それでは、どうぞ
私達のチームではシノンちゃんがジュニアクラスで勝ち星を少しずつ上げていたの。片手で数えるくらいしかなかったけれどね。負けたレースのほうが多かったけど、滅気ずに頑張ってたわ。私達の為に寝る間も惜しんでトレーニングメニューも考えてくれてとても面白かったわ。トレーナーが考えつかないようなトレーニングをして自分の実力が上がっていくのを感じてた。これはシービーちゃんも一緒だと思う。あの娘が一番楽しそうにしてたから。チーム全体でも士気が上がっていたしこのままいくと最高のチームが出来るんじゃないかって…、そう思ってた。けど…。
シノンちゃんが勝っていくにつれてファンの人達は良からぬ噂を広め始めた。“アイツは元犯罪者だ”。“アイツは女を誑かすクズの男だ”。“アイツは昔、ウマ娘の人生を壊したことがある”…。全部でっち上げ。けど、ファンの人達は止まることを知らない。過去に私達が外で練習していた時に邪魔をして妨害行為をされたこともあった。もちろん、理事長やURAの人達も対応してくれて妨害行為は減っていった。“シノンちゃんに対するものは減らなかったけどね”。シノンちゃんは何も言わずにトレーニングを続けていた。相談しに行こうと言ってもシノンちゃんは首を縦に振ることはなかった。「言わせておけ」「そのうち止む」、今考えると無理矢理にでも連れて行くべきだったって反省してる。男の子は女の子の前では弱みを見せたくないんだってお父さんが言っていたけど、そんなこと気にせず連れて行くべきだった。
そんなシノンちゃんだけど、遂にG1に出る機会が出てきた。レースは3つ。“阪神ジュベナイルフィリーズ”、“朝日杯フューチュリティステークス”。そして、“ホープフルステークス”の3つ。シノンちゃんの勝負服は格好良かったな〜。凛々しくて、勇ましくて、
レースは順調だった。阪神ジュベナイルフィリーズと朝日杯フューチュリティステークスは1バ身差で勝利。チームのみんなで祝勝会をしたり、理事長もお祝いしてくれた。シノンちゃんも表情には出てはいなかったけれど、楽しそうにしていたのは事実だった。そして、迎えたホープフルステークスで全てが壊れた。
〜2年前、中山レース場・カネケヤキside〜
「いよいよね、ジュニアクラス最後のG1“ホープフルステークス”」
「大丈夫だよ、カネケヤキ先輩!燈馬なら勝つよ!ね?」
「あぁ。負けるわけにはいかないからな」
ジュニアクラスでG1を2勝。負けはしてるけど実力はデビュー戦から確実に上がっているのは見て分かる。デビュー戦は実力を発揮出来ず、悔しい想いを何回もしている。その悔しさをバネにシノンちゃんは人一倍頑張ってきた。後はこのレースを勝って“クラシック級”で凱旋するだけ。
「燈馬、チケット達から電話だよ!」
とシービーちゃんがテレビ電話にして画面を見せる。そこには、ここにいないチームメイト達だった。
『あーっ!燈馬だ!!おーーーい!!!』
『うるさっ!ちょっと、声落としてよ』
『相変わらず、チケットは元気だな』フフ
チケットちゃんは元気一杯ね。こっちまで元気になりそうだわ。
「みんな、そっちのレースはどう?」
『も、もう少しで…、オグリさんのレースが、始まるよ…!』
「そっか!!オグリに頑張れって言ってあげてね!」
今日はチーム内で2つのレースが重なった。1つはオグリさんのG2レース、もう一つはシノンちゃんのG1レース。チーム内でどっちの応援に行くか話し合いになった。結果、シノンちゃんの方に私とシービーちゃん。オグリちゃんの方に他のメンバーとトレーナーがついていくことになった。シノンちゃんはオグリちゃんの方に行けって言ってたけど、「やだ!燈馬の応援に行く!!」とシービーちゃんが駄々をこねて仕方なく連れて行くことに。相変わらずシービーちゃんはシノンちゃんのことが大好きね!見てるこっちまで熱くなるわ〜!けど…、ちょっとだけ妬いちゃいそう。
『燈馬』
『お、オグリさん!!?』
とオグリちゃんが画面の中に入ってくる。
「お、オグリちゃん!?今からレースなんでしょ?早く行かないと間に合わないわよ!?」
『わかってる。ただ、どうしても燈馬に言っておきたいことがあるんだ』
「…なんだ?」
とシノンちゃんもオグリちゃんの言葉に耳を傾ける。
『燈馬、今日のレースを5バ身以上離して勝ったら燈馬の作る手料理をたくさん食べたい。いいだろうか?』
「バリエーションは少ないが?」
『構わない。燈馬の作る料理なら何でもいい』
「わかったよ、作ってやる」
『楽しみにしてる』ニコ
とオグリちゃんは微笑んで画面の外へと行ってしまった。
『燈馬ーー!私も燈馬の料理食べたーーい!!』
『ら、ライスも…!』
『燈馬の手料理か…。これは腹を空かせておかないとな』
「私も食べる〜!!」
とみんながシノンちゃんの手料理を楽しみにしていた。
「それじゃあ、行こうか」スッ
とシノンちゃんが立ち上がり、軽く準備運動をしながら部屋を出る。
「頑張ってね、シノンちゃん」
「頑張れ!燈馬!」
『『『『頑張れー!!』』』』
「あぁ、行ってくる」
とシノンちゃんはチームメイトの声援を背にターフへと歩いて行った。
『さあ、いよいよジュニアクラス最後のG1ホープフルステークス!有終の美を飾るウマ娘は誰なのか!』
「頑張れー!エアガッツ!!!」
「頼むぞ!グリーン!!」
『それでは、出走バの枠順と戦績を見ていきましょう。まずは──────』
と出走バの枠順と戦績を解説していく実況者。どのウマ娘も強者達ばかり。
※以下 出走バと枠順
1枠1番 ノーブルレイジ
2枠2番 ウインディポイント
3枠3番 ファイナルカイザー
4枠4番 スーパーナカヤマ
5枠5番 エアガッツ
5枠6番 モーニングアフター
6枠7番 トップチャンピオン
6枠8番 シャコーテスコ
7枠9番 リックザブーツ
7枠10番 シノン
8枠11番 トキオエクセレント
8枠12番 グリーンスターボウ
『誰をも魅力し、心を奪う希望の星が誕生する!希望こ一等星となるのはどのウマ娘か!』
『どのウマ娘達も全力で頑張ってほしいですね!』
『各ウマ娘、ゲートに入りました。クラシックへとつながる最後のレース、勝者は誰なのか!?ゲートが今────。』
パァン、ガコンッ!
『開きました、スタートです!ウマ娘、横一線の綺麗なスタートです』
「頑張れーー!!!燈馬ーー!!!」
「(頑張って、シノンちゃん!)」
スタートは上々。出遅れることなく綺麗にスタートし好位置につく。シノンちゃんの作戦は差し。中団より少し後ろの12番手にいる。最初は走りが安定せず、ずっと悩まされ続けたけどトレーニングを重ねるにつれて少しずつ安定してきていた。まだ、朧げな部分もあるけどね。
「(シノンちゃんは誰よりも努力してきた。負けても諦めずにトレーニングしてきた。シノンちゃんの努力は必ず報われるわ!だから全力で駆け抜けて!)」
『さあ、最終コーナーを曲がって直線へと入ります!先頭はエアガッツ!トキオエクセレントも上がってくるぞ!スーパーナカヤマも仕掛けてきたァアア!!』
最後の直線、ウマ娘達は1着を狙おうとスパートをかける。その熱量は見ている私達にも伝わってくるほど。
『後続のウマ娘達、先頭に追いつけるか!?』
後続にいるウマ娘達は苦しそうな表情を見せている。きっと限界が近いのだろう。そして、その後続の中にシノンちゃんもいた。シノンちゃんも苦しそうな表情を出している。
「(やっぱり連続で走った疲労がここにきたのね…)」
シノンちゃんは5連続出走をしていて休む暇もなくレースに出続けていた。何があったのかは知らないけれど、とても必死そうだった。
「お願い、勝って…!勝って燈馬!!」
「シノンちゃん…」
シノンちゃんのペースは段々と落ちていき、先頭との差も開いて行った。
『残り500m!勝つのはエアガッツか!それともトキオエクセレントか!?はたまたスーパーナカヤマか!?』
「燈馬ァアア!!!頑張れェエエ!!!」
隣を見るとシービーちゃんが身を乗り出して精一杯の声援を送り続けていた。
「(私は何の為にここにいるの?シノンちゃんの応援をしに来てるんでしょ!だったら───!)」ガッ
と私もシービーちゃんみたく身を乗り出した。
「シノンちゃぁあああん!!頑張ってぇえええ!!最後の力を振り絞るのよぉおおお!!!」
私はレースの分析をしにきたんじゃない。シノンちゃんの応援に来たんだ。シービーちゃんはずっと最初から応援し続けていた。私も応援しないでどうするの!!
『誰が抜け出す!!誰だ!エアガッツか!?トキオエクセレントか!?スーパーナカヤマか!?』
「「負けるなァアアアアアアアアア!!!!」」
きっとシノンちゃんの力になる。そう信じて声援を送り続けた。
そして、遂にその時が──────。
『いや!後方から赤い勝負服を来たウマ娘が飛び出してきた!!“シノン”だ!!シノンが後続達から抜け出し先頭へと近づいてくる!!!』
「「差せ!!!差し切れぇえええ!!!!」」
『並ぶか!?並ぶかシノン!!!先頭に並───────
────────ばない!!!!並ばない!!シノンが差した!!シノン先頭!!シノン先頭!!しかしその差は僅か!!エアガッツ、懸命に差を埋めようとする!シノン逃げ切れるか!!エアガッツが差し返すか!!!?』
「「征けぇえええええ!!!!」」
シノンちゃん────────!!!!
『ゴーーール!!!!シノンとエアガッツが同時にゴール!!ほぼ同着に思えるようなゴールです!!』
「シノンちゃん!!!」
「燈馬!!!」
ゴールを通過したシノンちゃんを見ると手を地面について肩で息をしていた。全力で走った証拠なんだろう、その場で動けずにいた。
『着順は写真判定で行いたいと思います。しばらくお待ち下さい』
結果は写真判定へと持ち込まれた。私の心臓は鼓動を早めていて、収まる気がしない。とても緊張する。
「(どうしよう…、心臓が口から飛び出そうだわ〜…)」ドキドキ
『写真判定の結果が出ました!!結果は────。』
緊張の一瞬。ゴクリと唾を飲み込み、電光掲示板を見る。あそこに結果が映し出されるのだ。
「(お願い、お願い…!)」
『結果は、シノンがハナ差でゴールをしました!!!』
とモニターにシノンちゃんとエアガッツちゃんがゴールする映像が流れる。ゴールする寸前、シノンちゃんがギリギリエアガッツちゃんよりも先にゴールしていた。
「やった…、やったよ!!!カネケヤキ先輩!!!」ダキッ
「うん、…うん!そうね、シービーちゃん…!!」ギュッ
良かった…。シノンちゃんが勝った…。嬉しくて、涙が出そうだった。
「シノンちゃん」
シノンちゃんを見ると釘付けだった電光掲示板から目を離して私達の方を見る。その表情からは信じられないという表情をしていた。
「シノンちゃん、おめで──────。」
シノンちゃんは少しずつ口角が上がってきていたのが見えた。きっと嬉しいんだろう。私もシノンちゃんを笑顔でお祝いの言葉を言おうとした時だった。
「何でお前が勝つんだよ」
え…。
「何アイツ、女の子に勝ったからって嬉しそうにしてるだけど。気持ち悪〜い」
なんで…。
「なんであんなヤツが走ってんだよ。消えろよ、マジで」
待って…。
「トゥインクルシリーズはウマ娘の為のレースじゃねぇのかよ。なんで男なんかが走ってんだよ」
違う…。
「な〜んか見る気失せたわ〜。ライブも面白くなさそうだし、帰ろ帰ろ」
なんで、そんなこと言うの…。
「ホント、場を弁えろって感じ〜。あ〜あ、つまんな」
「エアガッツ惜しかったよな〜。クラシックでは活躍してほしいな」
「そうだよな。エアガッツ〜!惜しかったぞ〜!!」
「トキオも頑張ったな〜!!!クラシックでは頑張れよ〜!」
観客席から聞こえたのは罵詈雑言の嵐とシノンちゃん以外を称える言葉だけだった。
「ねぇ、見てアイツww。まだ居るんだけど」
「どっか行かねぇかな〜アイツ。見てるだけでイライラするんだけど」
「ここはお前の居るところじゃねんだよ!!!出ていけ!!」
そうだそうだ、と言わんばかりに観客がまくし立てる。
「ッ!」ダッ
「シービーちゃん!!」タタッ
私は走り出したシービーちゃんの後を追った。
〜控え室〜
「燈馬!!」バン!
観客席から立ち去り、シノンちゃんのところへと向かった。シノンちゃんはレース場を後にして控え室で荷物の整理をしていた。
「燈馬、…レース凄かったよ!!あんな末脚があったらクラシックでもきっと勝ち続けれるし、三冠だって間違いないよ!!」
「……」ゴソゴソ
シービーちゃんが声をかけるもシノンちゃんに反応はなかった。
「後でチームのみんなに報告しないとね!きっとみんなも喜ぶと思うな!!」
「……」ゴソゴソ
「帰ったら祝勝会もしなきゃね!いっぱい料理とかも用意していっぱい呼んで!」
「……」ゴソゴソ
「だから、みんなで…。燈馬を…」
「……」
シービーちゃんの声が段々と小さくなっていく。シノンちゃんは荷物を片付けた後、カバンを持って控え室を出ていこうとした。
「ま、待って…、とう『バタンッ!』…」
「し、シービーちゃん…」
私はシービーちゃんに駆け寄る。シービーちゃんは目にいっぱい涙を浮かべていた。
「なんで…、なんで燈馬があんなこと言われなきゃいけないの…!ヒック、燈馬は…、何も悪いことしてないじゃん…!!」ポロポロ
「…シービーちゃん」
私はシービーちゃんを座らせて背中をさする。ずっと頑張ってきた人があんなこと言われるのはシービーちゃんと同じで私も辛かった。
「(シノンちゃん…)」
私はただ、シービーちゃんを宥めることしか出来なかった。
〜回想終了〜
〜生徒会室・ルドルフside〜
「─────これが、シノンちゃんが変わるきっかけとなってしまった出来事なの…」
「酷い…」
カネケヤキ先輩の話を聞いて、私は奥歯を噛み締めた。燈馬にそんな過去があったなんて…。
「今でも燈馬に対する罵声はあるけど、ここまで酷いものがあったなんて…」
フジキセキを始め、この場にいる誰もが言葉を失っていた。ここまで酷いものは聞いたことないからだ。
「それで、アイツはどうなったんですか?」
とエアグルーヴがカネケヤキ先輩に質問する。
「その後のシノンちゃんは至って普通…とは言い難かった。むしろ、あの日を境にシノンちゃんは悪化したんだと思う」
「…何があったんですか」
「シノンちゃんは…」
カネケヤキ先輩が言葉を切って、一度大きく深呼吸して話始めた。
「ファンを…、殴ったぁあ!?」ダッ
「…」コクリ
エアグルーヴは思わず立ち上がった。私は大きく目を見開き他のメンバーは口に手を当てていた。
「それも
「「「えぇ!?」」」
「何十人とシノンちゃんはファンを殴っては病院送りにしてるの」
嘘だと言いたかった。けどカネケヤキ先輩が、元チームメイトがそういうのなら事実なのだろう。
「もちろん、このことはURAや理事長の耳にいったわ。最初は厳重注意で留めておくつもりだったんだけど、止まる気配がなかったからシノンちゃんは自宅謹慎及び1年間のレースの出走停止になったわ」
「それは、いつ頃の話なんですか…?」
「本格的に知ったのは1月に入ってからよ。まぁ、あの頃の燈馬ちゃんは荒れに荒れまくってたわね〜。抑えるのに手一杯だったし」
とシンザン先輩がうんうんと頷きながら会話に入ってきた。
「…ですがシンザン先輩、このトレーニング表とシービーの関連性はなんですか?」
私は思わずシンザン先輩にシービーのことについて聞いた。燈馬がどうなったかは理解は出来たがシービーのことについてはまだ分かっていない。
「カネちゃん」
「えぇ。…ホープフルステークスが終わって次の日、シノンちゃんはいつも通りトレーニングに来ていた。そして、
「それが、このメニュー表だったんですね」
「えぇ。私は最初見たときは何かの間違いかなと思った。いつもとは違うトレーニングだったし、普通のトレーニングだったから」
カネケヤキ先輩はトレーニング表を手に取り、語り始めた。
「そして、これに異議を唱えたのがシービーちゃんだったの」
〜2年前・トレーニングレース場〜
「ねぇ燈馬、何かの間違いだよね…」
「何がだ?」
「だって、これ…普通のトレーニングじゃん!」
「だからなんだ?」
「いつもは山に行って鬼ごっこをしたり、泥の中に入ってトレーニングしたりしたじゃん!!なのになんで!」
シノンちゃんは腕を組んだまま、シービーちゃんの方を見た。
「必要ないからだ。
「必要ないって…、そんなの嘘だよ!!」クシャ!
シービーちゃんはトレーニング表をくしゃくしゃにしてシノンちゃんの肩を掴んだ。
「燈馬、考え直して!お願い!!」
シービーちゃんはシノンちゃんに必死に訴えかけていた。
「私は楽しいレースがしたいの!勝つことが当たり前のレースなんてしたくない!!」
「シノンちゃん、私もシービーちゃんと同じ気持ちだわ。勝つことが全てじゃないの。負けて気づくこともある。だから…」
だからお願い。とシノンちゃんを方を見た。
「シービー、カネケヤキさん…」
とシノンちゃんが私達へと向き直る。良かった、考え直してくれるのね。
「そんなもの、勝つことに必要ない」
「「え…」」
「この世の中は勝つことが全てだ。負けることなど許されない」
シノンちゃんのドスの効いた声が頭に響く。
「楽しさなんて、勝つことの何になると言うんだ。負けて気づくことがある?負けてからでは遅いんだ」
「シノン…ちゃん…?」
「勝つことが当たり前にならないといけない。勝つ為のものじゃない」
「と、燈馬…どう、したの?怖いよ…」
「シービー」
「!」ビク
シノンちゃんがシービーちゃんに近寄る。シノンちゃんから出る威圧感は正に───────。
「お前はそのメニューが普通と言ったよな?」
「そ、それは「答えろ」…い、言ったよ」
「普通で何が悪い。普通のことを当たり前のように出来ないからそのメニューにしたんだろ」
「そんなもの、勝つことに必要ない」
「ひっ!」ビク!
更に圧が加わる。手が、足が震えて動かない。
「どうなんだ、シービー」
言葉が怖い。表情が怖い。空気が重い。身体が重い。耳が震える。尻尾が震える。呼吸が上手くできない。肺に空気が上手く入らない。
「わ、私は…。ただ…」ジワ…
「シノ…、ちゃ…!」
シービーちゃんの目からは涙が溜まっていた。シノンちゃんを止めようにも言葉が上手く出ない。
「(やめて、シノンちゃん!シービーちゃんを追い詰めないで!!)」
誰か、誰かシノンちゃんを止めて───────!シービーちゃんが…、シービーちゃんが!!!
「は〜〜い、ストップ。そこまでだよ、燈馬ちゃん?」ポン
「シンちゃん…」
シノンちゃんの後ろにシンちゃん、シンザンちゃんが肩に手を置いてシノンちゃんを静止する。
「燈馬ちゃん、それ以上はいけない。人を追い詰めることはその人を壊すことになる。絶対にだめよ」
「…」
「それ以上、何か使用ものなら私が相手になるわ。燈馬ちゃんどうする?」
シンちゃんはシノンちゃんの目を見続ける。お互いに目を離さず、一触即発の空気が流れる。
「ならシンザン、お前が俺の─────」
ピンポンパンポーン
『中等部2年の風間燈馬君、至急理事長室にお越しください。繰り返し放送します。中等部2年の──────。』
「…」チッ
とシノンちゃんはシンちゃんの手を払い除けて校舎へと向かっていった。
「すぅ〜〜〜〜〜〜、はぁ〜〜〜〜〜〜〜…」
「し、シンちゃん…」
私は大きくため息をしたシンちゃんに近づく。
「ちゃんと言ったのに…、全く…」ボソ
「な、何か言った?」
「ううん、こっちの話。それよりも…」
とシンちゃんはシービーちゃんに近づく。
「大丈夫?シービー」
「…」
シービーちゃんは立ったまま動かない。
「気持ちはわかるわ。ただ、今は「…んぶ、…だ…」え?」
「全部夢だ。これは悪い夢なんだ。現実じゃない。そう、これは何かの夢…」ブツブツ
「し、シービーちゃん…?」
シービーちゃんは小さな声でブツブツと呟いている。虚ろな目をして、ずっと……。
「シービー、今日は帰りな。アナタのトレーナーには今日は休むって言っておくから」
「…」ブツブツ
シービーちゃんはそのまま部室へと戻っていった。
「シービーちゃん、大丈夫かしら…」
「こればっかりは分からないわ。けど、監視しておく必要があるみたいね」
「ど、どうして…」
「何かの拍子に暴れたりしないかの為よ。現に燈馬ちゃんがああ言うふうになってしまったのを現実として受け止めきれてないのよ。だからカネちゃん、シービーのこと見ててくれる?」
「わ、わかったけど…、シンちゃんはどうするの?」
「私は燈馬ちゃんの監視をするわ。今の燈馬ちゃんは何を仕出かすか分からない。生徒会総出での監視となるわね」
拳を強く握りしめる。私はあの時、シービーちゃんが危険な状態だったのに何も出来なかった。動くことも出来なかった。
「カネちゃんもトレーニングに行ってあげて。私も行くから」
「うん…」
と私はシンちゃんと一緒にトレーニング場所へと向かった。
〜回想終了〜
「─────シービーちゃんは“人が人を変えてしまう”という本当の恐怖を知った。そして、それを目の当たりしてしまった。それも自分が信頼していた人があんなにも変わってしまったところを見てしまうとね」
「…シービーはどうなったんですか?」
「シービーちゃんは…、次の日から“何事も無かった”かのように私達の前に現れたわ。元気にトレーニングもしてた」
「燈馬との、関係は…」
「シービーちゃんはいつも通りのように接していたけれど、シノンちゃんは必要な時以外は喋らないっていう感じだった。チームメンバーにもそんな感じだった…」
当時の燈馬はそんな感じのように思ったことはないけれど、私達が知らないところでそんなことがあったなんて…。
「その後にファンとの暴力行為、そしてそれを皮切りにハヤヒデちゃんとチケットちゃんがチームを辞めた」
「そうなのか?姉さん」
「…」
チラリとハヤヒデの顔を見ると彼女は暗い表情をしていた。
「まあ、あれやこれやとた〜くさんのことを言ったもんね」
「そ、それは…」
「姉さん、それは本当なのか」
ブライアンが立ち上がってハヤヒデに詰め寄る。
「ぶ、ブライアン「答えてくれ姉さん。燈馬に何て言ったのかを」……」
「凄かったよね、“ファンを大事に出来ないような人とトレーニングなどしたくない”とか“こんな不良だと思わなかった、失望した”とかも“君といれば私も君と同じ目で見られるからここ抜ける、変な汚名を付けられたくない”など出るわ出るわ」
「…ッ」グッ
ハヤヒデは拳を強く握りしめ、下唇を噛んでいた。
「なんで、なんでそんなことを言ったんだ姉さん…」
「ブr「言い訳なんか聞きたくない!私が聞きたいのはどうしてそんなことを言ったのかだ!姉さんは燈馬に救われたんじゃなかったのか!!燈馬がいなかったら姉さんは今ここにいなかったんだろ!!なのにどうしてッッ!!!」…」
「まあ、気持ちは分からなくもないかな」
「どういうことだ…!」
ハヤヒデを問い詰めていたブライアンがシンザン先輩の方を見る。
「普通に考えてみなよ?周りから悪評高い人の近くでトレーニングや勉強なんて出来ると思う?まず無理でしょ」
「…だが、私達は燈馬に「救ってくれた人でも、いつかは愛想が尽きるってものよ」だが!!」
「ブライアン、アナタのような一匹狼タイプのウマ娘なら兎も角、ハヤヒデやルドルフ達のような周りから信頼されているウマ娘達や普通のウマ娘達の立場として考えてみなさい。悪評高い人の近くにいれば自分も悪評価されるんじゃないかって懸念するのよ」
一匹狼タイプは周りからの評価なんて気にしない、燈馬とブライアンはそういうタイプだ。だが、そうじゃない人にしてみれば好評価は付けられたいが悪評を付けられたくないという考えに至る。これがごく一般的な考えだ。
「ハヤヒデは自分を、
「私は…」
「悔やんでも、もう遅いよ。時間は戻っては来ない。ビデオのように巻き戻し機能もない。ならどうするか、答えは簡単よ」
とシンザン先輩が立ち上がる。
「進むしかないの。今を生きる私達はそれしか許されていない。現に私も燈馬ちゃんの骨を折ってでも、鎖で縛り上げてでも止めるべきだったって今でも後悔してる。でもね、ずっと後悔したままじゃ前には進まない。
「割り切って、歩き進むしかないの。後悔してもしかないからね」
シンザン先輩も燈馬の暴動を止めることが出来なくて後悔していたんだという事実。ハヤヒデが燈馬に対して放った言葉の数々。どれも信じ難いことだが、現実なんだと思い知らされる。
「私は…、私は…」ヒック、ヒック…
「ハヤヒデ…」サスサス
フジキセキがハヤヒデの背中を擦る。当時の彼女はどんな想いでそういったのか、今の私達ではわからないことだ。
〜シンザンside〜
「シンちゃん、本当に良かったの?」
「何が?」
「ハヤヒデちゃんのことや他の事も…」
「…遅かれ早かれ知ることを私が早めに教えてあげただけよ」
ルドルフ達は授業があると行って解散していき、生徒会室には私とカネちゃんの2人きりになった。
「シービーちゃんとハヤヒデちゃん、大丈夫かな…」
と心配な声を漏らす。けど、私は心配はしていなかった。むしろ─────。
「大丈夫よ。必ず前を向いて進むわ」
そう答えた。
「どうして、そこまでハッキリと言えるの?」
「“あの子”がいるから───────。」
「で、でもあの子は今シービーちゃん達に会えないのよ!なのにどうやって…」
「あの子は必ず帰ってくる。
あの子はどんな状況にも屈しなかった。どんな状況にも負けなかった。どんな状況でも這い上がってきた──────。
「(ねぇ燈馬ちゃん、いつまでそうしてるつもりなの?早くしないとみんなが進まなくなっちゃうわよ)」
読んで頂きありがとうございます。
暗い話ばかりで申し訳ございません。もう少しで明るい話が書けるのでお付き合いしてください。よろしくおねがいします。
それでは、また〜