……ぅー……ん……
あー……頭がいたい……だれかに、なでられてる……前にもあったなぁ、こんなこと……。
「……サーラ……?」
そう、あれも魔力欠乏でぶっ倒れた後で、サーラさんに膝枕されながらだった。
えーと、俺は何だかふかふかしたところに寝かされている。間違っても寝藁の感触じゃないから、ゴブリンの巣穴に逆戻りということはなさそうだ。
つまり……脱出は成功したのか……? 俺は、賭けに勝ったんだよな?
恐る恐る目を開いてみると、そこには知らない天井が。まず、明るい。さらに天井には木目が見える。深く息を吸い込んでみる。土と枯草と湿気、さらには諸々のアレやコレでよどんだ空気とは比べ物にならない、清々しい木と草の良い匂いが胸を満たす。
……勝った。やったんだ。俺は、いや、俺たちは勝ったんだ!
寝起きでかすむ目をこすりながら、この喜びをサーラさんと分かち合おうと顔を向けると……そこにいたのは、見知らぬエルフの女性だった。一瞬サーラさんかと思ったんだが、サーラさんはいわゆる金髪なのに対し、こちらの方は銀髪だ。
あれぇ……? こちらの女性、すっごく優しそうな微笑みを浮かべて、俺の頭を撫で続けてくれているんだけど……えっと、どちら様でしょうか……?
きょろきょろと寝たまま周りを見渡してみると、俺が寝かされている場所は、木造の……というか、木目は見えるのに板材の切れ目が一切見えない、変わった壁の部屋だった。まるで木をくりぬいて部屋にしたかのようだ。エルフの家のようだし、案外マジで木の中の家なのかもしれない。
まぁ、少なくともエルフの勢力圏内であることは確かなようで、助かった……あ、いや、まだ他の女性たちの安否が分かってないか。この部屋には俺しかいないし。
窓のように開けられた穴からは夕焼けか朝焼けか、柔らかなオレンジ色の光が見える。で、光の下でエルフを初めて見るけど、すっごい美人だなぁ……あ、後ろにもう1人エルフが立ってるぞ。こちらは男性で、もう嫉妬すらも起きない程のイケメンだ。二人とも薄い緑の肌に尖った耳。女性は銀そのものかと見違えるような輝く銀髪、男性の方はややくすんだ金髪だ。
女性の瞳は深い藍色で、綺麗だなーと思っていたら、その目に見る見るうちに涙がたまりだして、すぐに決壊してしまった。しかも、急に泣かれて慌てる暇もなく、俺はエルフの女性にがばっと抱きしめられてしまった。後ろに立っていた男性のエルフが何故か俺の代わりに慌てている。この男性はもしや従士とかそういった職の人なのかな? となると、この女性もしや地位が高い人だったりするのか…?
そんな俺を抱きしめたエルフの女性は、俺の耳元で「ありがとう」と繰り返しつぶやき、ついには言葉にならなくなってしまった。この様子を見るに、まぁ多分、サーラさんとエルフさんの関係者なんだろう……姉妹とかなんだろうか。エルフの年齢は分からんが、そんなに歳をとっているようには見えないし。
そんな推定サーラさんの姉妹さんは俺を抱きしめたまま、軽く10分は泣き続けたのだった。
で、ようやく泣き止んでくれたかと思ったら、今度はすごくいい笑顔でマシンガンみたいに喋りだした。もちろんオールエルフ語なので、俺のしょぼい語彙力では100分の1も理解できない。俺が困った顔して首を傾げていると、俺が理解できていないことに気付いてくれたようで、謝られてしまった。その仕草がまた、何というか、大阪のオカンっぽい。あらやだぁおばちゃんったら一人でしゃべっちゃって~、みたいな。見た目が美女なせいで仕草とのギャップが凄まじい。この人もしや結構お年を召していらっしゃる……?
しかも会話できないと知れると、今度は俺を膝の上に乗せてニコニコ顔でずっと頭を撫で続けてくるのだ。正直、逃げるつもりはあんまりないんだが、絶対に逃がさんとばかりにがっちりと俺の腹をホールドしてくるエルフの女性。後ろで控える男性のエルフに助けを求めるように視線を向けてみるも、なぜかそっけない態度。救いはないんですか……。
なお、俺は綿っぽい布でできた貫頭衣を着せられていたので、ようやく陽の光の下で俺を見れると喜んだ諸兄には申し訳ないが、俺の魅惑の幼女ぼでぃは諦めてくれ。
そうして、女性に撫でられ続けること数十分。禿げるんじゃないかとそろそろ心配になりだしたころ、ようやく俺の待ち人が来たのだった。
「ニエラ!」
「――ッ、サーラ!」
部屋の出入口にかけてあった暖簾?を跳ね上げる勢いで部屋に入ってきたサーラさんは、俺を抱いてた女性から俺をひったくって抱きしめてくる。俺もお返しにと力いっぱい抱きしめた。
優しい圧迫感とサーラさんの体温を感じているうちに、胸の奥からいろんな感情が噴き出してきた。洞窟の奥で独りで眠る寂しさ、ゴブリンどもの暴力や蛮行への恐怖……後悔……女性たちと通じ合えた喜びと、サーラさんの温もりに感じた安堵。それらがごちゃ混ぜになって、とても抑えられるものじゃなくて。
結局、俺も、サーラさんも、一緒になって泣き出したのだった。
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ううむ、俺としては精神的には良い歳したおっさんなわけで。人目もはばからずに泣くというのはちょっと気恥ずかしいところがあったり。
……さて、わんわんと2人して泣いて、途中でエルフの女性も一緒になって3人で泣いて、さんざん泣いて、一息ついて、今は俺が気絶した後の話をサーラさんから聞いているところだ。
俺が放った土魔法は狙い通り、木格子の扉部分を埋めるように石や土を降らせてくれた。サーラさんの身振り手振りだと結構な大きさの石が落ちてきたようで、今が好機と通路の奥に逃げ込んだらしい。陰険野郎が魔法を使って妨害しようとしたそうだが、これはサーラさんの風のヒュンカで妨害し返したんだと。で、曲がりくねる通路の先は確かに外には繋がっていた。だが、出口のすぐ先が崖?のようになっていて道がない?状態だったらしい。サーラさんが手を直角に曲げたり、動かしたりして必死に伝えようとしてるの可愛い。で、どうしたのかというと……風のヒュンカに頼んで飛んで逃げたんだと。
えぇ……(困惑)。風の魔法の威力を見てた限りでは、人を、大の大人を6人、俺含めて7人もを飛ばせるようなそんな凄い子には見えなかったんだけどな……と疑わしそうな目を向けていたら、なんと目の前で実践してくれました。浮かされました(汗)。
そうして空を飛んで、1日掛かりでエルフの村まで飛んだとのことらしい。そして、一緒に脱出した人間の女性たち4人は別の部屋にいるそう。会いに行けないかと聞いてみるも、サーラさんはちょっと困り顔だ。会いに行っちゃいけないということか? そういや、この部屋まぁまぁ広いけど、なんで俺1人だけなんだ? ベッドはもう1つ置いてあるけれど、使われていない……。
これはつまり……軟禁状態? 一難去ってまた一難? こんなの酷くない?
――って、まぁ、こうなるのは大体予想していたし、覚悟もしていた。俺が魔法を使って気絶する前に言い淀んだのは、このこと――とは微妙に違うんだけど、大筋では同じである。
そもそも、サーラさんや人間の女性たちと一緒に逃げるということは、逃亡先は当然、人類の勢力圏である。一方俺はゴブリンである。サーラさんや女性たちが俺を殺すとは露にも思っちゃいないが、赤の他人である人間やエルフや獣人はというと……殺さない理由がないわな? もちろん俺も死にたくないので、媚びたり平伏したり無害アピールなんかをするつもりだったんだ。が、蓋を開けてみれば、気絶中に村に着いてしまっていた。エルフの村が近かったのか、風のヒュンカの移動速度が凄かったのか……これは予想外でした……。
それと、俺は意識を失ったまま死ぬ可能性も考えていた。いや、さっき言った、逃亡先で殺されるって話じゃないんだ。
エルフさんは半死半生、女性のうち2人は体力の限界、サーラさんだって魔力量は結構厳しかったはずだ。武闘派の2人の女性だって何でもかんでも背負えるわけじゃない。つまり、気絶した俺は第二のお荷物であり、極限状態にあっては俺を見捨てる選択肢を取らざるを得ない場合もあると思っていた。そして、もしそうなったとしても、俺はサーラさんたちを恨まない、と。俺はサーラさんと信頼関係を築けたと思っている。もし俺を捨てていくという選択をしなければならないとなったのであれば、サーラさんはきっと、苦渋に苦渋を重ねて決断をしたと思うんだ。そんな決断だったのなら、それはもうしょうがないかなと思うんだよ。
そういった話だったんだ。想定外にあっさりと村に着いてしまって、色々とズレてしまったけどな。
で、だ。話を元に戻そう。
目の前には沈痛な面持ちで黙ってしまったサーラさんがいる。俺1人を軟禁状態にしていることに罪悪感を感じてるのかもしれない。けど、こちらとしては、こんにちは死ね!と言われてないだけありがたいのだ。殺す機会はいくらでもあった、なのに俺は殺されていない。つまり、まだ生き延びる目があるということだ。殺すつもりならエルフ女性に看病なんてさせないしな。
そう、俺はこの状況を結構楽観的に見ている。だからそんな顔をしなくても大丈夫なんだよ、サーラさん。むしろサーラさんには感謝してもしきれないほどだ。あの地獄みたいな環境から逃げ切れたのは、サーラさんの風のヒュンカがいてくれたからに他ならない。もちろん、他の女性たちもそうだし、俺も頑張ったと思うけどね。でもMVPはサーラさんだろう。
その感謝の意味を込めて、俺から目を逸していたサーラさんの頭を撫でる。ハッとした顔でこちらを見てくるサーラさんに、俺はにっこりと笑いかけた。
ぐぅうぅぅぅ……
……真面目な空気をぶち壊す、俺の腹。しかも1回では止まらず、ぐぅぐぅキュルキュルと大合唱を始める始末。うん、脱出前はまともにご飯を食べていなかったからね、しょうがないね……。
恥ずかしさに身悶えていると、目前でサーラさんが思わずといった風に笑いだした。ま、笑いが取れたならそれでいいよもう。
「サーラ、ご飯」
他の2人も吹き出した。
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いっやー、やっぱり料理ってのは文化だね。歴史の積み重ねだね。一朝一夕にはできないわ。
今俺の目の前には色とりどりの……病院食みたいな食事が置かれている。できれば普通の食事がしたかったけど、これを食べるようにとサーラさんに言われたのだ。魔力欠乏にはなったけど、別に病み上がりというわけじゃないんだけどな……。
まぁいいか、兎にも角にもちゃんとした人の食事である。いっただっきまーす。
ふむふむ、メインは五穀粥っぽいのだ。まん丸で白い穀物?が主で、赤や緑や黄色の刻まれた野菜?と小さなキノコを一緒にしっかりと煮込んである。とろみがついていて、まさにお粥といった感じ。味は……あぁ、塩味がしっかりとついている。これだけで涙が出てくるね……丸い穀物はよーく煮込んだ米みたいに柔らかくて舌でも潰れるくらいだ。それに、穀物自体にはあんまり味がないようなのだが、野菜とキノコの旨味を吸っていてとても美味しい。黄色い野菜がやや甘いかな? それと緑の野菜は茎か葉っぱのようで、シャキシャキしている。ちょっとした苦味がアクセントになって、お粥の味を引き締めているようだ。
などと食レポみたいなことを言ってみたが、実際はがっついている。美味い、とにかく美味い。動物性タンパク質は入ってないっぽいが、植物性だけでも大満足の味である。
さて、お次はしっかりと汁物。乳白色でさらさらとしていて、緑色の葉物野菜と、黄色の根菜?が輪切りにされて入っている。見た目からはクリーミーさを連想させるけど、ちょっと酸味の効いた凄くあっさりとした味だ。これも動物性ではないっぽい。見た目クラムチャウダーっぽいすまし汁? 出汁はとってないようで、ちょっとスープの味としては物足りなく感じる。でも野菜の味が濃いのでこれで丁度いいのか。
あとは、口直しに添えられてるのか、しんなりした小さな白色の丸い野菜が小皿に数個乗っている。うん、漬物だ。強めの酸味と塩気、ポリポリとした小気味良い食感。
ふー、満足……今生で初めての文明的な食事に、ついついテンション上がっちゃったぜ。隣で一緒に食事をしていたサーラさんもニッコニコである。
人心地ついて、ベッドはふかふかだし、泣き疲れたってのもあって、今度は眠気が……。
と、俺たちの食事が終わるのを待っていたようで、最初にエルフの女性と一緒にいた金髪のイケメンエルフが、手に輪っかのようなものを持ってきた。何故かそれを見てサーラさんの表情が固くなる。
えー、眠気でくわんくわんする頭でなんとか説明を聞いたところによると、逃亡防止のための首輪なんだと。「逃げる、ダメダメ。ニエラ、逃げる、これ、爆発」などとサーラさんが言ってたが、もう正直、眠くて眠くてしょうがないんだ。
はいはい、逃げないから。大丈夫だから。それつけりゃいいのね。はい、ついたね。ろっくかかったね。
それじゃ、お休みー……。
というわけで、尻切れとんぼですが、これにて第1章は終わりとなります。この後はいくつか補足説明的に別の人の視点のものを書いてから、次章としてエルフ村でのあれこれを書きたいと思います。
21/8/24
野菜の足が濃い→味
誤字脱字ありがとうございます。
魚についてるのは見たことありますが、野菜はないですね。