透の問いに、俺は手の平で茶碗を弄びながら、答える。
「さっき挨拶したここの亭主さん、結構年配の人だっただろ?」
「あ、うん」
「少し話をしたことがあるんだけど、茶室って家長が亡くなったら、そのまま引き払うことが多いんだって」
「引き払うって、無くしちゃうってこと? ……ええと、それは」
「もったいない。俺もそう思って、聞いてみたら、『一代で開いて、一代でたたむのが伝統なんだ』って答えが帰って来た」
「……一代で、たたむ?」
俺の解答に、透は怪訝そうな表情になる。
そうだろうと思う。
一般的に伝統と言われたら、受け継がれ、後へ続けていくべきものだと考えるのが普通だ。
「でも理由はちゃんとあって、茶室の木造建築って、手入れをしても一代しか持たないらしいんだ。お茶は水と熱の世界だから、衛生を保てないなら続けちゃダメなんだって。味が壊れるから」
「あー、そう言われると、納得かも」
「で、そういう意味だと、自分達は生まれついての根無し草なのかもしれないって親父さんは笑ってた」
「……ええと、笑うところなのかな。それって」
「『ひとところに留まらない』が根無し草に見えるのは、時代なのかもだけどな。案外、そうやって家族と全国を転々として生きるのが好きらしい」
透は、その心境を上手く想像できなかったらしく、少し首を傾げている。
正直、俺にもよく分からないが、それでも何だか、自由の一つの形として、個人的にはアリなのではないだろうかと思う。
そして、俺は納得の行ってなさそうな透の表情を見ながら、照れ隠しに頬を掻きながら言った。
「だから来たかったんだ。……消えてしまう前に、誰かと」
「……そっか」
透は何かに思いを馳せるような仕草を見せた後、頷く。
「そうだね。移ろって巡った後に、追いかけようと思ったら、きっと寂しい。……大体は、無くしてから気付くものだし」
透はそう答えて、風に揺れる葉桜をしばらく眺めていたが、やがて悪戯っぽく、「ふふっ」と笑いを滲ませ、俺へ視線を向ける。
「だから、喜んでいいのかな、その『誰か』に選ばれて」
痛いところを突かれた俺は、答えようもなく視線を泳がせた後、
「それこそ、巡った後じゃないと、分からないことじゃないか」
と抹茶の泡のように言葉を濁らせてしまう。
透は何も答えなかったが、腰を上げ、座布団を持ち、移動して俺の隣に座り直した。
「透?」
透は俺の問いかけに答えないまま、肩をわずかに触れるていどに寄せて来る。
ほのかに伝わって来る体温を感じ、心音が高鳴るのを自覚すると、ぽつりと透は言った。
「ねえ、プロデューサー。今、オーディションとかリリースイベントとかやってるじゃん、めっちゃ」
「あ、ああ」
その声は何処か遠くへ語りかけるかのような神妙なものだったので、俺は少し落ち着きを取り戻しながら頷く。
「でも、大体が不合格で、ライブとかも上手くいかないことがほとんどで、頑張るのが辛いなーって思うことは、あるんだ」
「……うん」
制服越しに伝わって来る体温が、わずかに高くなった。
「でもそれも、移ろい、巡って、時間が流れてから振り返ったら、案外悪いモノじゃないのかなあって感じることもあって」
「……他人の目からは、何も残らなかったように見えても?」
俺の意地の悪い問いかけに、透は密やかな声音で答える。
「ムダに見えるのは他人の目で見てるからだよ。実際にやってみた私は、そう思わない」
「なら、いいんだけど。ムリはしてないんだよな?」
透は、「ふふっ」と笑い、目を細める。
「もちろん。楽しいな、嬉しいなって思ってるよ。……私だけじゃなく、樋口も小糸ちゃんも雛菜も」
「……そうなら、いいな。気持ちを言葉で聞くのは怖いことだから」
俺がそう呟くと、透は足一本分、横の距離を詰めて来た。
肩先に触れていた熱が、肩口へ移り、体温を感じさせる表面積が広くなって、また俺の動悸が激しくなり始める。
「だからさ、今度は私が伝えるよ」
「伝えるって、何を?」
思わず横を向いて問うと、予想していたよりずっと近くに透の顔があって、俺は驚いてしまった。
形の整った眉、澄んだ瞳、まだ落としていないナチュラルメイクが、奇妙な存在感を持って、目の前に迫っている。
「移ろい、巡って、無くなってしまいそうな場所を見つけたら、次は私が、『誰か』を選んで連れて行く」
透はそう言って、俺の手の甲に自身の手の平を重ねた。
「だから、プロデューサーは待ってて。いつか追い付いて、今度は無くす前に捕まえるから」
ここにいて、ここにいないような言葉を口にして、透は目を伏せる。
そのまぶたの裏に、何が見えているのか俺には分からないが、その見つけたい場所が幸せなものであるといいな、と思ってしまい、少し身体に力が入った。
透は目を閉じたまま、俺の首元へ頬を預け、その身体を傾けて来る。
「ちょっと、眠いや。……このまま、少し眠ってもいい?」
最初は肩先までだった距離は、半身が密着するほどのものになり、その熱、重さを俺は全身で感じてしまい、戸惑う。
だが、すぐに、
「ああ。しばらくここにいるつもりだし、ゆっくり休んで欲しい」
と、俺は答えてしまっていた。
もしここが事務所だったり、社有車だったり、現場のどこかだったりしたら、「プロデューサーとアイドルだし、距離感を持つように」と言うところだが、今は状況が違う。
だって、いつ無くなるか分からない場所に、誰と来たいかを選んだのは俺自身だから。
今、この場所……この六畳間に限って、俺は透の行動に対して、防御の術を持たない。
だから、透が何かしたいというのなら、何かして欲しいというのなら、俺にそれを拒む権利はないのだ。
透はまどろみを宿した口調で、ゆっくりと答えた。
「ふふっ、ありがと。じゃあ、少し眠るね……?」
言うが早いか、透は完全に俺に身体を預け、眠りへ落ちて行く。
俺の頬を透の髪が撫で、一定のリズムで呼吸を繰り返す身体の揺れを感じながら、机の上の抹茶茶碗を見やる。
その質素で素朴な作りが目に優しく、開けた窓から差し込む四月下旬の光が、淡く透のスカートの裾を照らす。
不意に、その重さと温もりの責任を俺は実感してしまい、支える身体に力が入った。
「当たり前だけど、透は一人しかいないんだしな。俺も頑張らないと……」
そんなことを呟くと、俺のまぶたも段々と重くなってくる。
まあ、疲れているのは俺も同じだし、少し休んでもいいか。
そう考え、俺は目を閉じる。
視界は黒く染まるが、すぐ傍に透の体温を感じられるので、不安はない。
そして、しばらく時間が流れた後、
「失礼します。お盆を下げに伺いました……っ!?」
という声と共に、若い女性の店員さんがふすまを開け、顔を出す。
だが、六畳間の状況を見た後、こほんと空咳を挟んで、
「し、失礼しました! ご、ごゆっくり!」
と真っ赤な顔で言って、立ち去って行く。
それを聞いた俺は思わず遠い目になってしまったのだが、一方の透はあどけなく安心した表情で、すやすやと眠ったままだ。
そして最後に俺は、
「これは兄妹で通らない、よなあ……」
と嘆くように呟いて、天を仰いだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
公園の描写に関しては、実際に行った事のある場所を思い出しながら書いていました。
やっぱり、自然描写って難しいですね。(苦笑
内容と同じく、肩に力を入れず気楽にお読みいただけたなら幸いです。