ヤーナム経験者の悠仁くん   作:4R1ES

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真人戦、前半。
真人の人を馬鹿にした態度もセリフも、すごく好きです。
ただ、表現するのは難しい。


#18 死血花(渋谷事変5)

 

 

 

 

 

 渋谷駅の地下に、ひとりで歩く悠仁の足音が響く。その足取りは静かであったが、動くものが彼以外にいない空間では反響し、離れた場所にまで届いた。

 他の術師たちはまだ来ていないのか、進む通路に戦闘跡や残穢は見当たらない。

 辺りを探りながら階段を下りれば、改札の前に並ぶ大勢の改造人間の前に出た。

 

 悠仁が背中に担いでいた大剣を手に取る。無造作に構えた大剣――月光の聖剣の光は失われ、刀身も幾分か細くなっていた。

 水平にして身体の前に掲げた聖剣の柄に、上から押さえるように左手を添える。刀身にその手を滑らせれば、触れた部分から波紋のように青い月の光が広がった。

 

「君たちの目覚めが……有意なものでありますように」

 

 独り言のように悠仁が呟き、両手で月光の聖剣の持ち手を強く握り直す。そうして横なぎに振るった刀身から、暗く輝く光波が放たれた。

 

 

 

 再び静寂の訪れた空間で立つ悠仁に、血だまりを跳ねる水音が近づく。

 

「それ、一応人間なんだけど……。これじゃあ、どっちが呪いか分からないね」

 

 親し気に話しかけてくる声に悠仁が振り返れば、探していたツギハギ顔の呪霊――真人が立っている。

 斬り伏せられた改造人間たちをわざと踏みつけて進む姿を見て、敵であろうと死者には敬意を表する狩人としての性質が嫌悪感を抱いた。

 

「真人……。オマエはなんだ? どうして人の命を(もてあそ)ぶ?」

 

「自分だって殺してる癖に。いちいち殺し方とか気にするタイプ? ……次から考えとくね」

 

 安っぽい笑みを浮かべた真人が媚びた声で返す。瞬きと共に一呼吸を置けば、張り付けた笑みが軽薄なものへと変わった。

 

「ペラッペラのオマエにはペラッペラの解答(こたえ)を授けよう。虎杖悠仁。……オマエは俺だ」

 

 その言葉に、悠仁の表情がわずかに動く。悠仁の様子を見て、真人は呪いの戯言だろうと言葉を続けながら、さらに煽り立てた。

 

「そいつを認めない限り、オマエは俺に勝てないよ」

 

「ベラベラと……よく喋るな。遺言か?」

 

 意味のない質問だったと、悠仁は月光の聖剣を片手で構え直し、光を纏わないそれを真人に振りかざした。

 

 

 

――夜にありて迷わず、血に塗れて酔わず。

 

 自分が獣ではないと証明したいならば、常に冷静でいなければならない。見逃さず、聞き逃さず、息を乱さず……心を乱さず。

 そうすれば、(呪い)と戦っている間だけは、俺達はまだ狩人でいられる。

 

 真人が撃ち出した攻撃を、悠仁は床に片手をつき、体勢を低くすることで躱す。

 後ろの柱にめり込んだ、圧縮された改造人間が遅れて変形するのに合わせて、床についた手を起点に真人とは反対の方向へ跳んだ。

 地面から両足の離れた悠仁を追い打つように、真人が自身を変形させて作った巨大な拳を伸ばす。

 しかし拳は大剣を当てることで軌道を逸らされ、悠仁の左腕が真人の伸びた腕を捉えた。

 そこで真人は、身体を引かれる前に掴まれた部位だけを切り離す。そして、距離の開いた悠仁がいるのとは逆の方向――まだ人間の残るエリアに向けて駆けだした。

 

 悠仁の視界から外れた真人は、周囲を見回しながら歩いていた人間たちの前にでた。

 自分の姿が見えていない二人のうち、ニット帽を被った体格の良い人間に狙いを定める。

 相手が口を開いたタイミングで自身を小さくし、人間の外見は変えないまま、その魂の影に隠れるように身体に潜り込んだ。

 

 程なくして駆けてきた悠仁が、一般人に気付いて走るスピードを落とす。そして距離をとったまま大剣を持つ手を背中に回した。

 対面する二人からは大剣が見えていないのか、遠目では制服が血に塗れているのが見えなかったのか、悠仁に対して心配の声がかけられる。

 その声には応えず、ニット帽の男から視線を外さずに歩いてくる悠仁の姿に、一般人である二人も異常を覚えた。

 言い表せない不安感に、詰められる距離を空けようと二人が身を引いたとき、()()()間合いに捉えた悠仁が、流れるように剣をすべらせた。

 

 得物が届く直前に、真人は無為転変によって盾を造り、身体のサイズを戻して擬態を解く。

 目の前で人間の形が崩れたことに動転しているもう一人を、蹴り飛ばすことで退避させている悠仁を見て、真人が笑みを浮かべた。

 

「勘がいいな。いや……どこかおかしいんじゃないの?」

 

 擬態を見抜かれるのは想定していた。

 改造人間と同じく、擬態するための(ガワ)に選んだ時点で、あの人間の魂は変質している。

 それでも、だ。あの時の、一級だと名乗った七三術師でも、改造人間を殺すことに多少は動揺していたというのに。

 虎杖は、さっきのが姿だけ取り繕った改造人間(ニセモノ)だと認識して、魂に一切の揺らぎを見せずに斬った。人間の反応としては異常。

 とはいえ、宿儺と月の魔物――化物を二匹も宿して平然としている奴だ。正気なはずがない。

 だが順平を助けたりと、他人に興味がない訳でもない。ここまで線引きがはっきりとしている奴は珍しいが……。

 そういう奴ほど、崩れるときには一瞬で潰せる。

 

 

 

 

 

 渋谷の地下へと続く階段を、ツギハギ顔の呪霊――真人の分身と、それを追う釘崎が駆け下りる。

 釘崎は、補助監督である新田の警告を無視して渋谷に残ることを決めた。

 確かに、特級呪霊たちを相手にするには自分は力不足。

 だから、せめて術式の使えないツギハギの分身は祓ってから地下5階へ向かいたい。

 そのため地下へと逃げられるのは好都合だが、呪霊との身体能力の差で、数メートルの距離を離されていた。

 

 階段を下りた先が突き当たりになっているのを見て、釘崎は極力スピードを落とさないように角を曲がる。

 その矢先、ツギハギの呪霊がこちらへ向かってくる様子が視界に広がった。

 方向転換の速さには少し驚いたが、十分に対処できる距離のため、釘崎は金槌を構えて向かい合う。

 呪霊の後ろに、奴を追いかける虎杖が居るのを見て、自分を突破する方が楽だと判断されたのだと思うと、いつもより多く呪力が溢れた。

 

「避けろ! 釘崎!」

 

 目の合った虎杖が、焦ったように叫ぶ。それを聞いて、釘崎は目の前にいる呪霊の呪力の圧を見た。

 こちらへ手を伸ばす呪霊のそれは、先ほど対峙していた時の半端なものではない。

 すぐに上体をひねり、呪霊の手と自分の頭の間に振り上げた金槌を滑り込ませる。

 頭への直撃こそ防いだが、走る勢いに乗った呪霊の手が顔の左半分に触れた。

 

 左手に握る釘を手放した釘崎が、その手で自身の頬に触れる。

 こちらへ駆けてくる虎杖を見て、こいつもこんな顔をするんだな、と場違いなことを考えた。

 普段は根明と言われる虎杖だが、任務中は誰よりも無慈悲だ。怪我をした一般人が居ようと、どうなっていようと顔色ひとつ変えず、淡々と目的の呪霊を祓いにいく。

 だから、虎杖の泣きそうな顔を初めて見て、それが自分に向けられているのだと思うと、なぜだか笑みを返していた。

 

「虎杖、皆に伝えて」

 

 走馬灯、というやつなのだろう。釘崎は、自分の育った村でのことを思い出す。

 嫌いな場所で出会った、大切な友達。ふみ……沙織ちゃん……。

 今度は三人で会おうという約束が守れないことを、ふみは許してくれるだろうか。

 そして、村を出るために来た高専で出会った、バカなことをやって笑い合える同期と担任……先輩たち。

 尊敬できる人たちに出会えたのは、きっと幸運なことだ。

 やるべきことも、やりたいことも残っている。伝えたいことだって、一言では足りない。まだ皆と話し足りない。でも……。

 釘崎が虎杖の目を見る。引きつり始めた頬を、口角を無理やり上げて、いつも通りの笑顔を心掛けた。

 

「『悪くなかった』!」

 

 

 

 

 目の前で釘崎が倒れるのを見て、悠仁の顔から表情が抜け落ちる。強く握った左手には爪が食い込み、血がにじんだ。

 悠仁が左手を胸の前に掲げると、一輪の花が握られる。ヒマワリに似た大振りのそれは、生気を感じさせない色合いだった。

 血よりも鮮烈な赤を有する花芯に、病的なまでに青ざめた白い花弁――大輪の死血花。

 悠仁の血を吸うように、握られた死血花が点々と赤く色づいた。

 倒れる釘崎の顔に――損傷の激しい左目を隠すように添えれば、滴る血は混ざりあい、まだらになった白が少女を染める赤によく映える。

 

「釘崎……あとは任せろ」

 

 花弁越しに釘崎の頬に触れる悠仁の指先からは、止まらない血がひと筋垂れていた。

 

 

 

 立ち上がった悠仁に向かい、駆ける真人が拳を握る。

 親しい仲間の死体を晒して、虎杖悠仁の魂を折る。この真人の考えは間違っていなかった。

 

――揺らいだ。

 

 目の前で何人死のうと、何人殺そうと、涼しい顔をして立っていた虎杖の魂が。

 たった一人、あの女の術師が傷ついただけで。

 拳に呪力を乗せる真人は、自身の才能に高揚し、その在り方を理解する。

 自分こそが……「呪い」だ。

 

 

 

 狩人にとって、相手の攻撃を正面から受けるのは悪手だ。獣の膂力(りょりょく)の前では、狩人など非力。

 故に、普段の悠仁ならば有り得ない行動――正面に構えた大剣の腹に、真人の拳がぶつかる。

 その呪力は黒い火花を伴い、月光の聖剣を半ばから折って弾けた。

 勢いの衰えない拳が、悠仁を捉える。呪力で守るのが遅れたその身体は、十数メートルに渡って壁や天井を跳ねた。

 黒閃を出した余韻に浸かることもなく、真人が倒れた悠仁に蹴りを加える。

 その姿と表情は、呪いと呼ぶのに相応しかった。

 

「どーせオマエは! 害虫駆除とか! 昔話の妖怪退治とか! その程度の認識で渋谷(ここ)に来たんだろ? 甘ぇんだよクソガキが」

 

 真人の声が遠くに感じる。思うように呪力が出せない。身体を、腕を動かせない。

 それでも、蹴られる衝撃で折れた聖剣を手放さないよう、悠仁は剣の柄を握る力を強くした。

 その間に真人が、これは呪霊と人間が正しさを――上辺だけの正義を押し付け合う戦争だと語る。

 

「オマエは俺だ虎杖悠仁! 俺もオマエも、何も考えずに人を殺す!」

 

 そして呪術師は考える間もなく、何も知らない人間どもを助ける。

 これは、呪いの本能と人間の理性が獲得した尊厳のうち、100年後に残るのはどちらかという戦いだと。

 ……本能と尊厳。抗い難い獣性と、狩人としての矜持。

 思い浮かぶのは、獣狩りの夜だ。それは繰り返し、終わりのない悪夢。

 だが“今夜”は繰り返せない。一度失えばそれは……目覚めることのない悪夢だ。

 

「そしてオマエは“人間の皮を被った化け物”だ。そんなことにすら気づけない奴が、どうして俺に勝てるよ」

 

 攻撃の手を止めた真人が、息を吐く。

 そして、殺した呪いや人間の数を数えたことはあるかと、悠仁に問いかけた。

 

「ないよな? 俺も。……殺した数とか、マジでどーでもいいもん」

 

 そこで言いたいことがなくなったのか、腕をカマキリの鎌のように変形させた真人が、その腕を振り上げる。

 

「オマエの事も、そのうち忘れるさ」

 

 そうして真人が鎌を振り下ろしたとき、手を叩く乾いた音が響き、真人の前から悠仁が消えた。

 景色の変化に、自身が移動したことに気付いて振り返れば、先ほどまで自分の立っていた位置に、顔に傷のある大柄な男――東堂が立っていた。

 

 

 

 

 

 京都高専の一年、新田(あらた)は、東堂と共に渋谷駅の地下5階へとたどり着いた。

 しかし目的の獄門疆(ごくもんきょう)が持ち去られた後だと知って狼狽える自分に、東堂が次の行動に切り替えるよう促す。

 近くに来ているらしい兄弟を探すという東堂に、自分も気持ちを切り替えて続いた。

 上階に上がり、呪力の弾けた方向へ進めば、高専の制服を着た少女が倒れているのを見つけて駆け寄る。

 

 血の気の引いた青白い顔の少女――釘崎の顔の左側に、ヒマワリに似た花が添えられている。

 手向けとして置かれた花なのだろうか。しかし彼女の胸は微かに上下しているのが見て取れる。

 釘崎に処置を施すため、新田は添えられた花を除けようとして手を触れた。

 血に塗れた花からひと筋の血が垂れれば、釘崎の肌に触れたその血が吸い込まれたように錯覚する。

 それに驚き、目を凝らしていれば、鉄の臭いに交じって芳しい香りがすることに気がついた。

 甘く誘うような香りではない。だが、どこか懐かしく、惹きつけられる不思議な香り。

 記憶にない香りだ。しかし、あえて例えるならば、それは夜空に浮かぶ――。

 

「月の香り……?」

 

 誰も知るはずのない香り。それでも、新田はなぜだかそれが正解だと思った。

 

 

 

 

 




■補足■
「流浪の狩人、ヤマムラ」
かつては教会の狩人であったと思しき連盟員。
医療教会の、実験棟の惨状を見たためか、今は狂ってしまっている。
――夜にありて迷わず、血に塗れて酔わず。名誉ある教会の狩人よ。
――獣は呪い、呪いは(くびき)。そして君たちは、教会の剣とならん。

「身を窶した男/恐ろしい獣」
姿は人間。会話もできるが、人を喰らう恐ろしい獣の姿を持っている。
攻撃を加えると獣化する。
――……あんた、どこかおかしいのかい? それとも、勘がいいのかな?
――狩人など、お前らのほうが血塗れだろうが!
――知ってるかい? 人は皆、獣なんだぜ……。

「死血花」
棄てられた場所で、死血を芽吹くという青白い植物。
それは死の側にひっそりと育ち、遂に花開くという。
大輪に開いたそれは、真っ赤な彼岸の花だ。

「真人のセリフより」
害虫駆除→バッタ。連盟員の「虫」を踏み潰す(#14)
昔話の妖怪退治→ルドウイークが用いた月光の聖剣で戦う(今回)
(ルドウイークの聖剣テキスト抜粋:より恐ろしい獣、あるいは怪異を狩るために)
=真人、大正解!
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