全て三人称視点。いつもと書き方が違いますので注意。
では本編どうぞ。
かつては『古都』と呼ばれた京都も今は様変わりし、一昔前の東京のような――摩天楼の如くビルが立ち並ぶようになった。古都保存法なんて真っ向から無視したように、煌びやかなネオン灯や派手な色彩で溢れている。かつての京都で高層の建物と言えば「京都タワー」だったかもしれないが、今ではそれを抜いて多くのビルが乱立している。
メインストリートは多くの人間で賑わっており、外食帰りの家族や夜のデートと洒落こんでいるカップル、塾帰りなどが入り乱れている。
その雑多の中、ビルに背を預けるように麗しい少女が一人いた。
宇佐見蓮子。京都府の某大学に通う女子大生である。
黒い帽子を被り、白いブラウスに赤いネクタイを緩く締め、レースが施された黒いスカートを身に着け、ぼうっと佇んでいる。
誰かを待っているのかもしれないが、それにしては妙だった。
行き交う人たちはそんな彼女を薄気味悪く一瞥するだけで、声をかけようだなんて思わなかった。
それもそのはずだ。
彼女の目には精気は全くと言っていいほど宿っておらず、どんよりとした胡乱気な、どこか『壊れた』という印象を与える目をしているからだ。
良く言えば呆然自失、悪く言えば死んだ目……と記した方が理解が早いかもしれない。とにかく、彼女は何かを失い、それを取り戻す算段が付かず、諦念しているかのようにも見える。或いは、目的の場所とは違う場所に辿り着いてしまった漂流者のようだ。
「……」
虚空を眺めていた蓮子の視線が僅かに動く。視線は空へと向かい、星空を見上げた。ネオンの眩しさに慣れてしまうと、星の光すらも朧げになってしまう。その薄ぼんやりとした頼りない光を見つめていた蓮子はボソリと呟いた。
「……もう、こんな時間……なんだ」
時計を見たワケでもないのに、蓮子は正確な時刻を知った。
蓮子には特異な能力が宿っており、それは『星で正確な時間を知り、月で精確な位置を知る』能力である。日本限定の能力だが、蓮子はこれで時計を持つ必要はないのだ。
――だったら一度くらい、デートの待ち合わせに遅れずに来なさいよ
不意に、そんな声が聞こえた。
「……え?」
辺りを見渡して見ても、自分に声をかけてきた人物などいない。
「……誰、なの?」
そう問いかけても、蓮子に答えを教えてくれる者はいなかった。怪訝に思ったものの、いつまでもここに突っ立っているわけにもいかない。通行人の邪魔にもなるし、さっさと家に帰ろうと思い、自宅へと歩を進める。
歩きながら蓮子は思考に耽る。
いつの日からか忘れてしまったが、蓮子は自分は何かを失ってしまったということを理解していた。殆ど直感でしかないのだが、蓮子はそれは失ってはいけない『何か』だと思い、こうして町に繰り出してはその『何か』を独りで探している。
「……私は、何を失くしたの……?」
誰に問いかけるワケでもなく呟く。立ち止まり、自分の手のひらを見つめる。しかし、この手から零れ落ちた『何か』が分からない。十分にやってきたはずなのに
「……独りで、ずっと……探してきたのに……」
手を胸に当て、ぎゅっと服を掴む。
アレでもないコレでもない、と悩みながら探してきた。しかし、『何か』は見つからない。もがけばもがくほど沈んでいく底無し沼のように、焦れば焦るほど抜け出せなくなる。
心のどこかにぽっかりと穴が開いてしまい――深い欠損が出来てしまったみたいな感覚に陥る。
モヤモヤとした、それでいて締め付けられるような想いを抱きながら、蓮子は再び歩き出す。
しばらく歩いていたら小腹が減った。そう言えば、捜し物に夢中になり過ぎて朝と昼をろくに食べていなかったことを思い出す。
「……お腹、空いたな……」
家に帰ってから食事にしようと思っていたが、こんな時間から自炊をする気にもならない。辺りを見渡すと、大学の帰りに良く通っていた喫茶店が目に入った。
「……軽食でも食べないだけはマシ……か」
どうせ食べようと思っても、今の状態ではあまり喉を通らないだろう。それに、この喫茶店は勉強したりすることでよく立ち寄るので顔馴染みでもある。
蓮子は喫茶店へ向かい店内へ入る。
「こんばんは」
「いらっしゃ……あら、蓮子ちゃんじゃない。どうしたの、こんな遅くに」
「少し外に出てたんですけど、お腹がすいちゃって」
顔馴染みのウェイトレスは蓮子を見ると「いつもの席ね」と言って窓際の席へと案内した。
「今日は一人なの?」
「え、えぇ……まぁ」
突然何を言い出すのだろう、と不思議に思った。ここにはいつも一人で来て居たはずだが、なぜこの人は蓮子にはいつも連れが居るような口調で問いかけてきたのだろうか。
「まぁ、あの子もアナタも、一人でいたい時くらいあるに決まってるか。いつもので良いんでしょ?」
「あ、はい……お願いします」
ウェイトレスはそう言って立ち去った。
蓮子は一人、先ほどのことについて考える。
「確かに、大学の友達とたまに来たりはしてたけど……」
それは不特定多数の友達とだ。誰か一人と、なんてことは無いはず。しかし彼女は『あの子』と言っていた。ということは、彼女もその『あの子』とは顔馴染みということだ。
何かがズレている。蓮子と他の人との間に認識のズレが生じている。
考えこんでいたら食事が運ばれてきた。
「お待ちどうさま。一人の食事は味気ないかもしれないけど、ウチの料理はそれを差し引いても美味しいから」
テーブルに料理が置かれ、ウェイトレスは去って行った。蓮子はそれを見送り、テーブルの上の料理に視線を落とした。
「……とりあえず、食べるか」
いただきます、と手を合わせて蓮子は食事を始めた。
独りの食事を済ませ、食後の紅茶を楽しむ。スティック状の袋に詰められた砂糖を半分ほど入れ、かき混ぜる。ちらり、と対面の空席を眺める。
「……」
心に小さな棘が刺さったような感覚があった。棘というよりは、違和感と言った方が正解かもしれない。
なぜ私はこの喫茶店に入った?
この時間までやっている喫茶店が珍しいからだろうか。違うはずだ、別に食事を済ませる程度であればそこらへんのファミレスでも良かったし、コンビニで適当に見繕っても良かったはずだ。それなのに、自分はこの喫茶店を選んだ。
偶然なのだろうか、と考えた瞬間だった。
白い『誰か』がそこに居た。
蓮子は驚いて動きを止めた。しかし、その白い『誰か』が居たのはほんの一瞬であり、すぐに消えてしまった。蓮子は見てしまった。
その白い『誰か』が真っ直ぐに蓮子を見ていたのだ。
「……どうして……?」
得体の知れぬ『何か』に責められるこの想い。失くしたらしい『何か』如きが
「どうしてこんなにも私を戸惑わせるの!?」
バンッ、とテーブルを両手で叩き、対面の空席を睨みつけながら叫ぶ。周りの客がギョッとしてこちらを見つめる。いきなり怒りだしたかと思えば、対面には誰も居ないのだから、さらに驚きを加速させる。
自分の胸中に渦巻く想い。歪んでしまっている『何か』が蓮子を責める。自分は蚊帳の外で事態が進行している孤独。
その歪んだ『何か』を確かめることが出来たなら、暴くことが出来たなら、この胸に燻ぶり続けるやり場の無い想いを消せるのだろうか。
蓮子は無性に叫びたかった。このやり場の無い想いを、責められる気持を。ただただ叫びたかった。
「……ッ」
しかし、何を叫べばいいのか分からない。
そもそも、誰に何を叫べばいいのかが分からない。
じわりと涙が浮かぶ。ウェイトレスが「どうしたの?」と問いかけて来るが、蓮子が欲しいのはそんな言葉じゃない。
「…………ッ」
誰も教えてくれない『言葉』は嗚咽となり、弱弱しく漏れるだけだった。
心がざわつく。涙は頬を伝い、零れ落ちていく。
その涙の意味を、教えて欲しかった。
会計を済まし、とぼとぼと自宅へと向かう。
周りの喧騒がやけに遠くに感じる。まるで自分だけ別の次元に居るかのようだ。
帰宅途中、蓮子の心は叫び続けている。蓮子の心は何かを否定し続けていた。こんな現実は嘘だ、と喚いていた。
「……なにが嘘なのよ」
心から来る疑問に、蓮子は否定的な考えをしようとした。
「……でも」
否定をするだけなら簡単だ。しかし、別の視点から物事を考えてみると見えて来る景色が違って見える時がある。少し、考え方を変えてみることにした。
「もし仮に、全部が嘘だったら?」
今いる現実はすべて虚構で、それが歪みを生じさせているのではないだろうか。その歪みが『真実』を覆い隠しているのではないだろうか。
「『誰か』が私に何かをした……? だとしたらそれはきっと、その『誰か』にとって都合の悪いもの……。私に気付かれると、何らかのリスクを負うというコト……。うう、ここまで出てるのに……っ」
蓮子は額を押さえながら呻くように言う。
「思い出せ、何か……何か忘れてる……。何かが足りない……」
これでも頭はいい方だ。記憶の引き出しの開け閉めを繰り返しながら、蓮子は必死に思い出そうとする。
「たいせつなもの……だったはず……」
蘇るは、美しい夜空に浮かぶ月。自分の傍らには『誰か』がいた。
「かけがいのないもの……だったはず……」
自分がその『誰か』の手を引いて町を歩いている。
「私にとって……たいせつなもの? ……わたし……に、とって……たいせ――」
違う。
それは違う。
だって、蘇る記憶の中に居るのは、自分と
「わたしたち……?」
もう一人の存在。
美少女のクセにそれを台無しにするかのような不可解過ぎる言動。
白いナイトキャップをいつも頭にのせ、紫のワンピースを身に纏い、エセ外国人と罵られていた学友。
それでも、そんな彼女でも、蓮子にとっては掛け替えの無い最愛の――
「マエリベリー……ハーン……?」
瞬間。
メリーとの思い出が次々と蘇った。
春に大学で彼女と出会ったのが運の尽き――もとい、数奇な運命の始まりだった。
二人でオカルト調査『秘封倶楽部』を結成し、まともじゃない霊能調査を行った。メリーの謎言動に振り回されたり、謎行動に振り回されたり。時には彼女につらく当たった事も酷いことを言った事もある。それでも、蓮子は彼女から離れなかった。
いつも一緒だった。春夏秋冬、蓮子の隣には必ずメリーが居た。
――れ、蓮子……もう少し……歩く、ペースを……お、落として……くれない……?
石階段をするする昇る蓮子とは反対に、メリーは息も絶え絶えだった。
――蓮子……その、きょ、今日は……腕……組まないの?
頬を染めながらメリーはおねだりをしていた。
――互いの両親への挨拶も済んだし、新婚旅行はどこがいいと思う、蓮子?
少し前を歩くメリーは振り返りながらそう言った。
――でね蓮子っ、これがその夢の中で拾ったタケノコとクッキーなのっ
いつもより少し興奮気味に、生き生きとした表情でしゃべるメリー(ちなみに蓮子は話を全く聞いていない)。
――雪だよ、蓮子っ。道理で寒いはずね
二人で身を寄せ合いながら空から舞い降りる雪を眺めていた。
――蓮子ぉ……星よりもさぁ…………私を、見てよ……
星に嫉妬したメリーは頬を少しだけ膨らませ拗ねていた。
――蓮子……私、蓮子がそばに居てくれてとてもうれしい
眩しいくらいの微笑みを浮かべ、メリーは口にした。
――大好きだよ、蓮子
満面の笑みを浮かべ、メリーは言った。
蓮子がなぜ、メリーの傍を片時も離れなかったのか。
応えは至極簡単だ。
蓮子はメリーのことを……マエリベリー・ハーンのことを、愛していたのだ。
あのなにを仕出かすか分からない常軌を逸した変人を。
いつも同じような服装かつ理解不能の言動で周りをドン引きさせた変態を。
大学生にもなって厨二病を患っている可哀相な子を。
自分には『境界を見る』能力がある、とか平気で言っちゃうぶっ飛んでいる人間を。
誰よりも深く深く、愛していた。
人はそんな蓮子こそが異常だ、と言うだろう。さもありなん、蓮子だってそれくらいは理解している。DV彼氏と別れようとしない彼女の心理が分からない、と思っていた蓮子だったが、しかし、今ならその気持ちが分からないワケでは無かった。
愛の前に、そんなことは気に掛けるほどのことでもない。本当に愛しているからこそ、いつまでも傍に居たいと思うのだ。願うのだ。
もはやそれは精神疾患と言っても過言ではないだろう。
それでも。
止められない、溢れ出てしょうがない、彼女のことを想う『感情』を否定する権利が、他の人間にあるのだろうか。
愛しているがゆえに忘れ得ぬ存在。
蓮子にとっては生活の中心になりかけている相手。
蓮子はそれを、忘れていた。
「あ……あ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」
蓮子はその場で膝を折った。四っつん這いとなり、かぶっていた帽子がころりと落ちた。
どうしてその名前を忘れていたの!? と自分を責め立てる。忘れたいと思ったことなど、一度も無かった彼女のことを、なぜ今の今まで忘れていたのだと殴ってやりたい。
記憶が甦り、溢れんばかりの愛情と悲しみがこみ上げて来る。どう表現したらいいか分からないその『感情』は雫となって頬を伝う。
「メリー……メリー……っ」
涙が次々と溢れ、アスファルトを湿らせていく。
思い出すのはいつものやり取り。
自分がデートに遅刻し、自分は「ごめんごめん」と軽く謝り、メリーがそれを呆れ顔で見つめて来る、そんな日常。
それを奪ったのは……紛れでもないメリーだった。
「……」
身体の奥から熱がこみ上げて来る。それはあの時に叫べなかった想いのはずだ。
その想いは怒りとなって蓮子を突き動かす。
こんな所で立ち止まって泣いている場合ではない。
帽子を拾い上げ、かぶり直す。流れる涙を拭い、蓮子は虚空を睨みつける。
「……許さないわよ、メリー」
最愛の親友の蛮行を、蓮子は看過できなかった。蓮子にはただ一つだけ、心当たりがあった。
いつの日か、メリーが言っていた。
――多分だけど、この前に行ったあの廃れた神社。あそこは霊的な磁場が乱れてたし、何より境界の揺らぎが見えたわ。もしかしたらだけど、そこが「幻想郷」への入り口なのかもしれないわね。大丈夫よ、蓮子。蓮子を置いて行ったりはしないわ。私と蓮子……二人で秘密を暴くのが「秘封倶楽部」なんでしょう?
蓮子は走り出した。
目的地はあの廃れた神社。確か、名前を『博麗神社』といっただろうか。
「なに勝手に一人で行ってんのよ……っ!」
私たちは二人で『秘封倶楽部』のはずだ。それなのに、メリーは単独で行動をした。
あの厨二患者にはほとほと困っていた。事あるごとに「境界がどうのこの」とか「境界が云々」と語り出すのだ。彼女の行き過ぎた行動には流石に呆れてものが言えなかったが、それでも、蓮子にとっては唯一無二の親友だし、最も愛していた存在でもあった。
「どこまでだって、追いかけるんだからね……っ!」
人と何度もぶつかったが、蓮子は「ごめんなさいっ」と言葉早く言うだけだった。
「メリー……貴女、私に何を隠したまま行こうとしたの……っ?」
おぼろげな記憶でしかないが、メリーは先日、蓮子の下宿先に泊まった。自分は酒に酔ってすぐに潰れてしまったが、メリーはあまり酒を口にしていなかった。酩酊状態の人間は得手して催眠状態に陥りやすい。
メリーは大学で対精神学を受講していた。それは簡単に言ってしまえば心理学だ。きっと蓮子に催眠術か何かを施して、自分の存在を曖昧にしたのかもしれない。それか、彼女の持つ異能の応用なのかもしれない。
彼女は『境界を見る』能力があると言っていた。少しずつだけど能力が強まってきているとも言っていた気がする。厨二患者だな、と思っていたが、今になってみると本当なのかもしれない。自分が居ない現実と居る現実の境界をあやふやにして、蓮子にそれを見せていたのかもしれない。あやふやだったからこそ、『白い誰か』が見えたのだろう、と蓮子は推測する。
「諦めてなんて……やるもんか……っ! もう一度、私の名前を呼ばせてやるっ!」
絶対に会うんだ、とこの心に誓う。
休む間もなく、蓮子は走り続ける。最中、メリーの様々な表情が脳裏をよぎった。
笑っているメリー。怒っているメリー。
そして、泣いているメリー。
「……ッ! メリ――――――――――――――――――――――――――――――ッッ!」
蓮子は声を張り上げる。周りの人がギョッとするが、そんなこと知った事ではない。自分もメリーに負けず劣らずの奇行を仕出かしてしまった。
蓮子は周りからの奇異の視線にさらされながらも、それを無視し続ける。
走り続けた甲斐があってか、蓮子はその場所に辿り着いた。
オンボロな鳥居には掠れた字が書いてある。ボロ過ぎてもう判別がつかないが、この場所であることは間違いない。
とある神社の巫女、神隠しの主犯の賢者、永遠に紅い幼い月の吸血鬼、歌聖に成り損なった天衣無縫の亡霊、遠くの星からやってきた姫の罪人、地蔵から成り上がった閻魔、二柱居るうちの軍神、核融合の力を手に入れた八汰烏、魔法で肉体を若返らせた超人、剣を依り代に封印されていた聖人――二人を引き裂いたすべての幻想。蓮子はそれらすべてに立ち向かうつもりだ。
最愛の親友を取り戻すために。
「私は諦めないから!」
神社に向けて蓮子は叫ぶ。
「いつか必ず……どんなに時間がかかっても良い! 必ず貴女を……マエリベリー・ハーンを取り戻してみせる!」
蓮子は手を伸ばした。
今一度、物語の幕を開けよう。
いつもの始まりの言葉で。
「ねえ、メリー!!」
一人の少女が最愛の親友を捜す物語が、始まる
そして中篇へ続きます。ゴールデンウィーク中に残り二話ちゃんと投稿しますので。
ではまた。