「い、いえーい。 めっちゃ緊張してきたしぃ・・・」
「ピース、いいか? まじゅは俺達がどんと構えないとハヤカゼが不安がるだろう」
「トレーナーも噛んでるわよ。 もう・・・どうして走る私より二人のほうが緊張しているの?」
そうは言っても初めての重賞なのだ。
少し噛むぐらいは許容範囲ではないかとトレーナーは思った。
イノセントピースなんて声が震えまくっているし足もガクガクしている。生まれたての小鹿かなにかだろうか。
トレーナーは一度深呼吸をするとハヤカゼセイランに声をかけた。
「それはともかくだ。 今回出走しているなかで特に手強いのはメジロライアンとアイネスフウジンの二人。だけどハヤカゼが自分の力を出せば勝てる。 ・・・緊張はしてないか?」
「二人を見てたら緊張なんてとっくにとけちゃったわ。 それじゃそろそろ行ってくるわね」
「パイセン!」
ピースの声にハヤカゼセイランは振り返る。
「いつも通りにぶっちぎるし!」
震えながらそう言って笑うイノセントピース。それに笑い返しハヤカゼセイランはパドックへと向かった。
パドックでジャージを脱ぎ捨てたハヤカゼセイランは歓声を浴びながら自身のトレーナーと後輩を探していた。が、なかなか見つからない。
イノセントピースはどういうわけかひどく震えていたからそのせいで遅くなっているのかなと思いながら身体を伸ばした。
探す途中でメジロパーマーとその友人であるダイタクヘリオスが手を振る姿を見つけ、手を振り返す。
「そういえば、そろそろパーマーたちにピースのこと紹介しようかしら。 ・・・でもほんとあの二人と相性良さそうなのよね」
「取られないかしら」そうぼやいた時、ようやくトレーナーとイノセントピースの姿を見つけた。
イノセントピースはまだ震えているようでハヤカゼセイランは思わず笑みを溢した。そんな二人に手を振ってからひとつ深呼吸をして7番のゲートに入った。
出走するウマ娘の紹介が今度は人気順に流れる。
一番人気はメジロライアン、二番人気はアイネスフウジン。そして──
『三番人気はハヤカゼセイラン。 これまで三戦全勝。今回も素晴らしい逃げを見せるのか』
「あ、パイセンの紹介だし!」
次々と出走するウマ娘の紹介がされていく中、トレーナーと未だに足がガクガクしているイノセントピースは観客席の最前列に陣取った。
『さあ各ウマ娘のゲートインが完了。 出走の準備が整いました』
ウマ娘たちがスタートの体勢をとった。そして──
『さあゲートが開いた。 一斉にきれいなスタートを切りました。 ハナを行くのはハヤカゼセイラン、その後すぐにアイネスフウジン。 一番人気メジロライアンは集団後ろに付きました』
「いえーい! パイセンいえーい!」
元気よく応援するイノセントピースとは対称的にトレーナーは静かにレースの推移を見守っていた。
『今が1000メートルを通過。 先頭は変わらずハヤカゼセイラン。 少し離れてアイネスフウジン』
大きなレース展開が無いままにレースは中盤へと突入した。
順位は先頭にハヤカゼセイラン、一馬身差でアイネスフウジン。三着のカシスレインスは三馬身離れている。
このまま行ければ勝てるとトレーナーが思った時だった。
突然ハヤカゼセイランの身体がガクンと下がった。
「え?」
それは誰の呟きだったのか。イノセントピースのものだったかもしれないし、トレーナーのものだったかもしれない。それとも誰とも知れぬ観客のものか。もしかしたらハヤカゼセイラン本人のものだったかもしれない。
ハヤカゼセイランの身体が右足から大きく崩れ、ターフに叩きつけられた。しかしそれでも勢いは殺せず数度バウンドしてからようやく止まる。
トレーナーはどこかで悲鳴があがり隣のピースが息をのんだ音を聞いた。
『あーっと! ハヤカゼセイラン転倒した! 大丈夫でしょうか!?』
『大丈夫だといいのですが。 後ろのウマ娘たちは巻き込まれずににかわせたようです』
「トレーナーさんっ!」
イノセントピースの声でトレーナーは正気を取り戻した。見ればイノセントピースはすでに観客席から身を乗り出し飛びだそうとしていた。
本来ならトレーナーは一度イノセントピースを落ち着かせるべきだったが。
「ああ! 先に行け!」
イノセントピースが弾かれるように飛び出す。観客のどよめく声を背にハヤカゼセイランの元へと急ぐ。
本来ならレース中のコースに入るなんて自殺行為だがすでにみんな走り抜けた後。構わず柵を飛び越えターフを駆ける。
「パイセン!」
イノセントピースがハヤカゼセイランの元に駆けつけた時、ハヤカゼセイランは右足をおさえていた。額には脂汗が滲んでいる。
ハヤカゼセイランの側にしゃがむと彼女の目がイノセントピースの方を向いた。
「ピース・・・? どうして、ここに」
ハヤカゼセイランの目は僅かに焦点があっていなかった。もしかしたら頭を打ったのかもしれない。
イノセントピースは内心焦りながらも頭を動かさないように注意しつつ慎重に右足に体重がかからないよう身体の向きを変えた。
「パイセンとりまこれで動いちゃダメだし! すぐ担架がくるし! 救急車も!」
「あ、わたし・・・ ごめんね・・・カッコ悪いとこ、見せちゃったわ」
「そんなこと! とにかく、とにかく大丈夫だし! すぐにお医者さんが、お医者さんが・・・」
ボロボロ涙をこぼすイノセントピースの頬にハヤカゼセイランの手が添えられた。
咄嗟に身体を庇ったのか腕や手にも傷があるがハヤカゼセイランは気にせずイノセントピースの頬に流れた涙を拭った。
「心配、しないで。 大丈夫だから・・・」
すぐに救護班と救急車がかけつけ、救護員が意識確認と応急措置を始めた。イノセントピースは救護班と一緒に来たトレーナーに肩を抱かれながらそれを見ていることしかできなかった。
それからハヤカゼセイランは救急車に乗せられ病院に向かうことになった。トレーナーは付き添いをするために救急車に同乗する。
「ピース、大丈夫か? 一緒に病院に・・・」
「・・・ううん、アタシはほら、荷物とか持って帰んなきゃだし。 アタシたちはチームなんだから役割分担をしなきゃ。 パイセンのことはトレーナーさんに任せたし」
それはイノセントピースの精一杯の強がりだった。それを察したトレーナーはただ一言「頼んだ」とだけ言い救急車に乗り込む
ハヤカゼセイランとトレーナーを乗せた救急車が病院に運ばれていった。
二人を見送ったイノセントピースは立ち上がろうとして、地面になにかが落ちているのを見つけた。
「これ・・・アタシがパイセンにあげた」
赤いハートの耳飾りだった。少し汚れていたものの割れてはいなかった。
それを強く握りしめ、救急車が走っていった方向に振り返る。
「・・・パイセン」
もう姿は見えなかった。
いろいろ書いてて思うのはなんだかんだ王道っていいよねってこと。