ヤーナム経験者の悠仁くん   作:4R1ES

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交流会後編。東堂との会話は難しいです。


#11 忌避と容認(交流会2)

 木々を撃ち砕く銃声が止み、立ち込めていた硝煙が晴れる。

 ガトリング銃の反動をものともせずに全弾を撃ち切った悠仁は、チームメイトの顔をして隣に立つ東堂を横目に見た。

 

「殺意には殺意で応える。それでこそ俺の親友だ」

 

 腕組みをして頷く東堂に、ガトリング銃をしまった悠仁が向き直る。

 お前も対戦相手なんだが。という言葉はぎりぎり飲み込んだ。

 

「しかし虎杖(マイフレンド)。その武技と呪力操作は大したものだが……前より弱くなったな」

 

「は?」

 

 今日、初めて手合わせしたというのに、何を言いだすのか。

 一番に考えられるのは、苛立たせて集中を乱すためだが……。

 

「ずっと見てきたみたいに言うなよ」

 

 予想以上に低い声で返してしまったが、東堂に気にした様子はなく、悠仁の胸のあたりを指さす。

 

「確かにずっと見ていたわけではない。だが以前会った時の方が、獣じみた覇気があったぞ」

 

 東堂の言葉に、悠仁の目が見開かれる。

 

「獣じみた……」

 

 言われて考えてみれば、最後に血を浴びて戦ったのはいつだったか。

 五条との特訓を始めた頃から、悠仁は"呪術師として"任務に就いてきた。

 そうして今では、呪術師として生きるために必要な理性も獲得した。……たぶん。

 それでも思い出せるのは、悪夢の中で自覚した狩人の人間性と、せめぎ合う獣性――本能と血への渇望。

 

――腑抜けた小僧にはいい刺激になった。

 

 先日の宿儺の言葉がよみがえる。狩人に腑抜けとは、笑えない冗談だ。

 確かに、最近は血に酔うこともなかった。

 でも、だからと言って、獣狩りの夜を、あの悪夢を忘れてはいない。

 

「遠慮はいらん。好きに動け」

 

 そう言った東堂が構えるのを見て、悠仁が赤黒い液体の入った小さな酒瓶を取り出す。

 栓をしたままでも微かに香りが漂うそれ――匂いたつ血の酒を頭上に掲げると、瓶を砕いてその中身を浴びた。

 久しぶりに肌を流れ落ちる濃い香りに、自然と口角が上がる。

 自分は呪術師である前に狩人だ。そして……。

 

「ありがとう東堂。……目が覚めた」

 

 よい狩人ほど、血に酔っているものだろう。

 

 

 

 

 

 木々の間隔が狭くなり、足場の悪くなった森の中を、呪霊の索敵をしながら狗巻と順平が駆ける。

 そこへ機械仕掛けの腕をくわえた玉犬が現れたことで、二人は足を止めた。

 パンダと釘崎は、悠仁がやらかしている音がすると言って引き返したため、この場には二人しかいない。

 

 狗巻が受け取った腕から携帯を抜き取るのを眺めながら、順平は少し上がった息を整えた。

 運動は苦手ではないが、インドア派で過ごしていた自分にこの競技は厳しい。

 それでも狗巻に付いてこれているのは、彼が走るペースを考えてくれているからだろう。

 

「すじこ」

 

 考え事をしている間に通話を終えた狗巻が、前方を示して順平に振り返る。

 それに頷きながら、順平は気になったことを口に出した。

 

「ねえ、狗巻君。この辺り、やけに静かじゃない?」

 

「しゃけ……!」

 

 並んで歩きだしていた順平を、狗巻が手で制して止める。

 10メートルもない距離に急に現れた呪霊の気配に、二人の頬には冷汗が伝った。

 

 

 

 

 

 土煙が上がり、なぎ倒された木々の間から花御が起き上がる。

 4人の学生と対峙していた花御だったが、合流した少女の呪具によって弾き飛ばされてしまった。

 身体の修復をしながら、花御は呪術師の少年たちの行動を思い返す。

 真人が目覚めさせたクラゲの式神を使う少年。戦闘力は脅威にならないが、自分の攻撃を受け切った式神の強靭さはなかなかのものだった。

 言霊と、血の操縦。他の児等(こら)もよい術式を持っていた。成長する前に摘めなかったのは少し残念だ。

 

 三人のことは置いておくとして、目の前の少年と少女には犠牲になってもらおう。

 攻防の末、伏黒に種子を撃ちこみ、術式を開示した花御は、真希を掴み上げた木の根に力を込める。

 木の根と首の間に挟まれた真希の腕が軋んだとき、森の中から二つの影が飛び出した。

 

 

 

 東堂の拳と悠仁のトニトルスが叩きつけられ、砕かれた木屑と共に水しぶきが上がる。

 近づいた呪霊からは、友人たちの血の香りが感じられた。

 血の香りは気分の高揚と共に、死の予感を運ぶ。

 自分や親しい者のその香りは、悠仁に悪夢の恐怖と死闘感を強く思い起こさせる。

 川に座り込む伏黒の姿を視界の隅で確認した悠仁は、真希を抱えた東堂に背中を向け、呪霊に向けて強く踏み込んだ。

 

 

 少女の拘束を解いた二人のうち、こちらへ向かってきたのは赤黒い血を滴らせた少年――宿儺の器。

 手にしている棍棒のような、見慣れぬ形状の武器が青白い雷光を纏った。

 悠仁の呪力が高まるのに合わせて、花御も木の根を伸ばし、身体を覆う呪力を増やす。

 だが攻撃が当たる瞬間、雷光は黒に変色し、木の根ごと右腕は吹き飛んだ。

 すかさず距離を詰めた悠仁が、腕を修復する暇を与えずに追撃する。

 軽率ともとれるその行動は、彼の立ち回りで正しい選択だと証明された。

 

 真人が一級呪術師に並ぶ力量だと言ったのは誇張ではない。

 自身で作った死角に右腕を隠し、順手での武器の攻撃と、武器を逆手に持った拳での攻撃を入れ替える。

 リーチ差で打撃のタイミングをずらす。拳の出所も掴みづらい。

 拳の力だけでも無視できない威力がある上に、あの武器のもたらすダメージが花御を削る。

 雷光を纏う武器を下げるのに合わせて、花御は針状の木の根を広げ、強制的に距離を取らせた。

 

 

 真希と伏黒を下がらせ、二人の戦いを観察していた東堂が悠仁の隣に立つ。

 黒閃をキメた高揚からか、笑みを浮かべる悠仁に声を掛けた。

 

「術師にとっての重要な起爆剤(トリガー)は“怒り”だ。しかし、お前の場合は“血”がそうだったようだな」

 

 以前、東堂が悠仁と会ったのは、伏黒の様子を見た後だった。

 獣じみた覇気。あれは自分の拳に残った伏黒の血の香りが、彼の本能を引き出したというわけか。

 

「血に(よろこ)びを見出すなど、常人には忌避(きひ)されるもの。だが! そんな退屈な奴らは呪霊ごとねじ伏せてやればいい。そうだろう超親友(ブラザー)!」

 

 構えを取りながら放たれた東堂の言葉に、驚いた悠仁が振り向く。

 

「……応! そうだなブラザー!」

 

 花御に視線を戻した悠仁が構える型を変える。

 武器の有無の違いこそあるが、特級呪霊を見据える二人の姿勢がぴたりと揃った。

 

「さあ、調理を始めようか」

 

 

 

 手を叩く音が響き、悠仁と東堂の立ち位置が入れ替わる。

 二人の体格差により乱されていた花御の距離感も、何度も繰り返すうちに修正されてきた。

 黒く光る打撃に注意しつつ、適切な距離をとって攻撃を当てる。

 宿儺の器は殺せない。もう一人の方も、時間さえ稼げれば無理に殺す必要はないが……。

 

 森を抜け、花御の足が川辺の砂利を踏む。

 それを追う東堂が手を叩いたとき、悠仁のいた場所に三節棍が現れた。

 あの術式は生物以外とも入れ替えが可能。

 花御が術式と游雲の存在を認識できた時には、東堂の呪力を乗せたそれが顔面の樹を砕いていた。

 

 東堂との間に木の根を出現させた花御が、地面に手をつく。

 花御の触れた場所から放射状に、植物たちが(しお)れていった。

 真人の言う月の魔物という不確定要素が判明した以上、宿儺の器と周囲への領域展開は得策ではない。

 だが、漏瑚が領域を展開したときには現れなかったという話も聞いている。

 漏瑚が狙っていたのは五条悟だ。

 今の状態では時間まで自分がもたない以上、不安は残るが、虎杖悠仁に領域内で攻撃を仕掛けなければ、介入はないことに賭ける。

 植物の命と引き換えに集めた呪力を、左肩の供花に集めた。

 

――領域展開……!

 

 夜色の空が晴れ、帳が破られたことに花御の意識が逸れる。

 上空に浮かぶ人影が五条だと視認したとき、花御の腹が背後から貫かれた。

 

 

 飛び散った呪霊の血肉が悠仁に降りかかる。その身体は、より多くの血を求めるように動いた。

 もう一度、その内側へと手を伸ばそうとした悠仁に、呪霊の向こうから制止の声がかかる。

 

「離れろ虎杖(ブラザー)!」

 

 張り上げられた東堂の声に周囲の気配を探れば、遠くで呪力が膨れ上がるのを感じ取れた。

 構えていた血濡れの右手を下ろし、踏み込んでいた方向――東堂のいる側へ駆ける。

 東堂の隣に並び振り返れば、悠仁たちのいた場所を轟音と共に紫電が抉り取った。

 地面の状態を見て、悠仁は五条に殺されかけた回数のカウントを増やす。

 五条の術式を見て規格外だと笑う東堂の声を聞きながら、悠仁はどうやって五条に勝つかについて、真剣に頭を悩ませた。

 

 

 

 

 

「アンタいつの間にあのゴリラと仲良くなったのよ」

 

 ベッドで療養する伏黒のもとに集まり、ピザを食べていた釘崎が悠仁へ問い掛けた。

 あ、もともと親友だったわね。と付け足された言葉に首を振り否定してから、悠仁は頭に手を当てて自分の記憶を探る。

 

「いや、仲良くなったっつーか……あの時は、久しぶりに自由になれてテンション上がってたというか……」

 

「何アンタ酔ってたの?」

 

「酔って……たかもしれない」

 

「あの状況で?!」

 

 歯切れ悪くとんでもないことを返した悠仁に、頬にガーゼを張り付けた順平が驚きの声を上げる。

 そんな騒がしい三人を見ながら、咀嚼していたピザを飲み込んだ伏黒が口を開いた。

 

「血に酔ってたんだろ。久々に血塗れだったし」

 

 それから各々の怪我の具合や、交流会での出来事を共有する。

 交流会前はどこか遠慮のあった順平も、釘崎のにらみを気にせず最後のピザを手に取れるくらいには打ち解けたらしい。

 まあ、そのピザは元から彼の取り分なのだが。

 

 水の入ったペットボトルをベッドサイドに置いた伏黒は、三人になった同期の顔を見回す。

 釘崎は、入学時より体術の腕が上がっていた。

 先輩たちのしごきもあるが、同期の規格外と毎日のように組み手をしていれば当然かもしれない。

 吉野はまだ高専に入って数日しか経っていないが、格上相手でも怯まない度胸と、退き際を理解するだけの冷静さがある。

 だが初めて遭遇した呪霊が特級、呪術師が虎杖なのと、今回も特級に遭遇したことを考えると、まずはお祓いに行った方がいいかもしれない。

 ……呪術師にお祓いってなんだ?

 そして虎杖。今回のあいつは普段と違った。

 いや。血を浴びて笑うあの姿は、初めて会ったときに目に焼き付いている。

 本人もさっき言っていたように、自由に行動した――我を通した結果があの強さ。

 普段の虎杖は、俺たちの「返り血を浴びるな」という言葉に抑圧されていたわけだ。

 

「……弱い呪術師は我を通せない」

 

 伏黒の発した言葉に、三人の視線が集まった。

 

「俺も強くなる。すぐに追い越すぞ」

 

 そう言った伏黒の視線が悠仁を向いていたことに対して、釘崎から非難の声が上がる。

 困り顔の順平が釘崎をなだめていれば、部屋に居るはずのない者の声が割って入った。

 

「それでこそ、虎杖(ブラザー)の友達だな」

 

 腕を組んで頷く東堂の登場に、窓を蹴破る勢いで悠仁が外に飛び出していく。

 勘弁してくれと叫ぶ悠仁の声を聞きながら、三人はぼんやりと窓から青空を眺めた。

 

 

 

 

 

 波乱に満ちた交流会初日から二日が経った。

 なぜか野球に決まった勝負方法に困惑を残しつつ、東京校二年の三人は騒がしい一年生たちを眺める。

 

「悠仁も野薔薇も、ピッチャーがやりたいみたいだな」

 

 集合してからずっとにらみ合っている二人に、パンダがため息をつく。

 

「そりゃ、毎日あんだけ石ころ投げてんだから、ピッチャーやりてぇだろ」

 

「しゃけ」

 

 

 さっきから互いに譲らない釘崎と虎杖の間に、見かねた伏黒が割って入った。

 

「釘崎はパワー不足。虎杖はデッドボールになるからだめだ。俺がやる」

 

「伏黒君が?」

 

 珍しく主張をした伏黒に、順平が聞き返す。

 二人の言い合いは止まったが、今度は釘崎と悠仁の矛先が伏黒へと向いた。

 

「それ、自分がピッチャーやりたいだけだろ!」

 

「俺の制球力をバカにしてない? デッドボールなんて出さねーよ」

 

 その声に面倒くさそうにしながら、伏黒は悠仁にピッチャーを任せられない理由を説く。

 

「お前、砲丸投げ30メートル超えだろ。ピッチャー投げで。……呪力なしで当たったら死ぬぞ」

 

 それも、物に当たらなければ記録はもっと伸びていたという冗談のような内容に、一年生だけでなく、少し離れて成り行きを見守っていた二年生たちも固まる。

 だが伏黒の表情から冗談ではないことを読み取った釘崎と順平が、思わず言葉をこぼした。

 

「何それゴリラじゃん」

 

「虎杖君って本当に人間?」

 

「お前ら失礼すぎない?」

 

 ピッチャーを決めるどころではなくなった雰囲気に、狗巻がそっと7本の鉛筆を取り出す。

 

「高菜」

 

 一本ずつ引け。そう訴える狗巻の表情を見て、ピッチャーは一番運のいい奴に決まった。

 

 

 真希がピッチャーを務めることになり、悠仁のポジションはキャッチャーに落ち着く。

 一回の表、ツーアウトを取ったところで、三年生の加茂が打席に立った。

 

「虎杖、お前はなぜ呪術師をやっている」

 

 前を向いたまま掛けられた言葉に、悠仁も前を向いたまま仙台での出来事を思い返す。

 

――殺したいなら掛かってこい。俺たちの狩りを教えてやる。

 

「……五条先生に恩人を殺させないよう啖呵を切ったら、あとは成り行きっす」

 

 一昨日の五条の術式を考えると、過去の自分に無知って恐ろしいぞと伝えたくなった。それでも死んでやるつもりはないが。

 後ろに立つ五条が何も言わないので、話を続ける。

 

「誰にも殺されないよう強くなる。だから自分のために行動していたつもりなのに、気がついたら人を助けていて、友達も増えてるんすよ。……変な話ですよね?」

 

「そうか……」

 

 真希にサインを出しながら悠仁が見上げた加茂は、無表情で前を向いたままだった。だが……。

 

「いや、それで良いんじゃないか」

 

 そう言った加茂が少し笑う。しかし、バットを振ることもなく三振となった。

 

 

 

 5番の狗巻に続いて6番の順平が塁に出たところで、悠仁に打席が回ってきた。

 前の回で釘崎の出塁や伏黒のヒットがあったことも考えると、同期として負けていられない。

 メカ丸が唸り声を上げるのを聞いて、雑念を消し、目の前に集中する。

 ストレートで飛んできた白球を捉え、バットを振り抜けば、小気味いい音を立てたボールがフェンスの向こうへ吸い込まれていった。

 

 

 

 

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