それでは、どうぞ
ここ、東京都には古くから建てられた学校がある。その名も東京都立武天學園。近年では珍しい小中高大一貫教育の学校で創立150年という長い歴史を持った学校である。“歴史を担う人になれ”の教訓の元、ここにいる学生達は文武両道で常に切磋琢磨しており學園を卒業した者は正しく政治を導いた者や研究者として名を残した者、世界に名を轟かせたアスリートなど数多くの人達を世に送り出した。他にもこの学校には寮制度やトレーニング施設、温水プールなどといったありとあらゆる環境設備が備わっている───。
そして、この學園の理事長室に居座る“風間史子”は武天學園第98代の理事長を勤めている。そんな風間史子は今────。
〜武天學園、理事室・史子side〜
「さてそろそろかね」ポチ
『まもなくトリプルティアラ第2戦、“オークス”の開催です!!』
「理事長。いらしていたのですね」ガチャ、バタン
「ん?藤二郎じゃないか」
とソファでテレビを点けたのと同時に理事長室に入ってきた男が一人。名前は
「どうしたんだい、資料に不備があったかい?」
「実は先週の教育委員会会議の件で…。と休息の時間でしたか、申し訳ございません。時間を改めてまた来ます」
「いいってことさね。それよりあんたも見るかい?オークス」
「是非よろしければ。お茶入れますね」カチャ
とガラスケースからコップを取り出し手際よくお茶を入れ、私の前に置く。ありがとうと受け取り一口飲む。
「お隣、失礼します」ギシッ
と私の隣に腰を降ろす。
「日本ダービーおめでとうございます」
「それはあたしに言うんじゃなくてあいつに言いな」ズズッ
「そうします」ズズッ
とオークスが始まるまでの間、小話をする。
「そういえば、あの後大変でしたね。色々と」
「そうさね、全く。ふざけた連中ばかりで疲れたさ」ハァ…
日本ダービーの後、燈馬関連のことで何人ものバカ連中が學園前で大騒ぎをしていた。その結果、學園にいた学生達が帰れない状態だったらしい。まあ、そのバカ連中どもは藤二郎一人が木っ端微塵にされ警察に突き出されたという。私はその事後処理に追われていて大変だったさね、全く。
「まあ、あんたが居てくれてホントに助かったさ。あのままだったら学生達が帰れなくなっていたからねぇ」
「恐縮です」
「これから先、あのバカ連中みたいなのがわんさか来るかもしれん。その時は仕事が増えるやもしれんがよろしく頼むぞ」
「はい、おまかせ下さい」
『♪〜〜〜〜〜!!』
とテレビからレース前のファンファーレが鳴り響く。
『樫の女王を目指すウマ娘が府中に集う!オークスで戴冠するのは誰だ!?さあ、スタートの時が近づいて参りました!』
「頑張れ、燈馬君。これを勝てばトリプルティアラ二冠目だよ」
勝つんだよ、バカ燈馬。
〜東京レース場・ルドルフside〜
『各ウマ娘、出走準備が整いました』
バァン!ガコン!
『スタート!各ウマ娘、横一線になりました。まず、飛び出して来たのはロンドンブリッジ、少し離れてダンチプリンセス。内からオータムリーフが上がってきます!』
「燈馬〜!頑張れ〜!!!」
とマルゼンスキーが大声で燈馬に声援を送る。今日はトリプルティアラ2つ目となる“オークス”。距離2400m、バ場状態良、左回りのレースだ。
『現在、先頭を走るのはロンドンブリッジ。いや内からヤマノセンプウが並走、ダンツプリンセスは3番手の位置。そして今大会レースで最も高い人気を誇りますメジロドーベル、後方で様子を伺うようです』
レース状況は先頭から最後方まで差は開いておらず、後方の方は固まって走っていた。
『以前として先頭はロンドンブリッジ。外からエガオヲミセテが2番手の位置、ヤマノセンプウは3番手。その後は各ウマ娘縦一列になっています』
「(さて、そろそろ彼を見つけるとしようか)」スッ
と私は一度目を閉じ、そのまま上を向き目を開ける。空は雲一つない快晴だったがそんなことはさておき私はゆっくりと視線を下へと持っていく、“レース全体を空から見るように”。すると、
「“見つけたぞ”、燈馬」
私はターフを走る燈馬の姿を捕える事に成功した。燈馬は現在メジロドーベルより後ろ、15番手の位置にいる。
「しかし、凄いですねシービー先輩。あの巧妙な技を2回レースを見ただけで気づくなんて」
「先輩はれっきとしたレース好きだしね。それにシービー先輩は燈馬の事を“デビュー戦”の時から目を付けていたしね」
とエアグルーヴとフジキセキがシービーの凄さに感銘を受けていた。
シービーは燈馬のことを一意専心見続けてきた。勿論マルゼンスキーも同様だ。レースでのペース配分、仕掛け方、走り方など数多くの技術技能を燈馬に教えていた。無論私もトレーニング法など燈馬に教えていたけどね。
「あの人はよく分からんところがあるからな。燈馬を見つけるのにレースをそのまま見るんじゃなく、
とブライアンが腕を組みながらそう言った。私は日本ダービーの後、エアグルーヴ達に燈馬を見つける方法を教えた。やり方は色々ある筈だが、私なりのやり方はレースを“空から見るように想像すること”。どんなに上手く隠れていても上からなら見つけられるとふんだからだ。その予想は見事に的中し燈馬の姿を捕らえることに成功した。
『第三コーナーカーブ、依然として先頭はロンドンブリッジ、外からエガオヲミセテも徐々に上がってくる!後ろからエアデジャヴー、ファレノプシス、マックスキャンドゥも上がってくる!!』
レースはいよいよクライマックス、後方のウマ娘達がペースを上げて先頭集団へと迫る。
『残り600mを切った!エリモエクセル!エリモエクセルが上がってくる!!』
「行けーー!!エリモエクセルーーーー!!!」
「負けるなーーー!!!」
ここで先頭集団からエリモエクセルが抜け出し、先頭へと躍り出る。残り400m。
『いや、外から!外からシノンだ!これまでのレース同様、今度はロンドンブリッジの後ろから現れた!!』
「勝負あり、だな」
『シノンだ!シノンがエリモエクセルを抜き去る!今ゴールイン!勝ったのはシノン、エリモエクセル惜しくも2着です!」
『惜しかったですね、エリモエクセルさん。あともう少しだったのですが…』
と実況の人達の声がレース場内に響き渡る───、
ブゥゥゥゥウウウウウ!!!
燈馬のブーイングも一緒に。
「ふざけんじゃねぇええ!!!」
「そうだ!そうだ!!」
「お前が勝つところなんて見たくねぇんだよ!!!」
という罵詈雑言の嵐。日本ダービーでも同じ事があったが今回も酷いものだ。
一方、燈馬はというとそんな言葉に目もくれず、只々静かに立って観客を見ていた。観客の誰も祝福の声をかけることはなく、怒り任せに罵声を燈馬に浴びせ続けた。
「これでも喰らえ!!」ヒュッ
と観客席にいた中年男性が燈馬に白い物体を投げつけた。燈馬は避けることなく身体に当たる。すると殻のような物が燈馬の足元で割れ、黄色の物体が出てくる。
「卵…!」
そう、先程の男性が燈馬に投げつけたのは卵だった。そして男性はこう続けた。
「“悪”は滅びろ!!」ヒュッヒュッ
と言いながら卵を燈馬に投げ続けた。
「おい貴様!!人に物を投げつける他、食べ物を粗末にするとはどういう「そうだ!悪は滅びろ!!」!」
と男性に続いて観客全員が燈馬めがけて物を投げつける。空き缶、ペットボトル、メガホン、小石など色々な物が投げつけられる。
『観客の皆さん!“ターフ”へ物を投げ込まないで下さい!!』
と大会関係者が放送するも止まる気配がない。寧ろ悪化する。
「ウマ娘の皆さん!こちらに避難してください!!」
と大会関係者の一人がゴールまで走り、他のウマ娘達を誘導する。ゴールにいたウマ娘の集団から燈馬までの距離は離れていて当たる者は居なかった。
「喰らえ!」
と若い男性の声と共に物を投げ込まれる。投げられた物は丸いボールのような物だった。
「あのボール、もしかして…!」
そしてそのボールは燈馬へは行かず…
「ドーベル!!避けろぉぉおおお!!!」
とエアグルーヴがゴールに座り込んでいるメジロドーベルに叫ぶ。だが、メジロドーベルは座り込んだまま動かない。
「メジロドーベル!!」
「ドーベルちゃん!避けて!!!」
とフジキセキとマルゼンスキーも叫ぶもメジロドーベルの身体は動いてくれない。
「ブライアン!!」ダッ
「ッ!クソッ!!」ダッ
と私とブライアンは地面を力一杯蹴り、メジロドーベルの所へと向かう。だが…
「(間に合わない…!!)」
投げられたボールとメジロドーベルとの差、約1m。
「メジロドーベルゥゥウウウ!!」
私は力一杯、彼女に叫んだ。
〜同所・メジロドーベルside〜
────あぁ、終わった。私は終わった。
私、メジロドーベルはターフの上に座り込んで心の中で呟いた。身体が重い、言う事を聞いてくれない。ここを去ればまたあの男に怒られる。罵倒される。痛い。痛い。痛くて痛くて泣きそうだ。けど、このことを誰かに話すと“あの人”にまで被害が及ぶ。それだけは嫌だ。耐えて耐えて耐え続けなきゃいけない。
「(何か…近づいてくる…)」
その物体はドンドン近づいてくる。あぁ、私ここで消えるんだ。私は勝たなきゃいけないのに…いけなかったのに…。あの時だって。
〜2週間前〜
「おい、落ちこぼれ。こっちに来い」
「……」
「これは一体どういうことだ?あぁ?」パンッ
と机の上に新聞紙が叩き付けられる。そこに書いていたのは、
「俺さ、お前になんて言ったか覚えてるか?」
「……桜花賞で、1着です」
「そうだよな。桜花賞、オークス、秋華賞の3つを獲ってトリプルティアラを獲るんだったよなぁ」
「………はい」
「してこのザマか。ホント使えねぇなテメーは」シュボ
と目の前の男がタバコを咥え、火を付ける。
「……ここは禁煙です。タバコは控えてくだ「あぁ?お前、俺に指図すんのか?」…いえ」
と男は近づいて私の髪を掴み、壁に押し付ける。
「い、痛い…!」
「お前も“メジロ家の令嬢”だって言うから面倒見てやってんのにさ。G1に勝つことも出来ないわけ?」
「それは「あぁ?」…いえ、すみません」
「チッ!この役立たずが」ブン
「キャ!……いっ!っ〜〜〜!」ドサッ
男は掴んでいた私の髪を勢いよく放り投げ、私は地面に身体が強く当たる。
「次のオークス、何が何でも勝て。勝たないと……」
「…」
「どうなるか、わかるよな」
「…ハイ」ガタガタ…
と言って男は部屋を出ていった。
「(怖い、怖いよ)」ガタガタ…
と入れ替わりのように一人のウマ娘が入ってくる。
「ドーベル、いる?ってドーベルどうしたの!?大丈夫!?」バッ
「ラ、ライアン…」ガタガタ…
彼女はメジロライアン。私と同じメジロ家の令嬢の一人で今注目を浴びている。
「まさか、またあの男が!」
「」
「許せない!!」ダッ
とライアンが部屋を出ようとする。
「ライアン!待って!」
「もう待てない!あいつは私達を道具としか、物としか見てない!あんな奴がいたらドーベルが傷つくだけだ!」
「違うの、私が…私が勝てないから…」
「そんなの間違いだ!だってあいつが居なきゃ
「大丈夫、私はやれる。やれるから…大丈夫」
「ドーベル…」
「私、オークスに向けてトレーニングするから先に帰ってて」タタッ
「ドーベル!」
と私はライアンを置いてレース場へと走って向かった。
「(大丈夫、私はやれる。出来る)」
と心に言い聞かせて。
〜オークス、開催1週間前〜
「おい無能共、1週間後のオークスで出走予定の奴らだ。目を通しとけよ」
と言って部屋を出る。
「何なのよあいつ」
「取り敢えず見ましょう」
とチームの皆は男が置いていった資料を見る。
1枠1番 ダンツプリンセス
1枠2番 オーロラマキシマム
2枠3番 オータムリーフ
2枠4番 アドマイヤサンデー
3枠5番 マイネエルザ
3枠6番 エリモエクセル
4枠7番 メジロドーベル
4枠8番 ロンドンブリッジ
5枠9番 エガオヲミセテ
5枠10番 ヤマノセンプウ
6枠12番 ラティール
7枠13番 バプティスタ
7枠14番 エアデジャヴー
7枠15番 サラトガビューティ
8枠16番 ファレノプシス
8枠17番 アインブライド
8枠18番 マックスキャンドゥ
「やはり、彼も出走されるのですね」
とチームメンバー全員が息を飲む。その彼とは…
「6枠11番、シノン」
「燈馬か…」
このレースで一番注意すべき人物、風間燈馬だ。
「ねぇ、“フラッシュ”。燈馬の戦術ってわかる?」
「全く。それに燈馬さんについての謎が多すぎます。レースで姿が消えたり、いつの間にか前にいたりと…。とにかく謎が多いんです」
「確かに、風間さんって結構謎めいてるよね〜」
とフラッシュと呼ばれたウマ娘、エイシンフラッシュがライアンの質問に答え、フラッシュの後ろで腰に手を当てて立っているウマ娘メジロパーマーだ。パーマーは私達と同様メジロ家の一員だ。
「どうするの、ドーベル。燈馬ってこの前、日本ダービー獲ったばかりなんでしょ。勝てる?」
とライアンは心配そうに聞いてくる。
「勝つ、必ず勝つ。…勝たないと意味がないから」
「ドーベル…」
「「…」」
「私、トレーニングしてくる」
と私はレース場に赴き、トレーニングを始める。
「おい見ろよ。メジロドーベルだぜ?」
「ホントだ。今度、俺のチームに来ないかスカウトしようかな」
「ッ!」
トレーニング中、男性トレーナー達のスカウトの話が聞こえる。正直言って私は男性が嫌いだ。目線や話しかけられたりするといやらしく見えてしまい見ているだけで恐怖感を覚え、身体が震えてしまう。所謂“男性恐怖症”だ。
何故かと言うと私は過去に一度、男性に誘拐されたことがある。小学校の頃、友達と遊んだ後の帰宅途中に中年男性に無理矢理車に乗せられ監禁された。その後、救助隊が来て男は逮捕されたが、その時の光景は鮮明に覚えている。舐め回すかのような目線、荒々しい息使い…。
「ウッ!」
思わず吐きそうになる。ダメだ、今思い出したらダメだ。
「…今はオークスに集中しないと」
私は気持ちを切り替えてトレーニングに励んだ。
〜オークス当日〜
「ねぇ大丈夫?ドーベル」
「ライアン、何度も言ってるでしょ。私は大丈夫」
「でも…だって顔色悪いよ」
「ドーベルさん。今日のレースは欠場しましょう。今の貴方は確実に100%の力を発揮することが出来ないと断言出来ます。それに今の状態で走ると必ず足に異常をきたします。そうなれば、走ることは愚か歩くことさえ「フラッシュ」…」
「私は勝たないと意味がないの。そうじゃないと…」
『それでは、オークス出場のウマ娘の皆さん。ゲートに集まってください』
「…行ってくる」
「あ…」
私はフラッシュとライアンの意見を押し切ってオークスに出場した。
けど、結果惨敗だった。
前半はいつも通り差しで行っていた。けど、そこから後半にかけて足が重くなり加速出来ず、結果12着。思わずゴールの所で座り込んでしまった。もう疲労で身体が動かない。そして、私は悟った。
「(私ってこんなにも無力なんだ。哀れだな、私って。こんなにも哀れで醜いんだ)」
と自分を哀れんでいると同時に物体はすぐそこまで来ていた。何か言っているけどもういいか…。私は何も出来ない無力で哀れで醜いウマ娘なんだから。
「(さよなら。ライアン、パーマー、マックイーン。またみんなで走りたかったけど…ごめんね)」
と心の中で彼女達に謝り、目を閉じる。
けど、いつまで経っても私のところに痛みと衝撃が来ることは無かった。
パシンッ!!!
という音と共に目を恐る恐る開ける。そこには…
「…えっ」
そこには、さっきまで観客達に物を投げつけられていた風間燈馬がいた。
「風、間……燈…馬」
「なるほど、
すると、風間は右手に握られたボールを握り直し大きく、ゆっくり振りかぶる。
そして野球のピッチングをするかのようにそのまま───
そのまま、観客席めがけてボールを投げた。
バコォォォォォオオオオオオオオオンッッッ!!!!
「「「!!!!」」」ビクッ!!
投げられたボールはコンクリートにめり込んでおり、クレーターが出来ていた。
シーーーーン
観客席にいた観客全員が静かになる。風間は手で服をパンパンと払い、私を見る。
「立てるか?と言っても今のお前じゃ無理か。失礼するぞ」
「え…。きゃ!」
と私は風間に抱きかかえらる。所謂、お姫様抱っこと言うやつだ。
「悪いがこのまま医務室に行く」
と風間は私を抱きかかえたまま、レース場を後にする。
「(あれ…何でだろう…)」
男性は苦手なのに、触れられるだけで吐きそうになるのに…。どうして、どうして彼に触れられると、見ていると…
そう思いながら私は意識を手放した。
〜医務室・燈馬side〜
「あれ…ここは、」
「!!ドーベル!!」ガタッ!
メジロドーベルが目を覚ます。それと同時にフジキセキ、マルゼンスキーがメジロドーベルに駆け寄る。俺とルドルフ、シービーは扉の近くで壁に背中を預けて立っていて、トレーナーもホッとした表情をしていた。彼女を医務室に連れて行く途中、いつの間にか寝てしまったのだ。まあ、そうなるのも無理もないがな。
「良かった。無事だったか」
と隣にいるエアグルーヴが胸をなで下ろす。エアグルーヴはメジロドーベルが目覚めるまでずっと手を握っていたからな。
「あの、私どのくらい寝ていましたか」
「4時間弱ってところだ。気持ち良さそうに寝ていたからな。起こすのも気が引けると思ったからな」
「そうですか…」
とルドルフがその時のメジロドーベルの状態を説明する。スゥスゥと寝ていたしな。
「メジロドーベルさん」
と俺の隣にいた男性の医者がメジロドーベルのところまで行く。
「!…は、はい」チラッ
とメジロドーベルが俺の方をチラリと見た。なんでだ?
「簡易的な検査の結果、貴方はトレーニングによる疲労と睡眠不足という結果が出ました。自主的なトレーニングは構いませんが体調管理の方もキチンとなされて下さいね」
「は、はい…」プルプル…
と震えているメジロドーベルを横目に医者は足のケアやトレーニング後のストレッチ、睡眠時間の確保など色々な説明をしていく。すると、
「メジロドーベルがここにいるって聞いたのですが!!」バンッ
とスーツ姿の男が扉を勢いよく入って来る。
「君はメジロドーベルのトレーナー君かな」
「シンボリルドルフ会長!本日はうちのメジロドーベルがご迷惑を!!」
「急いで来るのは構わないがここは医務室だ。病人がいるから落ち着いて来るように」
「申し訳ございません。メジロドーベルにはキチンと言い聞かせますので」
「ウマ娘とトレーナーは一心同体。メジロドーベルに何かあればトレーナー君、君のトレーナーとしての腕を疑わなければならない。そこのところをもう一度見直して欲しい」
「はい、今回は私の落ち度にあります。大変申し訳ございませんでした」
と頭を下げ、エアグルーヴ達を掻き分けてメジロドーベルの傍に行く。
「帰ろうか、メジロドーベル。入口付近に車を持って来ている。今日は早く帰ろう」
「………」ガタガタ…
とメジロドーベルはトレーナーと目を合わせず、下を向いて震えている。
「ここに車椅子があります。どうぞ使って下さい」
「ありがとうございます。それじゃあ…」
と若いトレーナーがメジロドーベルの身体へと手を伸ばす。
パシンッ!
という音が部屋に響く。メジロドーベルが自身のトレーナーの手を振り払ったのだ。
「!……す、すみません…」ガタガタ
と謝るも縮こまってしまう。
「ねぇ、トレーナー」
と静寂の空気の中、シービーが口を開く。
「ん?どうしたのシービーさん」
「車、持って来てくれない?私達はドーベルの荷物を纏めておくからさ」
「う、うん。わかった」
「ドーベルのミスター・トレーナーは今からトレセンに戻って理事長のところに行ってね。さっき理事長から電話があったってうちのトレーナーさんが言ってたから」
「い、いや…ですが…」
「理事長からの要件、結構急ぎの件みたいだったよ。ほら、早く行かなきゃ」
「は、はい。では…」
とメジロドーベルのトレーナーとうちのトレーナーが一緒になって出ていった。
「それじゃあ、手分けして帰宅の準備をしようか。私とルドルフは燈馬の荷物。マルゼンスキー、フジキセキはメジロドーベルの荷物と私達の荷物。そしてエアグルーヴと燈馬は、ドーベルを車椅子に乗せて上げて欲しいな」
「待て、何で俺が「は〜い、それじゃあ各自解散!」おい」
とシービー達は医務室を出ていった。
「おい、燈馬。何をボケっとしている。早く手伝え」
「…わかったよ」
と俺はメジロドーベルの座る車椅子を支え、エアグルーヴがメジロドーベルの身体を持ち上げ、車椅子に座らせる。
「貴様が押してやれ」
「…はいよ」
とエアグルーヴが扉を開けて俺は車椅子を押し、部屋を出る。
「ドーベル、自主トレをするなとは言わん。だが体調管理を怠れば自分の力を発揮できなくなる時だってあるんだからな」
「はい、すみませんでした。エアグルーヴ先輩」
「今日のことで身に沁みただろう。今度から気をつけるんだぞ」
「はい」
と移動中、メジロドーベルはエアグルーヴからのお叱りを受けていた。エアグルーヴはメジロドーベルのトレーニングを指導していたと聞きていたし、心配するのは当然か。
そうこうしている内に入口付近に着くが、トレーナーはまだ来ていなかった。
♪〜〜〜
「ん?私だ。すまない」
とエアグルーヴは携帯を持って離れて行った。
「……」
「……」
静寂な空気が漂う。何もしゃべることがない。
ペシ、ペシ…
「………」
ペシ、ペシ…
「…………」
ペシ、ペシ、ペシ…
「……………」
何をやっているんだ、コイツは。
さっきからメジロドーベルは何もしゃべらず、ただただ尻尾を俺の手をペシペシと
「(なんだ?握ってほしいのか?)」
とメジロドーベルの尻尾を握る。
ギュッ
「ひゃああああああああ!!!!///」
と甲高い声を上げる。なんだ違うのか。
ゴチンッ!!!
「と、ととととと燈馬!き、君と言うやつは…!」
「な、ななななんてことをするの!!」
「そ、そうだぞ!燈馬!君はもっとデリカシーを持て!!」
「ルドルフの言う通りよ燈馬!そういうのはもっと段階を踏んでからじゃないと…!」
「このたわけ者!貴様、目を離した隙に何をしているんだ!!!」
ブゥーン、キキッ!
「いや〜ごめんごめん。ちょっと混んでてさ…って何この状況」
「…俺に聞くな」
とルドルフ達はメジロドーベルを車に乗せてレース場を出た。俺を置いて。
「ったく、あいつら。思いっ切り殴らなくてもいいだろうが」
と服についた砂を払う。さてと…。
俺はポケットから携帯を出し、ある番号に電話をする。
『もしもし』
「もしもし俺だ。悪いが少し調べて欲しいことがある」
読んで頂きありがとうございます。
メジロドーベルに硬球を投げた男、許せません。そして燈馬よ、君はもう少しデリカシーと言うものを持ちましょう。
さて、次回は夏合宿!!よろしくお願いします。
それでは、また〜