ネメアの獅子   作:西風 そら

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14・ナナⅡ

 

 

「本当に立派になって。見違えてしまいました」

 

「母上こそお変わりなく、若々しくご健勝で、安心しました」

 

「まあ、そんなお世辞を誰が教えるのかしら」

 

「僕ではないぞ」

 

 西方より戻ったツバクロは、ナナを伴って、風出流山(かぜいずるやま)へ来ていた。

 双子の母親は山頂にある神殿の守り人で、お世辞抜きでも雪の精のような麗人だ。

 

 まずはツバクロがユユの事を報告した。

 母はちょっと眉根を寄せたが、

「カワセミ殿が認めたのなら、それで良いのでしょう」

 と、息を吐きながら言った。

「ユユは、私(わたくし)とテムジンのお伽噺に憧れたのかもしれませんね」

 

「それはフビライ王の方です」

 ナナが口を挟んだ。

「王がテムジンに憧れているって、シリギが言っていました」

 

「まあ、シリギ、あの子は元気? 先の戦では大分難儀したと聞いたけれど」

 女性は懐かしそうに微笑んだ。

「それでもきちんと目的は達成出来たのでしょう? しかも妖精の助けを借りずに。カワセミ殿が肩入れをする訳ですねぇ」

 

 ツバクロが焦った様子で目線をキョロキョロさせた。

 

 ナナは口を結んで唾を呑み込んだ。シリギは戦に敗北した筈。自分には知らされていない、別の何かがあったのか。

 

「あ、あら……」

 母親はやっと空気を読んで、口を押さえた。

 

 と、その時、にわかに外が騒々しくなった。馬の興奮したいななきだ。

 ツバクロが立ち上がる。

「またか、あいつら。静めて来る」

 

「すみません、お願いします」

 ツバクロの馬と彼女の馬は仲良しなのだが、たまにじゃれ合い過ぎて大喧嘩になる。

 

「母上、あの……」

「ああ、ナナ、お父様方が貴方に言っていない事は、私も言えないわ」

 ツバクロが出て行った後話しかけて来たナナに、母は先に釘を刺した。

 

「いえ、それは理解しています。別の事で、教えて頂きたい事があるのです」

 

「何かしら?」

 

 

 ひとしきり馬と遊んで(無限宙返り)、前庭に降り立ち、ツバクロは神殿を見上げた。

 

 そそり立つ氷の円柱はいつ誰が作ったか不明だが、太古、風の民の祖先はここから地上に降りて来た。

 山頂付近の山肌を掘り抜いた大掛かりな建物だが、ほとんどが氷漬けで、広過ぎる玄関を仕切って、妻はそこで暮らしている。

 

 ――カシャン!

 

 何かが壊れる音がして、ツバクロは慌てて駆け込んだ。

 真っ青な母親が茶器を盆ごと引っくり返し、正面でナナが固まっていた。

「どうした? 何があった?」

 

 ナナは戸惑っている。

「羽根……『羽根の護りの術』について聞いただけなんです。いけない言葉だったのですか?」

 

 ツバクロはナナとその母を見比べた。

 彼女はまだ動けないでいる。

 

「どこで知った?」

 言いながら茶器のカケラを拾う。

 ナナもそれを手伝った。

「その……古い文献です。前に、オタネお婆さんが里の書庫の奥で見付けたって書物。古い文字を読み解くのに凝っていたから、貰ったんです。その中で、神殿に納められた『羽根の護りの術』の話があって。カワセミ長の羽根みたいな強い守護の術があるって」

 

 ツバクロは取りあえず肩を降ろした。

 何か善からぬモノがこの子を誘惑に来た訳ではないみたいだ。

 そんな書物が残っていたとは迂闊だったが、ナナは偶然手にしたのだろう。

 

「もしそんな術が神殿に納められているのなら、ユユに掛けて貰えないかと思って。もしかしたら今の状態を脱して成長し始めるかもしれないし。そしたら、カワセミ長も安心して本業に戻って来られるかなぁと」

 

 ツバクロは拍子抜けの顔になり、母親もホッと息を吐いた。

 

「その力は存在するけれど、禁忌です」

 

 いきなりズバリと言う彼女を、ツバクロは思わず二度見した。

 

「考えてもご覧なさい。そんな都合の良い便利過ぎる術が、『無償』な訳ないでしょう。代償を払わねばならないのです、差し引きマイナスになる程の。その挙句取り返しの付かない後悔に襲われて、祖先は禁忌にしたのだと思いますよ」

 

 うわ――上手いな――・・と思いながら、ツバクロは黙って彼女に任せた。

 

「カワセミ殿をご覧なさい。生まれ持ってしまった羽根と一緒に余計な責務ばかり背負い込んで、楽をしているように見えますか? 自分だけが護られるって、実は本人が一番厳しいのですよ。そもそも……」

 

 この口の回転、さすがユユの母親。

 

「わ、分かりましたっ、僕が浅はかをでしたっ、すみませんでしたっ」

 

 ナナが折れて、母親は笑顔に戻った。

 

「禁忌の術などに頼らなくても、蒼の一族には立派な守護魔法があります。そちらを先に学びなさい。貴方がそういうのをマスターする頃には、ユユだってちゃんと成長を始めていますよ。今は大きく飛び立つ前の、力を溜めている時期です。それより次に来る時は茶器をお願いしますね。西の国のデルフトとかいう窯元が今キテるらしいです」

 

「は、はい……」

 神殿から出ない癖に、何でそんな情報を持っているんだ……

 

 ヒヤヒヤさせられた訪問だったが、何とか無事治まったなと、ツバクロが息を付いたのも束の間、帰り際、またナナが口を開いた。

 

「あ――そう、もう一つ聞きたい事があったんです」

 

「も、もう母親を驚かさないでくれよ」

 

「今度のはそんなんじゃないです。えーと……母上は僕とユユを、どうして双子に生んだんですか?」

 

「??」

 母はキョトンとした。

「どうして……って言われても……」

 

「双子にしよう思って出来る訳ないだろう、何だってそんな事を疑問に思ったんだ?」

 

「ああ、そうですよね。僕も変だと思ったんです。……聞かれたんですよ」

 

「誰に?」

 

「シリギに……」

 

 

   *** 

 

 

 AD 1276

 

 カワセミの仕事は、確かにシンプルで数少ない。

 だからこそ、術力(ねじ伏せ)系に特化した、紙一重な事案も存在する。

 

 元々ギリギリラインでそれをこなしていたナナが、綱渡りを踏み外すのは時間の問題だった。

 

 ――――ザザザザザ

 ガガガガガガガ・・ガガガガガガガ   

 

 深泥(みどろ)の沼の主には筋の通った理屈は通用しない。

 突然凶暴になって意味もなく薙ぎ払いにかかる。

 それでも魔性になるか地神になるかの境目なので、面倒を見、様子伺いをしに行かねばならない。

 

 そして今ナナは、侮られ、沼に引き摺り込まれかけている。

 カワセミ長なら軽くかわして『戯(たわ)け』と雷で感電させて終りだ。

 

「ぜぇぜぇ、こんな滅茶苦茶な……」

 重い泥水が術を呑み込み、足に絡み付いて引っ張る。

「こんな力があるなんて聞いていな……」

 

 ――ドドン!!!!

 

 雷鳴が響き、稲光が渦の中心を真っ直ぐに貫いた。

 沼は泡立って足が軽くなる。

 ナナは必死に抜け出した。

 

「カ、カワセミ長?」

 安全な所まで退いて振り向くと、空から降りて来た騎馬は、意外や恰幅のいいノスリだった。

 

「ほぉい、深泥の主殿、これで鎮まっとけ。ほれ、もひとつ」

 

 ――どおん!!!

 

   ・・・

     ・・・

 ぴちょんと輪っかを残して、沼は静かになった。

 

「無事か、ナナ?」

 駆け寄ったノスリは、急いで怪我の具合を診てくれた。

 

「つ、使えたんですか、雷(いかずち)。知りませんでした」

「いや、これは前にカワセミから預かった奴」

「ああ……」

 

 ノスリは、術はあまり得意でないが、他人の術を一つ二つ自分の剣に預かる事が出来る。

 里でもあまり出来る者の居ない、特殊な能力だ。

 

 

「深泥の主殿の理不尽なキレっぷりを思い出してな。すまん、ここは俺が来るべきだった。まぁ、ナナには色々まだ早過ぎたかもしれんな……」

 ノスリにしたら自らの反省の呟きだったのだが、傷心のナナにはズンと堪えた。

 

「いえ、僕がちゃんと心を構えていなかったから……これからはちゃんと出来ま……」

 

 ノスリはずぶ濡れのナナの頭からマントをフサリと被せた。

「なあ、お前さん、子供の頃から子供らしくなかった。俺もそれで油断しちまったが……お前さん、出来ない事は出来ないと言ってくれ。情けないが、お前が成長著しいもんで、こちらも判断を誤ってしまうんだ。自分の限界を自分で把握して置くのも大切な事だぞ」

 ノスリ長にしては珍しく、理屈っぽい説教をされた。

 

 一杯一杯の上に、溺れて水を呑んで説教食らって、辛抱強いナナもさすがに口答えした。

「だって、ユユはいつまでたっても子供だし、カワセミ長は仕事放ったらかしだし、僕が無理してでも頑張らなくちゃイケなかったじゃないですか!」

 

 いつもは絶対そういう事は言わないナナなのだが。

 

「ユ、ユユの事なんか放って置けばいいのに・・!」

 更に叱られるかと思ったら、ノスリのゴツい掌(てのひら)がガッツリ頭を覆った。

 

「そうだ。俺達が悪かった。お前をこんな目に遭わせてなァ」

 分厚い手に背中をバンバン叩かれて、ナナはゴホゴホむせた。

 

「ただ、カワセミの事は許してやってくれ。あいつは『見捨てない』んだ」

 

「見捨てない……って」

 他人と関わりたがらないカワセミしか知らないナナには、意外な言葉だった。

 

「俺達が前の長・・今の大長の元に弟子入りしたばかりの頃は、信じられないかもしれんが、カワセミが一番味噌っかすだったんだ。ツバクロはすぐに何でもこなしたし、俺も何とか着いて行けた。でもあいつはいつでも青息吐息だった。脱落するのも時間の問題だと、概ねの者に思われていた」

 

「まさか、羽根があったんでしょ?」

 

「あれはただ持ち主を護るだけのモノだ。宝の持ち腐れだと揶揄される種にしかならなかった」

「…………」

 

「でもなあ、大長だけは見捨てなかった。何度も逃げ出したあいつを捜しに行っては連れ戻して。その想い出が強烈なんだろうな。あいつは一度面倒を見始めた者は絶対に見捨てないんだ。だから滅多に他人の面倒なんか見ないんだが」

 

 

 ***

 

 

「百眼の闘将は南の大国を完全に制覇したらしい」

 カワセミが木の上から最後の蜜柑を放る。

 

「ふうん」

 下でシリギが最後の蜜柑を受け捕った。

 

「本当に木守りの実は残して置かなくても良かったのか?」

 

 ソルカ妃の庭園。

 ここの木々も大分歳を取った。年々収穫出来る実が減っている。

 

「いいよ。多分この庭で蜜柑を収穫するのは今年で最期だ」

「…………」

 

 カワセミは黙って袋を受け取り、自分の馬にくくり付けた。

 ソルカ妃が亡くなってから、ユユやノスリ家の子供達が毎年蜜柑の蜂蜜漬けをこしらえていたが、誰が作っても、ソルカ妃のそれとは別物だった。

 

 

「フビライ王から召集が掛かった」

 シリギは蜜柑の老木を見上げながら、サラリと言った。

「草原のまん真ん中の戦争だ。根回しは終わっている。後は反旗を翻すタイミングだけ」

 

「いつ、発つ?」

「明朝」

 

 カワセミはシリギに正面向いた。

「せめて封印を解かせてくれ」

 

「何回も言っている、答えは同じ。人間相手に妖精の力は要らない」

 

「詭弁だろ。戦場で散々、風やら雷やら便利に使っている癖に。封印を解いて置けば、少なくともどんな状況でもキミは自分の身を守れる。今の枷が掛かっている状態でもそれだけ使えるんだ」

 

 カワセミの言い分に、シリギは罰悪そうに肩を竦めた。

「あんまり人間離れするのもなあ」

 

「百眼の闘将が相手だぞ?」

 

「だから尚更だよ……」

 最後の言葉は口の中でボソッとだった。

 

 これ以上彼に言っても堂々巡りなのは、カワセミには分かっていた。

 シリギはただ単に、自分に責任を負わせたくないだけなんだ。

 

 

「ねえ、カワセミ、ユユの事なんだけれど」

 シリギはフィッと話題を変えた。

「なーんか、心配なんだよなあ。……あと、ナナも」

 

「ヒトの心配をしている余裕があるか……??……え、ナナも?」

 

「うん、具体的な事は分からないけれど、ナナも、何か危ない」

 

「…………」

 

 シリギがトルイから受け継いだ能力。

 蒼の長の血筋に永々と流れる力。

 

『この世の流れを見据え、良き方向へ風を流す力』

 

 彼はもうずっと何年も、大きな流れを見据えて闘っていた。

 

 

 ***

 

 

「カワセミの予知能力とダブルで、あいつら、あまり良くない未来を見てしまっているんだ。俺らにもあんまり言わないんだけれどな。他の誰も介入出来ない、多分あの二人にしか理解し合えない世界なんだろう」

 

 深泥の沼から帰る道々、ノスリはナナに、カワセミが何でシリギの所に入り浸っているか、教えてくれた。

 秘密にしていた訳ではない。

 シリギがやっている事に関しては、『妖精が関わるべきではない事』なのだ。

 妖精は人間に手出し出来ない。

 

「カワセミも、あんまり甘える機会がなくて大きくなった。大人コドモだ。トルイの危険を予知出来なかった事を未だに引きずっている。関われないと分かっていても、捨て置く事が出来ないんだ」

 

 ナナはノスリの背中でそれを聞いていた。

 ずぶ濡れのナナが冷えぬよう、ノスリは二人乗りで風避けになってくれているのだ。

 

「ねぇ、ノスリ長」

「なんだ、冷えたか?」

「ううん……ね、僕達、本当に、何も出来ないんでしょうか?」

「ん?」

 

「ユユが王に関わっている。なら、双子片割れの僕にも、何か役割がある気がするんです」

「……??……」

 

 

 

 

 

 

 

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