渋谷駅、地下5階ホーム。
地面にめり込んだ
全員が揃っているのを確認して、夏油は先ほどの顛末を簡単に告げる。
「……それで、虎杖悠仁が逃げたんだよね。もうじき術師が総力挙げてここに来るよ」
そう言葉にしながら、大して困った様子もなく、夏油は特級たちを見回す。
「私はここに残るけど、皆はどうする?」
夏油が問いかければ、動かせない獄門疆を興味なさげに一瞥した脹相が口を開いた。
「俺は虎杖悠仁を保護する。その後は弟たちと共に、高専に保管されている他の弟たちを回収する」
五条を相手にしていたときとは違い、やる気を見せる脹相に、漏瑚が咎めるような視線を向ける。
「虎杖を保護だと? あいつは指を喰わせて宿儺にする」
そうして当初からの計画を語る漏瑚に、脹相も目を向けた。
「弟に拾い食いなどさせん」
「そもそも、弟ではないだろう」
その言葉に顔を歪めた脹相と、苛立った様子の漏瑚がにらみ合う。
やんのか、と喧嘩腰になった二人の間に、落ち着くようにと言った真人が割り込んだ。
「あのさ、二人には悪いけど……
そう発した真人に視線が集まれば、彼はおどけるように両手の平を上に向けて肩をすくめる。
「だから俺は、虎杖殺したいかな」
「言い残すことはそれだけか?」
すかさず臨戦態勢に入った脹相と、それに応じようとする真人に、今度は見かねた夏油が止めに入った。
漏瑚と真人の間で、宿儺を復活させる有利性とリスクが問答されれば、話に興味を失った脹相は輪から外れる。
それを気にせず、宿儺さえいれば呪いの時代が来ると確信する漏瑚が、人間の性質と呪いの在り方を説いた。
人間の表に出る正の感情や行動には必ず裏があり、それらは嘘に塗れている。
対して負の感情――憎悪や殺意などは偽りのない真実であり、そこから生まれた呪いこそが、真に純粋な本物の“人間”である、と。
「死すら恐れず、目的のために裏表のない道を歩む。それが偽物共にはない呪いの真髄だ」
そう言い切る漏瑚は、しっかりとした軸を持って物事を考えている。
しかし、どれほど立派な考えを持っていようと、どんな命も、真人にとっては無意味で無価値。ただ巡るだけのもの。
それ故に、真人は漏瑚の考えを否定する。
「違うっしょ。軸がブレようと一貫性がなかろうと、偽りなく欲求の赴くままに行動する。それが俺達、呪いだ」
その返しに顔をしかめる漏瑚を見て、真人はこのまま話を続けては漏瑚とも争いになると判断する。
「呪霊の在り方については、このくらいにしておこう。……虎杖のほうは、話し合いじゃ決まらないだろうし……」
虎杖は殺したいが、ここで漏瑚たちと争っても仕方がない。
真人は話の流れを変えるために、今後の行動を定めるゲームを持ちかけることにした。
「ここはゲームにしよう。俺が先に虎杖と
名案だと言いたげな真人に、漏瑚が答えるよりも先に脹相が反応した。
「どちらも却下だ。
「脹相、なんで
脹相の態度に慣れたように返した真人が、ゲーム開始の掛け声とともに階段の方へ移動する。
それに続き、脹相と陀艮が走っていくのを見て、その場に残ろうとしていた漏瑚もゲームに参加すべく後を追った。
騒がしく階段を駆け上っていった特級たちを見送り、獄門疆の前に胡坐をかいた夏油は、計画と現状の相違点を確認する。
脹相たち呪胎九相図が虎杖悠仁を弟と認識したのは予定外だが、計画に支障はない。
それよりも……この
内通者だった
もとより、双子は計画の頭数に入れていない。脅威にもなり得ないから放っておいたが……。
「そろそろ始末しておくか」
呟いた声は、静かな地下に吸い込まれた。
静かだった渋谷に改造人間が放たれたのを合図として、待機していた呪術師たちに帳への突入命令が出された。
同時に“術師を入れない帳”が降りているのを確認した七海は、伏黒と猪野に一般人の保護を任せる。
自分も帳を降ろしている敵を探そうと移動を始めたところで、おそらく自分を呼ぶ声――「ナナミン」と叫ぶ大声が響いてきた。
合流した悠仁から伝えられたのは、先ほども叫んでいた五条が封印されたというもの。
信じがたい話だが、あの五条が身動きをとれず、呪力も感じられなかったのならば、事実である可能性が高いと判断する。
続いて駅構内の呪霊や一般人の状況を話す悠仁の制服に、血が染み込んでいるのを七海は確認した。
悠仁が見てきた情報は有用だが、冥冥と行動しているはずの彼が一人で現れたことはいただけない。
ひと通り報告を聞き終えたところで、サングラスを押さえた七海が口を開いた。
「一度退く判断をしたのは賢明ですが……。虎杖君、あとで説教です」
今では定番となった七海のその言葉に、悠仁が不満の声を返す。
「ナナミン、会う度に説教するじゃん」
そんな反省する様子のない悠仁の頭に、後ろに立っていた伏黒の拳が入った。
悠仁から得た情報の展開と、いくつかの要請を通すため、帳の外へ向かう七海は三人に“術師を入れない帳”を解くように言い残した。
それを受けて移動した伏黒たちは、帳の“外”で一番目立つ場所――Cタワーを見上げる。
通常、帳を降ろしている術師は帳の中にいるものだが、明治神宮前駅に降りていたものでは、帳の基となる杭を帳の外に置いていたらしい。
発見・破壊されるリスクを上げ、それにより帳の強度も上げているならば、先ほど
そう伏黒は結論付け、術師が居るであろうタワー屋上への移動手段として鵺を召喚する。
虎杖と猪野を引っ張り上げるように指示を出し、屋上へと羽ばたかせた。
二人を送り出してから数十秒後。伏黒は自分からは地上の様子が見えない位置へと人影が落ちていくのを確認した。
落下地点に移動すれば、地上41階から落ちたにも関わらず、外傷のない中年の男がクレーターの中心に倒れている。
その不審な姿から目を逸らさずに、伏黒は追いついてきた悠仁に声をかけた。
「できれば殺すな。敵の情報を吐かせたい。……あと、薬は使うな」
夜蛾学長に何度も言われたことを念のために付け加えれば、伏黒の隣に立った悠仁が軽い口調で返す。
「オッケー! ……あ、毒メスは?
「……なんで毒ならいいと思った?」
あと、薬を使うなと言ったのは聞こえなかったのか?
なぜか自信満々に解毒剤の効力を語った悠仁に対し、面倒くさくなった伏黒は小さくため息をつく。
一応、どこで手に入れたものだと問えば、少しの間を置いて「拾った」と答えが返ってきた。
こいつ、拾った薬を飲むのか……。ゲテモノ喰いってレベルじゃねぇぞ。
「絶対に使うな」
それだけ言って、伏黒は起き上がる呪詛師に向き直った。
重傷を負った猪野を外へ運ぶ伏黒と別れて、渋谷駅へ向かう悠仁は高架橋を走る。
地上は自分が駅を出た時――“術師を入れない帳”が降りる前に通った時とは違い、改造人間で溢れていた。
その光景を見て、逃げ惑う人々と、五条を助けることで救われる人間の命を考える。今、採るべき選択は――。
「明太子!」
ふいに聞こえた馴染みのある語彙に、悠仁は高架下を見下ろす。
そこにはメガホンを持ってピースサインを決める、頼れる先輩がいた。
「狗巻先輩!」
名前を呼べば、ここは任せろと言いたげな狗巻に、先を急ぐよう促される。
それに頷き、悠仁は渋谷駅の構内へと駆け込んだ。
構内へ入れば、通り抜けるのに苦労するほどひしめき合っていた一般人が居なくなっている。
それが気になりつつ、無人となったフロアを抜けて階下へと歩を進めれば、月の香りに近づいているのがわかった。
上位者、月の魔物の血の香り。芳しく、しかし悪夢を思い出させる嫌な香り……。
月の香りを持つ者でも、高専の蔵の中にいた6人のように、息絶えた者ならば弔おう。
だが、生きているなら……上位者の血を引く者は狩らねばならない。
階段を下りきれば、フロアの中央に月の香りのする者――鼻筋に横一文字の刺青の入った男が立っている。
敵の姿を確認して、悠仁は菜々子と美々子に貰った血を取り出した。
双子の血を輸血すれば、通常の輸血液を使用したときとは違い、絶えず血が満ちる感覚を得られる。
その感覚が消えないうちに、悠仁が血なまぐささを感じさせる棘を備えた腰丈ほどの槌――
「悠仁、俺は――」
焦りを含んだその声を無視して、瀉血の槌を自身の腹に突き立てる。
はらわたの奥に溜まる、上位者の嫌な血を吸わせれば、相手の息をのむ音が聞こえた。
血の抜ける感覚と共に槌を引き抜くと、自身の血を纏い、身の丈以上の長さと鋭利な棘状の先端を得たそれが現れる。
瀉血により失われた血は、先に輸血していた双子の血の効力によって満たされていた。
悠仁が両手で槌を握り、少し遠かった間合いを詰める。
その勢いに任せて、まだ呆けている相手に瀉血の槌を振り下ろした。
■補足■
「双子の血」
血の施し:「血の聖女」たちが自身の血を渡すこと。彼女たちの血には、一定時間中の体力継続回復など、特別な効果がある。
菜々子と美々子の血の効果は「体力継続回復」です。
「
恐ろしい聖職者の獣となった友を狩り、その血も乾かぬうちに友の頭皮・獣皮を被った、医療教会の刺客ブラドーの狂った狩武器。
はらわたの、心の底に溜まった血を吸い、おぞましい本性を露わにする。