薬師寺明暗は考える。
「あー、オハヨーございまーす。
センパーイ、古文の課題忘れたんで見せてくださーい。」
「えー?また忘れたの?前もそう言ってなかった?
あと、そこ俺の席だかんね?知らなかった?」
「明暗ちゃんッ!課題なら俺のを!!」
「汗臭そーなんでいーでーす。」
「げぐぼッ!!」
「佐々木君ーー!!」
この目の前の男…名を谷崎俊稀と言う。
弱冠14歳にして能力者10万人の頂点である神溺者の1人として名を連ねて以来今までに何度も顔を付き合わせる程度には交流がある。
というか交流を作られた。
能力者の頂点である神溺者の更に頂点…所謂最強が2年前に自身を含む全神溺者に言い放ったあの宣言のせいで…言い放ったというかアレは喋らないから黙ってた訳だが。
翻訳の能力を持つ部下が訳したのは、一つの伝令。
曰く、序列6位を全力で守護せよ。
実に馬鹿らしい話だ。
我ら神溺者は能力者の頂点。無論、頂点がそれよりも下の者のに守護されるのは古くから変わらぬ真理であろう。
しかし、その理論ならば何故6位を守護せねばならない?
よしんば、アレが自身を守護しろと言うのであれば理解出来なくもない。(まず言わないだろうしそもそも喋らないが)
しかし、なぜ6位なのか?6人しか居ない神溺者の6位…早い話が底辺だ。
王を守護する騎士は居れど、騎士を守護する王なぞ…笑い話にもならん。
そう言おうとした時にあの老害…2位の若作りが賛成の声を上げた。
1位の伝令に2位の賛成の声…事実上の決定事項となったソレに文句を言う奴はもう居なかった。
…もう、と言うか元々独特な感性を持つ者が多い神溺者達の事だ…本当に異を唱えていたのはもしかすると自分一人だった可能性すらあるが。
その日から日頃の殺しや護衛の仕事以外に学校に潜入する為の知識をつける仕事が増えた。
1位が律儀にも報酬を用意していたが、数百年振りの学業には流石に嫌気が差した。
…というか、学生としての身分なぞいくらでも用意出来るというのに何故態々こんな事をせねばならん。
という抗議の声を楽しそうに制服を着る他の神溺者や教員免許を自力で取った1位の姿を前にして言う気力は無かった。
しかし、まだ納得はいかない。…ならばどうする?
簡単だ、仕事として成立したソレが覆せないのならば護衛対象が居なくなればいい…
失敗した。
そもそも、アレの側には
本気の危険信号相手に勝てると思う程に思い上がってはいない…がどうしたものか…と思っていた折に、まさか本人から誘われるとは思っていなかった。
こいつは驚いた事に、一対一の勝負をしようと提案してきたのだ…序列6位が序列4位に対してだ。
多少の怒りを覚えつつもその提案を快諾し、全力で殺しにかかった。
惨敗した。
そも、相性が悪過ぎたのだ。
こいつは毒物に対して異常な程の耐性を持っていた。
無論、そこらの既存の毒物しか生成出来ないような能力ではない。直ぐ様能力で自然界に存在しない未知の毒物を生成し散布した…それら未知の毒物にすら耐性を持っていた時は流石に驚いたが。
唯一、溶解毒は流石に耐性もなにもなかったが…毒を作るには体内の水分を消費する都合上少量では致命とならない溶解毒が通じたところで…
本当に不本意ながら先の理論で行くとこいつを守護するのに異議を唱える事が出来なくなった瞬間だった。
「ホントーに、ヤーな感じですねー。」
「?そんなに古文やなの?
あ!佐々木君の事?」
「それもですけどー、それだけじゃーないでーす。」
「ゲルググッッ!!」
「佐々木君ーー!! …しっ、死んでる…!」
薬師寺明暗は考える…
(ホントーに、こーやって見てる分にはそんなつよそーには見えないんですけどねー。)
負けた後に色々と話を聞いた。
異様な程に洗練された格闘技術の事や毒物への過剰とも言える耐性の事…正直に言って異世界などと言い出した時にはそこまでして隠したいかと思ったが。
異世界転移を繰り返し続けているこいつはなんとあの若作りよりも生きているらしい。
まぁ、ここまで特殊な場合だと年上と言って良いのかはわからんが。
しかし、気に入らない事はもう一つある。
それは…
「センパーイ、もし課題見せてくれるならー。
きょーはデートしてあげてもいーですよー?」
「は?やだよ。だって男じゃん。」
これだ。
勿論、男色のケなど無いが…この身体は昔はぐれで活動していた魅了の能力を持っていた奴から奪いとったものだ。
当然ながら常時発動させているその魅力がこいつには効いていない。
…本当に気に食わない。毒が効かず、魅了まで効かない?なんだそれは。
まるでこちらが弱いとでも言いたげではないか。
本当に、気に食わない。
「デッッッ!デデ、デデデートォッッ!!?
明暗ちゃんッ!是非俺の課題をッ!!」
「臭いんでいーでーす。」
「ゲバルッッッ!!」
「佐々木くーーん!!!」
夜の埠頭にて数人の男女が脇目も振らず走っていた。
「ハァッ、ハァッ!」
「クソッ!何でこんな事に…」
「アイツッ!アイツは!?何処に行ったの!!ねぇっ!!」
「うっせぇぞっ!!見つかったら今度こそ…っ!!」
その男女の前に何気なく現れたその人物は、白と黒のツートンカラーの髪をした女性とも男性ともとれる容姿をしていた。
「もー、逃げないで下さいよー。
只でさえイライラしてるのにー、よけーにイラつくじゃないですかー。」
どこか間の抜けた声と話し方…しかし、男女は決して気が抜けなかった。
知っていたから…裏の世界で決して遭遇してはならないソレを。
ソレとは即ち、神溺者と呼ばれる個人で大国の軍事力を凌駕すると噂される怪物達。
目の前の怪物であった。
その怪物を前にリーダー格の男は只ひたすらに後悔していた。
(こんな…こんな小遣い稼ぎでっ、死んで…死んでたまるかっ!!)
最初は良かったのだ。少なくとも最初は。
この集団は全員がフリーの能力者だった。生まれつき異能を把握し、それを使って賢く生きてきたつもりだった。
しかし、ある時ふと思ったのだ。
こんな能力を持つ自分が、なぜこんな凡人の下でヘーコラしなければならないのだ…と。
そこからは速かった。同じような想いを抱く仲間を見つけては計画を練り、様々な悪事を働いた。
しかし、銀行強盗や殺人のような大きな犯罪を犯さなかったのは良心が残っていたからか…単に度胸の問題だったか。
そして、最後の仲間を見つけた彼等は遂にその一線を踏み越えた。
少年少女の誘拐及び人身売買。
普通ならば直ぐ様警察が動きこんなノウハウもない素人集団は捕まる筈であった。
しかし、彼等にとって不幸な事に彼等の能力は思いの外この仕事に向いていたのだ。そして見事に嵌まった…嵌まってしまった。
彼等も最初は舞い上がったものだ。それまでの詐欺等で稼いできた額と文字通り桁の違う金を得て…男は車、それも昔からの夢だった外車を購入したし、女はブランドの服やバッグと皆が思い思いの物品を買い漁った。
この時は皆が疑いもぜず思った、これからはこんな日がずっと続くのだ…と。
それから数週間後にソレがやって来た。
ギフターズという集団に所属していると名乗ったその男は彼等に言った。
お前達のしている事は様々な団体への敵対行為だ。
今ならばまだどうにか庇える範囲だからギフターズに入れ…と。
気が大きくなっていたのだと思う。
集団に最後に入った男はそのギフターズだと名乗った男を能力で攻撃した。
元から荒っぽい奴だとは思っていたが、その時は皆が止めなかった。
皆も思っていたのだ。社会で自分よりも劣った者に顎で使われていたあの頃に戻ってたまるかと。
まさか攻撃をされると思っていなかったのだろう。
その男は呆気なく死んでしまった。
死体はコンクリートブロックをくくりつけて海に投げ捨てた。
皆が思った。もう引き返せないと。
「ハァッ!ハァッ!ハヒッ!ヒッ!」
あんなに気性も荒くすぐに手が出ていた男は今や顔中から体液を流しながら一心不乱に走っていた。
もう、手を出す事は出来ないだろう事は一目で見てとれた。精神的にも…肉体的にも。
男の両腕は肘より上からちぎれており、先からはポタポタと血を流し続けていた。
最初、報復に更なる能力者が来るのではと恐れたリーダー格の男は情報をかき集めた。
そして、知った。ギフターズには神溺者と呼ばれる6人の怪物が居るということを。
それからというもの、彼は一睡も出来ずに絶えず周囲を警戒していた。
しかし、それも男が言った一言で解消されてしまった。
「ふん、そのゴッドギフターってのがどんなのかは知らねぇけどよ。あんな程度の奴らの親玉だろ?例えあのヒョロガリの百倍強くたって苦戦はするかも知れねぇけど、負けるとは思わねぇな。」
実際にギフターズを殺した男のその言葉は男に与えるべきではない度胸と勇気を与えてしまった。
(クソっ、クソっ!何が百倍強くてもだ!!あれは…あれは百倍どころじゃなかった!!)
男が見たのは…否、見えなかったのはあの怪物が自分達の前に現れた時の事だった。
「はぐれの癖に無許可で人身売買かました馬鹿はー、あなた方でいーんですかー?」
最初は何の冗談だと笑ってしまった。
報復でより強大な能力者がくると思えば…こんな小娘が来るとは。
…いや、むしろちょうどいいかもしれない。
金はあるが…最近、ソッチはご無沙汰だった。
仲間にも女は居るが、アイツは俺達を虫か何かと勘違いしているのかと思う程に当たりがキツく手を出すのは早々に諦めていた。
それに、アイツの能力はこの仕事に必要不可欠だ。それを一時の欲求で失うのは馬鹿のやる事だ。
だから、そこらで女でも買うかと思っていた所にコレだ…ツイてる。
強いて言うなら胸が無いところが残念だが…顔はそこらの金で買える女の万倍良い。
スッと隣の仲間が動く。
皆、考える事は同じ…か。
ならば楽しませて
「勝手に動かないでくださーい。」
女が右手の人差し指をこちらに向けたかと思うと、次の瞬間には一番前に出ていた仲間…件のギフターズを殺した男の両腕が宙を舞っていた。
すぐ側にいた仲間や俺にも吹き出した大量の血が降りかかる中、誰も状況を理解出来て居なかった。
時が止まったように硬直する俺達と、激痛に耐えきれず地を転げる仲間の声だけが響いていた。
「腕がとれただけでおーげさですねー。
ホントーにしろーと丸出しじゃないですかー。」
女の声でやっと頭が回りだした。
しかし、出てくるのは無数の疑問のみ。
現状に対する逃避と未来からの逃亡思考。
「なっ、何なんだよ!お前はぁぁぁ!!」
「まさか、知らずに近付こーとしたんですかー?
私は神溺者序列4位、薬師寺明暗でーす。
覚えなくていーですよー?どーせ皆殺すよてーなので。」
その言葉を聞いた瞬間に全員が駆け出していた。
チームワークなんかじゃ断じてない。
これは生存本能とか、恐怖に突き動かされたとか…恐らくはそういう部類だった。
そして、現在に至る。
此方は全力で逃げてるのに、あっちは息も切らしてないのか…!?
「鬼ごっこはきらいなのでー、あなた方にーチャンスをあげましょー。」
その言葉に足が止まった。
体力が限界だったのだ、そこに助かるかも知れないという淡い希望を抱かせる言葉…しかし、直後に後悔する。
この足を止めさせるのが目的だったら…!
「ぎっ!?」
横から甲高い笛の音が聞こえた。そっちには、仲間しかいない筈なのに…恐る恐る首を向けると、おそらくはそのまま走り抜けようとした仲間が喉にコイン程の穴を開けていた。
笛の音は喉から空気が抜ける音だったのか、と場違いにも納得していた。
「折角チャンスをあげるといったのにー、れーぎを知りませんねー。」
「どっ、どうすれば良いの!?
どうすれば私達を見逃してくれるの!」
恐怖に歯を鳴らしながらも気丈に振る舞うその態度に涙が出てくる。
そうだ、チャンスをくれると言った!俺達は生きて帰るんだ!
「いー質問ですねー。別に見逃しはしませんがー、あなた方ののーりょくを見てー…有用そうなら私の部下にしてあげましょー。
ちょーど1人、最近死んだのでー。」
1人…俺達が殺した奴はコイツの部下だったのか!
クソッ、あの時止めていれば…いや、今は生き延びる事だけを考えろ!
すると、両腕を失った男が弾かれたように顔をあげると捲し立てるように叫んだ。
「おっ!俺の能力見てくださいっ!!こんな奴らよかよっぽど役に立ってみせます!!」
こいつっ…!自分1人だけ助かろうってのかよ!
「…んー、りょーてのない人が役に立つんですかー?」
「あぐっ…あっ、いや、その…のっ、能力は腕が無くても使えますっ!!」
「どんなのーりょくなんですかー?」
「俺のっ、あっ、いや、私の能力は分解です!
自分の半径5M以内の物をなんでもバラバラに出来ます!」
そうだ、あいつの性格や気性もこの分解っていう強力な能力のもとに成り立っている…正直言って戦闘では無敵な能力だ、近付きさえすればこの怪物だって…
「なーんかパッとしませんねー。」
「は、はい…?」
「はんけー5Mって狭くないですかー?遠距離こーげきはどーするんですかー?そもそも私のこーげきを防げて無かったし…のーりょくのはつどースピードもあんまり早くなさそーですねー。」
「そっ、それは…」
「でもー、これを防げたらごーかくにしましょー。」
「は…?防ぐって何…を゛!?」
どこか間の抜けた声と共に男の身体が内側から弾けた。
血や内臓、骨やらが雨のように降り注ぐ。
「駄目じゃないですかー、敵の前でのーりょく解いたら死にますよー?じょーじはつどー型じゃない時点で見込みもなかったですけどー。」
後は俺を入れて二人…ダメだ、皆…みんな死ぬんだ。
「そっちの人はどんなのーりょくですかー?」
目線の先は俺に向いていた。
鼓動が更に速くなる。心臓が割れてしまいそうだ。
「俺は、身体能力の強化で…」
「じゃー間に合ってまーす。」
そんな無慈悲な声と一緒にアイツはいつの間にか目の前に来ていた化け物に首をへし折られた。
いつ移動したのかもわからなかった。目を離したりなんかする訳ないのに。
「最後ですねー、さーちゃちゃっと行きましょー。」
「ハァッ、ハァッ、イヤ、助けて…死にたく、死にたくないよぉぉ!」
「…うるさいですねー、早くのーりょく見せてくださーい。」
「のーりょく…わ゛だぢののーりょぐは…へ、変身です…」
恐怖で舌が回らない。頭が正常に動いてくれない。怖い、怖い怖い怖い怖いこわいこわいこわい
死にたくないよぉ…
「変身…少し見せてくれますかー?」
見せる…?助かるの?私…?
「はひぃ、こ、こんな感じですっ!」
「…なんで私なんですかー?」
「あっ、え、えと…相手を、見ながらじゃないと、発動出来ない…です。」
「………驚く程に使えませんねー。」
いやっ!なんで近付いてくるの!!?
来ないで、来ないでよぉぉ!!
「ふーん、のーりょくが弱すぎて見えないところは本人のそーぞーで補われるんですかねー?」
化け物は私の服を引き裂いてじろじろと身体を見てくる。
私は、嫌悪感とかオキニのブランドの服が破られたとかも考えずにただひたすら祈ってた。
神様仏様、どうか助けて下さい。
「…ごーかくです!」
「はへ?」
ごーかく?助かったの…?
「安心してくださいねー。きょーから私が全力で死なないように守ります。」
助かった…!助かった!助かったんだ!!
「貴女の身体は私がちゃーんと使いますね。
良かったですねー?死ななくて。」
は?
私が使う?どういう意味…
「ガブッ…やっぱ痛いですねー、死にそー…です…」
突然、化け物が自分の胸に右手を突っ込んだ。
そういう能力ではないだろう事は噴き出す血と鉄の匂いが物語っている。
「ぐっ、ご、ごれで最後です…」
化け物は胸から手を引き抜くと頭に手を差し込んだ。
「何…、何なの、こんな…私…」
そうだ、逃げないと…
ここから、早く…!?
身体が、動かない!?何で!!?動いて、動いて!動いてよぉ!!
…?なんで、何でそっちに…化け物の方に行くの!!
やめてよ!逆、逆に…
嘘?嘘でしょ…?なんでそんな…化け物の頭なんか持つの?
頭を持つと差し込まれていた手がズルリと抜け、中から血と脳みそが混じっているのであろうどろりとした塊が溢れる。
「う゛、お゛え゛ぇぇぇ」
びちゃびちゃと胃液やお昼に食べたものが出てくる。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!
なんで、こんなのを…!
私の腕は私の意思に反してどんどんとその頭を顔に近づける。
やめて、やめてよ!!もう、いやぁぁぁぁぁ!!!
遂に頭は私の顔の直ぐ前にまで来た。
目の前にはさっきの手が入っていた穴が…
私はその穴から中身を啜るように飲みだした。
「んー、ちゃんと替われましたねー。」
薬師寺明暗は考える。
「あー、オハヨーございまーす。
センパーイ、数学の課題忘れたんで見せてくださーい。」
「忘れたってかやってないだけじゃない?
あとそこって俺の席なんだけど…ここまでくると間違ってるのは俺の可能性出てきたね?」
「明暗ちゃん!!課題なら」
「臭い」
「グフッ!!」
「佐々木君ーー!!」
「センパーイ、もし課題見せてくれるならー。
きょーはデートしてあげてもいーですよー?」
「は?だから男はヤダって」
俊稀が言い切る前に明暗は俊稀の手を掴みスカートの中に差し込んだ。
「っ!??!?!?はっ!?いやっ、あのっ!!?」
そう、これだ。
こうやってこちらの一挙手一投足に揺さぶられる…お前のその顔が見たかったんだ…。
「で?課題は見せてくれますかー?」
「あっ、はい…見せます…」
呆けた顔だ、そう、コイツは底辺で私は4位。
私の方が上なんだ。
ああ、本当に気分が良い。
この後のデートでは、どんな事をしてやろうか?
薬師寺明暗は悪戯好きな少女のように、笑った。