心まで脱がして~学園一の美少女は絵のためなら何でも言うことを聞いてくれるそうです~   作:青ヤギ

10 / 20
#9 少女と寝る。少年は誓いを立てる。

 客間に布団を敷いてもらい、僕はそこで眠ることになった。

 薄闇の中、柔らかな布団に横たわり、ようやく僕は一息吐く。

 

 思わぬことが連続して起きる一日だった。

 もっとも、有坂乃恵と出会ってからは思わぬことが起きてばかりだが。

 

 教室での偶然の再会。

 美術の授業で似顔絵を描く。

 一緒に喫茶店に行き、美術館に行き、彼女の部屋に泊まり、彼女の悩みを知り、そして……

 

『あなたが、好きです』

 

 彼女に告白された。

 

「…………」

 

 むくりと起き上がる。

 

「聞き間違いじゃないよな?」

 

 今更に冷静になる。

 というか彼女のあの発言から、すっかり意識が上の空になっていた。

 

 はて、この布団に入るまで自分は何をしていたっけ?

 

 確か、夕飯の席で出し損ねたというデザートの手作りプリンを彼女と一緒に食べた気がする。心なしか、彼女に「あーん」と食べさせてもらったような覚えがある。

 

 確か、ソファーに並んで座って映画を見た気がする。心なしか、肩と肩が触れ合うほどに密着していたような覚えがある。

 

 確か、お風呂を借りたあと彼女が妙にそわそわしていたような気がする。彼女の風呂上がりの艶めかしい姿に、自分もどうも落ち着かない気持ちになった覚えがある。

 

 そして、純白のワンピース型の寝間着姿の彼女に、この部屋まで案内されて、

 

『……おやすみなさい』

 

 と妙に熱い眼差しを向けられて、笑顔で別れた。

 

 

 

 ……なんだか、どれも自分が都合よく造りだした妄想のような気がしてきた。

 現実味が湧かない。

 

 僕らは、出会ってまだひと月も経っていない。

 ありえるのだろうか? そんな短い間に、彼女が特別な思いを実らせるだなんて。

 

 ……けれど、絵画教室の先生は言っていた。

 

『そういうのに、時間は関係ないみたいだよ?』

 

 と婚約指輪を幸せそうに見つめて。

 ふと気づくと「この人がいい」「この人じゃないと自分はダメだ」と相手のことで、頭がいっぱいになってしまう。

 そうなったら、もう止められないのだそうだ。

 

 僕は……有坂乃恵をモデルに絵を描きたいと思っている。

 でもそれは、先生が言うような感情なのだろうか?

 彼女に惹かれているのは事実だ。でも、わからない。初めての感情ばかりで、どうしたらいいのかわからない。

 

 明日の朝、どうやって彼女と顔を合わせばいいのだろう?

 ちゃんと返事をするべきだ。

 でも、なんて?

 自分の気持ちもろくに整理できていないのに。

 

「……」

 

 考えていても、キリがない。

 いまは寝よう。

 本当に今日はいろいろありすぎた。

 朝になれば、思考がスッキリと纏まっていることを願って、僕は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 廊下の足音で目が覚める。

 もう、朝か? いや、室内はまだ暗い。

 

 扉が開く。

 芳しい香りが部屋に入ってきたかと思うと、背中に熱く柔らかな感触があてがわれた。

 

 意識がはっきりと目覚める。

 反射的に背後を向く。

 

「あ、有坂さんっ!?」

 

 寝床に入り、僕の背にひっつく有坂乃恵と目が合う。

 カーテンの隙間から射し込む月明かりに照らされた、寝間着姿の少女。

 どこか幻想的で、蠱惑的だった。

 

「……返事はいいって、思ってたのに」

 

 熱を含んだ瞳を潤ませて、彼女は僕を見つめる。

 

「一方通行でもいいって、思ってたのに」

 

 細腕を、僕の胸元に回し、ぎゅっとしがみつく。

 

「……ごめんなさい。ごめんなさい。気づいちゃったから。口にして、やっと気づいちゃったから。もう、止められないの。離れたくないの。一秒でも、あなたと」

 

 暗闇の中でもわかるほどに、彼女の頬が激しく紅潮している。

 まるでのぼせたように、うっとりと、僕を見つめる。

 

「変かな? 私、おかしいのかな? だって、こんな気持ち初めてで。どうしたらいいか、わからないよ。寝ていても、ずっとあなたのことばかり考えちゃうの」

 

 密着する身体。

 凹凸の激しい豊満な肢体が、目覚めたばかりの雄を挑発する。

 

「……ダメだよ。いけないよ。こんなこと」

「私のこと嫌い?」

「そういうわけじゃ……」

 

 鼓動が早まる。

 同じくらいの速さで鳴る心音が、背中越しに伝わってくる。

 

「君は、きっと混乱しているんだ」

「女の子は、いっときの迷いでこんなことしないよ?」

「出会ってから、そんなに月日も経っていないんだぞ?」

「それ、関係あるの? 私は思わない。もしも、時間と一緒にこの気持ちが育まれていくっていうなら……私、もうあなた以外は考えられないよ」

「どうして、そこまで……」

「……運命って思っちゃダメかな?」

 

 切に願うように、彼女は僕を見上げる。

 

「わかるの。こんな出会い、きっともう二度と無いって。こんな奇跡みたいなこと、もう起こるはずない。べつにいいよ? 盲目的だと思っても。順序が滅茶苦茶でもいい。そんなの、もうどうでもいい。報われなくたっていいから、私は……あなたの傍にいたい。ダメかな?」

 

 いまにも泣きそうな声色で、彼女は必死にしがみつく。

 

 時間は関係ない。と先生は言った。

 この人がいい。この人じゃないと自分はダメだ。そう思ったらもう止められないのだと。

 

 ……なら、僕は。

 僕のいま胸に宿る感情は。

 

「……」

 

 ゆっくりと起き上がる。

 名残惜しむように、彼女の手が離れていく。

 

「いまは、きっとダメだよ」

 

 僕はそう断言する。

 一過性の衝動で、そんな真似はしたくない。

 特に、彼女に対しては。

 

「君のためにならない」

「……やっぱり、迷惑?」

「違う」

 

 今日、僕は知った。

 彼女が何を思って、何に苦しんでいるのか。

 そして、どれだけ僕の絵を必要としているか。

 それがわかった時点で、もう彼女は……ただの他人ではなかった。

 

「君が大切だから。守りたいんだ。そのやり方は、きっと、こういうことじゃない」

「……っ!?」

 

 僕の言葉に、彼女は感極まったような表情を浮かべて、頬を紅潮させる。

 

「それって……」

「いままでは、自分の絵が誰かを救うなんて考えもしなかった。そこまでの価値があるなんて思いもしなかった。でも、有坂さんが必要としているなら……」

 

 僕が描き続けることで、彼女が癒やされるのなら、もう迷わない。

 

「傍にいるよ。君の傍で、絵を描くよ」

 

 そうだ。

 僕はきっと、ずっと欲しかったんだ。

 絵を描く理由を。

 

 ただ自分のために描くだけでは見つけられなかった。

 

 有坂乃恵と出会って、僕はやっと、心の底から絵を描きたいと思えたんだ。

 

 

 彼女の手を握る。

 震える手からは、藍色ではなく、黄色と桃色が混ざり合った色彩が溢れてくる。

 

「……私、結構欲張りみたい」

「いいよ」

「きっと、たくさん振り回しちゃうと思う」

「いいよ」

「……誰かに甘えたことって、ちっとも無かった。だから……」

「いいよ。全部受け入れるよ」

 

 彼女の幸せのためなら、何だってしてあげたいと思う。

 彼女から溢れる黄色と桃色。心地よく伝わってくる感情。それと同じものを、僕も彼女に与えたいと思う。

 

 ……ああ、そうか。つまり僕も……。

 

「好きだよ」

「え?」

「俺も有坂さんが好きだ」

「あ」

 

 きっと僕にも、彼女と同じ色彩が溢れている。

 色と色が混じり合って、ひとつの模様を作りだしていくのを感じる。

 

 運命だなんて、大袈裟だと思っていた。

 けれど、本当に、そういうものがあるのかもしれないと思った。

 

 握った手を、彼女は強く、固く結んだ。

 

「素敵だね」

 

 涙を浮かべて、彼女は言う。

 

「人を好きになることって」

 

 生まれた感情を愛おしむように、彼女は胸元に片手を当てた。

 

「乃恵って、呼んで」

 

 甘えるように、彼女は言った。

 

「あなたの口から、呼ばれたいの」

 

 ノエ。

 ずっと素敵な響きだと思っていた。

 心の中でも、そう呼びたくなるのを我慢していた。

 もしも、呼んでしまったら、歯止めが効かなくなりそうだったから。

 

 ……そうか。その時点で気づくべきだった。

 あの桜並木で会ったときから、僕の心も、とうに決まっていたんだ。

 

「乃恵」

「うん」

 

 心に刻むように、乃恵は僕の声を聞き入る。

 

「……朝人」

 

 恐る恐る、彼女は口にする。

 

「そう、呼んでいい?」

「うん」

 

 僕らは手を握ったまま、布団に横たわった。

 もはや自然と、そうしていた。

 

「……このままでも、いい?」

「いいよ」

「……我慢できなくなったら、どうする?」

「努力はするよ」

「私が我慢できないかも」

「……いろいろ早急だね君は」

「だって……どんどん大きくなるんだもん。この気持ち。いまも、ずっと……」

 

 思いの丈を伝えるように、彼女は僕の手を胸元に導く。

 ふくよかな感触に手が呑まれる。

 そんなことをしなくても、彼女の色が思いの丈を示しているが、僕は黙っていた。

 悲しき男のサガだ。

 

「感じる?」

「感じるよ」

「すごく、幸せな気持ちだよ?」

「よかった」

「うん。あなたに、出会えて、よかった」

 

 多幸に包まれた笑顔で、彼女は言った。

 いままで見てきた中で、一番素敵な笑顔だと思った。

 

「あなたの絵、これからも、ずっと見ていたい」

「描くよ。いくらでも」

「うん。楽しみにしてる」

 

 夢見るように、彼女は瞳を閉じる。

 やがて規則正しい静かな寝息が聞こえてくる。

 穏やかな寝顔だった。

 彼女が悪夢を見ないように、僕はずっと手を握っていた。

 

 

 

 

 

 

 僕らは結ばれた。

 そして、それは同時に《盟約》でもあった。

 

 止めたはずの溶鉱炉。

 今なお冷めない熱量を伴って、ソレは問いかけてくる。

 

 誓うか?

 

 溶鉱炉の奥から、何者かが問いかけてくる。

 

 誓うか?

 常道から外れることを。

 果ての見えない、過酷な道を進む、旅人になることを。

 今度はもう、引き返すことはできないぞ?

 

 一度は逃げ出した道。

 普通でなくなることが怖くて、目を逸らした。

 

 でも……もう、そんなのはどうでもいい。

 外れたっていい。

 壊れたっていい。

 この腕が、彼女の幸せを造るというのなら……。

 

 僕は喜んで、絵描き(旅人)になろう。

 

 溶鉱炉が汽笛を上げる。

 再び稼働した歯車が、大きく回り出す。

 

 有坂乃恵という、触媒を糧にして。

 

 描こう。

 描いてみせよう。

 僕の絵は、もう乃恵のためにあればいい。

 

 乃恵の幸福の形を、この手で、描いてみせる。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。