12-死神の隣で踊る   作:samusara

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手を取る

「…哨戒行動自体がレギオンを呼び寄せることもある」

「あー。やっぱり?」

 

 戦隊編成から一度の戦闘も発生することなく5日が経つ。悪名高い第1戦区とは思えない平穏ぶりについ原因と思われるシンに心当たりを尋ねると長年の疑惑の答えが返ってきた。閉口していると暇だったのか後ろを歩いていたキノとトーマも話に混ざってくる。

 

「まあシンが言うならそうなんだろうけど」

「だがハンドラーのアラートは頼りにならない。シンの異能ありき…と思いたい」

「やめたやめた。昼の話でもしよーぜ」

「そうだな」

 

 そもそも共和国の管制範囲なら侵入したレギオンを察知できるのだ。ハンドラーが24時間真面目に働いていて後方に収容所や地雷地帯がなければ俺達も退きながら戦えるしカナリア役を回す必要なんてなかった。あいつら大抵酔っていたりゲームしてたり好き勝手して仕事放棄している癖にしっかり定時に帰るからな。

 

「今のとこ野菜にベリーあとだんご?」

「カイエが昨日コメを炒って挽いていた。花見には必須らしい」

「あいつ東方の知識偏ってるからなあ。大丈夫かね」

「そんなことより肉、肉探そう」

 

 各班が血眼になって探しているのが花見のメイン。このままでは部隊初めての行事が肉無しバーベキューとなるが自分達はベジタリアンではないので御免蒙る。そして86区を徘徊する野生動物達にはデザート一皿が懸けられ今に至る。

 

「魚を狙うのは?」

「だめ」

「格好悪い」

「それでも男か」

「…」

 

 その瞬間耳をひくつかせていたシンがナイフを取り出し草陰に投擲する。返ってきたのは兎の断末魔だった。負けていられない俺も縄と複数の石で自作した狩猟道具をぶん回し野鳥を捕獲する。

 

「クール…」

「ハルトは…うん、野生児だね」

「なんでだよ!」

 

 なお賭けは巨大猪の脳天をクレナがライフルで撃ち抜いて総取り(皆が自ら献上しに行った)に終わった。あれを相手にしては何匹狩っても勝てない。

 

 

 俺達に墓を作ることは許されない。これは冗談や比喩ではなく白ブタが実際に課したことだ。この9年で数百万のエイティシックスが目印の無い土の下、アルミの棺桶(ジャガーノート)ごと爆散、野晒しとまともな最後の地を迎えていない。

 我等が隊長はドッグタグを作ることで彷徨う彼等を連れて行く。それも異能があってこそで普通は戦場でのこのこと遺品を集めていては自走地雷に抱き着かれてミイラ取りのミイラになるだろう。忘れまいと胸の内に刻んでそれでも激戦の日々に摩耗して思いだせなくなる。そしてレギオンに首から上を持ち帰られ死に際の拓を取られる最悪の選択肢も判明した。

 名を奪われ誰からも忘れ去られて戦場を彷徨う。そんな最期を葬儀屋(アンダーテイカー)は看取ってくれる。加えて指揮を任せるに値する頭もある。それはもう死神になりそこねた死にぞこない達からは慕われる。

  

 

 ファイドのコンテナに調理器具や食料を積み終え動き出したそれに乘って一息つく一行。ゆっくり過ぎ去る景色を眺めていたキノ尋ねてくる。

 

「そういえばハンドラーまだつないで来ないね」

「確かにな。まあ良い事じゃないか」

 

 一般的な観念の共和国人は人間以下の豚と知覚同調(パラレイド)で繋がろうとは思わない。つまり指揮管制官(ハンドラー)は名実共に失業対策と揶揄される軍の中でも直に前線へ向かう兵站部や人事部と並んで不人気の部署。仕事の意欲がない奴は下手したらアラートすら繋いで来ない。逆に用がなくとも罵詈雑言を言ってくる面倒な奴も多いが今回はそうでないらしい。

 

「そういや輸送機で乗り合わせた奴から聞いたんだけど。珍しい女のハンドラーがいるらしいぜ」

「ふーん。どんな奴?」

「反吐が出るって言ってた」

 

 大げさなリアクションを取ってコンテナの縁から落ちそうになるクジョーを引っ張り戻す。デカい図体してるのだから考えて行動してほしい。

 

「今の軍にいる時点でお察し」

「決まってるだろ?すっげー美人でお姫様の…」

「ブタでしょ」

 

 レッカに発言をぶった切られる。ネタなのだから最後まで言わせて欲しかった。隣を行くジャガーノートからひょっこりと顔を出したダイヤやアンジュ、マイナも加わりまだ見ぬハンドラーに要素が加えられていく。

 

「それもボインのな。ブタだし」

「そりゃBang!Bang!Bang!の贅沢ボディだからな」

「語尾はですわで一人称はわたくし」 

「許可はよくてよ。ってもうこれ軍人?」

「こんなの?」

 

 揺れもあるだろうに何やらスケッチしていたセオが前から見せてくるのはブタのお嬢様。見えてきた桜並木とか描いてるのかと思ったらこれだよ。やるじゃねえか。

 

「挨拶はごきげんようでスプーンより重いもの持ったことなさそう。あと年中日傘さしてる深窓ね。もちろん軍になんて入ってるのだから行き遅れの不細工よ」

「お、おう。随分言うなレッカ」

「そう?気のせいよ」

 

 気づけばひらひらと舞い落ちる桜色が存在意義をなくした道路標示を覆い隠していた。目的地は近い。

 

「いやいや女神様だよ。慈悲深きも憐れなる我等エイティシックスに優しいお言葉をかけてくださる女神様」

「なるほど反吐が出る優しさだ」

「でももしそんな奴がいたなら一度お目にかかってみたいもんだよな」 

「今の共和国にそんな奴がいたら正真正銘の箱入り娘でしょ。結局誰かに守られてる。所詮は白ブタのお嬢様」

「ですよねー」

 

 コンテナの4脚が桜の絨毯の上で静かに止まる。宴の始まりだ。

 

 

 戦隊最初の哨戒任務の対象は荒廃した地区の中央を貫いて並ぶ桜だ。その準備として偵察機材(バーベキュー装備)をせっせと並べる。あっという間に辺りには肉を焼くいい匂いが立ち始めた。俺達の食事は準備も飲み込みも基本早いのだ。

 

「オーチその赤い恰好なに?」

「知らないのか?トナカイに乘ってプレゼント配るサンタクロース」

「あー知ってる知ってる。酔って酒配るおっさん。確かにあんな格好だった」

「絶対知らないでしょハルト」

 

 雰囲気から楽しもうと幾人かは拾った仮装グッズを着ていた。しかしレッカマイナミクリの法被はいいとしてイオのパンダの被り物やクジョーの何か書いてあるタスキで場は節操のないことになっている。

 

「しかしキレ―なもんだな」

「だろう?その色に魅了された大陸東部の民は開花前の小枝や樹皮を煮詰めて布を染めたらしい」

「ほーん花びらじゃないんだ」

「そうだ。開花前の桜は全身で色を貯めるんだ。良い話だろう?」

「香りもいいし肉燻してみるか。上手くいけば携行食ができる」

「お?いいねいいね。わたしも手伝う」

 

 探索で見つけた砂糖とベリーのジュースを手に風に舞う桜を見ているとカイエが得意気に話してきた。次いでレッカとマイナも串焼きを手に集合する。何だかんだ元の戦隊にいた面子で集まることは多い。

 

「でも美しすぎてなんか怖さもあるのよね」

「あーわかる。この世じゃない、んぐっ。みたいな!」

「飯食う手を止めずに何言ってやがる」

 

 猪肉を口一杯に頬張り衰えることのない食欲むき出しの三月兎に言われても説得力がない。シンの異能を考えるとその辺のよく分からない存在とか現象は実在するのかもしれないが今更俺達に言われても仕方のないことだ。

 

「あの声聞いた後じゃインパクトがねぇ」

「あれ夢に出たし。恐かったー」

「それは悪かったな」 

「うきゃあ!」

 

 レッカとマイナの後ろからデザートのトレーを持ったシンが顔を出す。慎重に運ぶにしても程があるだろうに完全にレッカとマイナの意識の外をついていた。補足しておくと非番でも基本的に警戒心が強いエイティシックスの後ろをとるのは簡単なことではない。

 

「言っておくけどシンを悪く言ってたわけじゃねーぞ。あれと比べちゃって話」

「分かってる」

「シーンー。またやったのー?」

「いよっ戦隊長。スコア2つ追加だ」

 

 遠くからこっちを見ていたセオとクジョー含め男衆が酒でも飲んだかのように大騒ぎしている。まさか漬けて数日で発酵するはずもなく彼等の握る瓶の中身はただのジュース。緊急時に酔っていて死ぬわけにはいけないのでちゃんとチェックしたはずだ。

 

「足音消して歩くから夜とかびっくりするのよね」

「何度銃を向けられたか分からない」

「それはシンが悪いからな?」

 

 アンジュの心中たるやお察しできる。夜間音もなく後ろを取られたら咄嗟に腿のホルスターへ手が伸びるだろう。シンはシンで撃たれても平気で避けそうなおかしな身体能力をしている。俺達凡人は呆れるばかりだ。

 

「うわ~!美味しそう!」

 

 クレナが山盛りのデザートを前に目を輝かせた。豪快に炙り焼いた猪肉の褒賞がクレナに集められたのだ。レッカにイオ、オーチも生涯で初めて見る豪勢な光景に戸惑いを隠せていない。一番槍とばかりに早速スプーンを手にしたクレナだがその動きを止める。

 

「やっぱり皆で食べよ?」

「クレナが皆に猪肉分けてくれたんだから遠慮することないわよ」

「あんなバケモノ猪をきれいに仕留めたんだし」

「そーそー」

 

 賭けで本来分け前があった同じ小隊のレッカ、イオ、オーチが背を押すがクレナの主旨は少し違った。

 

「これは私のデザートなんだよね!だから戦隊みんなで分けます!」

 

 こっそりクレナの食いっぷりを眺めようとしていた俺達は賭けを無にする考えに虚を突かれる。やっぱりと言った顔をしているのは元クレイモア組か。ダイヤが手を鳴らして呼びかける。

 

「クレナ1日戦隊長から御恩のほどこしだよー。並んだ並んだ」

「え?え?あたしがせんたいちょう?」

 

 アンジュに引っ張られてシンが最後尾に並ぶと23人がクレナの前に一列となる。最初は戸惑いがちだったクレナも数人目からはノリノリでデザートを配り始めた。

 

「ダイヤ・イルマ少尉!ハルト・キーツ准尉!」

「「ははっー」」

「くるしゅーなーい!」

 

 2人してお道化て平伏するとクレナものってくる。クジョーが囃し立てセオが肩をすくめる。シンは我関せずと本を開きアンジュは苦笑。

 

「ぷっ。ハルトのパーティー帽が良い味出してると思わないか?」

「いやダイヤの蝶ネクタイもお似合いだ。どう思うシン?」

「そうだな」

「シン君…せめて話に合った返事をチョイスしましょ?」

 

 列も残り僅かとなった時ドコドコと足音を立ててファイドがシンの後ろについた。伏せをするかのように足をたたみレンズを瞬かせる様子はまさにペット。

 

「ファイドもご褒美欲しいんじゃないの?」

「んなばかな」

 

 ここ数日変な行動が目立つ共和国製失敗無人機だが流石にそんな無駄で忠犬染みた行動をするわけがないとクジョーが冗談だと流した。シンがありがとうとそのボディに手を伸ばし雑に撫でるまでは。

 

「ぴっ!ぴっ!」

「なんだなんだ?」

 

 2本の作業用アームと4本の脚をリズミカルに振り上げ明らかに踊っている。人間の言葉を解し(特にシンに忠実)軽いコミュニケーションが取れている。この光景を見ればファイドが他のスカベンジャーと一線を画すことがわかる。

 とどめにシンに長年随伴してきた事実があるらしい。基本レギオンに狙われないとはいえ流れ弾や範囲攻撃の長距離砲が飛び交う最前線を聞けばもう5年弱。平均的なベテランより死線潜ってませんかファイドさん?

 

「行けダイヤ」

「え?まあ別にいいけど…」

「勢いでアンジュを誘うんだよ」

「ええ!?」

 

 ダイヤの背を蹴とばし前に出ると踊るファイドに合わせてステップを踏む。陰でダイヤに目線を送るがそっちからどうぞと目で言ってきて動く気配もない。仕方がねえなこのヘタレと最前列で談笑していた彼女に踊りながら近づく。

 

「レッカ!」

「ちょっ?」

「ダイヤが踏ん切りつかないんだ。手伝って」

「…そーゆーことね」

 

 不機嫌そうだったレッカが世界が回るごとに少しずつ硬い表情を崩していく。少し経って無事ダイヤがアンジュの手を取ったのを確認し皆の輪に戻ろうとするが強い力で引き止められた。はてと手の持ち主を見返すと怒りに燃える青い瞳が睨みつけてくる。

 

「私達もいた方が2人も周りが気にならないでしょ」

「もう2人の世界に行ってる気もするがなあ」

「煩い。踊れ!」

「分かった!分かったから足踏まないで」

 

 皆が笑っていた。 

 

 

「どうした?」

 

 宴の熱も冷めやらぬ皆が集まり騒ぐ隊舎で唯一静かな部屋。士官室で静かに本を読んでいたシンが不意に顔を上げ窓の外を見た。隣でクロスワードを解いていたライデンが目敏く相棒に尋ねる。 

 

「レギオンが後方の探索を止めた。数日中に部隊が集結するはずだ」

「前任が稼いでくれた時間もお終いか」

「ああ」

 

 半年に1度兵が消えても最前線が破られなかった理由。特別偵察任務唯一の恩恵が失われようとしている。凪の時間が終わり嵐が来ようとしていた。

 




 道は定まった
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