ネメアの獅子   作:西風 そら

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家系図:
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~時系列表~
1253: バヤン初陣 少年シリギとの別離
1260: フビライ VS アリクブケ王位争奪戦
1264: バヤン帰郷 フビライの配下に
1270: フビライ ユユと会う
1271: ナナ シリギと会う
1276: シリギの乱
1279: シリギの乱終焉へ

   ***


15・フビライⅠ

 

 

 AD 1255

 

「叔父上、また居らしていたんですか?」

 

 蜜柑の花咲く庭園の野バラのアーチの下で、淡栗色の少年とかち合って、若きフビライは心の中で舌打ちした。

 

 大ハーンモンテの四男坊、シリギ。

 戦に出ると滅法強い。

 巷で呼ばれるあだ名が『旧王都の碧眼の獅子』。

 

「病床の母の見舞いに息子が通って不都合があるのか?」

「いいえ、ありません。過ぎた質問を重ねてお祖母様を疲れさせなければ」

 この少年は何だってこんなに小憎らしいんだ?

 

「他意は無いさ。年寄りがこの世に残したい言葉もあろうと、聞き役に徹しているまでの事」

「縁起でもない! お祖母様はすぐ元気になられますよ!」

「……悪かった、言葉の綾だ」

 

 本当に、数年前までの気弱な子供とは思えない。

 戦場での活躍も人間離れしている。

 嘘か真か聞いた話では、獅子の行く所疾風が起こり、数百の人垣を割って真っ直ぐ敵本陣に斬り込んだとか。

 噂を話し半分と取っても、何か別の力を感じる。

 例えばテムジンのように。

 例えばトルイのように。

 

 それが某かの力だとすれば、トルイの妃でありテムジンのお気に入りだったソルカ妃が、何か知っている可能性が高い。

 もしかしたら妃が、何らかの力を発揮出来るモノをトルイから受け継いで、この気に入りの孫に与えたのやも知れぬ。

 

 フビライは妃の前で良い人を演じた。

 父親や兄達と仲の悪いシリギの身を案じる振りをして、後ろ楯に付く事をチラつかせたり、少しづつ妃の警戒を解いた。

 

 妃も歳を取り気弱にもなっていたのだろう。

 段々に、トルイとの想い出などを語るようになり、話が反れてもフビライは辛抱強く待った。

 

 そして………とうとう、求めていた核心を聞き出した。

 それは想像も寄らない事だった。

 

 王朝の祖テムジンの側には、本物の戦の女神が付いていた。

 そして、テムジンとその女神の間に生まれたのが、自分の父トルイ。

 自分にも戦神の血が流れている!

 シリギには戦神の能力が色濃く受け継がれていると言う。

 

 それから間もなく、フビライは大ハーン・モンテの命で南方に派遣された。

 フビライは砂の下の蠍(サソリ)のようにじっと待った。

 兄弟四人の中で、自分だけがテムジンとトルイの秘密を知っている。

 これは、自分が特別だからだ。

 テムジンの系譜を継承すべき選ばれた者だからだ。

 

 

 期は意外と早くに来た。

 大ハーン、モンテが遠征先で急逝した。

 王都の留守を預かっていた弟のアリクブケが、分も弁(わきま)えず、大ハーンを名乗った。

 そんな事は許して置けない。

 大ハーンの冠は選ばれし者だけが被る為にあるのだ。

 

 フビライは兵を挙げ、王都を目指した。

 しかし……彼の前に碧眼の獅子が立ち塞がった。

 

「何故お前がそこに居る!? アリクブケの子供達ならいざ知らず、お前は……本当の王は誰であるべきか、判断出来る筈だ!」

 

 フビライの散々の勧誘にも耳を貸さず、シリギは行く先々でフビライの軍を苦しめた。

 彼さえ居なければとっとと玉座に付けた筈なのに、継承争いは五年にも及んだ。

 

 フビライが侵攻していた南の地はその間に失われた。

 そしてお互い消耗し、臣下の間でも争いの不毛さが唱えられ始めた頃……

 

「叔父上」

 まるで庭園の入り口で行き合ったみたいな口調で、シリギはフビライの前に現れた。

 夜中に、突然、戦の陣の寝室に……!

 

「ねぇ叔父上、僕の頼みを聞いてくれたら、アリクに折れるよう説得出来るけれど」

「何を、今更……!」

 フビライは卓上の鈴を手に取り兵を呼ぼうとした。

 

「叔父上、貴方の寝首をかこうとするなら、今出来た筈だよ。僕の目的は貴方を倒す事じゃない」

「……なら、何が目的だ」

 フビライは刀の束に手を掛けながら聞いた。

「……………」

「言えぬのか!」

 

「アリクとその子供達の命を助けて」

 シリギは勝手に自分の要望だけを喋り出した。

「後、アリクに手助けした諸侯達も出来る得る限り不問にしてやって。皆、僕に引きずられてここまで来たんだ。言うなれば、貴方の敵は僕一人なんだよ、叔父上」

 

 シリギはその薄青の瞳でフビライをじっと見た。

 敵と言いながら、その目に敵意は感じられなかった。

 何とも言えない、不思議な感情が隠っていた。

 

「よし、お前の望み通りにしてやろう。しかしタダではない。こちらの条件も呑んで貰おう」

「…………うん」

「お前は私の配下に降り、生涯私の為だけに働け。どうだ?」

 

「…………叔父上に、獅子を懐に飼って置く胸量がお有りなら」

 

 

 ***

 

 

 AD 1274

 

 王都の宮殿、戦神の居室。

 フビライがユユの為に設えた贅沢な石の部屋。

 

 王は盃を手に、ビロウド張りの長椅子にもたれている。

 床のトナカイの毛皮の上にユユが座り込んで、木片のパズルを積み上げている。

 

「それで、シリギは王サマの家来になったの?」

「表面だけはな」

「ヒョウメン?」

「アイツが本当の所、何を考えているのか解らん。結局アリクブケはあの後すぐに病死してしまった。元々身体が弱く、余命幾らも無かったのだ。そんな王を何故、意地になって玉座に着けていたかったのだ?」

 

「……知らないわ」

 ユユは積み木の難しい所に差し掛かって、上の空で答えた。

「シリギと最初に逢ったのは子供の頃だったし。たまに会って一緒に蜜柑の実をもいだりしたくらい。でも、大人になってからはあんまり会わなくなった。大人は忙しくて、妖精の子供になんて構っていられないの」

 

 パズルの積み木はガラガラと崩れ、女の子はまた最初からそれを積み始める。

 

 この娘がシリギの古い知り合いだったのには驚いたが、どうやらそんなに親しくは無さそうだ。

 しかしフビライは、シリギの弱味を握る為、あらゆる情報が欲しかった。

 

「子供の頃はどんな話をしたのだ?」

「そうね、家族の事とか……」

「話してみろ」

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・ 

「……それで、アタシとナナと母様と、三人暮らしだったって話をしたわ。今は山で一人で居る母様の事を想いながら暮らしているって」

 

 王は話を振った事をやや後悔しながらも頑張って聞き、終わる頃には葡萄酒の一瓶を空けてしまっていた。

 まぁ……要するに、テムジンに付いていた女神はまだ存命なのだ。

 

「母君は、妖精の禁を破ってテムジンを手助けした為、故郷へ戻れず山で独りで居(お)わすのだな。それは申し訳ない事をした。ここへ呼べば良い。不自由はさせない。あらゆる贅(ぜい)を提供しよう」

 

 ユユは困った顔を向けた。

 

「どうしてそんな風に思うのかしら。母様は自分の役割りを見付けたからテムジンの所へ行って、今は山が居るべき場所だから居るだけだわ。シリギはただ、良い家族だねって言ってくれたよ」

 

 王はあからさまに不快な顔をした。

「あれは変わり者だ。ひねくれている。実の子供と離れて暮らして良い家族な物か」

 

「あれ? でも、王サマはシリギの事、好きなんでしょ?」

 

 王は葡萄酒をむせた。

「な、何で? 俺が?」

 

「だって、この間呼び付けて来るまでの間、凄くそわそわして楽しそうだったわ」

 

 それは……蒼の妖精の娘を見せ付けて、シリギの驚く顔を楽しみにしていたのだ。

 

「あれは、俺の期待に沿わない。子供の頃からいつも歯向かうのだ」

 

「……王サマは、シリギにどうして欲しいのかしら?」

「そりゃ忠誠を誓って欲しい。その能力を存分に、王の為に役立てて欲しい」

「…………」

「当たり前だろう?」

「何だかそれって……」

「??」

 

「シリギで無くとも良いのね。戦が強ければ、誰でも」

 

「……??」

 王は妖精の娘が何を言いたいのか解らなかった。

 勿論強い戦士だから手の内に欲しいのだ。

 役に立たなくて、欲しがる価値があろうか。

 

 ユユは上手く出来ない積み木を諦めて、窓辺に寄った。

 カワセミが開けた大穴は、大きな窓に設えられていたが、真鍮の枠がはめられ、縦横の格子が、空を分断していた。

 下の庭園にユユの草の馬が遊んでいるのが見える。

 ユユに気が付くと、フワリと飛んで窓辺にやって来た。

 

 格子の間から手を出して愛馬の首を撫でながら、ユユは小さく息を吐いた。

「何でこんな格子が要るの?」

 

「お前が外が見えねば嫌だと言うから、大きな窓を作った」

「……………」

「格子があっても外は見えよう」

 

 ユユはパキパキ折れる麦わらで蝶結びを作っているような気分だった。

 人間って、こんなにも自分達と色々ズレている物なんだろうか?

 母様もテムジンとこんな苦労をしたのだろうか?

 

「王サマがアタシを欲しいって言ってくれたから、アタシは此処に居るんだよ」

 

「口約束だけでは何の保証も無い。お前が気紛れを起こして去ってしまわないという保証が」

 

「保証……」

「我等は約束をする時は、家族を人質としてやり取りする。それが保証だ」

 

「ふうん……」

 ユユは乾いた表情で馬の首を掻いた。

「わざわざ『良い家族じゃない家族』になるの?」

 

 妖精の娘の挙げ足取りな言い様に、王は気分を害したが、ユユは格子を指でなぞりながら重ねて聞いた。

 

「王サマはアタシを好きじゃないの?」

 

「えっ」

 フビライは小娘相手にちょっと動揺した。

 

「嫌いなの?」

 

「嫌いではない。好……いや、お前は……色々、好ましい……」

 

「じゃあそれが保証だわ」

 ユユは空と格子を背景に、王に向き直った。

「王サマがアタシを好きという気持ちが、アタシを此処に繋ぎ止めるの。アタシはアタシを、ちゃんと好きなヒトの側に居たいの」

 

「……………」

 

「王サマはシリギの事、好き?」

 

「…………………」

 

 

 

 

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