雛菜からのラインの着信音がなる
あは~円香せんぱーい。雛菜つよい~?
文面とともにやたら肩幅が横に広がった雛菜の画像が添付されていた。悪質なコラ画像だ。他愛もない、子供っぽいイタズラ。よくあることだから気にするなと返信し、他愛もないいつものやり取りを何度か続ける。うららかな気だるい空気が樋口を包んでいた。
そういえば、小糸ちゃんのもあったよ~。
小糸が際どいマイクロビキニを着た画像が目に飛び込んでくる。
どれだけあるの?
うーんと、たくさん~!
雛菜に気取られないように平静を装いつつ、いつものやり取りをなんとか続けた。終わったあと、大きく息を吐いた。目をつぶり、感情を殺す。徹底的に。
福丸小糸 アイコラと検索窓に入力すると、大量の際どい画像がスマホ内を埋め尽くしていく。そういう趣味の人間が小糸のファンにいることは薄々気づいてはいたが、思った以上にひどいようだ。どす黒い感情を胸に抱えながら、それらを報告のためにスマホに保存していく。嫌悪の苦い味が樋口の中を満たし、黒い海を作っていた。
ま、円香ちゃんおはよう!
当の本人は笑顔を樋口に向け、いつもどおりの時間に登校しようとしていた。しっかりしているから、同じ時間に登校するのはとても簡単なことだった。小糸が心配だったのかもしれない。雛菜がなにか言っているかもしれないと。透ならともかく、雛菜がそんなことをするわけがないのに。
きょ、今日は早いんだね!
何かを喋ろうとして、息が詰まる。アイコラの写真が脳のなかをに駆け回る。挑発的なほぼ裸のような水着を着た小糸―。現実の小糸とアイコラの虚像が重なりあい、奇妙な像を結び、視界が怪物を映し出す。
ど、どうしたの?顔色が悪いよ?
小糸が心配そうに樋口の顔を覗き込む。拒否してはいけない。昔から、そういうことをされることを怖いと感じる子だから。しかし、目を合わせることができない。何かが、小糸じゃない何かがそこにいる。今はぼやけているが、目を合わせれば自分が飲み込まれそうだ。
昨日、夜ふかししたから。
薄っぺらな言い訳でその場を取り繕う。これ以上、怪物が広がらないことを樋口は祈った。
数日が経った。まだ小糸のアイコラの件を事務所には話していない。
それにも関わらず、樋口は毎日のように小糸のアイコラの掲示板にアクセスしていた。それに伴って、小糸の画像は日に日に増えていく。どんどん過激で汚らしいものばかりが、スマホを浸していく。
どす黒い悪意がスマホを侵食していた。いつか自分以外の誰かが醜悪な色に染まったスマホに気づいてしまいそうなくらいだ。早く手を打たなければ。
大事な話があると言われ、小糸の家に呼び出された。
小糸が自分の家に誰かを呼ぶことは昔からなかった。部屋が汚いから、いつもそう言っていたが、小糸は劣等感から自分の部屋を見られたくないということは察していた。妙だ。何かがおかしい。
マイクロビキニを着た小糸が部屋に立っていた。夕暮れの真っ赤な逆光をうけて、初潮すら来てなさそうなアイコラよりもずっと子供っぽい体が樋口の目に突き刺さる。小糸の顔をなんとか見ると、夕暮れよりも真っ赤に染まった泣きそうな顔がみえた。
ご、ごめんね、急に呼び出して
その格好は何。
喉がカラカラに乾いてしゃがれた声が出た。醜悪な声。自分の声。
こ、今度の雑誌のモデルで着ることになる衣装なんだ。恥ずかしいから、先に誰かに見てほしくて!
嘘だ。あのミスター好青年が小糸にそんな仕事を回すわけがない。小糸が、自分の、意思で、今、こんな格好をしている。頭が何かに食い荒らされたようにドクドクと脈打ち、痛みが樋口を満たしていく。自分が自分ではなくなりそうだ。
ま、円香ちゃんずっと変だったから。嫌われたかと思って・・・。仲直りもしなきゃって思って、わたし・・・。
消え入りそうな声で小糸が言葉を紡ぐ。あなたのせい。もうひとりの樋口が樋口に語りかける。
スマホ
うん。
決定的なやり取り。何が起こったかを理解するのにそれだけで十分だった。全部、あなたのせいでしょ。
撮ってほしいな。
いつもと変わらないはずの笑顔がある。どす黒いものが、自分が、彼女を壊した。スマホの中にアイコラではない本物の小糸が、小糸じゃない小糸が保存されていく。もう、手遅れだ。
自分はどうなってしまったのだろう。自分が余計に嫌いになりそうだ。ベッドに横たわったまま、何もせず、現状維持で事務所にも何もいっていない。気分は最悪だ。
チャイムが鳴る。小糸が大きなカバンを持って、そこにたっていた。羞恥でその顔はほんのりと紅潮していた。
現状維持?悪化していない?
怪物になる前の樋口が自分自身に問いかけてくる。たくさんの罵倒の言葉が彼女から樋口に投げかけられる。
小糸が服をちらりとめくるとスクール水着独特の照り返しが、目の中に入った。期待と興奮に満ちた表情を小糸はしていた。
モデルの仕事の練習という言い訳であの日以来、小糸は自分の家に来るようになった。自分の部屋で撮影会は開かれていた。他の二人にはもちろんそんな事は言っていない。自室のカレンダーに撮影会が行われた日に丸をつけるようにして間隔を次第に開けることで、正気を保とうとしていたが、間隔は二週間に一回が一週間に一回になり、今では一週間に二回丸がつくまでになっていた。二人だけの秘密の共有という点も小糸にとっては新しい楽しい経験なのだろうか?小糸が突然押しかけるということも珍しくなく、いつも彼女は楽しいと言っている。小糸が楽しんでいるのならいいじゃないか。投げやりな感情が自己嫌悪を食い散らかしていく。
きっと小糸はスマホの中に保存された画像を自分の好きな画像と勘違いしているのだろうと、心のなかで樋口はため息を付いた。過激なアイコラはスマホの中にはもう殆ど残っていない。小糸に似合うガーリーな服ばかりがスマホの中を埋め尽くしている。悪意の住人たちはこういう小糸ちゃんがみたいよなとコメントで欲望をぶつけていた。その手は小糸に届くことは決してない。それを見れるのは自分だけだ。
この服を買うために小糸が仕事でえた給料を使っていることは想像にかたくなかった。自分のためだけに小糸がその身を削っている―。
スマホの中に汚れた天使が増えていく。命じられたまま、思いのままの表情を天使はしてくれる。自分だけに。悪意の住人たちの想像を遥かに超えたものを天使は樋口に与えてくれる。多幸感の味が怪物の腹を満たす。
夕暮れの中で樋口の恐ろしいほどの真っ黒な影が小糸に覆いかぶさっていた。