ヤーナム経験者の悠仁くん   作:4R1ES

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3年ぶりの更新です。原作完結まで知っている前提で進めます。(特に描写がなければ原作通り)

日車さんの「没収」は対象が呪具を携帯している場合、術式ではなく呪具に適用されると知り、ついに設定が矛盾したかと思いました。
でも“ガラシャの拳”って「指を差し込む穴が開いただけの鉄塊」なんです。……セーフ?


#26 利己(死滅回游4)

 

 

 

 

 

 薄暗い細い路地裏に、長い黒髪をサソリの尾のようにまとめ上げた女性――麗美(れみ)の駆ける足音が響く。

 

――なぜ、こんなことになったのか? レジィ様は私を守ってくれる、本物の騎士様だと思っていたのに。

 

 追いかけてくる()()――黒髪の少年の式神との距離を確認するために少し振り返ると、前方への意識は疎かになる。倒れていたゴミ箱につまづき、足がもつれて倒れ込んだ。

 

――いつだって、“分かんない”ことは“狼さん”がなんとかしてくれたのに。

 

 自分の影に少年の式神――巨大な黒狼が重なり、もうダメかと思ったところで……パシャリと音を立てて式神が消えた。

 

 

 呼吸が苦しいほどに息は上がり、転んだ時に擦りむいた肘と膝がじわじわと痛みを訴えている。それが、生きている実感を与えている。

 麗美はゆっくりと身体を起こして姿勢を変え、膝を抱えるように座り直すと、今日起こった出来事を振り返る。

 

――また、一人になってしまった。

 

 なんとかして拠点に戻り、シャワーを浴びて……リセットする。それから、次の“狼さん”を探さなければいけない。

 

――大丈夫。

 

 今までも、何も考えなくても全て上手くいっていた。これからも“狼さん”がなんとかしてくれる。

 抱え込んだ膝に顔を埋めて呼吸を落ち着けていると、遠くから誰かが歩いてくる足音が聞こえる。

 今度こそ、あの少年が来るかもしれないと、震える膝に鞭を打って立ち上がった。

 

 痛む足を引き摺るように前へ進んだ直後、ぼとりと何かが座っていた場所に垂れ落ちる。

 振り返ると見えるのは、濁ったゲル状の塊に骨と肉片のようなものが浮かび、腐臭を放つ醜悪な異形。

 目玉らしきものが見当たらないそれは、自分についた返り血のにおいを頼りに向かってきたのだろうか。

 麗美が数歩後ろへ退がると、足音に反応してゆっくりとそれが動き、威嚇するように震える。

 

「ひっ……」

 

 叫びそうになったのを、口元を押さえて堪える。今、声を上げては、あの少年に居場所がばれてしまう。

 もう一歩、後ろへ退がり、むしろ少年にばれたほうが助かったのではないかと思ったところで、すぐ背後から金属の擦れる音が聞こえた。

 いつの間にか近付かれていたことに驚いて後ろに意識を向けようとすると、目の前にいたゲル状のそれが麗美に飛びかかる。

 恐怖で固まる麗美の腰に誰かの手が回り、力強く抱き寄せられた。

 

 

 

 

 

 日車と別れて地下劇場から出た悠仁は、伏黒と合流するために戦闘跡を探しながら散策を進める。

 体育館のあたりに差し掛かったところで、友の血のにおいを嗅ぎ取り周囲を見回した。

 そして、地面に転々とある血痕を見つけると、路地裏へと続くそれを辿った。

 

 途中で血痕と血臭は途切れてしまったが、代わりに覚えのある嫌な腐臭が奥から漂ってくる。

 伏黒に接近を知らせるために大きく鳴らしていた足音を消し、獣の古い伝承にある大型の杭を長柄に取り付けた狩武器――教会の杭を持つと、腐臭の原因に有効であろう火を使うために発火ヤスリを取り出した。

 突き当たりを曲がったところで黒髪の女性とゲル状の呪霊の姿を捉え、悠仁は変形させてウォーピックとなった教会の杭に発火ヤスリを擦り付ける。

 呪霊に怯えて動けない彼女の腰を抱き寄せると、飛びかかってくるそれに炎をまとった杭を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 自分を襲おうとした呪霊が塵となったのを確認して、麗美は隣に立つ“狼さん”の顔を見上げる。

 私を助けてくれたのだから、味方にだってなってくれるはずだ。

 

 学生服を着た少年の口元には、傷跡があるのがわかる。さらに視線を上げると、こちらを見るピンクベージュの髪色の少年と目が合い……息を呑んだ。

 あの黒髪の少年にも、自分を都合のいい駒扱いしたレジィ様にだって、こんな目で見られたことはなかった。

 この少年に“狼さん”なんて言葉は似合わない。彼は、こちらが獲物かどうか、それだけを見極めようとしている――。

 

「狩人様……」

 

 

 

 

 

2018年11月14日 夜

東京第1結界(コロニー)

 

「おはようございます。よく眠れましたか?」

 

 ベッドの上で目が覚めた伏黒に、知らない女性の声がかけられた。

 運命の人。と自分に呼びかける女性の頭上には光り輝く輪が、背中には純白の翼が見える。

 女性の背中越しに見える大きな窓から、おそらくホテルの上層階にいること、夜であることを把握すると、二人がけのソファに座る虎杖に視線を合わせて説明を求めた。

 

「どれくらい寝てた? それに……」

 

 虎杖の隣に視線を向けた伏黒が、そこに座るもう一人の女性を睨み付ける。

 

「虎杖。オマエが誰かを助けるなんて珍しいな」

 

 サソリの尾のような特徴的な髪型に結い上げた黒髪の女性――麗美が、うっとりした表情で虎杖を見つめている。

 高専の立場としては、彼女の保護も任務の内に入る。

 だが、怪我をした一般人が居ようと、どうなっていようと振り返らない虎杖が、なぜ自主的に彼女がついてくるのを許しているのか?

 そう問うた伏黒に、虎杖は頬をかきながら困ったように笑って答えた。

 

「伏黒と会ってるって確信があったのと……昔、助けたシスター(アデーラ)と雰囲気が似てて、無視できなくてさ」

 

 思い出に浸るように話す悠仁に、“悪夢”の中でも大切にしたいものがあったのだと、場違いだと分かりながら伏黒は少し安心する。

 しかし、優しい眼差しで続きを話そうとした悠仁が固まり、沈んだ表情に変わった。

 

「……俺、刺し殺される?」

 

「勘がいいな」

 

 すでに刺された男がここにいる。

 

 

 

 

 

 部屋に戻って先に休むと言った麗美と入れ替わりで、食料を調達した髙羽が帰ってくる。

 それからようやく、窓際に立つ“天使”らしき女性――来栖(くるす)(はな)が伏黒へ紹介された。

 倒れた伏黒を安全な場所へ運んでいた来栖に、悠仁と麗美、髙羽が合流したらしい。

 初対面同士のくせに警戒心もなく行動を共にする面々に苦言を呈した伏黒だが、笑顔で流す三人に毒気が削がれる。

 ため息をひとつ吐いてから、最初に言うべきだった言葉を三人にかけた。

 

「……スマン。助けてくれてありがとう」

 

 

 

 

 一般人である二人に呪術師や、伏黒たちの事情を説明すると、死滅回游の平定にも協力すると申し出がある。

 本来は断るべきだが、今は一人でも多く協力者がほしいため、ありがたく受け入れて計画の共有を行った。

 

 まずは伏黒の姉、伏黒津美紀(つみき)を死滅回游から離脱させるための計画だ。

 私情が入っているのは否定できないが、巻き込まれた一般人を救助する足掛かりを得るには、最低一人の離脱例を作るのは必須となるだろう。

 

 当初、死滅回游の平定のために追加が必要だと考えていたルールは4つあった。

 

1.点の受け渡し

2.コロニーの出入り

3.コロニー内外での通信

4.死滅回游からの離脱

 

 1の点の受け渡しは悠仁――日車が追加済み。2、3は死滅回游の総則(ルール)ではなく結界の条件(ルール)で弾かれる可能性があるため、優先度が落ちる。

 そのため、まずは4の泳者(プレイヤー)の死滅回游からの離脱を進める。

 

 ここにいるメンバーと、秤、乙骨の得点を合わせると359点。

 死滅回游からの離脱に必要な点数はこれからコガネと交渉するため分からないが、ノルマは達成と言っていいだろう。

 

 来栖と髙羽から計画の了承を得たため、続いて伏黒は来栖に質問を投げた。

 

「俺たちは“天使”と呼ばれる泳者(プレイヤー)を捜している。……来栖は“天使”なのか?」

 

 だとしたら、なぜ伏黒を助けたのか?

 “天使”の居場所は東京第2結界(コロニー)だと聞いていたが、なぜ東京第1結界(コロニー)にいるのか?

 伏黒が質問を重ねたところで、知らない人物の声で制止が入った。

 

「“天使”は私だよ。女の子にそう矢継ぎ早に質問するもんじゃない」

 

 来栖の頬に“口”が浮かび上がり、目を見開いた4人を気にせず言葉を続ける。

 

「まず君を助けた理由だが、華は君を以前――」

 

 何か言いかけた“天使”の口を来栖が手で押さえ、声をかき消すように叫び声をあげる。それから慌てて言葉を紡いだ。

 

「行き倒れている人を助けない理由があって?」

 

 照れたように話を誤魔化す来栖に、悪意はないと判断した三人は追及しない。

 その様子を見て“天使”は仕方ないかと言いたげな雰囲気で次の話に移った。

 

「私を捜していたということは、私の術式は知っているね?」

 

――“術式の消滅”

 

 消滅させる“術式”は、封印を含む結界術も例外ではないため、来栖たちは結界(コロニー)を好きに出入りできる。

 そして、結界(コロニー)を移動してきた“天使”の目的は――。

 

「受肉した泳者(プレイヤー)の一掃だ」

 

 故意にしろ無意識にしろ、術師たちの多くは受肉の過程で器の自我を殺し沈めている。

 

「あってはならないことだ。神の(ことわり)に反する」

 

 “神”という単語を聞き返した伏黒に、“天使”は己の信条に簡潔に名前を付けただけだから聞き流せと答える。

 その信条に則して、“天使”は来栖と共生する手段を取ったと。

 また、受肉した泳者(プレイヤー)を受肉前の状態に戻すことはできないと説明を受けてから、伏黒が“天使”を捜していた理由は獄門疆の封印の解除依頼のためだと話した。

 

「……成程。呪物の封印ならば可能だろう。だが、先にこちらに協力してもらう。獄門疆の封印を解くのはそれからだ」

 

 提示された条件は一つ。泳者(プレイヤー)の中に、“天使”がどうしても屠りたい者が一人いる。

 

「“堕天”。この泳者(プレイヤー)を殺すことができれば、君たちへの協力は惜しまないことを約束する」

 

 

 

 “天使”の言葉が終わると同時に、悠仁の周りの景色が揺らいで意識がどこかへ引っ張られる。

 悠仁がひとつ瞬きをすると、無数の獣骨が浮かぶ赤い水面が広がった。

 

「……何かあった?」

 

 そう言って首を傾げた悠仁の前で腕を組み立つ宿儺は、うっすらと笑みを浮かべている。

 ここは宿儺の生得領域(しょうとくりょういき)だ。最近の宿儺は話しかけてくることも無かったのに、どういう風の吹き回しだろうか?

 

「オマエは馬鹿だが察しがいい。変に殺気を振り撒く前に、教えてやろうと思ってな……」

 

 そこで言葉を切った宿儺が、悠仁の表情を観察するようにしながら告げた。

 

「“堕天”は俺だ」

 

 一瞬、言葉に詰まった悠仁だが、すぐにこちらも笑みを浮かべる。

 

「……そっか」

 

 宿儺がわざわざ警告――口止めしてくるのは、“天使”には復活の余地なく完全に宿儺を殺すだけの能力があるからだろうか?

 

「でも大丈夫。いくら“天使”の協力が必要だとしても、俺は自死しない」

 

 それは、五条から呪術師になることを勧められた時にも伝えた悠仁の信条。

 

宿儺(オマエ)を殺すと言ってる奴を、黙って見ているつもりもない。だから――」

 

 相手が術師でも、それが仲間だと思う者たちであっても……己の命を狙うのであれば、悠仁が遠慮することはない。

 これは、何を犠牲にしても、夜明けを迎えるのをあきらめなかった狩人としての矜持。

 

「俺たちの狩りを教えてやる」

 

 

 

 

 




■補足■
「アデーラ」
教会へ避難させた後、血の施しを受けることができる女性。
主人公がアリアンナ(別の女性)と話している間、離れた場所からこちらを見ている。
主人公がアリアンナから血の施しを3回受けるとアリアンナを殺し、主人公のことも殺そうとする。
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