アカシックレコードへのアクセス権限を持つ諸兄よ、今宵も我が独白を望むか。
ふふふ、よかろう。ならばこの矮小な存在の足掻き、存分に堪能するがよい。
……うん。アホなことを考えてないと鬱になりそうなんだ。テンションを無理やり上げて、無理やり体を動かしてる感じ。
さて、昨日寝る前に、我が未来が(多分)あと数年くらいでデッドエンドということに気付いてしまったわけなのだが、今一度初心に立ち返って検討してみたい。つまり、俺はどうしたいのか。
――死にたくない。
こんなわけの分からない状況に放り込まれて、何にもできないまま死んでいくなんて、絶対に嫌だ。
ゴブリンどもの女性の扱いは非常に悪辣だ。俺も今はちやほやされているが、俺が繁殖可能となった後もそれが続くとは限らない。というか、奴らに紳士的な態度を期待するのが間違いだろう。それができるなら、ゴブリンはとっくの昔に人型の種族と共存して平和に暮らしていなければおかしい。
ではどうするか。
巣から逃げ出す。そのためには、最低でも出入口の封鎖を突破するだけの力が必要となる。
その他にも、巣を出てどうやって捕まらずに逃げるのか、どうやって衣食住を調達するのか、どうやって肉食獣とかを回避するのかといった問題もあるのだが、巣から出ないと外の状況は全く分からない。少なくともゴブリンがこの巣の周辺で活動できているのだから、そこまでクリティカルな環境ではないのだろうとは思っている。なのでこちらは一旦棚上げする。
ところで仮に、俺が女王にでもなってこの巣に君臨したとする。俺がゴブリンを完ぺきにコントロールできれば、生き残れる目が出るだろうか?
ゴブリンは、人間、獣人、エルフなどと敵対的……というよりも、出産を他種族の女性に頼る以上、寄生的ともいえる種族だ。ゴブリンという種がこの路線を採る限り、絶対に討伐隊が来る。それが国家の軍隊か、それとも冒険者かは分からないが、俺がゴブリンとして生きる以上、避けられない運命というやつだろう。
かといって、他種族の女性に頼らなかったとしても、俺1人が産める数なんかで一族を支えられるはずがないし、物理的にも精神的にも四六時中妊娠出産とかやっていられない。それ以前に性行為をする気もない。アレもダメ、コレもダメで、一族郎党を緩やかな自殺に導く指導者に、誰がついてくるだろうか。悪けりゃクーデター→監禁幽閉→子ゴブリンを産み続けるという、ウ=ス異本が厚くなるな展開待ったなしである。良ければ? 一思いに殺してくれるんじゃないかな(願望)。
よって、結局は逃げるしかないのである。
では、具体的にどうやって逃げよう。必要なのは、大人ゴブリン2、3匹を倒せるだけの力である。
案1:物理面で頑張る。
ゴブリンどもは武器を使う。冒険者からか村からかは分からないが、この巣にはぶんどってきた武器が置いてある部屋があるんだ。俺ならフリーパスで入れると思うだろ? ところがどっこい、誰でも入れるんだよ。何せ見張りとかいないから。備品管理意識ガバガバ? そうだよ? だって頭ゴブリンだよ?
だがここにきて問題が発生する……いや、薄々そんな気はしていたんだが……剣が、重い…。なんとか柄を持ち上げることはできたが、構えるどころか切っ先が地面から離れない。振るなんてとんでもない。腕がぷるぷるして、手のひらが痛くなってきた。この幼女ぼでぃ、見た目通りに非力である。
……まてよ。俺の身長が大人のゴブリンの腹くらい。ゴブリンが成人女性の頭1個分くらい下といった感じなので、俺は成人女性の頭2.5個分くらい下になるのかな? 成人女性を160センチ7頭身と仮定すると、俺の身長は大体100センチくらいか? そりゃー鉄製っぽい剣を振れなくてもとうz――100センチ!? えっ、俺身長1メートル? 埼玉県の某スーパー5歳児とほぼ同じ、俺人間換算で幼稚園児並み?
太陽も月も見られない生活なので時間経過があやふやではあるが、食事2回+寝る=1日という式から計算すると、自我確立から少なくとも3ヶ月くらいは経っていると思われる。独りでいるのは寂しいのでちらちらと子育て部屋に見に行った子ゴブリン(当時多分、乳離れした直後くらい)は、今ではかなり立派な体格に育っている。そこから算定するに、ゴブリンはおそらく1年くらいで肉体的に成熟するくらいの成長スピードのようである。犬猫を考えると分かりやすいか。
翻って俺なんだが、おぼろげになってしまった3ヶ月前の記憶を掘り起こしてみても、視線の高さだとか、周囲にある物の大きさだとか、そういったものがあんまり変わってないような気がする。
俺の成長遅い…遅くない?
確かに哺乳類はオスの方が大きくなる傾向にあるが、幼少期は女子の方が成長早いし、それに男女でここまで成長速度が違うとかおかしくないだろうか? となると「俺」がおかしいのか? 俺の自意識が残ってるのが何かしらの影響を? そもそもの話、俺って今何歳なの?
……謎が謎を呼び、収拾がつかなくなってしまった。俺の年齢はもしかしたらゴブリン…メイジ?シャーマン?に聞けば分かるかもしれないが、あいつにはあまり借りを作りたくない。その他の謎は、それこそ神様にでも聞かないと分からないだろう。というわけで忘れることにする。今問題なのは、俺の体が非力すぎるということだ。
結論、案1は無理である。それはそれとして、もうちょっと食事量と内容を改善した方が良いかもしれない。でも芋虫は嫌だなぁ……。
案2:魔法面で頑張る。
この巣のトップであるゴブリン…もう、メイジでいいか、短いし。魔法チックなものを使っているところを見たことがあるんだが、それが習得できれば非常に楽になる。正直、ゴブリンメイジの部屋には行きたくないし、あいつに借りは作りたくないが…背に腹は代えられない。ちょっと交渉に行ってみよう。
ゴブリンメイジの部屋は、俺の私室を出てから繁殖部屋、子育て部屋に続く通路を横目にみつつ、大広間と呼ぶ巣で一番でかい部屋にいったん出て、出口がある通路とは逆の方、つまり奥に向かって進むと、着く。ゴブリンメイジは巣穴の一番奥に陣取っているのだ。RPGのボス気取りだろうか。
実はゴブリンメイジの部屋には初めて入る。なにせこいつ、俺のことを見てはニヤニヤ笑うんで、正直気持ち悪い。大人ゴブリンが、子ゴブリンや俺に向ける笑みにはない感情が含まれてるように思えてならない。だから部屋に来たくなかったんだ。
ゴブリンメイジの部屋は、何というか……不気味だった。まず目につくのは部屋の入口真正面の壁際に鎮座している、祭壇っぽいもの。何の動物か分からんが、角が生えてるのに肉食獣のような頭の形、歯並びをした、でかい頭蓋骨が壁に掛けられていた。その前には粗末な台が置かれ、その上にあるお皿にはお供え物のように木の実がピラミッド状に綺麗に積み上げられていた。
壁の頭蓋骨の眼窩が怨めしそうにこっちを見ているような気がして、ぶるりと身震いして視線を逸らすと、部屋の隅にもまた小さめの頭蓋骨に骨が何個も詰まれていた。ゴブリンメイジはゴブリンどもと違って唯一ファッション?としてネックレスとか帽子を身につけているが、材料はこれらである。
お前どんだけ頭蓋骨すきなんだよ。引くわ。
とにかく、部屋の惨状はなるべく意識の外に追いやりつつ、ゴブリンメイジに魔法を教えてもらえないかと聞いてみる。
「クク、えーと…力を使ってみたい。できる?」
そういえば魔法に相当する単語を知らなかった。まぁ、俺が言いたいことは伝わったらしく、ただ意外だったのか、一瞬真顔でこっちを見て、すぐにいつものニヤニヤ笑いに戻った。心なしか笑みに馬鹿にしている成分が増えてる気がする。
そうそう、「クク」というのは俺を指す言葉であるが、俺の名前というよりも、ゴブリンのメスという意味合いだと思う。というのも、どうやらゴブリンには個人の名前という概念がないようなのだ。全員が全員、自分は「ギィ」だと名乗るし(なので「オレ」と訳している)、個人を名指しさせようとすると、役職(門番とか)か身体的特徴で呼称する。右から2番目とか言い出すやつもいて、左右の2番目のゴブリンが両方とも反応した。これじゃあ訳がわからんと俺は思うんだが、ゴブリンどもは別段気にしてないようだった。複雑な社会形態が築かれてないので、これで事足りるんだろうか…。
「ふむ……かまわなイ」
で、ゴブリンメイジは意外にもあっさりと認めてくれた。が、またしても問題が発生する。しかもこちらは想定していなかった。
というのも、俺は生まれたときからゴブリンどものごぶごぶぎぃぎぃという鳴き声を聞き続けていて、ゴブリン語なるものを習得してしまった。だからゴブリンどもと意思疎通はできるが、逆に女性たちとはできない。悲しいね。
で、ゴブリンメイジはゴブリンであるからして、俺は意思疎通ができるものだと思っていた。だが――
「まず、『ギギーグ』を使うには、『ググッグ』の『ギャンギーギ』を『カカックル』して、我らが『ギャグゥ』に『ココグゥ』を『キシャーギン』するのダ」
――――はい?
え、もっかい言って? あ、やっぱ言わんでいいわ、まるで分からん。今まで聞いたことがない単語だらけだ。魔法界の専門用語? ゴブリンにそんなものあんの?
俺が混乱の極みにいると、それを見たゴブリンメイジに鼻で笑われた。最初からこうなると分かっていたみたいだ。むかつく。説明もなしに専門用語が理解できるわけないだろ!
結論、案2も無理である。なお、ゴブリンメイジでは長いので陰険野郎と訳すことにする。え、音の数は変わってないって? 細かいこと気にすんなよ。
ぷりぷり怒りながら陰険野郎の部屋から帰ろうとしたとき、にわかに周りが騒がしくなった。と、陰険野郎の部屋に飛び込んでくる1匹のゴブリン。ぎゃっぎゃと騒いでいるが、興奮しすぎて言葉になってない。だが、陰険野郎はこの反応に心当たりがあったのか、顔を喜色に歪ませて部屋を飛び出して行ってしまった。
陰険野郎の突然の猛ダッシュに呆気にとられている間にも、なんだか巣はどんどんと騒がしくなってきている。
もしかして敵襲なのか…? それにしてはさっきの陰険野郎の笑顔が分からんが……。
…………もしや?
話が進むと言ったな、あれは(ほとんど)嘘だ。
ところで、彼の今の年齢ですが、今後物語上明らかになるかかなり怪しいので、ここでネタバレしますと、現在3歳です。
成長速度について設定はあるものの、物語にて触れられるのはかなり先になりそうです…。