ネメアの獅子   作:西風 そら

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13・ナナⅠ

 

 

「僕はそれでいいと思います。カワセミ長の判断に賛成です」

 

 朝、事情を聞いたナナは、顔色も変えずにあっさり言った。

 

「妹が心配じゃないのか?」

 ノスリに突っ込まれたが、

「皆さん忘れてるようだけれど、ユユは僕と同い年なんですよ。自分の身ぐらい自分で守れます」

 流れるように言い切って、ノスリも、そして父親のツバクロも、一本取られた顔になった。

 

「で、カワセミ長は?」

 ナナは長い髪を肩から滑らせながら、大机の奥の書類に手を伸ばす。

 

「そんなで、また王都。それで、ナナ……」

「はい、カワセミ長向けの仕事は僕がやります。昨日割り振った時からそのつもりでしたから」

 手に取った書類はそれで、ナナはもう段取りを頭に入れている最中だった。

「すまんな」

 

 書類を確認し終え、マントを羽織って執務室を出、ナナは馬繋ぎ場への坂を下る。

 

 後からツバクロが追い付いて来た。

「お前、本当にいいのか?」

 

「言った通りですよ、ユユは……」

「いや、そっちじゃなくてお前。大丈夫か? 引き受け過ぎじゃないか? 何なら、今の内に僕からノスリに言っておいてやるぞ」

 

 ツバクロはこれから、西方の砂漠の国へ旅立つ。

 フレグが王朝を開いた事で人外世界も影響を受け、古い種族間で混乱が続いている。

 向こうの風の部族が結構な被害を被り、今、大長が出向いて面倒を見ている。

 それの一時交代要員として行くのだ。

 

「それでなくとも手が足りないのに、ノスリの奴、いつまで経ってもカワセミに甘いから」

 

「大丈夫ですよ」

 ナナは父親を遮った。

「カワセミ長の仕事自体は数が少ないし、シンプルですから」

 

「ならいいが……」

 

「そうだ、近々母上の所へ行く予定はありますか?」

 ナナが話題を変えるように言った。

「もしあったら同道させて下さい」

 

「ん、ああ、そうだな。ユユの事も知らせておいた方が良いだろうし。西の出向から戻ったら行こうか。しかしどうした、珍しいな?」

「ええ……ちょっと」

 そこまで話した所で馬繋ぎ場に着いた。

 

 柵にはこの日出掛ける者達の馬が引き出されているが、ナナの馬だけ一回り大きい。

 

「また馬高が上がったんじゃないか?」

「はぁ、これ以上大きくなられても困るんですが」

「遠目だと大長の馬と見間違うな」

「…………」

 

 草の馬は主の資質に合わせて成長する。

 ナナは長となる資質充分、という事だろう。

 母親が長の家系の本流という、血統から言っても当然で、周囲も普通に納得していた。

 

「もう少ししたら、僕の道案内無しに高空飛行が出来るようになるかもね」

 馬好きのツバクロは嬉し気に息子の馬を眺める。

 

「まだまだ怖いです。高い所の気流ったら、トンでもなく速いんだもの」

 

「慣れれば簡単なんだけれどね」

 ツバクロは自分の馬の馬装を手早く点検し、鐙(あぶみ)を降ろして跨がった。

 普通でない飛行をする彼は、馬装を自らチェックするのは欠かさない。

「ナナならすぐ出来るようになるさ」

 

 手綱鞭一閃、一瞬で青空の点になる父を見送ってから、ナナは自分の馬に視線を移した。

 馬は切れ長の気高い目でナナを見つめ返す。

 子供の頃はクリクリした懐こい目をしていたのに、全然違う馬になってしまった。

 自分に合わせて成長してるんだから、自分に合っている筈なのに、全然そんな気がしない。

 

「行こうか……」

 そぉっと跨がると、力溢れた馬はグンッと急上昇しようとした。

「待って待って! お前は、真似しなくていいの!」

 

 手綱を絞って馬を抑える。

「ふう……」

 やっと最近安定して飛べるようになった。

 この馬は力が有り過ぎる。ユユなら大喜びなんだろうが。

 

 妹の幼顔を思い浮かべる。

 七歳で里へ来た翌日、昏睡にあったカワセミ長に、ナチュラルにコンタクトを取ってしまったユユ。

 自分が一生懸命基本の勉強をこなしている間に、軽々と長の一人の弟子に収まって、何だか訳の分からない魔法を使いまくっていたユユ。

 

「生まれながらに何かを持っているとしたら……それは、ユユだ」

 

 あの妹より先に名前を貰う訳には行かない、という思いがあった。

 せめてあの子に追い付いたと思えてから、一緒に拝命したい。なけなしの自分のプライドだ。

 

 嫉妬とか焦りを持った時期もあったが、今はそういうのは通り過ぎている。

 忙しい父の代わりに育て親をやってくれたノスリのお蔭だ。

 自分の能力を把握し、立ち位置を確立させて、やるべき仕事をきっちりこなす。

 ナナは三人長の中でノスリを最も尊敬し、彼のようになりたいと思っていた。

 当のノスリは知らずに、ナナにはもっと高い次元を求めているのだが。

 

「みんな、知らないようだけれど……」

 すっ飛んで行きそうな馬を抑えながら、空の上もあって、大きな声で独りゴチた。

 

「僕、意外と平凡なんだぞ」

 

 

 ***

 

 

 里からユユの姿が消えても、カワセミは一見あまり変わらなかった。

 ただ、長年側に居る仲間には、彼の心が此処に無く、精彩を欠いているのが分かった。

 

 で、微妙にナナに負担が行く事になる。

 

 

 その日もナナは、外で一仕事終えて帰路、王都の側を通り掛かった。

 街や人家の上はあまり飛ばないのが定石だが、つい王宮を覗いてみたくなった。

 

「あそこにユユが居るのか」

 宮殿は前々王の時代からの物だが、門構えや庭園は新たに設えられ、明るくきらびやかだ。

「何だかあいつ、お得な星の下に居るよな」

 

 庭園の一角にユユの馬が遊んでいるのが見えた。

 用心しながらそこに降りてみる。

 ナナだけでなく、好き好んで人間の陣地に入る妖精はあまりいない。

 

「妖精が見えるのは王だけだし、大丈夫だよね……」

 ナナはキョロキョロしながら、ユユの馬に近寄った。

「久し振りだね」

 まだあどけない仔馬の顔の馬が、ちょっぴり羨ましかった。

 

 庭園の一角にはユユの馬の好物の赤爪草が、これでもかとばかりに積み上げられ、真鍮の水桶が置かれていた。

 草の馬が見えない侍従は、訳の分からないまま草を刈り、朝夕新鮮な水を入れ替えさせられているのだろう。

 

 馬のタテガミには金糸のリボンが編み込まれ、額飾りはトルコ石やらルビーやらで、王冠のように飾り立てられている。

 

「凄いな……」

「スゴいよね」

 

 ナナは横っ飛びした。

 忘れてた!

 このヒトが居たか!

 

「蒼の里ではナニ考えてんの?」

 淡栗毛のその人は、ユユの馬の鼻面を撫でながら、ナナに向き直って微笑んだ。

「ナナ……だよね。大長さんかと思った」

 

「ひ、久し振りです……シリギ殿」

「シリギでいいよ。妖精には僕の階級なんて無関係だろ」

 

 ナナがシリギに会うのは、彼が瀕死で里に運び込まれた子供の頃以来だ。

 お互いもうすっかり大人に変わったのに、お互い一目で分かった。

 

「里で寝込んでいた時、君も看病してくれたよね」

 あの頃とあまり変わらない、母やユユと同じはなだ色の瞳で、懐っこく見詰めて来る。

 ナナは意味もなくドギマギした。

 

「えと、シリギ……は、何でここに? 住んでいるのは昔の王都の方でしょ?」

「ああ、王に呼び出し食らった。しょーもない事で」

「……」

「新しい馬が欲しいんだと。僕の葦毛を寄越せってさ」

「……はあ」

 

 王って……人間のワガママの権化なのか?

 

「そんで言ってやった。戦場でいっちゃん目立つから面倒くさいっスョ! って」

 

 ナナは吹き出した。

 シリギも顔をしかめて笑った。

 

「本当はそんなしょーもない呼び出し程度で、わざわざこんなクソ宮殿くんだりまで来てやんないんだけどね」

 

 大ハーン相手に物凄い言い草だ。

 

「カワセミに頼まれているからね。機会ある毎にユユの様子を見て置いてくれって」

 

 ナナは笑顔が少し消えた。

 またユユか……

 

 そんなナナに気付いてか気付かないのか、シリギは飄々と続ける。

「玉座の横にちんまり座って、他の者には見えないのに、王がメチャメチャ飾り立ててんの。あれじゃリボンと宝石のお化けだぜ」

 

 ナナは想像して吹き出しそうになった。

 

「完全に自己満足の世界だね。王も僕もお互い見えている事は、知っていて知らない振りだから、ユユもかしこまっていたけれど、帰り際、肩をすぼめて溜め息付いて見せた。どうも、母君とテムジンみたいな冒険活劇を夢見ていたが、思ってたのと違った、って顔で、非常に退屈気だったよ」

 

 聞いている内にナナはまた苦笑しだして、シリギも微笑んだ。

 

「葦毛は口実。本当はユユを僕に見せびらかしたかったのさ」

 

 シリギは微笑み続けたまま言ったが、ナナは真顔になった。

 

「ああ、ごめん。勿論ユユは物じゃない。そういうカンカクの人間もいる、って事さ。特にフビライはね。僕の親父もそうだったけれど、テムジンにすんごいコンプレックスがあるんだ。で、『どうだ、凄いだろ、俺はテムジンと同じに蒼の妖精を侍(はべ)らせているぞ!』って」

 

 ナナは目を丸くしたが、恐れていた人間の王が妙に子供っぽく思えて、可笑しくなった。

「じゃ、じゃあ、貴方も僕を従えて練り歩いてみますか? 王の前を!」

 

 今度はシリギが目を丸くした。

「あっはははは! そいつぁいいや! 君の方がユユより何百倍も見栄えが良い。あのヒトすんごい顔するぞ!」

 すんごい失礼な事を口走っているのだが、彼が言うとナナは全然不快にならなかった。

 

「本当に行きますか?」

「いや、やめて置こう。洒落になんなくなる……」

 

 笑い過ぎて涙を浮かべながら、シリギはユユの馬から手を離した。

 

「あの人はねぇ、昔っから他人のモノとなると、欲しくってたまらなくなるのさ」

 

 ナナはそびえる城壁を見上げて聞いた。

「玉座も……ですか?」

 

「フレグみたいに南の一王で収まっていてくれれば良かったのに」

 シリギはもう笑っていなかった。

 

 

 もう何年も、カワセミ長がシリギの所へ通い詰めて、何やら画策しているのは知っている。

 残る二人の長が大体の事は把握しつつも、彼に任せて手出ししない事も。

 考えてみたら、自分よりもずっと迫力あって気難しい有翼の妖精と、この人は本当につるんでいるんだ。

 王のやっている事がお子様ランチにも見えるだろう。

 

 ナナはこの淡栗毛の、自分と少し血縁のある男性を、もう一度真剣に見つめた。

 

「そういえばさ」

 シリギは思い出したように口を開いた。

「前から気になっていたんだ。君とユユって……」

「・・??」

 

 

 

 

 

 

 




挿し絵:四コマ 
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