ヤーナム経験者の悠仁くん   作:4R1ES

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今回、Bloodborneの要素・用語が多数。
書いている途中で発狂しそうになったのは久しぶりです。



#20 赤子(渋谷事変7)

 

 

 

 

 

 後ろを向き、這うように走る真人を、少し距離を空けて悠仁が追いかける。

 逃げる相手の背中は隙だらけだが、油断はしない。あと一息のところまで追いつめた者が、逆に殺されては笑い話にもならない。

 間合いを測る悠仁が次の仕掛け武器を取り出そうとしたところで、真人の前方を袈裟を着た男が遮る。

 

「夏油!」

 

 顔を上げた真人が相手の名前を呼べば、助けてあげようか、と返した男が、真人の反応を待たずに悠仁のほうへ歩み出た。

 

 

(なまず)が地震と結びつけられ、怪異として語られたのは江戸中期」

 

 語り聞かせるように話を始めた夏油が、身体の前に掲げた手から何かを落とした。

 

「地中の『大鯰(おおなまず)』が動くことで、地震が起こると信じられていたんだ」

 

 短い説明の後、落とされたものが地面に吸い込まれると、悠仁を中心として地面に大穴が空く。

 悪夢の中で何度も味わった落下する感覚に、少しでも着地の衝撃を抑えようと身構えるが、上半身だけが後ろへ引っ張られるようにして体勢を崩し、後頭部から地面に衝突した。

 脳の揺れる不快感をこらえて急いで起き上がれば、地面に空いた大穴が跡形もなく消えている。

 術式による幻覚かと、鈍る思考を巡らせたところで、相手が術式の開示を始めた。

 

 呪霊操術。

 低級の呪霊は元より、術式を持つ準1級以上の呪霊を複数使役することで、術式を解明・攻略されようと新しい呪霊を放ち対応する。

 その手数の多さが強みであり、先ほどの大鯰も、数ある呪霊の中の一体に過ぎない。

 

「……勿論、術式を解明する間を与えずに、畳みかけるのもいいだろう」

 

 夏油がそう続けると、彼の影から大百足(おおむかで)の群れが飛び出す。悠仁が横へ転がり避けようとすれば、片手をついた地面の感覚が無くなった。

 肩から崩れ落ちた悠仁を押しつぶすように、大百足が降り注ぐ。その様子を夏油が眺めれば、耳をつんざく悲鳴のような咆哮が響き渡った。

 大百足の群れが吹き飛ばされ、中にいた悠仁が忌まわしい不死の黒獣の手――獣の咆哮を握って立ち上がる。

 傷口から血を垂らす悠仁が手に握るそれは、獣の力を借りるための触媒だ。しかし先ほどの咆哮は……間違いなく本人の声帯から発せられていた。

 

「我ながら流石と言うべきか……。やはり宿儺の器。……いや、獣だな」

 

 ひとり言のように呟いて笑みを浮かべる夏油に、背後にいた真人の手が迫る。

 それを難なく避けた夏油を見上げて、生き延びるための光を掴み損ねた真人は冷汗を垂らした。

 どうして自分が祓われる直前になって、夏油が間に入ってきたのか。この後どうなるのか……。真人は理解していた。

 なぜなら呪い(自分)は……人間(コイツら)から生まれたのだから。

 

 夏油に触れられ、真人がその形を変える。見る間に小さくなった姿は、手のひらに収まる黒い球体となっていた。

 その球体――呪霊玉を掌で転がした夏油が、ふと思い出したように悠仁に話しかけた。

 

「そういえば……ローレンスには会ったかい?」

 

「……は?」

 

 思わぬ人物の名前が出たことで悠仁が動きを止めれば、困ったように夏油が笑う。

 

「知らないかい? もしかして、獣になっていて誰だか分からなかったかな? ……彼ならきっと、恐ろしい獣の姿になっただろう」

 

 知っている……。知らないはずがない。初代教区長、ローレンス。

 血を恵み、獣を祓う医療教会の――血の医療と獣の病をもたらした医療教会の……初めての聖職者の獣。

 悠仁が見ていた悪夢よりも、ずっと前の時代を生きた者の名前だ。

 目の前の男が、友を懐かしむように……どこか馬鹿にしたように警句を唱えた。

 

――我ら血によって人となり、人を超え、また人を失う。知らぬ者よ――かねて血を恐れたまえ。

 

 それは、かつてローレンスが学んだビルゲンワースの、学長ウィレームの言葉。

 なぜ、この男が知っているのかは分からない。だが、彼らのことを知っているなら……あの場所にもいたというのだろうか。

 血に呪われた、狩人の罪の跡……業に芽生えた悪夢に秘匿された村。

 ビルゲンワースの学徒たちは、ある目的のために漁村の民を蹂躙した。その目的は――。

 

「『頭蓋の内に“瞳”を探す』あの時代は良かった。自分の術式を見直す良い機会となったし……“儀式”や“拝領”の考えも興味深かった」

 

 ひと通りの話を終え、悠仁の態度が変わったのを見て満足したのか、夏油が呪霊玉を握りなおす。

 

「過去を懐かしむのはこのくらいにして……これからの世界の話をしようか」

 

 

 

 何が面白かったのか、悠仁の前で男が笑い、術式の開示を続ける。

 黙って聞いてやる義理もないが、無策で勝てる相手ではない。……今は、待つ。

 呪霊操術、極ノ番「うずまき」。取り込んだ呪霊を一つにまとめ、超高密度の“呪力”を相手へぶつける奥義のようなもの。

 強みであるはずの手数の多さを捨てることになる技だが、その真価は準1級以上の呪霊を使用したときに起こる――。

 

「術式の抽出だ」

 

 夏油が真人の呪霊玉を掴んだ右手を口元へ運ぶ。その口が開かれる前に、悠仁はスローイングナイフを鼻先に向けて投げた。

 射線を遮るようにかざされた夏油の左手に、スローイングナイフが当たって砕ける。

 使い捨てる武器のため強度は高くないが、悠仁の腕力で、呪力を籠めて投げているため威力はある。それでも、夏油の腕にはかすり傷すらついていなかった。

 

 上空に位置取っていた術師が合図を出したため悠仁が駆けだせば、夏油が呪霊玉を飲み込む。

 狙撃手たちの攻撃を受け流し、横を向いた夏油の背中側に、居合の構えをとる水色の髪の少女が立った。

 少女の手にした刀と、纏った呪力……あれではだめだ。あの刀では、相手を貫くことはできない。

 三輪の振るった刀が根元から折られ、対峙する男の呪力が高まる。刀を振り抜いた体勢で固まる三輪を、間に入った悠仁が引き寄せた。

 

「極ノ番――『うずまき』」

 

 押し寄せる呪力の塊に、澄んだ青いガラスを被覆し、工芸品のような装飾を施した儀式用の盾――湖の盾を掲げる。

 狩人が盾を持つことは滅多にない。だが特殊な儀式において、儀式者を守るために用いられたその盾は……物理()()の攻撃を防ぐのに有効だった。

 呪力が衝突して起こった風圧により、三輪を片腕に抱えた悠仁も後ろへ弾き飛ばされる。

 盾に衝撃がなかったことを不思議に思って前を見れば、先ほど上空から合図を出していた西宮と、歌姫。そして刀を構えて立つ日下部がいた。

 

 

 

 

 

 悠仁との邂逅は、脹相(ちょうそう)にヤーナムの血にまつわる記憶を――月の魔物(上位者)の啓示をもたらした。

 それにより得た知識を整理した脹相は、悠仁の跡を追った先の、地下で見かけたものを二人の弟に託す。

 再び離れた壊相(えそう)血塗(けちず)に異変がないことを確認して、瓦礫の山となった街を歩き、今の争いの中心となっているであろう場所に向かった。

 

 “赤子”になれなかった自分たち九相図と、産み落とされた末弟の悠仁を想う。

 全ての上位者は赤子を失い、そして求めていた。

 月の魔物は幸運だったのだろう。ヤーナムの地から遠く離れた場所で、悠仁(赤子)を得ることができたのだから。

 だが、自分たち九相図の母は不運だった。

 彼の呪われた地に足を踏み入れていないにも関わらず……上位者の子を孕まされたのだから。

 そして悠仁は、永遠に血に呪われる。全てはあの男に起因している。

 

 なぜ悠仁は呪いの王、両面宿儺の器となれたのか。なぜ上位者、月の魔物を宿しているのか。

 

 特級呪物、両面宿儺の指。偉大なる遺物、3本目のへその緒――瞳のひも。

 

 “瞳”は、ヤーナムの罪の象徴。その罪の犠牲者たちは呪詛の溜まりとなり、蹂躙した奴らが、その子孫が報いを受けることを望んで哭いている。

 そして、堕胎された九相図(俺達)と違い、悠仁は――。

 

 術師たちと対峙する袈裟の男が、脹相の射程に入った。額にある縫い跡が、その面影が記憶にある憎むべき顔と重なる。

 

「加茂憲倫!」

 

 脹相が名前を叫べば、こちらを振り返る男が笑みを浮かべた。

 

「やあ、脹相。……どうかしたかい?」

 

 この男は呪詛に塗れている。そして……。

 

――赤子の赤子、ずっと先の赤子まで、永遠に血に呪われるがいい……。

 

「オマエ……赤子(悠仁)に呪詛を継がせたな!」

 

 

 仕掛けようとした脹相と夏油の間に、赤の混じった白髪を肩上で切りそろえた人物が割って入る。

 苛立ちを隠しもしないその人物――裏梅が、呪力を高めながら脹相をにらんだ。

 

「引っ込め三下。これ以上私を待たせるな」

 

「どけ! 俺はお兄ちゃんだぞ!」

 

 

 

 乱入してきた赤血(せっけつ)操術(そうじゅつ)の使い手が悠仁を弟と呼び、弟のためなら命を張ると宣言するのを聞いて、困惑したパンダが悠仁を見た。

 

「一応聞くけど、他人だよな?」

 

 分かっていることを確認するための、パンダの質問。

 他人か血縁かで言えば、九相図とは上位者の血で繋がった兄弟と言えるだろう。

 しかし、それを認めていない悠仁は、その質問には答えなかった。

 

「あと少しで殺すか殺されるかしてた……」

 

「東堂といい、ヤバイフェロモンでも出てるんじゃないのか?」

 

「……月の香りのこと?」

 

「マジで出てんの?」

 

 いつも通りなパンダの対応に、緊張で強ばっていた悠仁の身体が解れる。

 そんな二人の様子を見ていた加茂が、夏油に仕掛けるタイミングを計るように声を掛けた。

 なんとしても、五条の封印された獄門疆(ごくもんきょう)を奪い取る。

 前に出たパンダが防御不能の激震掌(ドラミングビート)を発動しかけると、辺りを強烈な冷気が包み込んだ。

 

 

 悠仁の身体の半分と少しを、氷の膜が覆う。同じく氷漬けとされた脹相の額に、裏梅が指先を伸ばした。

 いずれは狩る存在だが……他人に横取りされるのは気に入らない。

 すぐに力技で氷結から抜け出た悠仁が、脹相の身体に纏わりつく氷を蹴り砕く。

 離れたところで術式に対処はできないが、蹴る勢いに任せて敵との距離をとった。

 振り向きざまに呪力を籠めたスローイングナイフを投げれば、夏油の時と同様、裏梅に簡単に払われる。

 その裏梅の足元で、地面に突き刺されていた火炎瓶――時限式爆発瓶が爆ぜた。

 火炎瓶の炎は血を触媒としていないため、呪霊への攻撃手段とはなり得ない。それでも……多少ならば、相手の気を引くことぐらいはできる。

 上空で氷結を逃れていた西宮が急降下し、呪詛師たちに向けて風の刃を見舞う。

 しかし、それさえも片手で払われ、裏梅によって先ほどよりも大規模な氷の術式が展開された。

 

 

 今度こそ動けなくなった三人のもとに降り注いだ無数の氷柱の脅威が、悠仁の目の前に現れた女性の力によって取り除かれた。

 堂々と立つその背中が、尊敬できる仲間と重なる。

 

「あの時の答えを聞かせてもらおうか」

 

 夏油の旧知らしい女性――九十九(つくも)が、どこかで聞いたセリフを彼に投げた。

 

「どんな女が、好み(タイプ)だい?」

 

 

 特級呪術師、九十九由基。彼女が現れたことで、呪詛師側に軍配の上がっていた状況が戻される。

 それから九十九が語ったのは、世界から呪霊をなくす方法。

 人類を一つ上の段階――未来(ネクストステージ)へと進めることになるプランに九十九が掲げたのは……。

 

「呪力からの“脱却”だよ」

 

「違う。呪力の“最適化”だ」

 

 夏油が異を唱えたことで、肩をすくめた九十九が同意を求めるように悠仁を見やる。

 二人が語るのは、ある種の“進化論”。忌むべき組織を思い出す会話の内容に、悠仁は不愉快そうに顔を歪めた。

 

「進化論を掲げる奴らはクソ」

 

「身も蓋もないな」

 

 

 

 九十九との会話を続ける中で、夏油が凍ったまま動けない脹相に目を向けた。

 

「『情けない進化は人の堕落だ』人間の“可能性”を自ら生み出そうともしたが……それでは駄目なんだ。私から生まれるモノは、私の可能性の域を出ない」

 

 医療教会は聖体の拝領――上位者の血を求め、取り込むことで、上位者と一体となることを目論んだ。

 ビルゲンワースの学長ウィレームは脳の内に瞳を抱き、思考の次元を高めることで、上位者と同等の位置に並ぶことを望んだ。

 これらは人間()の愚かさを克服するためにたどり着いた、ヤーナムの進化論ともいえる。

 そして、呪いの蔓延(はびこ)るヤーナム。混沌としたあの街を駆ける一握りの者だけは、確かに黒く輝いていた。

 

「分かるかい? 私が創るべきは、私の手から離れた混沌だったんだ」

 

 地面に手をつき、抽出してあった真人の術式を発動する。

 

――無為転変

 

 それは、予測していたよりも高い精度で発揮された。

 呪霊操術で取り込んだ呪霊の術式の精度は、取り込んだ時点で成長を止める。悠仁との戦いが、真人の成長を促したのだ。

 

 

 何をした、と険しい顔をする九十九に、余裕の笑みを浮かべて夏油が返す。

 

「マーキング済の二種類の非術師に、遠隔で『無為転変』を施した」

 

 虎杖悠仁のように呪物を取り込ませた者。

 吉野順平のように術式を所持しているが、脳の構造(デザイン)が非術師の者。

 

「それぞれの脳を術師の形に整えたんだ」

 

 前者は器としての強度を、後者は術式を発揮する仕様を手に入れる。

 

「そして……今、呪物たちの封印を解いた」

 

 封印に使用していた紐を投げ捨てる。

 脹相の血の毒にやられた裏梅の術式が解けたことで、話を遮り、挑もうとする呪術師たちに溜め息をつきながら静止を促した。

 

 夏油が配り、取り込ませた呪物は、彼が千年前から地道に契約した呪術師たちの成れの果てだ。

 だが、彼と契約を交わしたのは術師だけではない。

 

「まあ、そっちの契約は、この肉体を手にした時に破棄したけどね。……ああ、でも……月の魔物にだけは逃げられてしまったな。“人智を超えた存在”として恐れられていただけはある」

 

 愛されてるね、と悠仁を見る顔は、どこまでも軽薄だ。

 

「虎杖悠仁、君には懐かしいだろう? ……これが、これからの世界だよ」

 

 夏油の足元に拡がる影から、強力な呪霊の群れが溢れ出る。

 獄門疆(ごくもんきょう)を見せつけるように掲げて去る夏油を悠仁が追いかけようとすれば、前を遮るように立った脹相が悠仁の腕を掴んで後ろへと引き戻した。

 

「聞いてるかい? 宿儺。……始まるよ」

 

 姿の見えなくなった夏油の声だけが、はっきりと聞こえる。

 

「再び……呪術全盛、平安の世が……!」

 

 

 

 

 

 




■補足■
「学長ウィレーム」
「瞳」は、ビルゲンワースの学長ウィレームが追い求めた探求の象徴である。
彼は人の思索のあり方に絶望し、高次元思考者たるを目指した。
自らの頭、脳の中に、思考の瞳を欲したのだ。
――我々は、思考の次元が低すぎる。もっと瞳が必要なのだ。

「夏油の中の人とヤーナム」
・平安時代(794〜1185年頃)
・Bloodborneに登場する建物は、基本的にゴシック様式(12世紀後半)
・ビルゲンワース等、違う雰囲気の建物も、おそらくロマネスク様式(1000〜1200年頃)以降のものに見える。(※建築は専門外です)
・古い時代にいる「流浪の狩人、ヤマムラ」は東国出身。日本からヤーナムに行くことは可能と考える。
呪胎九相図が出た時点で「加茂憲倫、死んでいるのが惜しいな」と思っていたら、生きていた上にBloodborneの最初期まで対応していたすごい人。
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