
さすがは人気読者モデル。自分がどうすれば可愛く且つ、魅力的に見えるかを把握している。しかも、今回は果林自身だけではなく、彼女が身につけるその水着の魅力まで引き出さなければならない。それも予測して、彼女は様々なポーズや表情を作っていく。俺は果林についていくようにしてシャッターを切った。
静かなスタジオ内に響くストロボのチャージ音。初めはぎこちなく、音が鳴るタイミングもバラバラだったが、徐々にそのテンポが一定になってくる。それは、俺が撮りたい構図を見つけるのと、果林がポーズをとるタイミングがバインドし始めた証拠。
セッション初めは果林が自由にポージングし、それを俺が切り取っていくだけの作業だったが、中盤からはこちらからも彼女に要望を出し、朝香果林をより綺麗に撮るための流れが出来上がっていった。
「ふふっ、じゃあこれは?」
「ああ、それいいな」
時折そんな会話を挟みながら、セッションを進めていく。これは単なる予想でしかないが、俺ひとりが楽しさを感じているだけではなく、果林も同じようにこの瞬間を楽しんでくれていると思った。なんというか、伝わってくるんだ。ファインダーを通すと、彼女の外見だけではなく、その感情が透けて見える気がする。こんな感覚になったのは俺も生まれて初めてだった。
スポーツ選手は試合中にゾーンに入る、という感覚を覚えると聞いたことがある。もしくはフロー体験、マラソン選手で言えばランナーズハイともいうらしい。いずれでもいいが、それは集中力が最大限に高まったときに起こる現象で、一旦それに入ると感じたことのない高揚感が全身を包み込むという。
上手く表現できないけど、これは多分その感覚に近い。どのタイミングでシャッターを切ればいいのかが無意識に分かる。そして、果林も俺が何を求めているのかを口に出さずとも理解し、動いてくれる。
こうしたまま、何時間でもいられる気がした。やっぱり、俺はこの子を撮ると心が躍る。何故なのかは分からない。でも分からなくていい。ただ彼女を撮り続けていたい。シャッターを切る度に、その気持ちが強くなっていく。
もっと、もっと良い写真を残したい。求められるのならば、俺はどこまでもついて行こう。彼女がどこかに行こうとして、途中で迷子になってしまっても構わない。この子と一緒ならそれも悪くない。そして、様々な色彩に移り変わる朝香果林を写真として残していたい。そうすれば俺はまたあの原風景に辿り着ける。
今は確かに、そんな気がしていたんだ。
◇
「グレーイトッ、かなり良い感じね星くんっ!」
「は、はぁ」
十五分ほどのフォトセッションを終え、俺は撮った写真が保存されているPCの前で興奮するミドリさんからフィードバックをもらっていた。ミドリさんは俺が撮った果林の写真を見て激しく頷いている。激しすぎてもはやヘッドバンキングみたいになっちゃっていた。大丈夫かこの人。
「技術面も問題ないし、何より果林ちゃんとのセッションを楽しんでたあの感じっ。あれはこの子をエロい目で見るカメラマンのおっさんたちでは出せないわぁ。うーん、若いっていいわねぇ。良いなぁ、あたしも青春したいなぁ。娘の制服着てもまだいけるかしら? ぷふー、そしたら星くんに撮ってもらおーっと。ごめんねぇ果林ちゃん、あなたの専属カメラマンお借りしちゃいまーす、グフフ」
「…………なぁ」
「良い写真が撮れると代表はいつもこうなるのよ。気にしないでいいわ」
呆れ顔でラッシュガードを羽織る果林。鼻息荒くPCに張り付いているミドリさんはよく分からない独り言を呟き続けている。もうなんか怖いよこの人。姫乃ちゃんといい、果林を好きになると頭がちょっとおかしくなってしまうのだろうか。もしくはもともとおかしい奴が果林を好きになるのかもしれない。どっちでもいいな。
「それで代表。彼は合格なんですか?」
果林が訊ねると、ミドリさんはガバっとPCから顔を上げる。そして獲物を狙う虎のような目をこちらに向けてきた。だから怖いって。
「もちろん合格よっ。あー、でも夏休み期間中だけの契約だから、仕事量は思ったよりも少なくなっちゃうかも。あ。ならいっそうちの事務所に入社して、読者モデル専門のカメラマンになってみないっ? そうすれば果林ちゃん以外の女の子もいっぱい撮れるよ星くん!」
「私たちは高校生ですよ、代表。暴走し過ぎです」
「え~、でも果林ちゃんだって星くんがうちに入れば良いっておもわなーい?」
「…………それは、ちょっと思うけれど」
突っ走るミドリさんを治めようとした果林は、そこまで言って一度口を閉じた。しかし、すぐに続ける。
「とにかく。これで彼は私の専属カメラマンとして契約するんだから、ちゃんと仕事を入れてくださいね」
「はーい。良い仕事取れるようにお姉さん頑張るねぇ」
お姉さんて。見た目は若くても明らかに俺たちよりも二倍は長く生きているだろうに。その表現を自ら使うのはなんというか、ちょっと痛いです。
興奮を治めることなくPCに顔を戻すミドリさんを他所に、果林は俺の方へと近づいてくる。
「それじゃ、よろしくね星くん」
「あ、ああ。こちらこそよろしく」
こちらへ手を差し出してくる果林。少し戸惑ったが、すぐに片方の手を出す。
そんな感じで、俺は読者モデルの朝香果林の専属カメラマンとして短期の契約をすることになった。報酬ももらえるようだし、夏休みはバイトを増やそうと思っていたのでちょうどいい。
それに何より、また彼女を撮れることを嬉しく思う。
そんなことを考えながら、俺は重ねられた手を握り返した。
次話/スクールアイドルフェスティバル