気付いたら赤くなっていたので驚きです、感想もありがとうございます。
頭の中の妄想を文字に起こしてくれる機械が欲しい。
達也がモノリスコードで大活躍したその翌朝、俺と深夜はホテルのロビーで達也と深雪を待っていた。
今日は深雪がミラージ・バットの本戦に出るが、その前に直接会って話したいと昨夜に連絡が入ったのだ。
試合前ということで約束の時間はやや早めだが、俺も深夜も眠気は無い。
深雪の活躍を目に焼き付けるのだから、抜かりはしない。試合の動画のデータを貰う申請も済ませた。この上なく万全である。
今は深夜と同じソファに座って、紅茶を味わいながらのんびり過ごしている。口に広がる香りと体が沈むほど柔らかいソファ、そして隣から伝わる温かさでとてもよくリラックスできる。
そういえば待ち合わせの提案は達也からだったが…………俺にはわかる。
これは本当は俺に直接応援して欲しくなったけど自分から通話しないでと言った手前引っ込みがつかないため達也に言わせることで気まずさを紛らわしつつ俺たちと会う約束を取り付けたいという深雪の気持ちの表れだ(早口名推理)
………昨日にぽろっと出た言葉とか深夜の言うこととかが本当ならね。
大丈夫大丈夫、深夜が言うんだから間違いない(震え声)
「いつも通りにしていれば大丈夫よ、龍郎さん」
あっ、また読まれた。俺のことを本当によく見ていてくれているんだな……やっぱり深夜はかけがえのない大切な人だ。
ほら、深夜は今も慈しみを込めて俺を見てい………お前さては何か企んでいるな??
いつもの笑みにしては口角がちょっと高めなのがその証拠だ。
「……もしかして、二人に何か伝えたか?」
「ふふ、そうよ。厳密には深雪さんにだけだけど……悪いことにはならないから安心して頂戴」
「…わかった」
深夜が言うんだから間違いない!!
・・・・・・
龍郎さん、また不安になっているわね……
心の底から私たちを愛してくれているあなたを達也さんと深雪さんが疎むなんて、そんなことは有り得ないのに。
「あなたの愛情は、二人に確りと伝わっていますよ」
「…っ!……そ、そうか」
──勿論、私にも、ね?
……なんて、わざわざ口に出さなくとも、龍郎さんには私の表情で伝わってしまう。
現に龍郎さんは少し驚きつつ、視線を私から外したり戻したりして照れている。そういうところがかわいいのよね。
それにしても、お互いをお互いが深く理解して信頼し合うことの、なんと心地の好いことか。
龍郎さん……幸せを教えてくれた、私の愛しい人。
死ぬ運命にあった私のために、深く癒えない傷を負うはずだった真夜のために、その人生を捧げてくれた人。
家族のために生きてくれる、確固たる覚悟を持った人。
あなたに出会えて本当に良かった……この想いは、決して褪せない。
──褪せさせないし、二度と手放したりしない。
真夜に少し悪い気もするけれど、やはり妻という立ち位置は譲れないわね。
………真夜が不貞腐れないよう、夏休み中に本邸へ一度戻らないといけないかしら。
今後の予定を考えていると、足音が耳に入った。
数は二人……達也さんと深雪さんのようね。
「龍郎さん、二人が来ましたよ」
「ん、そうか」
ソファから立ち上がる龍郎さんは、誰から見てもわかるほどわくわくしていた。
昨日に話したとはいえあれは画面越しだったものね…直接会うことが余程嬉しいみたい。
九校戦のために一週間以上も離れていたのだから、そう思うのも当然かしら。
かく言う私も、二人に会えて嬉しいことに違いはないもの。
「待たせてしまったか?」
「いいや、気にしなくていいさ……二人とも、おはよう」
「おはよう、父さん。母さんもおはよう」
「ええ、おはようございます……深雪さん?」
「えっ、あ、おおはようございます!!」
……あらあら。
深雪さんったら、思った以上にぎこちなくなっているわね。
達也さんの陰に入ろうとしてしまって……あぁ、龍郎さんの表情が若干悲しそうに……
ここは私が何とかしましょうか。
「深雪さん、ちょっと」
「あっ、お母様……」
「龍郎さん、少し待っていて」
「あ、ああ」
達也さんに目線で合図を送り、龍郎さんに声が聞こえないような所まで深雪さんを連れていく。
達也さんとの会話で深雪さんから意識を逸らしている間に、この子の緊張を解してあげないと。
「深雪さん、昨日に送った内容は覚えているかしら?」
「はい……覚えては、いますけど…あ、あんなこと私には出来ないですっ!」
「ふぅん……昔は、ぱぱーって言いながら所構わずやっていたことでしょ?」
「それはっ、昔は昔!今は今です!あの時はまだ幼かったので…」
「じゃあ、今はやりたくないの?」
「そんなことは!…ない、ですけど」
「けど?」
「うぅ………だ、だって、恥ずかしいじゃないですかぁ……」
これは……思春期であることも相まって龍郎さんのことを意識し過ぎてしまっているわね。
緊張を解すことが難しいとなると、荒療治が必要かしら。
「そう。そしたら私がついているから、昨日話したことは忘れて落ち着くことを意識しなさい」
「は、はい」
「気を張らなくても大丈夫よ。ひと息入れて」
「すぅ……ふぅ……」
「…よし。それじゃあ、行きましょう」
まだ少し表情の硬い深雪さんの両肩を押しつつ、龍郎さんの方へと向かう。
「もう、よしてくれ、父さん……」
「何を言う。お前の頑張りを褒めるのは当然のことだろう。よく頑張ったな!」
達也さんは……龍郎さんに頭を撫でられているわね。
流石の達也さんも龍郎さんには弱く、わしゃわしゃとやや乱暴に撫でる手を払うことはできない様子。
達也さん、私には素っ気ない態度ばかりなのに……ぐすん。
まぁそれはさておき。
「ほら、深雪さん」
「えっ、あ、その」
達也さんと話していた龍郎さんがこちらに向き直り、優しく問いかけた。
「…なんだい?」
見詰められる形になった深雪さんは、目をあちらこちらと忙しなく動かしている。
一度ぎゅっと目を瞑り口を開くが…
「えっと……い、いい天気ですねっ!……あっ」
横目で外を確認した深雪さんから声が漏れた。
「……曇りね」
「あ、あっ……」
私にも同じような経験はあるけれど、これは穴があったら入りたくなるわね……もう頃合いかしら。
「……はははっ!確かに今日は、ミラージ・バットにはもってこいのいい天気だ!深雪の可愛くて綺麗な姿も映えるだろうね。だから俺たちに、深雪の頑張りを見せてくれ」
「ぁ………はっ、はいっ!!」
龍郎さんは深雪さんと目線を合わせるように屈んで、優しく頭を撫でた。
フォローをしつつ激励を送るなんて、素晴らしい対応だわ龍郎さん!
深雪さんもぎこちなさは無くなってきたみたいだけれど……羞恥心を完全に乗り越えるためには、もうひと押し欲しいわね。
深雪さんの背中に狙いをつけて、優しく、それでいて体勢を崩すような力加減を意識して。
……せーの
「えいっ」
「きゃっ」
「おっと……深雪、大丈夫か?」
前のめりにバランスを崩した深雪さんは、咄嗟に支えようとした龍郎さんの腕の中に収まった。
深雪さんの両腕はちゃっかりと龍郎さんの背中に回されており、顔を胸に埋めたまま離れようとする素振りを見せない。
成功したみたいね……離れたくない気持ち、わかるわ。
龍郎さんの側って不思議と安心できるもの。
「………………」
「…………み、深雪?」
「……………もっと撫でて下さい」
「…えっ」
「……もっと!撫でて下さい!」
「あ、うん」
「んっ………」
「…………かわいいな」
「っ!……」
自分から甘えにいって頬を擦り寄せる深雪さんを見るのはいつぶりかしら。
初めは戸惑いを見せた龍郎さんも、私や達也さんの表情を見て安心しているわね。
ふふふ、世話の焼ける二人だわ。
ね、達也さん。
………………。
……………。
「………」
「……母さん?」
「……はい、どうぞ」
「いや、俺はいいから……」
「…はい」
「だから俺は…」
「はい!」
「……わかったよ」
腕を広げて待ち続ける私に根負けして、達也さんが抱きついてくれた。
んふふ、ちょっと龍郎さんが羨ましくなっちゃった。
それにしても達也さん、成長したわねぇ……手も大きくなって、背中も逞しくなって。
昔はもっと小さくて、もっと可愛らしくて、それで、もっと………っ…………それがいつの間にか。
「……こんなに大きくなったのね」
「………」
……いけないわね。
私も涙脆くなってきたのかしら。これじゃあ龍郎さんのことを言っていられないわ。
「母さん」
「……なぁに?」
達也さんの腕に力が入るのが伝わってくる。
「俺は、今の生活が好きなんだ。面倒事もあるけど、友人に恵まれて、彼らと過ごす日常が楽しいんだ」
「うん」
「それに、俺には帰る場所がある。帰りを待っていてくれる人がいる。それだけでも、とても嬉しいことなんだ」
「……うん」
「どれもこれも全部、父さんと、母さんのおかげなんだよ。二人がいるから、今の俺がいる」
「…………」
「だから…ありがとう、母さん」
………どうやら、達也さんには見透かされていたみたいね。
「………ありがとう」
んー…………これでしんみりするのは終わり!
最後に達也さんをぎゅっと抱いて離れましょう。
龍郎さんと深雪さんは……くっついたまま動かないわね。
「ところで達也さん、昨日は優勝おめでとう。とてもかっこよかったわよ」
見事な体捌きで絶えず相手を押し込む姿は、昔の龍郎さんを彷彿とさせるものだったわねぇ……
今でも龍郎さんは強いけれど、達也さんに追い抜かれるのも時間の問題かしら。
座学やCADのソフトウェアに強くて、頭の回転が速くて、実戦での実力も申し分無く、家族思いの達也さん。
この九校戦で達也さんの良いところを見せ付けた形になる。
……ということは。
「もしかして達也さん、学校でモテているのではないかしら!」
「え……いや、そんなことは全くないと思うが」
「本当に?」
「………」
沈黙……ちゃんと心当たりがあるみたいで安心したわ。
達也さんも気付いてはいると思うけれど、私たちの様子を隠れて窺っている子が何人かいるもの。
その全員が達也さんと深雪さんのクラスメイトで、しかも女の子ばかり。
ふむ……深雪さんの話の通り、達也さんのことを一番想っているのは光井家の御令嬢で間違いないわね。覚えておきましょう。
それはさておき、達也さんも婚約が視野に入る年齢になっている訳で。
「いつかは誰かを選ばないといけなくなるだろうけれど……私としてはね、達也さん。お嫁さんは一人でなくてもいいと思うの」
結婚してはいるけれど、私と真夜がその例みたいなものですし。
「はっ?」
「お嫁さんだとおかしいかしら……まぁ要するに、愛するのに必ずしも結婚は必要ではない、ということよ。ただし、そのときは全員を大事にすること。覚えておいてくださいね?」
「待ってくれ、俺にはそんな相手なんて」
「今はそういう相手がいなくても、貴方が大切に思えるような特別な人は必ず現れます。恋情を感じられなくとも、愛情ならわかるでしょう?」
「……まあ、そうだが」
「愛情を抱くまではある程度の時間が必要になると思うけれど……いずれは達也さんにも理解できるときが来るわ。だから、周りの人との縁を大事にして下さいね」
「…わかった」
……とは言ったものの、達也さんは心配しなくても大丈夫そうね。
深雪さんは……
「深雪?そろそろ時間じゃないのか?」
「…………」
「……深雪?」
「…………やです」
「深雪????」
……あの様子だと、恋愛はまだまだ先のことになるかしら。
・・・・・・
十日間の九校戦も残すところ二日となり、現在は本戦ミラージ・バットの最終戦に向けた休憩時間である。
選手たちが可愛らしい衣装を身に纏いつつも激しく競り合うこの競技は、モノリス・コードに劣らない人気を持つ。
可憐な女の子たちが宙を跳び交うという性質から、魔法技能を持たない一般人の観覧者も数多く居るのだ。
周囲の観客が期待でざわめく中、藤林響子はどこか疲れた様子で観客席に腰掛けた。
その様子に失笑した隣席の山中幸典に対し、響子は不満を隠さなかった。
「……なんですか」
「いや、一昨日はご苦労だったな、とね」
「本当ですよ。まぁ、先生も昨晩からのお掃除に付き合わされていたようですが……其方もお疲れ様です」
「ああ……大会スタッフの取り調べに駆り出されたまでは良かったが、一晩であんな大人数を相手するとは思いもしなかったよ。お陰で寝不足だ」
「うわぁ……」
昨晩のことを思い出して遠い目をする山中に対し、同情の込められた声が響子から漏れた。
深夜に富士演習場から横浜まで向かい、電子ロックや通信設備のジャック、通信傍受といったサポートを行った響子だったが、取り調べに巻き込まれなかったことに心底安堵した。
人間を相手にした同じ作業の繰り返しは、心労の種になりかねないためであった。
しかしながら、日が出ないうちの富士演習場ー横浜間の往復や、横浜で合流した元造との帰路も十分大変なことであった上、帰還後には報告書が待ち受けていたのだ。
響子にもしっかりと疲労が溜まっていることに、山中も同情していた。
「龍郎さんも人使いが荒いですね……もう少し手加減してくれないかしら」
「国防の一環と言われれば確かに我々の領分になるんだがね。まあ、そういう約定でもあるから仕方のないことか」
「四葉殿も全く容赦していませんでしたし、今後は国内にいる敵性魔法師にも強く出るべきなのかもしれませんね」
「九島閣下も似たようなことを仰っていたな。軍の在り方にも言及していたが……そこは風間に投げたから、私は何も知らん」
「先生……」
自身らの今後を憂う二人だったが、部下に呆れられた山中は話題を逸らすことにした。
「そんなことより、そろそろ決勝が始まるようだな。妹さんの活躍も楽しみだ」
「………はぁ、そうですね」
これ以上のことは後に何かしら通達が来るだろうと考えた響子は、意識を山中から競技者たちに切り替えることにした。
雲から漏れる月明かりと星々が仄かに照らす夜空に、様々な色の球体が浮かぶ。
競技者の目標が投影されたことで場の緊張感は高まり、皆が静かに見守る。
他の選手が試合開始の合図を待ちつつ闘志を漲らす中、彼女たちとは対照的に深雪の心は凪いでいた。
「(私は、私の思うようにやるだけ……)」
朝の一件の後、久しぶりに龍郎に甘えられたことで浮かれていた深雪は、予選で強制的に頭を冷やされることとなった。
予選で当たった他校選手の、この競技におけるレベルの高さによって勝利が危うくなったのだ。
「(……お兄様、ありがとうございます)」
新人戦ではなく本戦であるため、相手は深雪よりも長い時間をミラージ・バットに費やしてきた2,3年生。深雪が競技での技術や経験に劣るのは、当然のことだった。
この穴を埋めるために用意された秘策が、つい最近発表されたばかりの飛行魔法だ。
達也が開発した魔法であったために深雪はこの魔法を使用したことがある上、何よりこの魔法の維持においてはサイオン量とその制御力が物を言う。フェアとは言い難いがそこはエンジニアの技量差として割り切り、最終的に深雪に有利な状況を作り出したのだ。
……まぁ、浮わついた内心は達也に見抜かれてしっかり注意されたのだが。
「(見ていてください、お父様、お母様)」
焦りも驕りも無く、落ち着き払った美しい佇まい。
自身に見蕩れる視線が集まろうとも一顧だにせず、ただ集中力を高めるのみ。
勝ちたい、褒められたい、という気持ちは一度仕舞い込んで、ホログラムの球体を一つでも多く叩くことだけに意識を割く。
「(いきます!)」
開始のブザーと共に、妖精たちが夜空へ舞い上がった。
このミラージ・バットは、選手たちが愛らしい姿で空へと跳ぶ様子を妖精に準えて、フェアリー・ダンスとも呼ばれている。
足場から足場へと跳ねる姿は"まるで妖精のようだ"と評されていたのだ。
しかし、その認識は今日このときに塗り替えられることとなった。
少女たちが飛行魔法によって空を自在に飛び回る姿はまさに、背中に羽を持つ妖精そのもの。
程よく雲のかかった星空を背景にして描かれる流線形は、可視化されたサイオンの流れや残滓によって彩られ、それらが更に乙女たちの美しさを際立たせる。
予選では披露された飛行魔法に驚くばかりだった観客も、妖精たちが演じる儚い舞いに魅せられて大いに沸いた。
決勝に駒を進めた各校のスタッフ陣が真剣な眼差しで選手を見守る一方、一高スタッフ用の観覧スペースでは、中条あずさが他校選手の飛行魔法の使用に驚いていた。
「そんなっ…他校まで飛行魔法を!?」
「予選の後に再検査ということで深雪のCADが回収されたので、恐らくその時に術式を抜かれたのでしょう。他校から寄せられた我々に対する不正疑惑への返答として、その術式を教えたようですね」
「でも、だからって何も知らせずに実行するなんて……」
納得がいかない様子のあずさに、真由美が答える。
「こればっかりは仕方のないことかもしれないわね。飛行魔法が使えるだけでかなり有利になるし、競技としてのゲームバランスが大きく崩れてしまうもの。……急な対応とはいえ、確かに一言欲しかったけどね」
「……ですよね」
「そのあたりは特に気にしていませんよ。どちらにせよ勝つのは深雪ですから」
「……達也くんも相変わらずね。そのあたりは龍郎さんに似たのかしら」
「いえ、そんなことは…」
真由美の邪な雰囲気を感じ取った達也は、目を合わせないように努めた。
反応のないことをつまらないと思った真由美は揶揄うことを諦め、頭に浮かんだ懸念を口にする。
「……………。ところで、他校の選手がぶっつけ本番で飛行魔法を使うのは無茶じゃないかと思うんだけど、それはどう?」
「……シルバーが発表した術式をそのまま使っていれば大丈夫ですよ。スタミナ切れで棄権することになっても、安全装置が働いて落下事故は防がれますから」
「…それもそうね」
大会委員への信用が薄れつつある真由美は、自身の読んだ論文の内容と達也の説明が合致したことに一安心しつつ、空に視線を戻した。
その隣ではあずさが、とんでもないことを知ってしまったかのような表情を浮かべていたが、そのことには誰も気が付かなかった。
試合が進むにつれ、僅差で予選敗退となった三年生の小早川景子と、彼女付きのエンジニアである平河小春の応援に熱が入る。
これに呼応するように周りの一高生も声を上げ、他校の生徒が対抗するように更に声を張り上げる。
しかし、観客の興奮が冷めやらぬうちに、一人、また一人とサイオン切れで棄権し、最後には三人で優勝を争うこととなった。
点差を離して一位を独走する深雪に食らいつこうと必死な選手へ、白熱した声援が送られる。
彼女たちは期待に応えようと奮起するも、魔法の継続使用や絶え間なく行われるベクトル入力、サイオンの消耗によってパフォーマンスが落ちてきてしまっていた。
二人の選手はなんとか追い縋るも、点差を縮められないまま試合が終了する。
深雪の勝利によって一高の総合優勝が確実となり、会場が盛大に沸き立った。
「(やった……やりました!!)」
勝利の余韻に浸る深雪は、今すぐにでも吉報を直接伝えたい気持ちを抑えて退場を待ちつつ、空中に静止したまま達也を見た。
真由美やあずさと共に拍手をする達也は、深雪と目が合うと笑みを浮かべ、観客席のある方向を指差した。
達也の動きの意図を察してそちらへ顔を向けた真由美を尻目に、深雪も龍郎と深夜のいる方に向き直った。
「深雪ぃぃぃぃ!!!!よくやったぁぁぁああ!!!!」
喧噪に紛れた龍郎の声を拾った深雪は、両親のいる箇所を見て驚いた。
大きく手を振る龍郎と少しはしゃいで拍手を送る深夜の周囲に、友人の姿があったのだ。
深夜の隣にほのかと雫が、ひとつ後ろの列にレオ・幹比古・エリカ・美月がおり、それぞれが手を叩いて喜んでいた。
しかも退場待ちの間に、レオは龍郎と肩を組んで何か話しているし、ほのかは深夜に撫でられながら何かを言われて顔を赤くしているし、雫とエリカはほのかをからかって深夜と一緒に笑っているし、そんな様子を見て幹比古と美月は微笑んでいる。
「えっ…?」
両親がいつの間に級友と仲良くなっているのかとか、お母様が何か変なことをを吹き込んでいないかとか、やっぱりお父様もお母様も若く見えるなとか、なんだか楽しそうだなとか……色々と考えているうちに退場の時間となってしまった。
アナウンスによる名前の読み上げで我に返った深雪は、両親の様子を伺いつつ、ファンサービスのようなものとして空中でくるっとひと回転してから出口に向かった。
「(私のお父様とお母様なのに……)」
友人たちにちょっぴり嫉妬しつつ、どこかにやけた顔をしていたエリカには気付かないふりをした深雪だった。
「(……帰ったら少し甘えようかしら)」
ちなみに。
目撃者(盗み聞き)によって朝のやり取りの話が広まり、深雪は帰りのバスであまりの恥ずかしさに不貞寝することになる。
龍郎: 思春期こわい。しかし深雪のデレで不安は払拭された模様。これで仕事にも身が入るようになるぞ。やったね!ビジネス関連で人脈はあるものの、四葉における発言力は殆ど無い。そもそも傍流だし深夜は嫁入りだもの、仕方ないね。達也に害意を向ける分家現当主にはいつか痛い目を見せるつもりでいる。
深夜: 龍郎のことは(憑依のことも含めて)なんでも知っている。全てを知り受け入れた上での、色褪せない愛情である。この世界にたった一人、という拭えない孤独感から龍郎を救った人。そして、心の奥底に長くこびりついていた達也への罪悪感から救われた人。お前は幸せになるんだよ!!!
深雪: 吹っ切れた(がまだ羞恥心が残る)パッパ大好き女子高生。叱られることもたまにはあったものの、幼少期から構ってもらったり褒めてもらったりと良い思い出ばかり。沖縄では頼もしい背中に守られたものだから、理想の相手の基準がパッパになっている。一条……。余談だが、小学校の授業参観の際、椅子に座らせたパッパの膝の上で授業を受けたらしい。末恐ろしい子…!!
達也: パッパの褒めには弱い男子高生。実はマッマとのハグは満更でもなかった。深雪と同様にパッパだけではなくマッマにも甘やかされてきたこともあり、その内に秘める家族愛は計り知れない。幼少期から理知的で賢かったため怠惰になることもなく、今でも己の研鑽も欠かさない。一体誰に似たのやら(九重談)。とはいえ達也も一端の高校生、クラスメイトと出掛けたり下校時に遊んだりも普通にするし、喜怒哀楽も割と伝わっている。
あずさ: 飛行魔法に言及するときに達也から感じた自信は、彼が開発者本人だからなのでは?あずさは訝しんだ(正解)。トーラス・シルバーの正体に勘付いていることを達也経由で悟られているため、龍郎にロックオンされている。お前もFLT社員にならないか?
真夜: おうちでちょっと拗ねている。