絶対雌落ちしたくないTSロリ魔王VS絶対雌落ちさせたい世界VS〇ークライ   作:カンさん

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一話スペシャルという事で第一話は文字数多めにしましたが
今回からは少なくなります
ボーイミーツガール要素は置いてきた。これからの戦いに着いてこれねぇからな……


VS時間停止系AV

 以前の魔王軍は腐敗し切っていた。

 国民の奴隷化からの、魔王による他国への輸出。奴隷の買い取り。重課税。重労働。賄賂。人体実験その他諸々。

 魔族の国だから当たり前なのでは? と思うかもしれないが、普通にアウトだ。

 魔族という名前の種族だが、前世の記憶を持つ俺からすると、彼らも人間とそう変わらない。俺を雌落ちさせて来ようとする事以外は。

 俺の親父はあの様な救いようのない奴だったが、若い魔族は割と普通だ。仲間意識も普通にあるし、辛いことは辛いと感じるし、非道な事を非道と眉を顰める感性を持っている。

 

 それを抑えつけていたのが前の魔王軍だ。

 彼らが強かったからこそこの国はどんどん腐敗していったし、野離しにしていればこれからも国民を犠牲に快楽を貪り尽くしていただろう。

 

 そこで俺は一気に改革を始めた。

 魔王以外は何千年も幹部達の顔ぶれが変わらなかった事が、原因の一つでもあった。

 アストラが暗殺して数が減っているとはいえまだ残っているし、バレない様に潜伏している輩も居るだろう。それを見つけ出すのもこれからの課題だ。

 故にその為にもアストラとの連携は大事であり……。

 

「……っ」

 

まるで共同作業……って考えるな俺! 

 相変わらず、隙あらば雌落ち脳になるこの体に辟易としつつ鎮静魔法を自分に掛ける。

 こんな状態ではこの先が思いやられる。ようやく見つけた仲間なんだ。この機会を逃せば魔王軍改革も遠のく。

 

 下手したらアストラが敵になるかもしれないんだよな……。そうなると益々厄介な事になる。

 

 今の俺に仲間は居ないのだから。

 

 魔王と言っても魔王自体に権力は無いに等しい。魔王軍を動かすのは側近の幹部達が行っていた。本当に魔王は魔族達を産む為だけの存在だったんだな……。後は象徴扱いとして。

 先代魔王が他国と密輸できたのも、魔王自身の快楽の他に、幹部達の人体実験の材料としての面が大きかったのだろうな。本当に腐ってる。

 

 しかしそれも俺の代で終わりだ。後は残っている腐った枝を斬り落として立て直していけば、魔界という一つの大樹はようやく自立できる。

 

 その為にもアストラは必要不可欠で、これから俺の部屋で今後の事について話す事になっている。

 

 そう、俺の部屋で、だ。

 

「ふぅ……こんなものか」

 

 額に浮かんだ汗を拭う。俺に充てられた部屋……というより代々魔王に与えられた部屋はとにかく広い。お飾りとはいえど魔王は魔王。豪華な装飾がされ、正直落ち着かなかった。ベッドも大きく何人も入れるサイズ。

 そして棚にあるのは怪しげな色を放つ薬品やら魔本。そういう事の為に用意されているのだろう。魔王を雌落ちさせる為に、させやすくする為に。

 他にも卑猥な形をした魔道具もあり、思わずそれを手に取る。

 

「……これを」

 

 これをアイツが使ったら……。

 チラリと、もしかしたら使うかもしれない為、念入りに掃除したベッドを見て、その上に居る自分とアストラを妄想し、コレを使われている未来を思い描き。

 

って、何を考えてるんだ俺は!?

 

 魔力で強化した腕で卑猥な形をした魔道具を握り砕いた。さらにそういった用途で用意された薬品や魔本を棚ごと焼却魔法で消し去り、息を荒げる。

 掃除する時に何故自分は処分しなかった???? 期待してたのか???? 否定はしないが……いやしろよ俺!!

 無意識に行っていた己の行動に、俺は改めて薄ら寒い思いをする。これが、アイツが用意した雌落ちの試練。ありとあらゆる手段で俺を雌落ちさせようとしてくるな……。

 そして念入りに掃除して俺は何を期待してるんだ。ベッドのシーツを変えて。自分が怖いわ……。

 

「魔王」

「っ!」

 

 自分自身に戦々恐々としていると、ノックと共にアストラの声がした。心臓が強く脈打ち、呼吸が一瞬止まる。視線を扉に向けてアストラが既に到着しているのを感じ取り、すぐに自分の部屋を見渡す。

 

お、おかしな所無いよね……? 

 

そうじゃなくてぇ!

 

 鎮静魔法で心を落ち着かせながら、俺は足早に扉へと向かう。クソ、不意打ちだったからビックリしたじゃ無いか。

 理不尽だとは分かっているが、アストラに対して妙な苛立ちを抱きつつ扉を開ける。そして文句の一つでも言ってやろうとし。

 

「遅かったな、アスト──」

 

 俺は言葉を失った。

 

「そういうな魔王。現行制度を維持したい奴らに我々の動きを察知されれば動き辛くなる。だから此処に来るのにも最大限の警戒を──」

 

 アストラの言葉が頭に入って来ない。

 それよりも俺の意識が持って行かれているのは、奴の服装だ。

 先日俺を暗殺しに来た時は戦装飾だったのだろう。龍を連想させる厳つい鎧を着込み、禍々しい黒は魔族らしかった。元々魔族は黒い衣服を好むし、俺もそうだし、おかしいとは思わなかった。

 

 だが、今のアストラの格好はなんだ。

 執事服だと!? さらに黒い長髪はポニーテールにし、鋭い目つきは眼鏡を掛ける事で知的さを演出! 褐色も合わさってもう最高!

 

 いや、最高に頭悪いのは俺だ。

 何メロメロになっているんだ俺は……。

 流石に今のは過去最悪でアレ過ぎるわ……。

 

「どうした?」

「いや、何でも無い。入ってくれ」

 

 鎮静魔法を五回くらい掛けてからアストラを部屋に招き入れ、施錠魔法で扉を閉める。さらに盗聴されないように防音結界、他の魔族が近づいたら分かるように探知魔法も展開する。

 

これでふたりっきり……じゃないんだよなぁ! いい加減にしろよ俺ぇ! 

 

 鎮静魔法を再び掛けつつ平常心を取り戻す。

 心の中で深呼吸して、魔王である自分をイメージし、作り出し、それを表に出す。

 スッと閉じていた目を開き、目の前のアストラ見据える。

 

 これから語るのはこの魔界、及びこの世界の未来を見据えた話。気を引き締めないと。

 決意を新たにした俺はゆっくりと口を開き、言葉を紡ぐ。

 

趣味は何ですか?

「は?」

 

 いやお見合いじゃねぇんだから!?

 

 

 

 あの後、場を和ませる為の冗談だと誤魔化して、アストラと魔王軍に関する情報共有を行った。

 結果として……。

 

「もはや滅した方が早くないか?」

「それを言ったらおしまいだ……」

 

 アストラがこめかみに青筋を立てながら言い放った物騒な言葉にそう返しながらも、実際の所俺も同じ気持ちだ。

 魔王軍の腐敗具合が不味い。上層部の八割は汚職塗れで、全員殺したら機能しなくなる。

 

「虚飾の魔王に、腐れ外道の実行幹部。誇り高い魔族とは良く言ったものだ」

 

 吐き捨てる様に言ったその皮肉に俺は返す言葉も無いし、返すつもりも無い。全く以て同意見だからだ。

 

「しかしどうする?」

 

 殺すのは簡単。しかしそれをするとこの魔界其の物の戦力が落ち、人類と精霊に攻め入れられ雌堕ちさせられる。過去の文献で人類圏の英雄や勇者、精霊に雌落ちした魔王が居るって書いてあったからな……敵対している分、向こう側の方が厄介かもしれん。

 

 だから苦肉の策だが。

 

「屈服させる他あるまいて」

「……できるのか?」

「できるかできないかでは無い。やるかやらないかだ」

 

 もしくはヤられるか……だな。

 魔王になって日が浅い内は性的に襲ってくる事は無いが、命が狙われていると知れば激しく抵抗するだろう。俺を手込めにして助かる為に。

 当然俺もヤられる気は毛頭ない為、戦いとなれば全力で対応するつもりだ。

 

 しかしアストラは眉を顰めて心配……では無いな。これは失敗する確率が高い故の不信顔だな。

 

ちょっと寂しいなとか思ってんじゃねぇよ俺。ハイ鎮静鎮静! 

 

 とにかくアストラの不信を払拭しないと。

 

「まぁその様な顔をするな。貴様の気持ちも分かる」

「……お前が屈服させようとしているのは」

 

 しかしアストラは顔色を変える事なく、懸念事項を口にする。

 

「オレが殺そうとして、殺せないと諦めた奴らだ」

「……」

「魔王なら知っているだろう? 奴らの魔道具を」

 

 この世界の人類、精霊、魔族は当たり前の様に魔法を使う。生活基盤に組み込まれている程に普及されており、魔道具も歴史の中で開発された代物。

 殆どが魔法の補助や生活用品として使われているが、魔王軍幹部が持つ魔道具は別だ。

 

「奴らの魔道具は、この世界の神が使う魔法を再現した魔道具だ」

 

 つまりこの世界の理を覆す、とまでは行かないが、この世界に生きている生命体では対策のしようがない。

 例えどんなに強くても、どんなに耐魔能力が高くても、抗う事ができない。それが神の魔法だ。

 

「心配するなアストラ」

 

 

 アストラに対して、魔王は不敵な笑みを浮かべる。その顔には自信がありありと満ちており、微塵も自分が負けるとは思っていない。そんな顔だった。

 しかしそれも当然である。魔王はこの日の為に、ありとあらゆる情報を集めていたのだ。

 

「神の魔法を再現した魔道具。なるほど、確かに脅威だ。しかし所詮は使い回しの骨董品」

 

 魔王はある本を取り出した。

 それは──この国の歴史が記された分厚い本。しかしただの本では無い。これは……。

 

「俺に任せておけ──奴らの汚れ切った手に堕ちはしない」

 

 これは、歴代魔王が書き記してきた魔本だ。

 

 

 

 

 

『決行の日まで時間がある。それまでお前は、悟られぬように部下どもと親睦を深めていろ』

 

 密会が終わり、暇な時間ができたアストラは早々に魔王から部屋を追い出された。あまり二人っきりで居ると怪しまれるからだ、との事。

 

 しかし彼を追い出す際、魔王は恥ずかしそうな、寂しそうな、そんな複雑な乙女な表情を気付かれない様に浮かべ──すぐに鎮静魔法を重ね掛けしていた事をアストラは知らない。

 

 ともかく、アストラは魔王の指示の通り魔王軍の者達と親睦を深める為に食堂へ来たのだが……。

 

「よぉ、アストラと言ったか? ちとツラ貸せよ」

 

 流石は血の気の多い魔族で構成された組織。アストラは食堂に一歩足を踏み入れると同時に、複数の兵士に囲まれてそのまま人気の無い所まで連れて行かれてしまった。

 それを見て止める者は居らず、むしろニヤニヤと笑みを浮かべて見送る始末。

 

(どうやらオレは歓迎されていないようだな……)

 

 悪意に満ちた視線をその身に受けながら、アストラは自分が魔王軍内における立ち位置が良くない事を漸く知った。

 

 魔王は親睦を深めていろ、と言った。

 アストラはその言葉の意味をようやく理解した。この国で、魔界でその言葉のまま受け止めるのは愚の骨頂。

 彼は理解していた筈だった。魔族とはどういう存在か。この世界がどれだけ歪んでいるか。自分が、既に人間ではなく魔族である事を。

 

「お前、抜け駆けしようとしているだろう」

「……どういう意味だ」

 

 それを、この世界が……目の前の魔族達が突き付ける。

 

「貴様も今回の魔王様を狙って此処に来たんだろ? オレ達と同じ様に」

 

 この魔王軍に、真に魔王を崇拝している者は居ない。

 

「気持ちは分かるが、手を出すのがはえーぞ。早漏かよ」

 

 表向きは平伏している様に見えても、従っている様に見えても、魔王は常に狙われている。

 

「まだ成熟していない肉体を無理矢理ってのも、まぁ分かる。そそるよな」

 

 ただの孕み袋として。

 

「でも即位して間もないからな。今堕ちたら……つまんないだろ?」

 

 ただの性処理道具として。

 

「だからとりあえず一年間は様子見って訳だ」

 

 魔王が、純血の魔族を産める唯一の存在な為に、彼女の貞操はまるでオモチャの様に扱われる。

 

「まぁ、なんだ。一年後にあのロリボディが育っていない事を祈ってな」

 

 魔族のその言葉に他の魔族達が笑い声を上げる。

 この場に居る全員が同じ感性を、同じ考えを持っていた。

 そして全員が──彼女を犯すと、孕ませると、自分の物にすると言う。

 そんな下卑た声を聞きながらアストラは魔王の言葉を思い出す。

 

『奴ら魔族をどう思っているかだと?』

 

 この国の王となった彼女に、この国の救いようのない彼らをどうするのか。気になった故に投げかけた問い。アストラは国を纏め上げた後に自分が行おうとしていた事を思い出しつつ、彼女の答えを待った。

 

『可哀そうだと思っている』

 

 魔王の答えは直ぐに返ってきた。そしてその答えは、アストラの思考を止めるのに十分だった。

 

『初めは嫌悪しか抱かなかった。だが、この世界の理を、この世界の神の所業を思えば彼らもまた被害者だと理解した』

 

 その時魔王は自分の父にした事について少し後悔している表情を浮かべた。

 魔王にとってそれは失敗。力が無かったから起きた悲劇。

 だからこそ強くなり、魔王となった今こそ救える者は救いたいと思っていた。

 

『力を求め、支配欲に堕ちた種族だが仲間意識はある。魔族だからと俺はあいつらを諦めたくない』

 

 だから出来る限り仲良くしてくれと言った。

 アストラは魔王のその言葉に従う意思を見せていた。これからの戦いの事を思えば、魔族達の存在は必要な存在だと言えるから。

 

 だが、これはなんだ。

 

 彼らはこれっぽちも魔王に対して仲間意識を持っていない。

 

 こんな種族を守らなくては、導かなくてはいけないのか? 

 

 アストラの胸中に闇が蠢く。

 理解していた筈だった。理解していたからこそ、幼い魔族達以外を殺して種族の中にある膿を消し去ろうと魔王を目指した。

 それが正しいと思ったから。

 それが苦労しないと思ったから。

 

 だが魔王は間違っているのかもしれなく、苦労する道を歩もうとしている。

 

「そういう訳だから、新人は新人らしく大人しくしていな。そうしたらいつか順番来るから」

「ぎゃはははは! 使い古されてユルユルかもな!」

 

 下品な声で笑い、下劣な言葉を吐き散らしながらアストラに釘を刺し去っていく魔族達。

 そんな彼らを見てアストラは己の腰の刀に触れ……しかし抜く事はできなかった。

 激情のまま此処で彼らを殺しても意味がない。今の会話を聞いていた他の魔族達が咎めていなかった事から、彼らの考えはこの魔王軍の中では常識なのだろう。

 だから此処で殺しても意味がないのだ。彼らのような考えを持つ魔族を片っ端から殺していけば、魔王軍は全滅する。

 

「……」

 

 アストラは考える。もし自分が居なければ、魔王と会わなければ、彼女はこの孤立した状態で魔王軍を纏め上げていたのだろうか。

 自分の貞操を狙われながら、表では敬う姿勢を見せられつつ裏では性処理玩具としか見られず、嗤われながら独りで。

 

「魔王、お前は……」

 

 アストラの胸に生まれた闇は、晴れなかった。

 

 

 

 

 

「乱心されたか、魔王様」

 

 魔王城のとある一室にて、眉を顰めるのは老齢な魔族。

 この魔族は代々魔王の傍に居続けた古株の幹部であり、数多の魔王を喰ってきた男だ。

 色々な手段で堕とされていく魔族を見ながら美酒に酔い、タイミングを見計らって魔王の体を楽しむ。

 それまでは適当にこの国を回し、滅びない程度に国の管理をする。それが彼の人生だった。

 

 だから非常事態には敏感に察知し、その対処を行う。

 

「やれやれ全く。今回は外れかもしれんな」

 

 思い出すのは、今の魔王が男から女へと変わったあの時。

 魔王族へと生まれ変わった時の魔王の反応を今でも覚えている。

 今までの魔王と同じ言葉を吐きながらも、何処か今までの魔王とは違った気概を感じた。

 

 ただ、それだけだった。

 

「仕方ない。次の魔王に期待するか」

 

 老齢の魔族はため息を吐きながら立ち上がり、常に懐に入れてある懐中時計を取り出す。カチカチと変わらず時を刻んでいるのを確認し、扉を開けて部屋を出る。

 するとそこには彼が用意した多くの私兵達が居た。いずれもこの老齢の魔族に付き従う魔族。彼らを見渡し、老齢の魔族は口を開く。

 

「喜べ貴様ら。これから初物を頂きに行くぞ」

 

 その言葉に魔族達は笑みを浮かべ、気を逸らせる。どうやら今回の魔王は彼らのお眼鏡に叶ったようで、これから好き放題できると知って嬉しいようだ。

 

「故に通例より早く世代交代が行われるが、まぁ良いだろう」

 

 使うだけ使ってそれからは……その時に考えよう。

 

「それでは行くぞ」

 

 兵を連れて老齢の魔族は、魔王の部屋へと赴く。

 就寝時間だからか、城内に駐屯する兵はすくなく、その兵たちも老齢の魔族の息が掛かった者たち。他の幹部に気づかれることなく、老齢の魔族は目的地に辿り着いた。

 

「さて、まずは私が頂く。貴様たちは私が合図したら入れ」

「はっ」

 

 老齢の魔族の指示に兵たちが応え、それを見送った老齢の魔族は……持っていた懐中時計に魔力を込めて魔法を発動させる。

 瞬間、世界から色が、音が、匂いが消え失せ、時間が停まった。

 

 時間停止。普通の魔族では扱う事ができない、それどころかそんな魔法は無いと言われている忘れ去られた神の魔法。

 この国の九割の魔族は時間停止の魔法の存在を信じないだろう。

 しかし残り一割……魔族の幹部たちだけはその魔道具の存在を知っている。

 

 知っているが、使えるのは選ばれたこの魔族のみ。

 この力で彼は魔王を幾度も雌落ちさせ、邪魔者を殺し、今の地位を築いてきた。

 彼が信頼する魔道具。強力なのもそうだが、何よりこの魔道具は魔王が絶対に逆らえない。

 

 だから老齢の魔族は警戒する事もなく安易に部屋の扉を開いて。

 

「何をしているシグレ卿。魔王たる俺の部屋に断りもなく入るとは何事か」

 

 目の前の光景に言葉を失った。

 色が、音が、時間が失った世界の中で魔王は動いていた。魔族を狂わせる色気を纏わせていた。鈴の鳴るような綺麗な声が静粛なこの場で響き渡った。

 いったいどういう事だ、と老齢の魔族は血相を変えて振り返る。そこには確かに時間を止められた兵士たちがおり、魔道具が誤作動を起こしている訳ではない。

 

 つまり。

 

「貴様、知っているのか! この魔道具の名を!」

 

 老齢の魔族はそのあり得ない真実に狼狽し、普段繕っている臣下の姿を崩して魔王を睨む。

 対して魔王は普段通りに老齢の魔族を見下し、時間が止まった中飲めなくなった紅茶の入ったカップを置いて立ち上がる。

 

「ああ、コレに記されていたからな」

 

 それは、歴代の魔王達が書き記した無念の日記。

 雌落ちしないと抗っていた時に、かつての魔王たちが自分を慰める為に縋っていた希望。

 しかし雌落ちした後に見れば、自分の汚れ切った姿を突き付けてくる絶望。

 そんな二面性を孕んでいる日記には、時折この世界の物ではない文字が書かれていた。歴代の魔王たちはいつか分かるかもしれないと、一縷の希望に縋って書き記し、しかしその意味を知ることなく理解できない暗号として遺り……魔王がそのバトンを受け継いだ。

 

 魔王は、魔本に記されていた懐中時計の魔道具の名を口にする。

 

「『時を停められても快楽は止められない! セックス・ザ・ストップ!』」

 

 心底顔を歪めて、軽蔑し切って……。

 

「くっ……貴様、何故古代文字を口にする事ができる! 意味を理解し、しっかりと言葉として口にしなければならない筈!」

「だから嫌なんだよ……マジで最悪だなあの野郎……」

 

 老齢の魔族の問いに答えず、この世界を作った神に思いっきり呪詛を吐く魔王。

 前世が日本人だった彼女は、魔本に記された文字を解読する事ができた。

 

 懐中時計型魔道具、『時を停められても快楽は止められない! セックス・ザ・ストップ!』はその魔道具名を意味を理解して口にする事ができる者のみが使う事ができる。だからこの魔族以外の魔族は使う事ができなかった。老齢の魔族が隠してきた為に。

 唯一知る事のできた歴代の魔王達は言葉の意味を理解できず何とか文字を記すだけであり、度重なる快楽により抗う気持ちも失せていく。

 故に築かれてきた絶対性。この世界で最強の魔道具。しかし魔王ロゼがその前提を崩した。

 

「その魔道具の名を真に知っている俺に、時間停止は効かない。降伏するんだなシグレ卿」

「くっ……!」

 

 魔王の言葉にシグレ卿は苦い顔をし、魔道具を操作する。

 すると、世界に色、音、時間が戻り、背後の兵士たちの戸惑いの声が響く。

 

「なんだ? 今の」

「あれ、魔王様まだ犯されていない?」

「どういう事だ、話が違うじゃないか」

 

 彼らの言葉を聞き、魔王は呆れ返った表情を浮かべる。

 目の前の魔族のぶら下げた餌にまんまと引き寄せられた彼らは、どこか滑稽に見えた。それ以上に滑稽に見えるのは、この老齢の魔族。

 時間停止を止めて数に頼れば魔王に勝てると思ったのだろうか、と彼女は彼を見て……依然として苦い顔で睨むその姿に苦し紛れの行動だった事が伺える。

 

「皆の者、かかれ! こうなっては手込めにするしか我らの生きる道なし!」

 

 その言葉に兵士たちは状況を察したのか、サッと顔を青くさせて武器を手に部屋に雪崩れ込んで取り囲んでくる。

 

「効くか分からないが、私も援護する!」

 

 そう言って『時を停められても快楽は止められない! セックス・ザ・ストップ!』に魔力を込める。また時間を止めるのか、と魔王が怪訝な表情を浮かべる。そうしてしまうと兵士たちが動けないからだ。

 しかし今回の魔道具の使用方法は先ほどと変わっており、老齢の魔族は魔王の肉体の動きだけを止める様に働きかけた。戦闘時に使う応用技で、この力で邪魔者を排除してきた。

 

「油断するな! 相手は魔王だ!」

 

 しかし老齢の魔族は対して効いていないのだろうと判断し、兵士たちに注意を呼びかけ、自分は拘束魔法を発動させる。

 魔王の足元からジャラジャラと鎖が飛び出し、彼女の肉体を締め付ける。

 

「ん……」

 

 そして魔王の口から色っぽい声が響いた。

 

「……え?」

「……」

「……」

「……」

 

 ジャラジャラと鎖をさらに締め上げる。

 

「っ……」

 

 熱い吐息が吐き出された。しかし魔王の体は動かない。

 

「いや、まさか……」

 

 老齢の魔族が魔王の顔をジッと見る。しかし魔王は表情を変えることなく、顔を逸らすことなく、視線も揺らさず……しかししっかりと動揺していた。

 

 魔王は動けない。時間停止によって。

 

「よし、犯せ」

「うおおおおおおおおおおおお!!」

「待て待て待てぇええええええ!!」

 

 一気に魔王に群がる兵士たち。群衆の中から「やめ」「ん……」「いや……」と快楽に堕とされていく少女の声が響く。

 それを見て老齢の魔族はホッと一息吐いた。

『時を停められても快楽は止められない! セックス・ザ・ストップ!』の弱点を知られていた時は焦ったが、どうやら魔王自身に時間停止に対する耐性は無かったらしい。

 老齢の魔族はこれからも自分の地位は安泰だと安心し、切なそうな声から喘ぎ声に変わった魔王に目を向ける。

 

「さて、私も楽しませて貰おうか」

 

 そう言って老齢の魔族が兵士たちを押し退けて群衆の中心に趣き、そこであられもない姿を見せている魔王の姿を目に収めようとして。

 

「あへぇ」

「──」

 

 何故か屈強な肉体を持つ兵士が鎖に縛られてアヘ顔を晒していた。

 その光景に老齢の魔族は絶句し、思わず吐いた。それがトリガーになったのか、周りの兵士達も気付き阿鼻叫喚の事態に。どうやらこの場に男色の者は居ないらしい。

 

「い、一体何が……」

「幻術だ」

 

 老齢の魔族の問いに応えたのは、この部屋の出入り口に居るアストラだった。

 

「アストラ! 貴様!」

 

 激昂する魔族達を他所に、アストラは横抱きにした魔王をそっと床に下ろす。

 魔王は体を小さく丸めて反応を示さなかった。

 そんな魔王にアストラが怒気を込めて言葉を紡ぐ。

 

「何が『俺に任せておけ──奴らの汚れ切った手に堕ちはしない』だ。思いっきり手に堕ち掛けていたでは無いか」

「うむ……その……あの魔道具にあんな力があるとは思えず……」

「お前が馬鹿だという事はよく分かった」

「何を!?」

「此処からはオレがやる」

 

 魔王の言葉を切って捨てて、アストラは愛刀「竿」を構える。

 

「馬鹿が! 精鋭の我らを貴様如き一人が相手になるか!」

 

 そう言って兵士の一人が斬り掛かり……彼の剣事真っ二つに切り裂かれる。彼が身に纏っていいた鎧も含めて。

 

「馬鹿な! 我々の鎧には対魔王・対物理の防護結界が施されているのだぞ! 最上級魔法すら耐えるこの鎧を何故!」

「我が剣に切り裂けぬ物はない」

 

 アストラの長刀が一人、また一人と切り裂いていく。

 その光景を信じられないと魔族たちは怯えを含んだ顔で見て、対して魔王は当然の結果だとアストラの背中を見ていた。

 

「振動魔法。極めれば一級品の盾すら一刀両断。凄まじいな」

 

 以前戦っていた際にもアストラは振動魔法で刀の攻撃力を高めていた。だから魔王の防御壁も楽々と突破していたが……彼女が未だ純血の魔王だった故に、何とか貫かれる事はなかった。

 その時の事を思い出し、魔王は微妙な表情を浮かべる。何故なら自分が助かっているのは、この世界の理のおかげだからである。

 

 男が持つ竿。振動。純血。貫く。

 つまりはそういう事である。神は道具による純血喪失を好んでいないらしい。

 クソが、と魔王は吐き捨てたくなった。

 

 そうこうしている内に、老齢の魔族の兵士たちは全員殺され、残っているのは彼だけとなった。

 魔族は必死に魔道具を使ってアストラの時間を止めようとしたが、何故か止まらなかった。

 

「な、何故だ! 何故止まらぬ!」

「当然だ。貴様……先ほどの光景を見て萎えただろう」

「!!」

「原動力となる欲求が動かない魔族に、その魔道具は応えんさ。ましてや、男相手には」

 

 スッと上段に構えるアストラに、老齢の魔族は顔のありとあらゆる穴から液体を出しながら命乞いをする。

 

「た、助けてくれ! もう魔王様には逆らわない。だから……」

「貴様の様な膿があっては、これからの魔王軍は腐り落ちる」

 

 しかし、アストラはその声を聞かない。

 

「正せねばならぬ。改革せねばならぬ。──だから、貴様は要らん」

「ま──」

 

 老齢の魔族が声を張り上げると同時に、鮮血が舞い、そのまま断末魔を上げる事無く老齢の魔族は肉の塊と化した。

 血潮を振り払い、竿を鞘に納めるアストラ。

 その光景を見ていた魔王はため息を吐き、彼に問うた。

 

「殺してどうする。当初の予定は屈服させる筈だったんだが?」

「その前に貴様が屈服させられそうになっていただろうが」

「ぐっ」

 

 図星故に何も言えない魔王。

 そんな魔王に血塗れのアストラが向き直る。

 

「貴様は本当にこの国を変える事ができると思うのか」

「どうした。まさか魔王軍の奴等と言葉を交わして失望したか?」

「……」

 

 今度はアストラが図星を突かれる。

 だからここまで念入りに殺したのかと納得した魔王はため息を吐く。

 正直今回は失敗だ。魔王の見立てが甘く、アストラの考えにノイズが走った。それがこの惨劇を生み出した。

 

「一度言葉にしておく。俺はこの国を変えるつもりだ。お前が失望した奴等も含めてだ」

「だが……」

「一度失敗して諦めてどうする。二度失敗して諦めてどうする。俺は諦めないぞ。百回失敗しても、千回失敗しても、必ずこの世界を統一し神を倒す」

 

 魔王の言葉にアストラは。

 

「何故、そこまで……」

「約束したからな。俺もまた友と」

 

 魔王が思い出すのは、消されても尚胸に残る約束。

 

「俺が諦める時はその約束を果たせず、この世界に、神に屈服した時だ」

 

 そう言って魔王は。

 

「だからアストラ。お前と出会って良かった」

「何を言って……」

「俺が俺では無くなったその時は、殺してくれ」

「っ……」

「頼むぞ」

 

 その言葉を最後に魔王はその場を後にした。事後処理の為であろう。

 しかしアストラは血に汚れた部屋から一歩も出る事ができず、魔王の言葉を頭の中で繰り返していた。

 

 お前と出会って良かった。

 殺してくれ。

 

 その言葉を受けて、彼女の事を好ましく思っていたアストラは。

 

「オレは……この出会いを呪うよ魔王」

 

 この世界の理不尽さに、初めて神を呪いながら無気力な言葉を吐き捨てた。

 




ダークライさんは投稿直前に退職願いを出してきたので
その後飲み会に連れて行き説得して暫く有給使って休んで貰います

※タイトル並びにあらすじを一部変更。ボーイミーツガール杯終了後に大きく変更予定。ノリでやったらアカンかった。

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