※Bloodborneは探索も戦闘も、文字通り死んで覚えるダークファンタジーです。
※悠仁くんメンタルやられる→吹っ切れた
目が覚めた時、名前以外の記憶は曖昧だった。
洋画に出てくるような、木造の古い診療所。薬瓶が転がり、饐えた臭いの充満する病室。
寝台に横たわる自分の腕から延びる点滴の先に、黒ずんだ輸血瓶が繋がっているのに気が付いて、急いで針を引き抜いた。
気怠い体を引きずって階段を下りた先、出入り口の横の大きな影と、漂う鉄の臭い。何かが潰れる不快な音に気付いて足が止まった。
自分の足元から、腐った板の軋む音がする。こちらへ振り返るのは、自身より大きな狼の獣。
血濡れたそれが飛び掛かってくるのが見えても重い身体を動かせなくて、ただ「死ぬのか」と思って目を閉じ――
目が覚めた。
大きな満月の浮かぶ空。古びた石畳と西洋の墓標が並ぶ、小さな屋敷の庭。辺り一面に咲く可憐な白い花。
先ほどの診療所での出来事は悪夢だったというように、穏やかな空気が気持ちを落ち着かせる。
ここは狩人の夢で、俺の「家」になると、屋敷にいた車椅子の老人、ゲールマンから教わった。
「今は何も分からないだろうが、難しく考えることはない。君は、ただ、獣を狩ればよい」
直に慣れると、遠い目をする老人の言葉に従い、贈られた武器を手に取って歩き出す。
柄が伸縮する獣狩りの斧は、初めて触れるはずなのに不思議と手に馴染んだ。
屋敷の外に並ぶ墓標に向かい、行き先を思い浮かべて祈りを捧げれば、墓から骸骨のように痩せ細った小人たちが現れる。その小さな使者たちに手を触れれば意識が遠のいた。
――さあ、獣狩りの夜を始めよう。
夢に
人の姿を狩るのを躊躇した。
数の暴力を思い知った。
力に押し負けた。
物陰に潜んでいるのに気づけなかった。
毒を浴びる。
脳髄を吸われる。
発狂。
目覚めて、死んで、切って、潰されて――痛いという感覚が無くなった。
どこまで切られていいのか理解した。
どこを潰せばいいのか理解した。
腐臭の漂うなかでも、敵を嗅ぎ分けた。
人智を超えた存在を知覚した。
音も、空気の揺れすら感じるように、モノの動きがわかるようになった。
狩って、狩られて、狩り尽くして、解放されるはずの夜明けを迎えては、あの寝台で目を覚ます。悪夢は終わらない。
今夜の狩りを終えて見慣れた夢に帰れば、美しい人形が悠仁を出迎える。
「間もなく夜明け……夜と夢の終わりですね。大樹の下で、ゲールマン様がお待ちのはずです」
背の高い彼女の顔を見上げ、無機質な瞳を見つめる。何度も繰り返したこのやり取りを、彼女は覚えていない。
「またね。人形ちゃん」
フードの付いたロングコートを揺らし、庭の柵の向こう、白い花畑に歩みを進めれば、車椅子に腰かけた老人がこちらを向く。
彼が話を始める前に、悠仁は小さな箱を取り出した。
「俺、ここに来る前のこと少し思い出したんだ」
目覚めた寝台の下に落ちていた、自分が持ち込んだと思しき唯一のもの。高校の百葉箱で見つけた死蝋の指を取り出して、顔の前に掲げる。
数え切れぬほど繰り返した悪夢の中で、今回、初めて見つけたものだった。
「これ使うとさ、何か変わる気がすんだよね」
ゲールマンが緩慢に車椅子から立ち上がる。対峙するその姿に隙はなく、手には身の丈以上の大鎌――葬送の刃が握られていた。
「……狩人よ。私の介錯に身を任せるのか」
おそらく介錯は、狩人を悪夢から解放するための儀式。だが、自分はその儀式で解放されることはないらしい。
だから他の方法を探し、見つけた糸口。不気味な圧を放つ指を飲み込めば、
獣狩りの斧を握り直し、
「今回は任せない。俺の悪夢も、あんたの悪夢もここで終わらせる」
「そうか。では……ゲールマンの狩りを知るがいい」
悪夢に囚われた老人。自分も解放されたいはずなのに、迷い込んだ狩人を夜明けに導く、どこか諦めた目をした人。
戦うのは初めてだが、やはり彼は強かった。老いによる衰えを感じさせない程の、狩人としての技量と気迫。
助言者として数多の狩人を導いたゲールマンは、確かによい狩人だ。
振り抜いた斧に肉の食い込む感触が伝わり、身体に温もりが降り掛かった。
「すべて、長い夜の夢だったよ……」
「……よい目覚めを。ゲールマンさん」
白い花に沈む彼に狩人の礼をとって、傷を癒すために輸血液の入った注射器を左脚に刺した。
主人を亡くした花畑を進めば、獣の咆哮が響き渡った。赤い月を背にして空から降ってくるのは、痩せ細った体躯の大きな魔物。
手に握った武器を構えようとしたが、身体が硬直して動かなかった。抵抗もできないまま掴み上げられ、黒光る触手の
悪夢の元凶たる、月の魔物が瞳もない穴の開いた顔で食い入る様に見つめていると、悠仁の顔に刺青が浮かび上がった。
その瞳は紅く染まり、口元が弧を描く。
「気付いたか。お前の可愛い赤子は俺が貰ったぞ」
魔物の腕を手刀で切り落とし、着地した悠仁――宿儺は、笑いながら敵を見上げる。
「
その言葉に
「育ての親だ。せめてひと想いに殺して……」
不意に宿儺の言葉が途切れ、自身の右手が喉元を掴んだ。
「人の獲物を横盗りすんな。帰れ」
「……オマエ、なんで動ける?」
「いや、俺の身体だし」
刺青が溶けるように消え、身体の主導権が悠仁に戻る。
琥珀色の瞳が、月の魔物を見据えた。
「待たせたな元凶。……獣狩りの夜を始めよう」
肉を裂き、白い花畑が血で染まった頃、虎杖悠仁の長い悪夢は終わった。