次回はブラボネタと、原作とのキャラの相違点まとめになります。
※今後、メインの原作死亡キャラが全員生存することはありません。ご了承ください。
道路に落ちる建物の影がいくらか短くなった頃、手近なビルの給水塔に腰かけた悠仁が、手のひらに収まる小型の望遠鏡越しに街を見下ろす。
持ち手の部分に細かな装飾が施されたそれはアンティークだが、影の奥に潜む呪霊を捉えるのに一役買っていた。
「東へ3ブロック先、低級が隠れたまま動かない」
きっと近くに大物がいると、少し弾んだ声で報告してくる悠仁を、脹相は屋上から見上げる。
たとえ殺し合った仲でも、利害が一致すれば協力するのが常識だと、非常識なことを言う悠仁の順応性の高さに脹相は困惑していた。
しかし、一週間ほどが過ぎた今では、懐いてくれているので深く考えるのをやめる。
もとより、狩人に一貫性を求めてはいけない。彼らは気が狂いそうな惨状の中で、忌むべき獣を――獣となった愛する人を手にかけるのだから。
投げ出した足を揺らしていた悠仁が、ぴたりと動きを止める。
脹相がどうしたのかと問えば、のぞき込んでいた望遠鏡を仕舞った悠仁が、給水塔から飛び降りた。
「和装の人間がいた。たぶん術師。レンズの反射を見られたかも」
すぐに移動しようという悠仁に頷き、脹相は付近の地図を思い浮かべる。
「……地下道まで引き返すぞ。あれを抜けた先なら、横道も覚えているだろう?」
もし追いつかれて、撒くためにはぐれた場合は、昨日の地点で落ち合うことも決める。
ひとりで乗り込んでくるような奴だ。腕には自信があるのだろう。目的も想像がつく。
どんな敵が現れたとしても、脹相には悠仁を逃がす隙ぐらいは作れる自信がある。
だが、わざわざ相手をするメリットも無いため、できれば戦闘は避けたかった。
脹相が思案している間に、悠仁は日本刀のように刀身が薄く反った騎士剣――
相手が術師でも、それが仲間だと思う者たちであっても……己の命を狙うのであれば、悠仁が遠慮することはない。
悠仁の帯刀するそれは、金属製の鞘と持ち手にも装飾が施され、儀礼用のように見える。
しかし、“狩人を狩る”ために用いられてきたその刃には、血のにおいが呪いのように纏わりついていた。
悠仁が地下道から出たところで、急に現れた気配に獣狩りの短銃を向けて振り返る。
地下道にかかる橋の上に立つのは、スタンドカラーのシャツに着物と袴をあわせ、髪を金色に染めた男。先ほど望遠鏡で見た術師だ。
呪霊が闊歩する街にいるにも関わらず、彼――禪院直哉は武器の類を持っていない。
その術式への自信と、かなりの距離が空いていた自分たちに追いつく速さ……。
銃弾を避けられるリスクを考えて、悠仁は引き金を引くのをためらった。
「恵君おらんやん。俺が一番乗り?」
辺りを見回しながら話す直哉は、銃口が向けられていても余裕の態度は崩さない。
「そんなことあんの? トロすぎへん?」
文句を言ってから、今気づいたというように短銃と刀に目をやった直哉が、悠仁の顔を見て鼻で笑う。
「これ見よがしに銃まで構えてみっともない。……ああ、君。珍しい呪具使うんやっけ?
その馬鹿にした様子に、悠仁ではなく隣に立つ脹相が苛立った様子を見せた。
「俺が用あんのは恵君やから、ぶっちゃけ君の死刑とかどーでもええねん。でもチョコマカされんのもアレやし……とりあえず足でも折っといたろかな」
隠すつもりのない害意にも、さらりと告げられた“死刑”という言葉にも、悠仁は言及しない。
しかし、伏黒に対して好意的に見えない男が、彼を捜している理由は気になった。
「伏黒に何の用だよ」
銃口を向けた短銃の引き金に指をかけて悠仁が問えば、視線をあわせた直哉が淡々と返した。
「死んでもらお
乾いた破裂音を響かせた短銃を、瞬時に移動した直哉は二人の背中越しに見る。そして、まだ気づいていないらしい悠仁に声をかけた。
「恵君、君を――」
捜してるんやって、と続けようとして、目の前に迫るものに気が付いて跳び退る。
思ったよりも射程の短かったそれは、宿儺の器が左腰に帯びた刀の鞘だ。
抜刀する間を惜しんで、鞘に入れたまま殴りにきたのか。
相手の評価を少しだけ上方修正しながら、直哉は振り向いた二人に攻撃を当てるために手を伸ばす。
先に、居合の構えをとる器。前のめりになる頤先を狙おうとして……のけ反ってかわされた。
もう一人の拳は、予期したとおりに投射呪法を発動した掌で触れてフリーズさせる。
そこで一度、直哉は二人から距離をとった。
宿儺の器については、呪具のこと以外にも血狂いだなんだと噂が出回っていた。
対峙して分かったのは、気配に聡いこと。反応速度も、並の術師と比べればマシなほうだろう。
隣の黒髪の男も、器ほどではないが反応できている。
「もうちょい、
そう声に出した直哉が術式を発動しようとして、流れてきた不気味な呪力の圧に動きを止めた。
妙な気配に悠仁が顔を向ければ、道路を挟んだ建物の屋上に、白い服を着た人物がいるのが見える。
ひと跳びで見上げる位置にある道路脇の柵に足をかけたその人は、柵ごと道路を踏み抜いて悠仁たちと同じ高さまで降ってきた。
抜き身の日本刀を手にするのは、以前、悠仁が先輩たちに見せてもらった写真に写っていた少年――特級術師の乙骨。
「誰が、虎杖君の……何?」
乙骨の問いかけに、険しい表情をした脹相が死刑執行人かと呟き、直哉は軽く両手を挙げて敵意がないことを示した。
乙骨と直哉が問答をしている間に、脹相が声を落として逃げるようにと悠仁に話しかける。
両手を合わせて胸の前に掲げた彼は、弟を救う方法しか考えていない。
金髪は自分が足止めするという脹相に、千景に手を添えて踏み込む姿勢になった悠仁が声をかけた。
「……死ぬなよ」
「悠仁に殺されるまでは、死なないさ」
めずらしく素直な弟の言葉に小さく笑った脹相が、指先を乙骨に向けた。
脹相の合図で駆けだした悠仁は、自分に遅れずついてくる乙骨の気配を察して、このまま走っても無駄だと判断する。
後ろを振り返る素振りを見せた悠仁に対して、追う形になっていた乙骨が刀を振り抜いた。
姿勢を低くして地面を転がることでそれをかわし、千景の鈍く輝く刀身を抜いた悠仁は、乙骨の攻撃に籠められた呪力が、彼の呪力量に見合っていないことに眉をひそめる。
上層部に提出する、殺した証拠が欲しいだけなら、その余るほどに全身から立ち上っている呪力をぶつけて、足でも腕でも潰した後に首を取ればいい。悠仁と乙骨の呪力差なら、それが可能だ。
それなのに、わざわざ刀に呪力を籠めて、一撃で仕留めようとする理由なんて多くない。
“宿儺の器”は、千年生まれてこなかった逸材だと、五条が言っていた。
つまり、こいつら
悠仁が引き抜いたばかりの千景を鞘に収め、その過程で鞘から赤い液体が噴き出したように見えた乙骨は目を見開く。
そうして再び引き抜かれた刀身は緋色に染まっており、それが彼の血で出来ているのだと理解した。
使用者の血を這わせて形成する血刃は、自らをも蝕む呪われた業である。
その刃は振るわれる度に命を削り、ただ握っているだけでも2分程で死に至る。
しかしそれは、自死するより先に目の前のものを殺すという、強い意志の表れでもあった。
緋色の刃を受けた乙骨の日本刀が、それを握る腕が、飛び散る血と共に伝った衝撃で震える。
血刃によって底上げされた威力は、同格程度の術師なら吹き飛ばしているものだ。
動きの鈍った乙骨の握る刀身の側面を千景が捉え、三分の一を残して日本刀が折られた。
刀身が無くなったため、乙骨の胴体に攻撃を当てる隙ができた。
しかし、血を減らし過ぎた悠仁は千景を手放し、呪力を籠めた鞘で殴って距離をとらせる。
すぐに輸血液で回復しようとして……後ろから伸びてきた大きな手に身体を掴まれた。
リカと呼ばれる、乙骨の式神らしきものに抑えつけられ、手首から先しか動かせない悠仁は白い霧の溜まったフラスコ――感覚麻痺の霧を取り出す。
それを地面に投げ落とそうとして……伏黒に「毒も薬も使うな」と言われたことを思い出した。
確かに、約束を守って死ぬ奴はいるのだろう。だが約束を“守るため”に死ぬなんてふざけている。
気にせず劇薬と言われたそれを使おうとした悠仁だが――毒でも薬でもないものがあったと気がつきやめた。
悠仁の身体を掴んだリカに、そのまま抑えておくよう頼んだ乙骨は、悠仁が何かを手にしたことに気付いて身構える。
五条から聞いた話では、彼は呪具以外にも効果の知れない薬品や呪物を複数持っているらしい。
急いで離れるように伝えようとしたリカの腕に、悠仁が何かを突き立てた。
リカの腕に刺さって砕けたのは、怪しげな緑色の液体、髄液を滴らせる鈍い刃――祭祀者の骨の刃。
それは一時的な認識の麻痺を引き起こし、斬りつけた対象を前後不覚に陥らせる。
悲鳴を上げて悠仁を放したリカを見て、乙骨の目が据わった。
「……リカちゃんに何したの?」
「毒も薬も使うなって言われてるから――」
輸血を済ませた悠仁が千景を拾い上げ、乙骨の顔を正面から見返す。
「髄液」
直後、呪力の塊をぶつけられた悠仁の身体が後ろへ吹き飛ぶ。
先程から一変した呪力の圧に冷汗をかき、起き上がった悠仁の胸に折れた日本刀の刃が突き刺さった。
鼻腔をくすぐる花の香りと、頬に触れる硬く冷たい感触に
悠仁が倒れていたのは古びた石畳の上で、近くには小さな屋敷と、見慣れた西洋の墓標が立ち並んでいる。
柔らかな月の光と、穏やかに揺れる白い花で満たされた“狩人の夢”は、二度と訪れることはないと思っていたため、とても懐かしく感じられた。
月の魔物の支配から逃れた悠仁は、死んでも夢で目覚めることはないはずだ。
だが、ここに居るということは、乙骨に心臓を刺されて死に……まだ生きている?
立ち上がって辺りを見回せば、
風になびく、色素の薄い艶やかな髪に、陶磁器の肌をもつ“人形”。
喪服に似たドレスを身につけた彼女が振り返れば、美しく輝くガラス玉の瞳と目が合った。
「狩人様……。こうして誰かとお会いするのは、随分と久しい気がいたします」
そう語る彼女の言葉は事務的でありながら、寂しさと……少しの喜びが混じっているように感じられる。
「このところ、ゲールマン様にお会いすることもなく……使者たちは去りました。そして、狩人様も訪れない。……私はもう、不要でしょうか?」
彼女を造った、この狩人の夢に囚われていた助言者ゲールマンは、悠仁が解放してしまった。
夢の支配者であった月の魔物も悠仁の遺志となり、新たな狩人を呼ぶことはない。
人形である彼女は、永い時間を美しいまま過ごしている。
しかし、彼女が寄り添う人間は朽ち、狩人は夢を見なくなる。
だから彼女は、自分が捨てられたと思うのかもしれない。けれど……。
夢を見なくなっても、悪夢の中で、彼女のことを覚えている狩人がいる。
彼女が触れた手の“温かさ”を覚えている。
彼女が狩人を愛するように――。
「狩人は君を愛している」
そんな陳腐なセリフを悠仁が吐けば、言葉の意味を噛み締めるように人形が呟いた。
「愛……ですか」
その言葉が引き金となったのか、人形が思い出に浸るように語り始めた。
それは、幾人かの狩人から聞いたことがあるという、教会の「神と、神の愛のお話」。
「でも……造物主は、被造物を愛するものでしょうか?」
そう言った彼女が、そっと自分の胸に手を当てる。
「私は、あなた方、人に作られた人形です。でも、あなた方は、私を愛しはしないでしょう?」
悠仁が否定の言葉を紡ぐより先に、彼女の次の言葉が発せられる。
「逆であれば分かります。私は、あなたを愛しています。……造物主は、被造物をそう作るものでしょう……」
屋敷を囲う柵を越えた先の花畑を踏みしめ、悠仁は一際目を引く大樹に足を向けた。
その大樹の下――悠仁が悪夢を繰り返す度に断頭された場所には、不機嫌そうに腕を組む宿儺が立っている。
「座れ、小僧。
そう言って宿儺が指さした辺りに咲く花のすき間からは色の変わった土が覗き、流れた血の量を物語っていた。
“介錯”……それは、この夢に囚われた狩人を解放するための儀式だが、宿儺が素直にその役目を申し出るなんてありえない。
「……オマエ、あの人形が壊せないの知ってて言ってるだろ」
悠仁が言えば、宿儺が愉快そうに笑みを浮かべた。
それを見て
何度壊しても、“夢だった”ように元通りになる人形。
造物主を愛するようにと造られた人形は、いつまでも、変わらぬ姿で主人の帰りを待ち続ける。
そう在るように、造物主は被造物を
そして、人間が呪いを、被造物をつくり出す造物主とするならば……。
確かに被造物は、造物主を
鋭い刃物を一閃したような音を聞いて両目を閉じれば、頸に微かな違和感を感じる。
意識が遠のく直前に、風に乗って、優しい彼女の声が届いた気がした。
――いってらっしゃい、狩人様。あなたの目覚めが、有意なものでありますように。
■補足■
「直哉と乙骨が来る時間」
漫画だと空が黒塗りだし、呪霊は夜のほうが活発(?)のため夜だと思うのですが、望遠鏡のくだりが書きたくて昼頃にしました。