ヤーナム経験者の悠仁くん   作:4R1ES

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※16巻までのネタバレを含みます。


#13 暗合

 

 

 

 高専敷地内。危険度の高い呪物が保管された蔵の中に、悠仁と五条の姿があった。

 

「ここ、本当に入ってよかったん? もう入ってるけど」

 

 興味深そうにあたりを見回す悠仁に、棚から取った一つの標本瓶を渡しながら五条が答える。

 

「まあ、上は渋ってたよ。でも八十八橋にいたのが九相図の受肉体だったか、確認できるのは悠仁だけだからね。……どう?」

 

 九相図の受肉体。上位者の血を継ぐものが他に存在している限り、悠仁の獣狩りの夜は終わらない。あれらは必ず狩る。

 そう思いながら渡された瓶を受け取った悠仁の瞳が、そこに揺蕩(たゆた)うモノを見つめる。

 

「あいつらと同じにおいがする。けど……死んでる?」

 

 持ち上げられた瓶の中で、ただ静かに浮かぶ胎児。

 命の最期を迎えても瓶の中に(とど)まり、眠ることを許されていない、目覚めを許されない存在――呪胎九相図。

 これらは狩りの対象だ。狭い瓶の中にいるモノと自分の間に、関係なんてない。

 だが、揺れる胎児の姿に呼応するように、悠仁の瞳も揺れる。

 そして、彼の内側に潜む月の魔物。

 それが怒りに震える気配を感じて、瓶を棚に戻した悠仁は胸に手を当てた。

 深く息を吐き出し、棚に並ぶ他の標本瓶を見た悠仁が、隣で木箱を確認していた五条に問いかける。

 

「五条先生。こいつら埋葬したらダメなん?」

 

 瓶の中身を気にする悠仁を観察し、何か考える素振りを見せた五条は、ゆっくりと言い聞かせるように答えた。

 

「呪物だからね。簡単には処分……弔ってあげられないんだよ」

 

 九相図についての質問を受けていた五条が、中身を確認し終えた木箱に蓋をする。

 それから話題を変えるように口を開いた。

 

「そういえば悠仁。里桜高校で七海が回収した瓶の青い薬って、何に使うの?」

 

 かなり強力な麻酔のようだが、詳しくは解析できなかったと話す家入の姿を思い出しながら、五条は聞きそびれていた疑問を悠仁に投げる。

 こちらを向いていた悠仁が、頭をかきながら視線を逸らした。

 

「あー……。あれ、脳を麻痺させる精神麻酔の類なんだけど、気配の薄くなる副作用があるから、そっち利用すんの」

 

 脳を麻痺させる精神麻酔。予想以上の危険物だった。

 

「へえ。意識とばない?」

 

「そこは大丈夫。気合いで!」

 

 気合いでどうにかなるものではないだろうと思いつつ、五条はそれを活用する狩人の精神力と、元気よく返した悠仁の姿に呆れを見せる。

 

「そこは脳筋理論なんだ? でも、麻酔に合わない副作用だね」

 

 九相図の確認を終えたため、話の途中だが長居は無用と、五条は蔵の扉を指さして歩き始める。

 もう一度、標本瓶に目を向けた悠仁が、後ろをついていきながら何でもないように答えた。

 

「人さらいには都合がいいでしょ?」

 

 当然のことだと言いたげな悠仁の態度に、五条は彼の見ていた悪夢の異常さを再認識する。

 

「……なるほどね」

 

 先ほど悠仁には見せなかった木箱の中身――青い秘薬。それらが使われた者の最期を察した五条は、蔵の扉をそっと閉じた。

 

 

 

 

 

 ハロウィンの装いを見せるようになった街を、任務帰りの一年生たちが歩く。

 直帰しようとしていた伏黒は、伊地知の運転する車から引きずってこられたことに不満を隠さずにいた。

 その隣で、荷物持ちに指名してくる釘崎の声を聞き流し、順平と共に映画の時間を確認していた悠仁が、急に足を止める。

 何事かと振り返った三人に、慌てた様子の悠仁は踵を返しながら答えた。

 

「ごめん! 俺、行くとこあったわ!」

 

 返事を待たずに走り出した悠仁の背中が、どんどん小さくなる。

 呆気にとられた三人を残して、その後ろ姿は見えなくなった。

 

 

 

 細い路地に入った悠仁は、覚えのある血の香りをたどって先を急ぐ。

 いくつかの角を曲がった先に、二人の少女――菜々子と美々子の姿があった。

 菜々子の左手の小指の先からは、一筋の血が垂れている。

 

「血の匂いがしたから来たけど……自分で切ったやつだよな?」

 

「毎回思うけど、あんたの嗅覚どうなってんの?」

 

 悠仁の言葉に頷きながら、若干、引く様子を見せる菜々子がハンカチで血を拭い、その指先に美々子が絆創膏を貼る。

 そんな菜々子の態度が心外だと言うように、悠仁が答えを返した。

 

「呪力高い人は、血のにおいが違うんだよ」

 

 悠仁が血の香りをたどってきた理由。二人と悠仁は協力者でありながら、連絡先の交換をしていない。

 高専関係者に二人といる姿を見られたとしても、協力者だと悟られなければ、呪詛師が彼を――宿儺を利用するために接触を図ったと捉えることもできる。

 それに、年齢が近く、制服を着ている菜々子と美々子が相手であれば、呪詛師よりも友人と思われる率のほうが高いだろう。

 とはいえ、使用している端末から足が付いては意味がない。次に会う日時とエリアだけを決め、二人の居場所は悠仁が探すことになっていた。

 

 今回は場所も日時も約束のものではなかったため、二人が怪我を負った可能性を考え、悠仁が慌てて来ることになった。

 二人が無事な姿を確認して、悠仁は身体に入っていた力を抜く。

 

「急にどしたん? そもそも、なんでこの町にいるって知ってんの?」

 

 一応、質問の形をとったが、交流会での呪霊と呪詛師の襲撃から、予想はついている。

 

呪詛師(こっち)に情報を流してるやつがいるから」

 

 美々子の言葉にやっぱりかと悠仁が返していれば、スマホを操作していた菜々子が、その画面を悠仁に向ける。

 そこには任務にあたる呪術師の名前と等級、おおまかな任務内容が並んでいた。

 菜々子がその中から悠仁の名前を探せば、今日の任務内容が表示されている。

 

「突発的な任務でなければ、誰がどこの任務に就くのか、ある程度わかる」

 

「マジで筒抜けじゃん」

 

 だが、呪詛師たちが呪術師の任務先を避けて行動しているのだとしたら、この間の八十八橋はイレギュラーか。

 

「機密度が高い任務は分からないけどね。虎杖は監視対象だし……等級もないからすぐ調べられる」

 

 笑いをこらえるように話す菜々子と美々子に、そういえば自分の学生証には等級が書いてなかったと思い出した悠仁が微妙な表情になった。

 

「おう……。ところで用事は?」

 

 

 

 夏油のもとに集った家族と離れた今も、菜々子と美々子は呪詛師だ。

 だが、あの死体を操る呪詛師たちに協力しているのは、夏油の肉体(からだ)を返してもらう取り決めをしているからにすぎない。

 しかし、10月に入った今でも、二人には具体的な計画の内容も、行動を起こす場所すら知らされていなかった。

 ここまできてやっと、あの術師とは“縛り”を結んでいなかったことに、菜々子と美々子は気がついた。

 情報は一番の武器だ。自分を殺したがっている相手に武器を与えることを、あいつがするはずがない。

 だから、あの術師は自分たちに何も教えない。

 

「夏油様の肉体(からだ)を返す。ただの“約束”を、あの術師が守るはずがない。だから、私たちは夏油様の“解放”を優先することにした」

 

 できるだけ無傷で肉体(からだ)を取り戻すなんて、甘い考えは捨てる。

 そう告げる菜々子に、美々子が続く。

 

「10月31日。私たちはまだ、どこで何をするのかは知らない。でも、内通者なら知っているはず……。断片的だけど、内通者のほうは居場所の情報もある」

 

 悠仁を見る二人の瞳に、ほの暗い意志が宿る。それは、目的のために全てを捧げた狩人に似た狂気。

 

「血でも、他のものでも、可能なものは全て用意する。だから改めて、私たちに協力してほしい」

 

 悠仁と、菜々子と美々子の間に結ばれた縛りは4つ。

 

1.菜々子と美々子が術師に協力する10月31日まで、悠仁は夏油の肉体(からだ)を殺さないこと。(術師が仕掛けてきた場合については、この限りではない)

 

2.菜々子と美々子は、悠仁に血の施しを行うこと。

 

3.死体を操る術式と術師について、情報を集め、共有すること。

 

4.伝える情報は偽らないこと。

 

 互いに得た情報について、第三者に伝えることを制限はしていない。だが……。

 

「内通者のほうはいいけど、あの術師に俺から仕掛けるのは無理だぞ? 殺せんし」

 

 10月31日までと期間を定めた縛りのため、それまでは、互いに決めたことを破る訳にはいかない。

 

「そこは私達にも考えがある」

 

 問題ないと答える菜々子と美々子の顔を見て、悠仁も頷いた。

 

「そっか。じゃあまず……スマホ買いに行こうぜ」

 

 

 画面にヒビの入ったスマホを受け取った悠仁が、二人と別れて繁華街のほうへ足を向ける。

 うさぎ耳のカバーがポケットに引っ掛かるのを直していると、自身のスマホに連絡が入った。

 内容を確認すれば釘崎からで、「来い」の文字と共にファミレスのURLが届いている。

 それに返信をしつつ、悠仁は報告の内容に考えを巡らせた。

 

 

記録―― 2018年10月

高専一年生 虎杖悠仁が呪詛師二名と遭遇

日中 繁華街付近での遭遇のため

非術師への影響を考慮し 呪具の使用は制限

 

数分の戦闘の後 呪詛師二人は逃亡

人的 物的被害の無いことから

両面宿儺の器 虎杖悠仁への接触が目的と推察される

 

現場にて 呪詛師が術式に使用したスマートフォンを回収

端末の解析を――

 

「伊地知。その報告書、ちょっと待って」

 

 キーボードを打つ伊地知の背中に、五条から制止の言葉が掛かった。

 振り返れば、回収したスマホの解析結果を手にした五条が立っている。

 

「これも内通者の件が絡んでいる。引き続き歌姫とだけ進めて」

 

 その言葉に頷いた伊地知が報告書を削除し、歌姫の任務予定の確認を急ぐ。そして自身の予定を調整し、補助監督としてのスケジュールを組み直した。

 

 

 

 

 

 10月19日。任務へ赴く高専東京校の一年生四人は、引率に京都校の歌姫を迎え、珍しくワゴン車に乗り合わせていた。

 急な斜面に沿って蛇行した道を、車はゆっくりと進んでいる。

 

「五条から内通者の話は聞いてるわね」

 

 助手席から振り向いて確認する歌姫の問いかけに、四人が返事を返す。運転をする伊地知も、小さく頷いた。

 おそらく、呪詛師と通じているのは2人以上。

 1人は学長以上の上層部で、歌姫の力では、どうすることもできない相手。

 今回のターゲットはもう1人のほうで、その上層部に情報を流す役だ。

 

「虎杖が回収した端末の情報から、メカ丸……(むた)幸吉(こうきち)の居場所を割り出しました。信憑性は高いと踏んでいるわ」

 

 歌姫の調査では怪しい者がいなかったため、消去法でメカ丸に容疑を掛け、捕縛する予定ではあった。

 しかし、本当にメカ丸が内通者である証拠が出たとなると、苦いものがある。

 メカ丸の傀儡操術(かいらいそうじゅつ)による傀儡(くぐつ)の操作範囲は、天与呪縛の力で日本全土に及ぶ。

 

「登録してない傀儡があれば、内通者としての仕事はいくらでもこなせるからね」

 

 学生たちの質問に答えながら窓の外を眺めれば、ここよりも標高の高い、目的地のあたりに帳が降りるのが見える。

 歌姫が身を乗り出せば、学生たちも窓側に寄った。帳が降りているのは、皆も確認できただろう。

 あの帳はメカ丸が降ろした? それよりも、呪詛師たちに高専(こちら)があの子を見つけたのがばれたと考えるのが妥当か?

 だとしたら、口封じに消されるのは明白。

 

「伊地知! あと何分掛かる?」

 

「10分は掛かります。直線距離だと3キロほどですが……」

 

 歌姫の剣幕に、ハンドルを握る伊地知の声が尻すぼみになる。

 メカ丸の強さは、歌姫も十分に理解しているつもりだ。しかし、彼を殺すために来た呪詛師が10分も掛けるはずはないだろう。

 どうせばれているなら、目立たぬようにと、トべる五条を置いてきたのが悔やまれた。

 後ろに座る四人を歌姫が振り返れば、目のあった伏黒が悠仁のほうに視線を向けた。

 それを見て、交流会でモニタ越しに見た彼の身体能力と、五条の言葉を思い出す。

 

――悠仁も、僕に並ぶ術師になるよ。まあ、ちょっとやりすぎな時が……。

 

 後に何か言ってはいたが、実力は五条のお墨付き。それに、交流会で東堂に並ぶ活躍をしたのも事実。

 

「虎杖は先に行け! 帳が破れるなら、そのままメカ丸の確保!」

 

 危なくなったら戻れと続けた歌姫の言葉に頷いた悠仁は車両を飛び出し、蹴った道路に足跡を残して森の中に跳びこんだ。

 

 

 

 

 

 真人の領域展開――自閉円頓裹を前にして冷汗をかいていた(むた)幸吉(こうきち)は、術式の効果が消えたと同時に笑みを浮かべる。

 シン・陰流「簡易領域」による無為転変の中和。危険な賭けだったが、自分を始末したと思った真人は、こちらに背中を向けている。

 その隙を逃さず、三本目の簡易領域を発動させれば、真人の身体は弾け飛んだ。

 

 領域が解かれ、勝利の雄叫びを上げた(むた)は、ずっとこちらを静観していた夏油に向き直った。

 夏油の降ろした帳。電波を阻害するこれを解消できれば外部と、五条悟と連絡がとれる。

 余力は残っている。勝算もある。だから……勝って皆に会う。

 その思いを込めてメカ丸のチャージを終えた時、操縦席の正面が崩れ、弾け飛んだはずの真人が姿を現した。

 とっさに最後の簡易領域を構えるが、真人の掌はすぐそこに迫っている。

 それでも、領域を握った腕を振り抜こうとすれば、ガラスの割れる音が連続して響き、辺りが濃い霧に包まれた。

 

 白い霧に触れた真人の左腕――(むた)が最初に簡易領域で破壊した腕が崩れる。

 変身も解けて、支えをなくした真人が操縦席の壁を滑り落ちた。

 動きの鈍くなった真人を追撃しようとしたが、身体が痺れて動かない。

 息苦しさや痛みは感じない。だが、指先すら動かせない。

 呪術師としての矜持も捨て、やっとの思いで得た体の感覚が無くなっていく。

 これでは今までと同じ……それ以下だ。

 そんなのは嫌だ。何のために呪霊の力まで借りて、ここまでやったと思っている。

 俺は皆に会うために……。皆に?

 あれ。

 なぜ俺は、こんなに必死に生きようとしているんだろう……。

 

 

 大きく崩れたダムの天端に、白い霧の沈むフラスコ――感覚麻痺の霧を握った悠仁が着地する。

 帳を通り抜けると巨大ロボが目に入ったのには驚いたが、発している呪力がメカ丸と同じだったため、すぐにターゲットだと認識することができた。

 走り寄っていけば、そのターゲットの頭部を破壊する真人の姿が見えたため、今度こそ確実に狩るために感覚麻痺の霧を複数投げた訳だが……。

 ロボットの頭部を掴んで支える、真人の変形した身体が崩れたのを見て、悠仁は剣の柄がついた巨大な石鎚――教会の石鎚を掲げて地面を蹴る。

 力に任せて真人の通った穴を拡げるように殴れば、操縦席の上半分はなくなり、立ち込めていた霧が飛散した。

 

 このまま真人に石鎚を振り下ろしたいところだが、今回の任務は(むた)の捕縛。

 こちらに向かってくる新しい呪霊の気配を感じて、意識を飛ばしている(むた)を掴み、ダムの天端に飛び移った。

 間を置かずに、向かってきていた芋虫に似た巨大な呪霊が、操縦席ごと真人を飲み込む。

 真人の仲間がいるであろう対岸を確認しようとしたが、呪霊がダム湖に飛び込んだことで水しぶきが上がり、視界を遮った。

 (むた)を雑に転がして獣狩りの短銃を構えていれば、水しぶきが落ち着くとともに帳が上がった。

 

 

 

 

 

 (むた)の捕縛から三日後。高専の医務室にて、ベッドで眠る(むた)を家入、五条、歌姫の三人が囲んでいた。

 

「怪我はかすり傷程度だったし、身体は健康なくらいだよ」

 

 これ以上は反転術式での治療ができないと、家入が困ったように続ける。

 

「ただ……生気が感じられないね」

 

 何の薬を使ったのかと歌姫に問いかけていれば、隣に座る五条が口を開きかけて止まった。

 家入が五条に視線を向けると、あからさまに顔を背ける。

 

「どうした五条。遠慮せずに言え」

 

 珍しい反応を見せる彼を促せば、組んでいた足を正した五条が、覇気のない声で答えた。

 

「前に回収した青い薬品……脳を麻痺させる精神麻酔。あれに耐性のある人間でも麻痺する程のものを3本」

 

 意味は分からなかっただろうが、危険さだけは理解した歌姫が絶句する。

 これには家入も、小さな声を絞り出すのがやっとだった。

 

「……生きていたのが奇跡だな」

 

 

 




■補足■
「青い秘薬」
脳を麻痺させる精神麻酔。
医療教会の上位医療者が、怪しげな実験に用いる飲み薬。
“治験”が行われている施設への抜け道の側、教会の白装束(上位医療者)の近くで拾える。

「感覚麻痺の霧」
痺れる霧を発生させる秘薬。
生きる力、感覚を鈍らせ、回復を阻害する。
狩人を狩る、カインハーストの血の狩人たちが用いた。

「宿儺の指について」
この悠仁君が食べたのは1本だけです。
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