ネメアの獅子   作:西風 そら

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第一章の最終話です


8・銀の石

 

 旧王都の西の森。

 

 陽当たりの良いソルカ妃の庭園より、こちらの蜜柑の木の方が、少し遅くに結実する。

 今年最後の蜜柑をもぎに、少年は森へ踏み入る。

 

「あれ?」

「あら」

 

 何ヶ月振りかに会う、空色の巻き髪の女の子。

 木の上で、脱いだ上着一杯にくるんだ蜜柑を抱えている。

 その上の梢に、有翼の妖精が鷹のように立っている。

 

「こ、こんにちは……」

 何となく苦手意識をあらわにする少年に、無表情に一瞥くれて、カワセミは梢を蹴って少年の斜め横に降り立った。

 

「ユユ、全部は採るな。木守りの実は残しておくんだ」

「はぁい」

 

「採っちゃうの?」

「持って帰るのは、キミだ」

「……」

 

 相変わらずこちらがリアクションに困る棒読み台詞で、カワセミはサラリと呟く。

「あの蜂蜜漬けは、絶品だ」

 

 そういえば、母君に渡した蜜柑の蜂蜜漬けは、蒼の里へ戻るツバクロにもお裾分けされていた。

 

「また宜しくと、ソルカ殿に伝えておいてくれ」

「は、はい……」

 

 樹上で蜜柑採りに専念しているユユを確認して、カワセミは静かに少年に問うた。

「で、分かったか?」

「何を、ですか?」

「自分が何の役割を持って生まれて来たか、だ。一番最初に聞いただろ」

「あ、ああ」

 

 シリギはちょっと唾を飲み込んで、顎を上げて答えた。

「僕、ちゃんと意味を持って生まれて来たんです。おこがましいけれど」

 

 カワセミは水色の深い瞳で少年を見つめながら、黙って続きを待っている。

 

「トルイが心ならずも残してしまった、ちょっとずつの曇りを拭(ぬぐ)って……いろんなヒトを、ちょっとづつ幸せにする為に、この世に来たのかなあ、と。多分これからも」

 本当におこがましい。

 どうせまた怒らせるんだから、遠慮せずに思った通りを言おうと思った。

 

 少しおいて、カワセミが静かに

「ああ、そうだな……」

 と頷いた。

 

 えっ、いいのっ!?

 

 カワセミはもう一度ユユがこちらを向いていないのを確認してから、ポケットから何かを取り出した。

 小鳥の卵よりもう少し細長い、鈍い銀に光る石。トルイの瞳と同じ色だ。

 

「これを持っていろ」

「……? これは?」

「握って強く思えば、何処に居てもボクに伝わる」

「??」

 シリギは、角度によって半透明にも見える不思議な石と、カワセミの顔を見比べて、キョトンとした。

 

「キミが『本来の力』を使いたいと思ったらボクを呼べ。封印を解いてやる」

「ぇ……ぇっ、ええっ?」

 

 カワセミは更にシリギに顔を近付けて囁いた。

「キミは、多分そこそこの術力を持っている。素で地の記憶に入れた位だから。大長は眠ってる間にキミに封印を施した。それは正しい。誰だってキミに命を縮めて欲しくはない」

 

「え……僕? そうなの?」

 いきなり過ぎ……

 

「だけれど、キミがその能力を持って生まれたのには意味がある。その意味を見つけたら、ボクを呼べ。ボクの責任に置いて封印を解いてやる」

 

 シリギは少しの間石をじっと見つめてから、カワセミを見た。

「いいの? 妖精って掟とか厳しいんじゃ……」

「大長の言う事は絶対だ。でもキミの意志は、別の次元で絶対だ。それがボクの『摂理』だ」

 

 シリギは暫く、この祖父の親友というヒトを見つめた。

「分かりました、お借りします。……ありがとうございます」

 石を大切に懐にしまう。

 

「カワセミ様――」

 樹上のユユが叫んでいる。

「もう一杯。重くて持てないわ。もういいでしょう?」

 

「ああ、偉いぞユユ」

 カワセミは何事もなかったように、また無表情に戻った。

 

 

 ユユはシリギから袋を受け取って、わざとかと思える程ゆっくりと、丁寧に蜜柑を移し始めた。

「適当でいいよ」

「だって、カワセミ様ばっかりシリギとお喋りしてズルイ。あんまりお気軽に会えないんだから、あたしの事忘れられたら嫌だもん」

 

「忘れないよ」

 シリギは目を細めて、自分と同じ色の瞳を見つめ返す。

 

「人生で、ずっと一緒に居ても記憶に残らない者もいる。ほんのちょっとしか居なかったのに一生残る者もいる。何があっても君の事は忘れようが無いよ、ユユ」

 巻き髪の少女はちょっと目を丸くして、はにかみながらまた作業を続ける。

 

「腕が、ちょっと太くなったな……」

 いきなり真後ろからカワセミに腕を掴まれて、シリギは飛び上がった。

「び、びっくりさせないで下さい。えと、剣を、習い始めたんです。本格的に」

「ほお」

 

「トルイの剣を帯びる為に。あんな立派な剣を下げていてヘボかったらカッコ悪いじゃないですか。あと、えっと……色々なモノを護れるように、です」

「……うん、そうか」

 

 水色の妖精は静かに頷き、少女は蜜柑を詰め終えて、しっかり目を見て少年に差し出した。

 

 蜜柑の木の清しい香りが風に舞う。

 

 

 

 

 

 風出流山(かぜいずるやま)の神殿。

 女性は一人、地平に掛かる三日月を眺めていた。

 季節が替わり星も替わる。今宵は早くに月が沈んで、冬の星座が鮮やかに浮かび出した。

 

「あの子、そう、この星のようだわ」

 月の光に隠れていたけれど、本当はちゃんと其処にあって、一生懸命地上を照らしてくれていた。

「トルイが月の子、シリギは星の子……ね」

 

 星はこれからも数奇な運命を辿るだろう。

 どんな時世(ときよ)に翻弄されようと、揺るがずそこで光り続けてくれますようと、女性は静かに祈る。

 大昔、王(ハーン)やその息子の為に祈ったように。

 

 

 

 

       ~ 月の子星の子・了 ~

 

 

 

 

 




次回から第二章です。
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