ヤーナム経験者の悠仁くん   作:4R1ES

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今回、入れたい言葉を使うのを優先したため、どこかと矛盾してるかもしれないです。見つけたら直します。


#17 英雄(渋谷事変4)

 

 

 

 

 次に会ったら今度こそ殺す、と心に決めた悠仁が脹相の動きを思い返せば、収まったはずの月の魔物の気配が再び大きくなる。

 それを忌々しく思いながら、地下へと続く階段に足を向けた悠仁を、少女の声が呼び止めた。

 

「虎杖、待って」

 

 二ヶ月足らずのうちに聞き慣れた声に振り返れば、セーラー服姿の菜々子と美々子が立っている。

 

「日付が変わるまで、まだ1時間以上ある」

 

 そう言った菜々子が気にしているのは、悠仁と交わした縛りについてだった。

 悠仁と二人の間にある縛り――菜々子と美々子が術師に協力する10月31日まで、悠仁は夏油の肉体(からだ)を殺さないこと。

 術師が仕掛けてきた場合については、この限りではない。という保険は設けている。

 だが、こちらが戦う意思を持って出向いた時点で“仕掛けた”と認識される可能性を考慮するべきだと言いたいのだろう。

 菜々子と美々子の目的が「夏油の肉体(からだ)を取り戻すこと」だったため交わされたこの縛りは、「手段を問わず夏油を“解放”すること」に変わった時点で大きな枷となっていた。

 

()()()、あの術師のところへ行かない方がいい」

 

 含みを持たせた言い方をする美々子に悠仁が目を向ければ、隣に立つ菜々子が呪符を巻いた品を取り出した。

 それから漂うのは、封印されても消えることのない濃い呪いの気配……。両面宿儺の指だ。

 以前、悠仁が術師を殺せないことに関して「考えがある」と言ったのは、これのことか。

 

 あの時、菜々子と美々子は考えていた。

 大切な人を弄ぶ、あの術師を――殺したい程憎い相手を殺せない今、どうするべきか。

 二人の出した答えは単純で、相手を殺せる、より強い者の力を借りること。

 悠仁に、あの術師を殺せるだけの力があるかは分からなかった。しかし、呪詛師である二人が頼りにできる者は少ない。

 だから悠仁を頼りにできないなら……彼の中にいる宿儺を頼るしかない。

 

 呪符が解かれるのを黙って見ていた悠仁は、目の前に宿儺の指が差し出されたことで、彼の性格について念押しする。

 

「分かってるだろうけど、宿儺が頼みを聞くとは思えん」

 

 宿儺の機嫌が悪ければ、何かを願うどころか、言葉を発する前に殺されるだろう。

 

「それでもいい。宿儺様に代わって」

 

 間を置かずに返事をした二人の瞳を見れば、既に覚悟を決めているのが分かる。

 ここで拒んでも、いずれは全ての指を喰うことになるのだ。今、二人の賭けに乗り、宿儺の指を喰うことにデメリットはないだろう。

 

「……死んでも文句言うなよ」

 

 そう言った悠仁が、受け取った指を一口で飲み込む。

 2本目の指を取り込んだ時に何が起こるかは、悠仁にも分からない。

 本来なら、五条が見ているときに試しておくべきだったのだろうが、今更そんなことを言っても仕方がない。それに……。

 

――宿儺の力が強くなれば、(わずら)わしい月の魔物の気配も抑えることができるだろうか。

 

 そんな思いが、指を取り込むのを後押ししていた。

 

 

 

 目を閉じた悠仁の顔に刺青のような紋様が浮かぶのを見て、宿儺と対峙することに緊張した菜々子の喉が乾く。

 しかし、指よりもずっと濃い呪いの力が膨れ上がったかと思えば、宿儺の気配の奥から、得体の知れない力が溢れてきた。

 悠仁の顔に浮かんでいた紋様が掠れる。宿儺の力を外へと押し出すようなそれは、明らかに悠仁の呪力ではない。

 

「何、これ……」

 

 そう呟いた菜々子が一歩下がる。

 頭を押さえた悠仁が小さな薬瓶――鎮静剤を手にしたが、力が入らなかったのか、瓶を落としてその場にうずくまった。

 そんな悠仁の肩に、美々子が震える手で触れようとしたとき、背後に別の呪霊の気配が現れた。

 振り返れば、火山のような頭を持つ、一つ目の呪霊。あの術師と居るのを何度も見たことがある。

 

「貴様ら、指を何本喰わせた!」

 

 怒声と共に大きくなった呪霊の力に気圧され、悠仁に手を伸ばしていた美々子の身体がよろめく。

 スマホを持った菜々子が美々子の身体を引き寄せるのと、一瞬で距離を詰めた呪霊――漏瑚(じょうご)の手から炎が放たれたのは同時だった。

 

 

 

 

 

 渋谷駅からほど近い位置にある渋谷ストリーム前を、日下部に続いてパンダと順平が歩いている。

 突入命令が出されてから、三人は狗巻と協力して一般人の避難を進めていた。周辺を見て回った限り、取り残された人間はもういないだろう。

 それでも一般人の捜索を続けようとする日下部に、黙って従っていたパンダが提案した。

 

「そろそろ悟のとこ向かおうぜ。副都心線の地下5階って、どう行けばいいんだ?」

 

 土地勘がないため、パンダは日下部に案内を急かした。それに答えない日下部を見て、隣で話を聞いていた順平がパンダに返す。

 

「この先から地下に入れるよ。両面宿儺の指の気配がしたし、僕も向かいたいです。……虎杖君かも」

 

 途中から日下部に向けて話した順平に、トレンチコートのポケットに手を入れた日下部が前を向いたまま答えた。

 

「おい、ひよっ子が他人の心配してんなよ。前に助けてもらったからって、恩……」

 

「恩返しとか、他人の為に命かけたりしませんよ」

 

 言葉を遮り、強い口調で返した順平に、日下部とパンダが振り向く。

 

「“自分の”大切なものを傷つけられたらムカつきますよね? それだけです」

 

 それは屁理屈だろうと、話に聞いていたより頑固そうな順平の言葉に、日下部が頭をかいた。

 

 こちらも屁理屈で一般人の捜索を続けさせようとすれば、人のいいパンダはすぐに建物内を調べに向かうが、順平は動かなかった。

 

「ほら、吉野も建物の中を見回ってこい」

 

「……日下部さん、地下5階に行く気ないですよね?」

 

 パンダが居なくなったタイミングでかけられる言葉に、日下部はため息をついて続きを促す。

 

「それが賢明だと思います。正直に言って、僕も行きたくはありません。……でも僕は、虎杖君()協力すると決めました」

 

 日下部が順平に向き直れば、存外、意志の強い瞳をしている。だが、今の渋谷を動き回るには力不足だ。

 何かと理由をつけて引き留める日下部に、一人でも向かうと宣言する順平は少し視線を下げてから、噛みしめるように呟いた。

 

「この選択を後悔するかもしれない。けれど……自分の泳ぐ水槽は、自分で選びます」

 

 そのまま振り返らずに走っていく姿を見て、今年の一年生は問題児ばかりだと、補助監督たちがぼやいていたのを日下部は思い出した。

 入れ替わりでパンダが戻ってきたため、簡単に事情を説明しながら準備運動として手足の筋肉を伸ばす。

 それから仕方なく順平を追いかけようとしたところで、呪詛師らしき二人に声をかけられて足を止めた。

 

 

 

 

 

 菜々子の術式により炎を逃れた美々子は、呪霊たちの集めていた指を喰ったらしい悠仁――宿儺から離れた位置に立つ。

 先ほど感じた得体のしれない気配は鳴りを潜め、膨れ上がった宿儺の邪悪な威圧感に身体が震えた。

 宿儺が制服に付いた埃をはらう。たったそれだけの動作からも目を離せないでいると、床に転がる小瓶を拾い、髪をかき上げた彼が呟いた。

 

「頭が高いな」

 

 美々子が言葉の意味を理解するより早く、横にいた菜々子に頭を押さえこまれた。程なくして、隣で片膝をつく漏瑚の頭頂部が切り飛ばされる。

 それを視界の隅に捉え、床に付くほど頭を下げた美々子の息が詰まった。菜々子が押さえてくれなければ、自分の首が飛んでいた。

 

「鎮静剤とは……血を(たしな)むなら血酒にしろ。小僧」

 

 そう言って小瓶を投げ捨てた宿儺が、悠々と歩いてきて美々子たちの前に立つ。

 割れた瓶から零れた少量の液体は、離れているにも関わらず、むせ返るほど濃い血の香りがした。

 

 

 約四ヶ月ぶりに身体の主導権を得た宿儺は、非常に機嫌が悪かった。

 脹相と戦う悠仁の額から血が流れるのを生得領域から眺め、匂いたつ血の酒でも飲もうとすれば、いつも以上に月の魔物が騒がしい。

 ただでさえ、自分の過ごす空間が月の魔物の花畑――赤い月が浮かぶ狩人の夢であるのが気に食わないというのに、落ち着いて酒も飲めないことに苛立ちが募る。

 

 しばらくして、月の魔物がやっと大人しくなったかと思えば、今度は暴れて自分に飛び掛かってきた。

 定期的に繰り返される、何度目かわからない争いを始めようとしたところで、身体の主導権が宿儺に渡り、今に至る。

 結局、血酒は一滴も飲めていなかった。

 

 悠仁に指を喰わせた三人の前に立ち、宿儺は苛立ちのままに声をかけた。

 

「ガキ共、まずはオマエらだ。俺に何か話があるのだろう。指一本分くらいは聞いてやる」

 

 言ってみろ、と促せば、二人が願ったのは額に縫い目のある男を殺すこと。……どこかで聞いた話だ。

 だが、思い出せないなら大したことではない。それよりも、指の一、二本で自分に指図できると思っているのが不愉快だ。

 

「面を上げろ」

 

 宿儺が怒りのはけ口に二人を細切れにしようとして――向けられた顔に見覚えがあると気が付いた。

 

「……小僧が血の施しを受けているガキ共か」

 

 悠仁(狩人)は一見、人との繋がりに淡泊に見えるが、その実“血の繋がり”に関する執着心が異常に強い。殺せば面倒なことになるだろう。

 例えば、「俺から血を奪っておいて、自分だけ血が得られると思うなよ」ぐらいのことは言うだろうし、血酒も儀式素材も全て捨てる。

 これから殺す人間のことなど考えたこともなかったが、今回は殺すことで発生するデメリットが大きい。

 天上天下唯我独尊。己の快・不快のみが生きる指針とまで言われた両面宿儺が、損得勘定で行動を決めた。

 

「失せろガキ共。……目障りだ」

 

 美々子と菜々子が手をつく床の間際を抉り取るに止めて、さらに苛立ちが募った宿儺は漏瑚に向き直った。

 

 

 

 漏瑚の亡骸の前で、裏梅に再会する意思を告げた宿儺は、伏黒の術式により調伏の儀が行われている交差点に降り立った。

 仮死状態で倒れている伏黒に近づき、その身体に反転術式をかける。

 

「お前を殺すのは小僧だと言っただろう。伏黒恵」

 

 意識のない伏黒にそれだけを告げ、宿儺は悠然と立つ式神に視線を移し、その姿を観察する。

 

「……味見、といった所だな」

 

 今度こそ、憂さ晴らしにはちょうどいいと、今日の苛立ちを全てぶつけるために宿儺は構えた。

 

 

 

 

 領域展開の末、更地となった渋谷の一角を見晴らせる位置に宿儺が立つ。

 

「小僧、これでお前も()()だな」

 

 その言葉と共に宿儺の気配は消え、目覚めた悠仁が目の前の光景を見てこぼしたのは、乾いた笑いだった。

 

「宿儺なら、五条先生にも勝てるかな……」

 

 両面宿儺。覚めない悪夢の中で見つけた、呪詛に塗れた死蝋の指。

 あの時、これで何かが変わると、夜の闇に細く差し込んだ導きの光に縋らずにはいられなかった。

 たとえ、手繰り寄せたそれが……目も眩むような欺瞞(ぎまん)の糸だと気づいていても。

 

 狩人は罪人の末裔だと、ある男が言っていた。

 ヤーナムの地下深くに広がる神の墓地から聖体を持ち帰り、血の救いを……獣の病をもたらした古い学び舎、ビルゲンワース。

 狩人は、悪夢の内に隠された“秘密”を求める。

 それは“知”を求めて漁村を蹂躙した冒涜的殺戮者……貪欲な血狂い共と呼ばれた探求者たるビルゲンワースの末裔である証だ。

 そんな“血”を求める、罪人の末裔たる狩人が。呪いを宿した狂人が。

 人を助ける? 友達になれる?

 獣を殺すしか能のない……人殺しの獣風情が。語ることすら烏滸がましい。

 

――奴らに報いを……赤子の赤子、ずっと先の赤子まで、永遠に血に呪われるがいい……。

 

「不吉に生まれ……望まれず暗澹(あんたん)と生きるがいい……」

 

 漁村で聞いた呪詛の続きを呟く。

 狩人が“英雄”であった時代など、それこそ夢の中。

 悪夢の中に狩人は存在し、狩人が存在する限り悪夢は――獣狩りの夜は終わらない。

 どれ程優れた狩人も……いずれ醜い獣になるのだから。

 

 狩人が罵倒されるのはいつものことだ。それでも足掻くのは無意味で、その行動に価値などないかもしれない。

 でも、一つだけ。何かを成すことが許されるなら……。

 儚い幻、導きの光……目も眩む欺瞞(ぎまん)の糸に縋ってでも、狩りを全うしなければならない。

 青い月の光を纏う神秘の剣――かつての獣狩人の英雄、ルドウイークが振るった月光の聖剣を手にして歩き出す。

 

 人の魂に触れ、その性質を、姿を変える真人()……。この獣狩りの悪夢だけは終わらせよう。

 

 宿儺が呪いにしか成れなかったように、自分も獣にしか成れないのだから。

 

 

 

 

 

 




■補足■
「悠仁と、菜々子と美々子の間に結ばれた縛り」
1.菜々子と美々子が術師に協力する10月31日まで、悠仁は夏油の肉体(からだ)を殺さないこと。(術師が仕掛けてきた場合については、この限りではない)
・悠仁以外の人がとどめを刺せば、悠仁から攻撃→日付の変わる前に殺しても問題ない。
・先に相手に攻撃させれば、悠仁が日付の変わる前に殺しても問題ない。
・悠仁から攻撃しても、日付が変わってから殺せば問題ない。
という認識です。しかし、「夏油を傷つけさせない」ことが目的で結ばれた縛りのため、どの行動で縛りを破ることになるかが定かではなく、安全策をとったと思ってください。

「聖剣のルドウイーク/醜い獣、ルドウイーク」
唯一、獣狩人が英雄たり得た時代の、狩人の英雄。教会の最初の狩人。
彼が何を成したのか定かではないが、血の川に溢れる、数え切れぬほどの死体の山を築き上げ、おぞましい、醜い獣と成り果てた。
――狩人よ、光の糸を見たことがあるかね? とても細く儚い。だがそれは、血と獣の香りの中で、ただ私のよすがだった。
――真実それが何ものかなど、決して知りたくはなかったのだよ。
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